とある英霊と宝石の後継者

 

 

「そうね、この街がターミナルにすでになっている……って言ったら驚く?」

 

 キャスター──いや、この場合はあえて真名の遠坂凛の名前で呼ぶべきかもしれない──の発言に、バーサーカーは思わず眉をひそめ、次に溜息を一つつく。

「で、今度は何やったのよ?」

 バーサーカーが半眼でキャスターを睨みつける。

 もっとも、そんなバーサーカーの対応はあらかじめ予想していたのだろう。怒るのでもなく、キャスターも深い溜息を一つつく。

「わたしが何かやったわけじゃないわよ。

 ──まぁ、“遠坂凛”の責任かもしれない事は否定しないけどね」

「つまり、リンが何かやったかもしれないって事?」

「彼女を見た限りその線は薄いわね。英霊をやってるわたしが言うのもなんだけど、此処の……この時代の遠坂凛はまだ未熟よ。少なくとも単独では宿題を解くことすら出来ない」

 まぁ、解けない最大の理由は技術や能力よりも財力関係だったりするのだが、流石にその事は口にしない。

「じゃあ、さらに別のリンがいるって事? 一つの世界に三人もリンがいるなんて……、世界の破滅じゃない」

 バーサーカーの脳裏に、数字ではない文字通り限界が無い無限の凛が冬木を埋め尽くさんばかりに溢れかえる図が浮ぶ。赤く染まった町、あくまの侵攻を大橋で食い止めるのはアーチャーと衛宮士郎、二人の正義の味方……、って、二人して一斉に投げつけられた宝石で吹き飛ばされている。だめじゃん、正義の味方。

「サラリと失礼な事を言うわね……でも、その可能性は無いと思うわ」

 そんな妄想に気がつく事も無く、キャスターは淡々と可能性を否定する。

「どうして?」

「次元移動できるような遠坂凛がわざわざ判るようにこんな事しないわよ。故意にやるなら途中で気が付かせるような三流みたいな真似はしない、事故なら隠れている意味は少ないわ。

 この世界の内……、少なくともこの街にいる“遠坂凛”は彼女とわたしだけよ」

「まぁ、キャスターがそこまで断言するなら間違いないんでしょうけど……うっかりなんてことは無いわよね」

「無いわよ……たぶん。

 わたしが調べた限りだと、中で何かあったというよりも外からの干渉……どっか別世界のわたしが考え無しに宝石剣でも振り回したんじゃないのかしら?」

「それって、キャスターの生前じゃないの?」

「失礼ね、少なくともわたしは考えて使ってたわよ」

「どうだか」

 バーサーカーは生前のアーチャーを思い出した。天然ボケや女の子に言い寄られるたびに宝石剣が振るわれていたような。考えてやっていたとはとてもじゃないが思えない。ちなみに、自分だって“射殺す百頭”でアーチャーをしょっちゅう吹っ飛ばしていたのだけど、その点は無論棚上げだ。

「ねえ、ちょっといい?」

 二人のサーヴァントの会話が少し途切れたのを見計らって、黙って話を聞いていたイリヤが口を挟む。少なくとも自分の前で話し始めた以上、質問をする権利はあるはずだ。

「なにかしら、イリヤ?」

「さっきから聞いてるとキャスター……、ううん、リンってまるで魔法に届いたみたいに聞こえるんだけど……」

 イリヤもアインツベルンのマスターだ。遠坂がどのような魔術師の家なのか無論知っている。宝石爺ゼルレッチに通じる家系とはいえ、まさかあのうっかり者の少女が第二魔法に到達するなど……。

 そんなイリヤに、キャスターは一度ニンマリと笑うと右腕を軽く振り一振りの剣を具現化させる。

「う、うそ……」

 物怖じしないイリヤではあるが、その剣を見た瞬間に顔が驚きと恐怖にひきつる。

 それは剣と呼ぶにはあまりにもおかしな物体だった。形状こそ剣と呼べるかもしれないが、刃と呼べるような物は無く、紙一枚すら切れないだろう。刀身に当たる部分は粗く削り出されごつごつとした円柱状の宝石となっており、宝石はひとりでに七色の輝きを見せる。柄に当たる部分も歪な形をしており、布が巻かれてこそいるがすごく持ちにくそうだ。

 剣としては実用品とは呼べる代物ではなく、美術品としての価値もない。だが、魔術師達の間では最も有名な剣の一つであろう、この剣を手に入れるためなら国の一つや二つを滅ぼす愚か者が出てもおかしくは無い、そういった代物だ。

「ほ、宝石剣!?」

 イリヤが持ち主の名を冠するその剣の名をかすれ声で呟く。

 実物は一度も見たことなど無い。ただ、アインツベルンの記憶には彼の愛剣の記憶は刻み込まれている。平行世界の運用を司る第二魔法に到達したただ一人の男、死徒27祖第4位、魔道元帥、万華鏡、宝石爺……様々な呼び名を持つかの魔法使いの愛剣のはず。いかに英霊と言えども現代の魔術師である遠坂凛ごときが持っていて良い代物ではない。

「な、なんで貴女がそんな物持っているのよ……」

「わたしの宝具だからよ」

「宝具って……、そんなの貴女が持っていて良いもんじゃないでしょう!?」

「わたしは持っていていいのよ。到達したから、第二魔法にね」

 ふふんとイリヤが驚いてる姿にちょこっとだけ満足するキャスター。なんせこの剣に到達した頃の知人ときたら人外魔境の化物ばかり、宝石剣くらいで驚くような常識人は一人としていなかったのだ。空想具現化だの固有結界だの直死の魔眼だのはた迷惑な蒼い姉妹だのでっけー白犬と黒のお姫様だのお付きのロリコンビだのカレーだの死徒だかネコだか良く判らない謎な生物だのメカヒスイだのお注射ですよあはーだのに比べれば、いかに魔法の産物でも爺の二番煎じにすぎない宝石剣は地味なのかもしれない。

 真っ当で善良な魔術師が聞いたら、卒倒しそうな話しである。

 んでもって、現代出身の癖にその人外魔境に骨の髄までまったりと漬かっていた娘が、そんな自慢げなキャスターにボソリとツッコミを入れる。

「何言っているのよ。その剣はキャスターの宝具じゃないでしょう」

「ば、バーサーカー……」

 バーサーカーの言葉にキャスターが慌てる。

「それはよく出来た礼装だけど、キャスターの宝具じゃないわ」

「こ、これが宝具ではないんですか?」

 キャスターの宝具は宝石剣だと思い込んでいたバゼットが驚く。たしかに彼女が第二魔法に至ったとは聞いていたが、宝具は詳しく聞かなかった。

「宝具に匹敵するけどね、残念ながら宝具とは呼べないわ。宝具は唯一無二にして、英霊とは常に対。その剣はその気になれば量産して使い捨てに出来るような代物なんだから、英霊としてシンボルにはならないわよ」

 まぁ、世の中には宝具を使い捨てる贋作者なんてのもいるのだけど、その点は黙っておく。

「ばらさないでよね……。隠す気も無いけど」

 キャスターが安堵の溜息をつきながら小声で愚痴る。

 とはいえ、事実は事実。たしかに、実際に彼女を象徴する宝具は宝石剣ではない。この剣はこちらに来てから自作した物だ。

「う、うそ……。宝石剣を量産!? 使い捨てですって!?」

「で、出鱈目ですね……」

 あの宝石剣を宝具ではないと言い放ち、かつ使い捨てだと断言する二人のサーヴァントに、さすがのバゼットとイリヤも眩暈を覚える。伝承保菌者であるバゼットにしてもその家系だったと言うだけで、魔術の技術で同じ物を作れる自信は無いし。

「あっ、でもそれならキャスターの宝具とは一体?」

 魔術師相手だ、騙されていたなどと文句を言う気は無い。確認しなかったのは自分だし、切り札は隠しておくものだ。しかし、あの宝石剣すらもフェイクに使うような宝具とは一体……?

 だが、そんなバゼットにキャスターは少し意地悪な笑みを浮かべる。

「わたしの宝具はこの宝石剣で間違いないわ。でも、この宝石剣は宝具じゃないだけ」

「謎かけですか?」

「謎かけって程の事じゃないわ。わたしの宝具は正確に言うと“宝石剣作成”であって、宝石剣は宝具を使用した結果でしかないのよ。もっとも、さすがに物が物だけに大量生産するのは難しいんだけどね」

 希代の魔術師、遠坂凛の至った神秘とも言える技、それこそが彼女の宝具。もっとも、生前の金欠ぶりが祟ったのか、世界は作成費用までは面倒をみてくれなかった。魔法使いに現物支給をすると持ち逃げするから。そんなわけで、材料費用は常に現地で調達しなければならない。下手をすれば作れないなんて事もあるのだ。

 ちなみに、先日某金ぴかから奪った換金できる財のほとんどは宝石剣の作成費用に消えてしまった。買い取ったのは新都に本社を構える金ぴかチビッコオーナーだったとか。

 まぁ、流石にそんな情けない事情まで暴露しないし、バーサーカーも英霊の情けで口にはしない。

「そ、そんな……」

「聞けば聞くほどくらくらするわ……」

 キャスターの事情を知らない二人は、英霊に至った希代の魔女の話に呆然とする。なまじ現代の魔術師なだけに、彼女の規格外さが良くわかるのだ。しかも、それの生前の姿を自分たちが見ているとなると、正直卒倒……するほど、細い神経の持ち主でもないか。

「つまり、この世界のリンもそうなると……」

「それはどうかしら。素質があるのと至れるかどうかは別の話しだから、わたしにもわからないわ。

 っと、話題がずれたわね、この街の状況だったわね」

 そう言うとキャスターは表情を引き締める。

「そうだったわね、この街がターミナルになっているって話しだっけ。またいつかみたいに“あらゆる可能性が内包される”の? それともあの虚ろな……」

 バーサーカーが、不意に言葉を切る。あの、誰も覚えていない繰り返される約束された四日間、お人よしの殻を被った説教くさい悪魔、何も失われる事の無かった楽園。無かった事を思い出すだけ無駄な労力だが、つい思い出してしまう。

 だが、キャスターは首を横に振る。

「そのどちらでもないわ。それに、あの四日間は此処じゃ起きないでしょうね。わたしがバゼットを助けちゃったし」

 キャスターの言葉にバゼットが何とも言えない表情をする。関係がある話だけに、説明を受けていたのだろう。とはいえ、自分の身にそんなことが起きる可能性があったといわれても、素直に納得は出来ない。てか、自分が嬉々と男の身ぐるみを剥いで、全身ペイントをする(ピー)になるなんて言われて、納得できるわけは無い。

 バゼット・フラガ・マクレミッツ。彼女はまだ、自分の隠された性癖を知らない……。

「わたしが調べた限りじゃ、可能性が偏っているなんてレベルじゃない。外から中に何かが入り込んでいるって感じかしら」

「何かって何よ?」

「普通に考えれば魔力とかなんでしょうけど……、“セイバー”や“バーサーカー”、“ライダー”に“アサシン”が二人いるとなると……」

「それだけじゃないわよ。“キャスター”に“ランサー”、それに、あの“アーチャー”もこっちにいるらしいわよ。あの世界の記憶はもっていないごく普通の“アーチャー”みたいだけどね」

 生前の記憶を持っている二週目組や、別世界の記録を持っているライダーの方がおかしいのだ。

「へっ!?」

「昨日はシロウが倒れちゃって、ドタバタしていたから説明していなかったっけ?」

「そうね、士郎が倒れちゃうわ、セイバーはセイバーで何故かアーチャーを追い掛け回してどっか行っちゃうし……それどころじゃなかったわね」

 ちなみに、別に士郎は凛が二人いた事が(とどめではあったが)ショックで倒れたわけではなかった。アーチャーの解説によれば『ただでさえ宝具の投影は負担がかかるのだぞ、しかもそれが初めてで連続投影、翌日にサーヴァント同士の戦闘に巻き込まれたとなれば倒れて当然だ』と言う事らしい。

 なお、アーチャーが追いかけまわされた一件に関しては当人の希望により記憶より削除、後でからかうネタにするけど。

「セイバー二号だっけ? 彼女が“アーチャー”と戦ったって言ってたっけ。てっきり金ぴかの事だと思ってたけど」

「あっちと戦ってたのならギルガメッシュって言うんじゃないかな。多分、あのアーチャーよ」

 バーサーカーの言葉に、キャスターが一瞬だけ固まる。刹那の時に驚愕、憧憬、憐憫、怒り、悲哀……様々な感情が渦巻く。あの、誇り高き赤き背中が、己れの望みよりも主の命……いや、遠坂凛の心の贅肉のために散った騎士の姿が脳裏に浮ぶ。

 だが、次の瞬間にはそんな様々な感情に蓋を閉め、冷静な魔術師の仮面を被りなおす。

「そう……。まぁ、あいつであってあいつで無いんでしょう。わたしには関係ないわ。でも、各サーヴァントが二人ずつなんてのは、明らかに人為的ね」

「その程度はこっちのリンも読んでいるし、誰にだってわかるわよ」

 これを偶然ですませるのは、いくらなんでも無理があるというものだ。

「それはそうでしょうね。でも、わたしにわかるのは何者かがどうにかして第二魔法を利用しているってところまでよ。やりそうな容疑者は二人居るけど、此処の蟲爺は昨日顔を合わせたけど完全にボケていたわ」

「ボケていた? 演技じゃないの?」

「アレは天然だったわ、演技ではありえない……。簡単に調べたけど、本当に東京の警察に保護されていたわ」

 キャスターの言葉に、バゼットも頷く。

「協会でチェックしてもらいましたが、魔術で誤魔化したわけではなさそうです」

 そもそも、あの無駄にプライドの高い間桐の家の長がボケた演技をするとは思えないし、サーヴァント3人の眼を誤魔化しきるのも無理だろう。

「後一人やりそうな……ううん、あいつが仮に生きていたとしてもやらないわね」

 もう一人の候補者、少し前に教会ごと吹き飛ばした変態神父。だが、奴ならこんな真似はしないだろうと断言できる。奴が望んでいたのは聖杯の中に存在するモノが生まれる事、それを祝福するのが奴の目的だ。このような聖杯戦争自体が崩壊しかねない真似をするとは思えない。

 生前からの癖なのだろう、キャスターが一人呟きながら考え込み始める。凛も時折り見せる仕草だ。

 この地の聖杯戦争には宝石爺が一枚噛んでいる。アインツベルンの家に第二魔法の資料が若干なりとも残っていた事を考えれば、間桐の家になんらかの第二魔法の資料が残っている可能性はあった……いや、臓硯は聖杯戦争のシステムを作り上げた当事者だ、あの怪老が探りを入れていなかったとは考えにくい。

 とはいえ、あの現ボケ老人が複雑な事をやっているとは考えにくい。

 あの、可能性としてはキャスターのサーヴァントだが、いかに英霊と言えども、生前から研究していたような人物でもない限り、この期間限定の聖杯戦争でターミナル化した街をコントロールできるとは思えないし、都合よくそれが出来る英霊がサーヴァントになる可能性など皆無だ。

「ねえ、じつはもう一人召喚されている“キャスター”が実はアイツだなんてことは無いわよね?」

「アイツ?」

 キャスターの言葉にバーサーカーが首をひねる。そんなバーサーカーに、キャスターは生前の知り合いの名前を嫌そうに述べる。

「ルヴィアよ。みんな英霊なんて電波設定ありえない展開なんだから、ひょっとしたらと思って」

「違うわよ。ネタとしては面白そうだけど、本当に収拾がつかなくなるわ」

「そう……」

 第二魔法によるこの街のターミナル化、それを利用する何者か。正直、いつ抑止が動き出してもおかしくはない危険な状態だ。

 正直、自分の家の神秘がこのように誰かに使われているというのは気分が悪い、それがこの異変の調査を始めたきっかけだった。だが、思いつく限りの候補を当たっては見たものの全て外れ。

 最後の候補だったアインツベルンも、イリヤやバーサーカーがこの調子では関わっている可能性は無いだろう。バーサーカーの性格や行動原理、したたかさはキャスターが一番良く知っている。もしアインツベルンがこの異変を利用しようと考えても、従っているふりをしながらのらりくらりと軌道修正してしまうはずだ。

 引篭もっているアインツベルンはこの街の異変に気がついてすらいないのかもしれない。

「ま、私がわかっている事はこれくらいね。

 ──結局何もわかっていないのに等しい状況だけど」

 そう言うとキャスターは懐を探り始める。その様子をみたバーサーカーが呆れ声を上げる。

「なに、煙草? いいかげん止めなさいよ。万が一誰かに見られるとこっちの凛に迷惑がかかるわよ」

「そんなヘマはしないわよ。アーチャーだって吸ってるでしょう。と、あったあった……」

 懐からイギリスで最もメジャーな煙草を取り出すと、口先で軽くくわえる。ライター代わりに魔術で火をともし一服、部屋に紫煙が広がる。だが、不思議と煙はバーサーカーとイリヤに近寄る事は出来ずに空中で分解された。

 その様子に、キャスターが苦笑いを浮かべると、魔術刻印を起動させて火のついた煙草をどこかの空間に放り込む。

「嫌なら言えば吸わないわよ」

「別に煙草は嫌じゃないわ、その銘柄が嫌いなだけ。それとアーチャーは吸ってないわよ」

「あら、そうなんだ」 

 その言葉にキャスターはもう一度苦笑いを浮かべると座布団から立ち上がる。そんなキャスターに、イリヤが声をかける。

「お話は終わり?」

「ん……、あんまり実りのある話題じゃなかったけどね。知らせといた方がいいと思って」

 ふとキャスターは、イリヤの目が真剣な事に気が付く。

「なんでわたしに知らせたの?」

「そうね、もしもの時の保険よ」

 キャスターの言葉に、銀色の少女は冷たく言い放つ。

「貴女達って、最低ね」

 その言葉は果たしてサーヴァントはどう捉えたのだろうか、それはイリヤにはわからない。ただ、キャスターは寂しげに微笑みながらこたえた。

 

「たぶん、貴女の言うとおりでしょうね。

 でも、そういうところは士郎とそっくりよ、イリヤ」

 

 

 

 続く……今回は間があきすぎたorz

 

 

 

 

 

おまけ・天罰編

 

 

「ふう、此処まで逃げれば安心ですね。桜さん、ぐっとらっく」

 

 ぴゅ〜、ぽとっ。

 

「あれ?」

 

 じりじりじり……ぼっ!

 

 みぎゃー!

 

 良い子の皆は、煙草の投げ捨ては止めようね。

 ちゃんちゃん。