とある英霊と夜の始まり

 

 

 そこは、一種独特の空間と化していた。

 10年以上生きていれば双子を一度や二度見たことがあるだろう。ほとんど同じ顔をした人間が二人並んでいるのを見て、少し妙な感覚にとらわれた人もいるはずだ。

 その双子以上にそっくり──それこそ、ほくろの位置や数まで──同じ顔が4組、同じ食卓に並んでいるのだ。もっとも、魔術師やサーヴァント達はその異様な世界こそが本来の住処だ、動じることなどない。とはいえ、さすがに一般人が見たらどう言う反応を示すだろう。

 俺は食卓を眺めながら、そんなくだらないことをぼんやりと考えて……。

「ねぇ、士郎。お代わり頂戴〜」

 ニョキっと突き出される虎のプリントされたドンブリお茶碗。それに誘発されたかのように2つのドンブリお茶碗が同時に差し出される。

「シロウ、お代わりをお願いします」

「シロウ、お代わりを所望します」

 とりあえず俺がセイバー二号のドンブリ茶碗を受け取り、アーチャーの奴がセイバー一号のドンブリ茶碗を受け取る。まったりと幸せそうなくせに妙に磨耗した表情をするアーチャー、後回しにされて泣きそうな顔をする藤ねえ。って、いい年してお代わりの順番くらいで泣きそうな表情するなよ。

「えーん、士郎がお姉ちゃんを無視したー。士郎のごはんはふさしぶりなのにー。 って、もらったぁ!」

 突然脈絡のない行動をする藤ねえ。いや、いつもの事だけど。って、そのおかずは……。

「タイガ、それは私が狙っていた!」

「ちちち、セイバー一号ちゃん、これは早い者勝ちなのだ」

「一号、それはアーチャーのおかずでは?」

「いいんだ二号、もうなれた。ああ、アーチャーの奴もこうやって磨耗していったんだろうな」

 アーチャーはお前だろう。ってか、そんなに安く磨耗するのかよ、衛宮士郎は。

 嘆くアーチャーに少し気分をよくしながら、俺はたぶんきっとおそらく一般人の端くれだろう、虎の顔を盗み見る。ガツガツと音を立てて欠食児童の如く銀シャリをかっ喰らう藤村大河(2(ピー)歳、独身女性、穂群原学園英語教師)。雷河爺さんが嫁の貰い手がないと嘆くのも頷けるな、まったく。

 あ、いや、問題はそっちじゃなくて。

「なぁ、藤ねぇ……」

「どうしたの、士郎?」

 食べる手を止めずに聞き返してくる藤ねえ。どうでもいいが、行儀悪いぞ。

 いや、だから問題はそうじゃなくてさ。

「この状況に何か言う事は無いのか?」

「ん〜、皆が居ると士郎がたっくさんおかずを作ってくれるから、お姉ちゃんとっても幸せだぞー」

「はい、とても幸せです」

 藤ねえだけじゃなくて、何故かセイバー一号まで幸せそうに微笑む。って、二号が隣りで顔を真っ赤にして恥かしそうに俯いている。なんかちょっと、今の二号は萌えだ。

 一方アーチャーは、微妙に煤けた表情で傍らの少女騎士に問い掛ける。

「セイバー、君には聞いていないと思うのだが……」

「意思表示はたいせつですよ、シロウ」

 ああ、なんだかアーチャーがますます磨耗していっている、いい気味だ。あ、とうとう限界になったのか台所に逃げ込んだ、何かデザートを作りはじめたらしい。

「ああ、今日のデザートは何でしょう」

「でも、アーチャーさんのデザートは美味しすぎて……また……」

 それを見てさらに幸せそうな表情をするセイバー一号、もう一人の己れの言動にさらに真っ赤になるセイバー二号。ついでに何か夢見ごこちでごにょごにょと呟く桜。ついでにそれを見てあくまの微笑を浮かべる……いや、そっちは見ないようにしておこう。

 それにしても、藤ねえは人の範疇に納めていいのか時々悩む事も多いが、いちおーは識別は人間でいちおーは一般人で確定的に虎だったはず。

 なぜこの状況に動じない? 魔術師の端くれにも引っかからないけどたぶん業界関係者だった俺ですら少し動じたのに……。いや、この虎の事だから空腹のあまりこの異常な状況に気がついていないのか。いくら藤ねえでも2日で3人も人が増えれば気が付くだろう。つーか、2日来なかっただけで久しぶりって? いや、そもそも藤ねえを常識で計ること自体無意味だし、だって虎だし。

 10年もの付き合いになるが、相変わらず行動の読めない自称姉な虎である。

「タイガーって呼ぶなー!!!」

「呼んでねえよ!!! 食事中に叫ぶな、バカ姉!」

「だからタイガーってよぶなぁ!!!」

 本当に行動が読めない。何処が姉なんだよ。

 

「でもー」

 テーブルにあごを乗せながら食後のお茶をすする藤ねえ、行儀悪いぞ。ああ、イリヤも真似をするんじゃあ……って、先にバーサーカーが注意をしているか。

「本当にそっくりね、みんな」

「あんまりじろじろ見るな、藤ねえ。失礼だぞ」

 まったりじっくりじろじろと俺とアーチャー、セイバー一号二号、そしてその横の……ああ、そうさ、いいかげん認めよう。桜と桜が英霊化したというアサシン、遠坂と遠坂が英霊化したというキャスターを見つめる藤ねえ。

 いや、ホントどうなってるんだ、この家は。元から英霊のセイバー達はともかく、俺や遠坂、はては桜まで英霊になってるって、なんでさ。

 藤ねえにはイリヤやバーサーカーの家の人と説明したのだが、今回は珍しくあっさりと信じてしまった。まぁ、ありがたいと言えばありがたいのだけど、この状況に異常を感じないなんて偽ライダーの結界で頭をやられたのか?

「いえ、私の結界にそのような効果は無いはずなのですが……」

「そうか……」

 こそこそと俺の耳元で、困ったように囁くライダー。

「でも、藤ねえだし……」

「彼女の事は私も少し知っていますが……。短時間、不完全だったとは言え、二つ同時に“他者封印・鮮血神殿”が発動したのに一般人が僅か二日でピンピンしていると言うのも……」

「でも、藤ねえだし……」

「まぁ、たしかに色々と常識では計り知れない女性ですが……」

 俺とライダーの困ったような生暖かい視線に気がつく事も無く、アーチャーが作ったデザートのりんごのタルト──どうやら、昨日から仕込んでいたらしい、いつの間に──を貪る藤ねえ、さすがにマナーは守るが目視できない速度で食べるセイバー達と桜とアサシン……、って、桜、お前もか。遠坂とイリヤ、キャスターはさすがに上品に食べている。

「ふうぅ、ごちそうさまぁ。さってと、学校が休みだからって遊んでちゃ駄目よ士郎。特に最近は物騒だから夜遊びはダメよ」

「夜遊びって何さ」

 そう、一昨日の偽ライダーの襲撃以来学校は休校だった。特に偽ライダーの暴れた3階は校庭側の壁があちこち壊れているし、校庭の真中には巨大なクレーターが出来ている。教師生徒もほとんどはまだ入院中だし、実の所再会の目処は立っていない。とりあえずは今週一杯は休校と言う話だった。

 逆に、葛木のように無事だった職員は総出で対応に追われているとか……、まぁ、藤ねえも病院から出てきたということは今日から仕事なのだろう。

「藤ねえこそ病み上がりなんだから、無茶するなよ」

 俺の言葉に藤ねえは一瞬だけ意外そうな表情をするが、合点いったとばかりに手を打ち鳴らす。

「おお、そうだった、病み上がりだった。病み上がりのお姉ちゃんに美味しい夕飯とデザートを用意してくれると嬉しいなぁ」

「やかましい、さっさと出ろよ。時間じゃないのか!?」

 好き勝手な事を抜かす藤ねえに俺は呆れ声を上げる。まぁ、あの様子なら大丈夫なんだろう、たぶん。

 そんな俺の様子をケラケラと面白そうに眺めていた藤ねえだったが、不意に真剣な表情をする。何処か遠くを見ているような、何かを思い出しているような目で居間の面々を見る。

「でも、本当に気をつけなきゃダメよ、士郎」

「いきなりどうしたんだよ、藤ねえ」

 突然と言えば突然な藤ねえの物言いに、藤ねえの様子をのぞき見る。ほんの一瞬だけ人生に疲れ果てた老婆のように見えたのは気のせいだろうか? なにか、全てを見抜かれたようで居心地が悪い。

 だが、そんな様子の俺に藤ねえはニカリと笑いかける。

「なんでもないわ。このいえにこんなに女の子ばっかりだと、士郎がエロエロにならないか心配よねー。ただでさえ真性の幼女愛好家でどこかの都市の探偵さんとためをはれる……」

「ご主人様……

 はやくぅ、おクスリ、おくクスリ……

 頂戴ぃ……ぃッ」

「人聞きの悪い事言っているんじゃねぇ! って、イリヤもどこかの古本娘の真似はしないっ! ってか、前にもやったろう、そのネタはっ!!!」

「でも、Fate/zeroはニトロ+との……」

「メタネタ禁止! 地方の人は買いに行けないし!」

 どこからつっこんでいいのかなやむボケの連発に、俺は思わず頭を抱える。

 って、なぜ冷たい目でこちらを見るんだよ、セイバー二号に遠坂。『そういえば士郎って小さな女の子にもてたわよねぇ』などと不吉なことを言う言うキャスター、頼むからアーチャーといっしょにしないでくれ。ハラハラとうろたえる桜とアサシンに『やはり大女は萌えじゃ無いのですね』などと呟くライダー、いや、あいかわらず人気は桜よりも高いですよ、どーせ俺や藤ねえは10位落ちさ。そして、笑い転げるバーサーカーとイリヤ。あ、アーチャーがセイバー一号につねられている。

「んじゃねぇ、士郎。気をつけるのよ」

 好き勝手言っていた藤ねえが、電光石火の速度で居間から姿を消す。

 まったく、あれで職業が教師なんだから世も末だ。

 俺だけでなく他の面々も同じだったのだろう、皆曖昧な笑顔で藤ねえを見送っていた。そして藤ねえが完全に家から出てしばらくして、居間は魔術師の時間となる。

「ねえ、衛宮くんとセイバー二号」

 最初に口を開いたのはキャスターだった。

 遠坂が英霊化したというキャスターは、真剣な表情を俺たちを見つめる。

「昨日はドタバタして詳しく聞きそびれちゃったんだけど、昨日貴方達は“アーチャー”と戦ったんだって?」

「ああ、そうだけど?」

 キャスターの何か含んだような物言いに何かひっかかる物を感じながらも頷く。

「それって、どっちのアーチャー?」

 ああ、そういう事か。現在この町にアーチャーのサーヴァントは二人のエミヤとギルガメッシュの計三人居る。どのアーチャーと戦ったのかと聞いているんだろう。

 二号も同じ結論に達したのだろう、俺の顔を見て頷くとキャスターの質問に答える。

「戦ったのはもう一人のエミヤ……赤いアーチャーです。どうやらこの家を見張っていたらしく、買い物に出かけた私とシロウをつけていたようです」

「二号に護衛をさせて正解でしたね……」

「まぁ、奴が此処を見張っていたのは有りそうな話しだな……。狙撃でもしてきたのか?」

「いえ、狙撃してきたのではなく……」

 アーチャーの質問に、二号が何となく言いにくそうな表情をする。たしかに、自分はアーチャーの尾行に気付かず、ギルガメッシュがもう一人のアーチャーの尾行を暴いたとは言いにくいのだろう。とはいえ、そこを誤魔化すような二号でもなかった。

「偶然通りすがったギルガメッシュが、アーチャーの尾行に気が付いて……」

 二号のその言葉に、サーヴァント達が一斉に固まる。

 顔を見合わせ、一斉に考え込む。次の瞬間全員が叫び声を上げた。

 

「「「「「はぁあああああああああ!?」」」」」

 

「ちょ、ちょっとまってください、二号。貴女はあのギルガメッシュに遭遇したと言うのですか!?」

「え、ええ、まぁ……」

「ギルガメッシュって、あのギルガメッシュよね。あの金ぴかでバカっぽい」

「バカっぽいかどうかはともかく、ギルガメッシュって名乗ったぞ」

「な、何でこの時期に出てくるのよ。ラスボスっぽく最後まで出てこないと思ったのに!?」

「というか、宝具はどうだったのよ、アイツ?」

「そう言えば、盗まれたとか何とか言ってたな……、って、もしかしてキャスターがやったのか?」

「い、いいじゃない、そんな事。敵の戦力を割くのは基本よ」

「それだけが目的ではないだろう。まったく、サーヴァントになってまで何をやってるんだ、君は……」

 一斉に騒ぎ出すサーヴァント達。ギルガメッシュの名前はサーヴァント達には衝撃的だったようだ。

「つまり、アーチャー(大)とギルガメッシュの戦闘に巻き込まれたと言うわけですか……よく二人とも無事で」

「ああ、俺たちのときは半死半生で何とか切り抜けたのに……」

 どれだけ騒いでいただろう、とりあえず真っ先に落ち着いた一号が溜息混じりに呟き、アーチャーも驚愕の表情のまま呻き声をもらす。

 あー、でもそれはちょっと違うんだよな……。

「あー、えっと。戦いに巻き込まれたと言うよりも、ギルガメッシュが俺たちを助けてくれたんだよな、どちらかと言うとだけど……」

「ええ、不本意ですが、そう言う形になりますね」

 俺の言葉に、二号が不承不承に頷く。尾行に気が付かなかったのだから否定も出来ないんだろう。

 この俺たちの言葉に、今度こそサーヴァントたちは完全に凍りついた。

「でも、二号。本当にあいつは悪い奴なのか? 敵として恐ろしいのはわかるけど、話せばわかりそうな奴だったけど?」

「シロウ、その考えは甘い、甘すぎます。コーラをシロップで固めてフライにした挙句ホイップクリームとシュガーをふりかけたくらい甘すぎます」

「なんか、聞いただけで歯が溶けそうな例えだな、そりゃ……」

「実際にアメリカにあるそうです。

 ではなくて、いいですか、シロウ。あのギルガメッシュは確かに一見まともそうでしたが、あれはおかしな薬をきめてラリっているだけです。あの男の本性は傲慢不遜唯我独尊邪悪悪魔下種外道非道無法にして……ええっと、言葉に出来ないくらいのキモイのです!!!」

「でも、あの子供がどうすればそうなるんだ?」

「それは私が聞きたいぐらいです。アレは猿から人間への進化以上に成長過程に謎が大きすぎます。てか、完全に別人です! ぶっちゃけ、ありえないです!!!」

 いや、二号。その大きいほうのギルガメッシュが嫌いなのはわかったから、なにも涙目で鳥肌立てなくても……。

 そんな俺と二号のやり取りの間に、ようやく再起動した一号が絞り出すような声を上げる。

「シ、シロウ……お尋ねしてよろしいことですか?」

「一号、言葉使いが変ですよ」

「いえ、私の言葉使いはともかく、あのギルガメッシュに遭遇したのですよね?」

「ああ、偶然だけどな」

 まさか、甘味屋にサーヴァントがいるとは思わなかったけど。

「で、そのギルガメッシュが尾行していたアーチャーを撃退したと?」

「ああ、固有結界ごとギルガメッシュの宝具で吹き飛ばされてたぞ」

 いかにアーチャーと言えども、あの一撃を喰らって生き延びれるとは思えない。おそらく死体すら残らなかっただろう。

 俺の言葉に、一号が何ともいえない表情をする。なんというか、おなかが減って仕方ないのに、目の前に泰山の麻婆を置かれたような表情だ。本当に嫌われているんだな、大きいギルガメッシュってのは。

「し、シ「ちょっと、衛宮くん?」ロウ?」

 呆然としている俺に対し、一号はさらに何か言おうとする。しかし、その声は妙に渇ききった遠坂の声にかき消される。

「いま、貴方何を言ったの?」

「え、えっと、ギルガメッシュの宝具に吹き飛ばされた?」

「その前よ」

 にこやかな笑顔で俺に詰め寄る遠坂。

 って、こら、こっそり逃げようとするなアーチャー。あ、キャスターとバーサーカーに捕まってる。

「えっと、固有結界ごと?」

「……士郎、なんでそこで固有結界なんて大魔術が出てくるの?」

「いや、何でって言われても、大きい方のアーチャーが普通に使ってたぞ、固有結界“無限の剣製”を」

 そう、なぜだか知らないが、見た瞬間俺は理解してしまった。あれは、生涯を剣として生きた男の唯一の確かな答え……。宝具をもたない英霊エミヤの宝具と呼べるモノ……。

 一方遠坂は、さび付いた動きでアーチャーを一瞥すると、再び俺に視線を合わせる。って、だからその笑みは怖いって。

「ねぇ、アーチャーって衛宮くんなのよね」

「あ、ああ。そこの赤いのが嘘を言っていなければそうらしいが……」

「うふふふふふふふふふ」

「あははははははははは」

 突然笑い出す遠坂。おいおい、桜やアサシン、イリヤが引いてるぞ。

 

「って、何であんたみたいなへっぽこが固有結界なんて大魔術を使えるのよ!!!!!」

 

 よぉぉぉぉぉぉぉ!

 よぉぉぉぉぉぉ!

 よぉぉぉぉぉ!

 ああ、爆発した。

「い、いや、使えるのは俺じゃなくてアーチャーだし」

 少なくとも俺はアレにはまだ届きません。しかし、爆発した遠坂は聞いちゃいなかった。俺の襟首を掴んでがっくんがっくんと激しく揺らす。

「いい、固有結界って言うのは魔術師の目標の一つ、世界を己れの心象世界に塗り替える大魔術よ。あんたがどんなに成長するのか知らないけど、あんたみたいなへっぽこが使っていい代物じゃないのよ!」

「い、いや、そう言われても確かにアーチャーが使ったぞ」

「だから、使えるのがデタラメなのよ!!」

「いや、それに特化した魔術回路ということで一つ」

「なに、それ、全世界の善良な魔術師の皆さんを馬鹿にしているわけ!?」

「く、くるしい……」

「さあ、どんなインチキをしたの、はきなさい、さあ、はきなさいっ!」

 ああ、目が回る、酸素が頭に行かなくなる、脳がシェイクされる。おお、ごっと、おれがなにかわるいことを……。

「って、リン、落ち着いてください!」

「それ以上やるとシロウが死んでしまいます! 気持ちはわかりますがとりあえず落ち着いて!」

 遠坂の凶行を慌てて止めに入る二人のセイバー。いかにあかいあくまと言えども剣の英霊二人がかりで引き離されてはなす術もない。無事救出された俺はとりあえず部屋の片隅で二号に膝枕をされる。何ともいえない弾力が心地よい。

 一方、なぜだか遠坂の怒りは収まらない、俺から引き離された遠坂はアーチャーを追求する。

「アーチャー。あんたが何で固有結界なんて使えるのよっ!」

「いや、何故かと問われても……、いや、そもそもこれは強敵を目の前にキメ台詞と共に説明する物ではないのか?

『あ、アーチャーあんた……』

『ふっ、俺の生涯は魔剣にも聖剣にも縁が無かったものでね。これは生涯を剣として生きた俺のたった一つの答え』

 とかっ!」

「このSSに「ほほう、そうなのですか、アーチャー」何そんな慎みを……?」

 遠坂の怒りの声は、セイバー一号の声に遮られる。あっ、アーチャーの奴地雷を踏んだな。

「ほほう、アーチャー……いえ、シロウは聖剣には縁が無かったと」

 俺の耳に確かな破滅の音が聞こえてくる。

「あ、いや、俺の来歴には縁が無いというだけで……」

「ふふふふふふふふ、貴方の剣として貴方を思いつづけていた私とは縁が無かったと」

 ごうごうと居間に吹き荒れる暴風。セイバー一号の右手から風の鞘が剥離していく。

 てか、こんな所で聖剣使うなよ、一号。ああ、ライダーにアサシン。桜とイリヤを逃がすのは良いけど、そのまえにセイバー一号を止めろよ。てか、バーサーカーとキャスター、何笑い転げているんだよ、だから見てないで止めろって。

「いや、その剣は違うだろう」

「ふふふふふふふ、私が剣でシロウは鞘だったはず。それなのに聖剣とは縁が無いなんて」

「ああああああ、落ち着け、落ち着くんだセイバー」

 ああ、一号の頭からアホ毛が消えていやがる。ああ、つながってないはずのバスが強引に開かれ魔力がゴッソリもっていかれるぅ……。

「あああああ、シロウ、シロウしっかりしてください!」

 二号が慌てて俺を揺さぶる。しかし、強引に魔力を奪われた俺は出涸らし状態。

 もっとも、そんな俺たちの様子を気が付くことも無く、セイバー一号は剣を振り上げる。

「この、シロウの浮気者!!!!」

「ギャー」

 

 

 

「さて、話を戻すわよ」

 ちょっぴりあちこちが壊れた居間の上座に座った遠坂が、テーブルに座った面々を見渡す。

 俺は相変わらず立ち上がることさえ出来ず部屋の隅で二号に介抱されていた。ちなみに、横にはちょっぴり顔の形が変わったアーチャーがぶちぶちとセイバー一号にお説教を受けている。ってか、膝枕でその姿勢は顔が近づきすぎですよ、アーチャーに一号さん。

「その前にちょっと聞いて良いかしら、遠坂凛」

「何フルネームで人の名前呼んでるのよ、って、何よ、キャスター」

「確認の為聞いておきたいの。この町に同じクラスのサーヴァントが二体ずつ存在しているって聞いたんだけど」

 キャスターの探るような言葉に、遠坂は何故か首を横に振る。

「違うわ。私も最初はそう思っていたんだけど……アサシンは三体存在している。敵が何者でどんな能力を持っているのかはわからないけど、サーヴァントを同時に多数呼び出せるみたい……」

「なっ! 本当か、遠坂!?」

 遠坂の言葉に、俺は思わず飛び起きる。そんな俺に、遠坂は冷静な目で答える。一瞬だけ桜を見てつらそうな表情をするが、すぐに威を決して話し始める。

「本当よ。詳しい事情説明は省くけど、昨日間桐の当主に会ったの」

「間桐?」

 間桐って……そっか、桜と慎二の関係者か? それで遠坂はつらそうな表情をしたのか?

「そう、それでボケていたわ、あの蟲爺」

「へっ?」

 遠坂の言葉に、桜が間抜けな叫び声を上げ右手を上げ、右手を下ろして、左手を上げ、クルリと一回転……って、その間抜けな踊りは何ですか、桜さん?

「あの、ボケていたって、お爺様が?」

「当主って、桜の爺さんなのか?」

「え、えっと、それはその……」

 俺の質問に桜が言葉を濁す。聞くのはまずかったか?

 そんな空気を察したのか、遠坂が口を挟んだ。

「それはどうでも良いわ。とにかく、臓硯って言うんだけどそいつはボケていてアサシンのサーヴァントが何故か介護をしていたの」

「なんでさ」

「さぁ? とにかくそいつ等が一昨日……東京にいたらしいの」

「へっ?」

 再び間抜けな声を上げる桜。だから、何で躍りだすのさ。

「なんか、ボケて徘徊していたみたいね。警察の正規の記録に残ってたわ」

「どうやって調べたんだ?」

「それは企業秘密よ……って、それはともかく、とにかくここで重要なのは一昨日はそのアサシンは一日東京にいたって事よ」

 一昨日って事は……あっ!

「って、それじゃあ一昨日俺が見た骸骨の仮面はっ!?」

 俺やライダー、桜が見たあの黒い髑髏の仮面は一体なんだというのだ? 慎二を連れて行ったアレはなんだと? そう、あれは確かにサーヴァントだった。

「サーヴァント・アサシンでしょうね。話しに聞く限りじゃ。

 いくらなんでも士郎や桜だけじゃなくて、ライダーの目までは誤魔化せないでしょう」

「はい、普通はサーヴァントにはサーヴァントはわかりますから」

 遠坂の言葉をライダーが肯定する。

 つまり……。

「そっ、此処にいるアサシン・桜に慎二を連れて行ったというアサシン、それとアサシン・ホームヘルパー(自称)の三人が既に確認されている、もっと居る可能性すらあるわ。フェイクの可能性も無いわけじゃないけど、居ると仮定して行動するべきね」

 俺の視線での問を、遠坂が肯定した。

 一昨日の学校での戦いを見たからわかる。それだけ尋常ではない数のサーヴァントが居るとしたら、10年前以上の災厄がこの街を襲う可能性だってあるのだ。

 俺と同じ恐怖を感じたのか、桜の顔も真っ青……あれ?

 俺は不意に違和感に気が付く。

 そう、遠坂の言葉を聞いたバーサーカー、キャスター、ライダー、アサシンの顔色がめまぐるしく変わったことを。

 

 そして、此処で話はお流れとなった。

 サーヴァント達が、適当な理由をつけて居間を退席していったから。

 その様子に、俺と二号は互いに顔を見合わせ、頷き返した。

 

 

 そして、時間は夜となる。

 

 屋敷から六つの人影が消え、それを追うように二つの人影が消えた。

 

 

 

 続く……かも。

 

 

 

 

 

 

幕間・夜の底で

 

 

身体に泥が纏わりつく感覚。強引に生み出される痛みと苦しみ。

あるはずの無い神経の一つ一つが悲鳴を上げる。

零から骨が組み上げられ、組替えられていく。

粘土細工のように肉がちぎられ、肉が貼り付けられていく。

ありえない痛み、ありえない存在を生み出すのはエーテルの輝きか。

 

 彼の脳裏になにか、自分のものではない情報が刷り込まれていく。サーヴァント、聖杯、マスター、令呪……、霊体化のやり方、現代の情報……etc。情報は知識となり、強引に刷り込まれる知識は嘔吐感と嫌悪感をもたらす。

 

 闇が滲み出し、光が捻じ曲がる。

 経験ではなく記録があるだけだが、とにかくこれほど気持ちの悪い召喚は彼にとって初めてだった。

 

「カカカ、ようこそ、英霊殿。御主はサーヴァントで良いのかな?」

 その英霊の前に、一人の小柄な老人が現れる。パスは繋がっては居ないようだが……こいつは悪だと彼の直感が継げる。

 生前なら、問答無用でぶった斬ってやるところだ。

 だが、彼の理性がとりあえず現状を確認するべきだと告げる。

「ああ、サーヴァント・セイバーだ。本来なら主従の誓いをするべきなんだろうが、あんたはマスターじゃねえだろう?」

 マスターだとしても、こんな老人と主従の誓いなどする気はないが、情報を引き出すためにとりあえず聞いてみる。

「カカカカカ、さすがはセイバーじゃな。確かにワシは御主のマスターではない」

 人を小馬鹿にしたような老人の態度に、英霊は後でこの老人は必ず斬ると決めた。しかし、その前にマスターを確認するべきだろう。どんなマスターなのかは知らないが、この老人に囚われているとしたら……。

 そんな英霊の様子に、老人はもう一度笑い声を上げる。

「おい、爺。俺は気の長いほうじゃねえんだ。あんたが何物かしらねえが、馬鹿にしていると叩き切るぞ」

 そう言うと、英霊は生前愛用した魔剣を召喚する。

 だが、老人は英霊に臆した様子も無く、親しげとも言える様子で話し掛ける。

「まぁまぁ、まて、若いの。御主のマスターうんぬんの前にちと老人の頼みを聞いてくれるかな?」

「はん、そんな義理は無いね」

「まぁ、義理は無いじゃろうが、年寄りの話は聞いて損は無いぞ」

「はん、死人風情が何を言っていやがる」

「まぁ、聞け。頼みとはな」

 老人は此処で言葉を切ると、英霊の眼を覗き込む。

 

「死んでくれ」

 

 その言葉と同時だった。

 英霊の胸から真紅の穂先が生え出す。

「ぐふぁぁ!」

 突然の背後からの攻撃に、その英霊は血を吐き膝をつく。あたり前だ、この槍は英霊の記憶が正しければ殺すことに特化した槍のはず。親友が命を託した絶対の一、それがなぜ此処に……。

「くくっくっくっく、よえーな、本当に」

「な、なぜてめぇが此処に……」

「はん、いちゃあ悪いのか、親友」

「セタンタ、てめぇ……」

 嘲るような声をあげ、槍の担い手は英雄の誇りを汚す。

ありえない、別にお上品な戦いをするような奴ではないが、だからと言って戦士の、英雄の誇りを汚すような奴ではない。

 親友を騙まし討ちにして、ヘラヘラと笑っているような奴ではない。

 英霊は男を睨みつける。見た目は彼の親友だ。魂も彼の親友だ。

 だが、英霊は気が付く。

 目の前の男は彼の親友ではない。なにかが、決定的に違う。

「てめえ、何者だ。見た目は同じだがあの馬鹿じゃねえな。貴様は誰だ……」

 英霊の言葉に、槍の担い手は嘲るような、道化のような口調で答える。

「てめえの親友さ。ちっとばかし普通じゃねえがな」

 男の槍が、英霊の頭を撃ち抜いた。

 

 魔力の塵となり消えていく英霊の死体を見ながら、老人は少し困ったように、しかし面白そうに笑い声を上げる。

「カカカ、あの愚か者の残した計画を真似てみたが、やはり無駄に時間がかかりすぎるのぉ。それに、今の男のように必ずしも命令どおりに動くタイプが来るとは限らないか……。やはりワシの計画した通りに最初に出てきた7騎を使うか。いや、もう6騎じゃな」

「おいおい、爺。無抵抗な奴をだまし討ちにするのもそれなりに面白えが、今度は少しは歯応えのある奴か女を殺させてくれねぇか?」

 一方、槍の担い手は消えていく英霊に感慨を抱くでもなく、つまらなそうに老人に不満をぶつける。

「カカカ、安心せい。この計画は此処で中止じゃ。次はあの屋敷を……おや?」

 その英霊の態度に、老人は愉快そうに笑い、そして不意に笑みを止めた。

 

「どうやらお客様のようじゃぞ、ランサーよ」