とある英霊と虚ろなる英雄

 

 

 

 闇よりも深いグロを纏わせて、ソレは現れる。

 

 

──それは、頭にバナナっぽいなにかが突き刺さっていた。

 

 アーチャーの目が大きく見開かれる。

 

──それは、死んだ魚のようなうつろでまんまるな目をしていた。

 

 キャスターと凛の瞳孔が開かれる。

 

──それは、まるでたくわんを束ねたような髪をしていた。

 

 アサシンとバゼットが息を飲む。

 

──それは、妙に塗りむらがあり造形も甘い、安っぽい衣装を身に纏っていた。

 

 士郎が……。

 

──それは、アホっぽく口を半開きにしていた。

 

 

 

「せ、セイバー……」

 

 誰かの呟きが、夜の闇に染み込んでいった。

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

 

 

「ちょっとまちなさいっ!!!」

 

「あれの何処が私ですかっ!!!」

 

 

 誰かの呟きに、全身全霊のツッコミを炸裂させたのは、無論セイバー一号&二号だった。

 その叫びに、きょとんとした表情で士郎は二人のセイバーに向き直る。

「どうしたんだ、一号、二号」

「どうしたもこうしたもありません。アレの何処が私なんですかっ!」

 現れたソレを指差しながら、セイバー二号が再度力説する。

「大体、前回の引きと全然違うじゃないですかっ!」

「そ、そうか?」

 引きつった表情を浮かべる士郎に対し、セイバー二号はソレあらためて指差す。

 指差されたソレはというと、焦点の定まらない死んだ魚のような虚ろな目で『あうぅ〜』だとか『ほげぇ〜』だとか呟いていた。

 ついでに、その背後では怪奇ワカメ男が……。

「ぬわっはっはっはっはっは。見よ、驚け、そしてひざまづくのであ〜る。これこそ、我輩の新発明『先行試作量産型邪神セイバー28号DX青春の甘酸っぱい思い出は放課後の屋上と更衣室に放置された柔道着の残り香赤い夕日に向かって跳べよ打てよ買えよと三拍子揃った戦う闘志がまだあるのなら』であ〜る。あぁ、憎い、我輩のこの溢れんばかりに垂れ流しになっている才能が憎い。その憎さが可愛さ余って十回転、ドキドキハートの子守唄が聞こえてくるのであ〜る!!」

 などと、どこぞのアー○ムシティのできれば無かった事にしておきたい名物キ○ガイ……もとい、自称天才科学者のようなハイテンションでギターを弾いていた。

 まぁ、ワカメの奇行はさて置いて。

「だいたい、アレはなんですかっ! いくらなんでも酷すぎます。どっかの邪神の眷属の魚もどきじゃあるまいし!!!」

「というか、こんな一部の人にしか通じないネタを持ってきてどーするんですかっ!!!」

「いや、元々一部の人にしか通じない投げっぱなしなネタが多いと思うぞ……」

 いらんツッコミを入れるアーチャー。ちなみに、キャスターとアサシン、凛にバゼットはちゃっかりと少し離れた所に避難している。

「ち、ちなみに、ソースは秘密であ〜る。興味がある人は、セイバー、フィギア、中国で調べるとよろしい」

「やかましいっ!!!」

「ふぎゃああああ!」

 どこかの配線が切れているのか、やたらめったハイテンションでギターを弾くワカメ男に、セイバー二号が手近にあった地蔵を全力でぶちあてる。

 正義の地蔵は怪奇ワカメ男の顔面にめり込み、一撃で男の意識を断ち切った。

「で、シロウにアーチャー。あれの何処が私なんですか?」

 一方、セイバー一号はヒトが殺せそうな視線で士郎とついでにアーチャーを睨みつける。

「いや、そう言われても……」

「ノリと言うか、何と言うか……」

 その剣幕に顔を見合わせる二人。そんな彼等の耳に『先行試作量産型邪神セイバー28号DX青春の甘酸っぱい思い出は放課後の屋上と更衣室に放置された柔道着の残り香赤い夕日に向かって跳べよ打てよ買えよと三拍子揃った戦う闘志がまだあるのなら』(長いので以降は邪神セイバーと呼称)の呟きが耳を打つ。

 

「シロウ……、おなかがすきました……」

 

 その呟きに、一瞬重苦しい沈黙が垂れ込める。

 そして……。

 

「やっぱりセイバーだよなぁ」

「ああ、セイバーだな」

 

「何でそうなるんですかっ!!!」

「ってか、貴方達のなかの私はどー言った存在なんですかっ!!!」

 血管がぶち切れそうな叫び声を上げるセイバー達に、面々は彼女のイメージを口にする。

「ハラペコ」

「食っちゃ寝」

「炉」

「貧「それは姉さんでは?」……って、なんですって!?」

 容赦ない評価だった。

 そのあまりの容赦の無さに、二人のセイバーは地の底まで落ち込む。

「そ、そんな……シロウまで……」

「わ、私の存在意義って一体」

 そんな二人に、邪神セイバーが声をかける。

「シロウ……、おなかがすきました……」

 

「「それしかないのかっ!!」」

 

「ってか、慎二。お前なに考えてこんなの出したんだ」

 さすがに士郎がなんとも困ったような表情を慎二に向ける。

 先ほどの衝撃で配線が元に戻ったのか、慎二は意外とまともに受け答えをした。

「ふんっ、衛宮。お前に僕の気持ちはわからないさっ!」 

「いや、本気でわからないよ」

 もっとも、今更まともに返されても困る。

「さすが魔術師様。たいした余裕だなっ!!!」

「いや、魔術は関係ないだろう」

「そう言うところが余裕だって言っているんだっ! お前にわからないだろう、処分に困った失敗作を押し付けられた僕の気持ちがっ!!!」

「いや、そう言われても……」

 慎二の叫びに、さすがの士郎も顔に縦線を浮かべる。

「うるさいっ! 早くこれと勝負しろ。そして倒せ。ってか、お願いしますから倒してください!」

 最後の方はもはや懇願だった。ちょっぴり目尻に涙が浮んでいる。

 そのあまりに哀れな様子に同情したのか、凛がボソリと口を挟む。

「令呪を使って消せばいいじゃないの」

「僕がそれをやらなかったとでも思うのかっ! 消えないんだよ。何度命令しても『でろでろでろでろでんでん♪』って音楽がして消えないんだっ! しかも、そのたびにあやしい煙を吐くんだぞっ!!」

「煙っ!?」

「こうなったら、お前等にぶつけて倒してもらうしかないじゃないかっ!!!」

 ついにマジ泣きが入る慎二。

「あー、どうする? できればあんまり係わり合いになりたくないんだけど……」

 とは言え、さすがの士郎も煙を吐く似非セイバーなんぞにはあんまり係わり合いになりたくなかった。困った様子で周囲の面々を見渡す。

 もっとも、士郎以外も係わり合いになりたくないような表情をしていた。

 いや、若干二名は違ったようだ。妙に血走った目で士郎を睨みつける。

「何を言っているんですかっ! あんな物体を一分一秒でも存続させておくわけには行きません!」

「そうです、一号の言うとおり即時殲滅を主張します」

 発言者は、もちろんセイバー一号&二号だ。

「そ、そうか……誰が戦う?」

「私が塵一つ残さず消滅させ……「お待ちなさい」……どうしました、一号」

 やる気満々のセイバー二号だったが、彼女の発言をセイバー一号が遮る。

「アレとは私がやります。二号は魔力不足のはずだ」

「確かに魔力不足ですが、それは一号も代わらないのでは?」

 マスターである士郎とのラインが無い現状では、確かにセイバー達は魔力不足ではある。無駄な戦闘はできるだけ避けたほうが良い。

 とは言え、それはどちらのセイバーも代わらないはず、セイバー一号が戦う理由としてはおかしい。

 しかし、そんなセイバー二号の疑問にセイバー一号は自信満万に答える。

「大丈夫です、二号。今私はとても魔力が充実しています。ええ、とっても充実していますとも。

 

 なんせ、昨晩ちゃんと補充しましたから」

 

「は、はぁ、そうですか」

「できるんだ、補充……」

 その言葉の意味がわからなかった士郎とセイバー二号はキョトンとした表情で感心する。

 もっとも、それ以外の面々は彼女の言葉に隠されていた真の意味がわかったようだ。顔を真っ青にしたアーチャーを睨みつける。

 

 ……って、なぜだかキャスターも顔を真っ青にしていた。

 

「何やってたんですか、先輩に姉さん」

 アサシンが絶対零度、黒くて冷たい声を二人にかける。

 まったく、本当に何をやってたんでしょう。謎である。

 

 まぁ、そんな背後で原因究明が行われている謎はさて置き、妙にヤル気のセイバー一号が邪神セイバーの前に立ちふさがる。

「さあ、剣を抜きなさい。謎の物体X」

 セイバー一号の殺気にあてられたのか、邪神セイバーは自らの象徴たる宝具を具現化させる。

「おい。慎二」

「聞くな」

「アレはなんなんだ?」

「だから聞くなって……」

 士郎と慎二が間抜けな問答を繰り広げる。

 もっとも、ソレは確かに、間抜けな問答を繰り広げるのには十分な代物だった。

「なんなんですか、それは……」

 セイバー一号のテンションが激しく下がる。

 無理もない。

 

 それが手に持っている剣は、どー見ても針金を適当に折り曲げて剣っぽくした物にしか見えないからだ。

 

「あんな物体、即瞬殺です。もう一秒たりとも存在は許しません」

 とは言え、あんな物体を存在させておきたく無い。セイバー一号は小声で呟き気合を入れなおす。

 そして、神速の踏み込みで邪神セイバーに切りかかった。

 腐ってもセイバー、危険を感知したのだろう。邪神セイバーはかつてランサー戦でセイバー一号が見せたように剣の軌道を読み、弾き飛ばそうと剣を振るう。

 

 ぐにょん。

 

 しかし、所詮は針金を折り曲げて作ったような剣。

 セイバー一号の風王結界にぶつかった途端、情けない音を立てて曲がってしまう。

「……」

「……」

「……」

 その様子に、再び何とも言えない沈黙が周囲を覆う。

 なんだか、セイバー一号&二号が、怒りのためか肩を震わせている。

 どれだけ沈黙が続いていただろうか、耐え切れなくなった邪神セイバーが言い訳を口にする。

 

「シロウ……、おなかがすきました……」

 

「それ以外の台詞は無いんですか!!!」

 その様子に、いい加減切れたセイバー一号が風王結界を開放する。

 荒れ狂う空気の刃が邪神セイバーを襲う。

 

「し、シロウ、ぉ………………」

 

 無論、折れ曲がった針金ソードで迎撃できるはずもなく、風の刃の中に消え……。

 

 そして何故だか爆発。

 

 轟音と閃光が夜の闇に響き、ソレが消えた後には何も残らなかった。

 

「はっはっはっはっは、消えた、やっと消えた! 僕は自由だっ!!!」

 その様子に、妙に嬉しそうに高笑いをする慎二。

 よっぽど精神的に追い詰められていたのだろう、頭のワカメも妙にうねって見える。

「あー、よかったな。んじゃ、俺たちはこれで」

「おい、まてよ」

 そんな慎二をほっといて立ち去ろうとする士郎一行だったが、そうは問屋が卸さなかった。

 慎二は立ち去ろうとする士郎を呼び止め、ニヤリと笑う。

「ようやく前菜が終わった所だぜ」

「いや、前菜だけでおなかが一杯なんですけど……」

 あれ以上に珍妙な物があるとは思えない。

 そんな微妙にやる気の無い士郎に、慎二はソレまでとは違う種類の笑みを見せる。

「そう言うなよ、さあ、出て来いお前等!!!」

 慎二はそう闇に呼びかける。

 

「なっ……また……セイバーだと……」

 

 闇から這いずり出てきたソレを見た瞬間、ダレていた面々の表情が引き締まり、驚愕に固まる。

 現れたのは、確かにセイバーだった。

 セイバーと呼ばれる、衛宮士郎の剣となることを誓った少女であった。

 

「で、でもアレは……」

 

 しかし、そのセイバーは腹が裂け臓物が飛び出していた。肌は死人のように……いや、死人そのものの白さだった。

 その目には生気はなく、ただ血涙の痕が頬に刻まれる。

 

 その存在に驚愕に固まる面々を他所に、慎二は狂った笑いを上げる。

 

「ひゃはっはっはっはっは。驚いたみたいだなっ! まだいるぞ、出てこい、アーチャー、ランサー、キャスター!!!」

 

 慎二の言葉に呼応して、闇の奥よりさらに三体が出現する。

 

 ただ……。

 

 アーチャーと呼ばれた青年は、片腕が欠落していた。

 ランサーと呼ばれた戦士は、心臓があるべき場所に巨大な空洞となっていた。

 キャスターと呼ばれた裏切りの魔女は、フードの奥が闇と化していた。

 

 その三人の全てが、生気を発していない。

 ただ、虚ろな死者だった。

 

「し、慎二……お前……」

 目の前のおぞましい光景に、士郎が擦れ声を上げる。

 その表情、その声に満足したのか、慎二はより一層狂った笑い声を上げた。

 

「ひゃっはっはっはっは、言ったろう量産型だって。まだいるぜ」

 

 闇の奥底から、さらに何かが這いずり出てくる。

 

 それは剣の騎士であり、槍の戦士であり、赤い弓兵だった。あるいは魔女であり巨漢の戦士であり侍であり仮面の騎乗兵であった。

 

 否。

 

 かつては、そうだったモノだ。

 

 彼は全身が穴だらけであった、彼女は首が無かった、彼は全身が黒焦げだった、彼女は胸から血を流していた、彼は袈裟懸けに大きく切り裂かれていた、彼は内側から焼かれていた、彼女は無数の武具に串刺しになれていた、彼女の頭部は破壊されていた、彼女の肌が鱗に代わっていた、あるいは下半身が無かった、目が潰されていた、磨り潰されていた溶かされていた噛み千切られていた蝋で固められていた骨の全てが砕かれていた犯されていた喰われていた引きずられていた狂わされていた剥がされていた腕が砕かれていた脚が捻じ曲がっていた四肢が歪だった首だけとなっていた。

 

 彼等の誰一人としてまともな姿の者は無く、

 

 その全てが虚ろだった。

 

「な、なんなのよ……」

 あまりのおぞましさに、凛の声にも怯えが混じる。

「そう、そう言う事ね……、敗北した残骸をかき集めたのね……、となると黒幕はやっぱり」

 一方、もう一人の凛であるキャスターは、何かを納得したかのように頷き、狂笑を上げる慎二を睨みつける。

「へえ、そっちの遠坂。キャスターは何か気がついたみたいだな」

「褒められても嬉しくないって事があるものね」

 慎二の感嘆の声に、キャスターは嫌悪感を露にする。

 その取り付く島も無い様子に、慎二が表情をゆがめ罵声を上げる。

「な、なんだとっ、お前何様のつもりだっ!!」

 もっとも、キャスターには眼中に無いようだ。めんどくさそうに慎二を一瞥すると、小声で何かを呟きながら周囲を好き無く窺う。

 その様子に、慎二はますます激昂した。

「くそ、くそ、くそっ! 僕を無視するなよっ! お前等、やっちまえっ!!」

 慎二の命令に呼応して、片腕の無いセイバーと心臓に剣が刺さった痕のあるセイバーが朽ち果てかけた剣を手に切りかかる。

 その神速の踏み込みに対応できたのは、やはり二人のセイバーだった。

 魔力を纏った剣が閃光となりて、闇夜に火花を散らす。 

 

 ギィィィィィン!!

 

 ぶつかり合ったのは一瞬、片腕の無いセイバーは鍔迫り合いなどせずにすぐにセイバー二号から離れる。セイバー二号の表情が驚愕に歪む。

「まさかっ、同じ技量っ!?」

 そう、その一瞬のぶつかり合いでセイバーは悟ったのだ、この亡霊達は自分達と同じ技量を持っていると。

 いや、残骸となる以前の技量を保持していると。

 

 一方、四肢に欠損の無いセイバーの残骸とセイバー一号は鍔迫り合いとなっていた。

 そう、隣りでセイバー二号が驚愕している通り、この残骸は同じ技量を持っているのだ。一度状況が膠着してしまえば動くに動けない。

 下手に動けば隙ができる。

 

 ゾクッ!

 

 不意にセイバー一号の背筋に何か冷たい物が流れる。

 セイバー一号はその直感に従い、魔力噴出で強引に剣を押し返し残骸と距離を取ろうとする。

 だが、無理は無理。

 その一瞬の隙をついて残骸の剣が肩を捕らえた。

 

「くっ!」

 

 決して浅くは無い傷がその肩に刻まれる。

 一方、残骸はその隙を見逃さず追撃をかけようと一歩踏み込み……。

 

 斬っ!

 

 背後からの一太刀で真っ二つとなり、地面に倒れ伏す。

 そう、背後から近づいてきた身体を内より焼かれた巨漢の戦士が、残骸ごとセイバー一号を真っ二つにしようとしたのだ。

 あのまま鍔迫り合いを演じていれば、自分も同じ運命をたどっていただろう。

 いや、まだ危機は脱していない。

 巨人の残骸は、周囲にいた他の残骸をもその斧剣に巻き込みながら、セイバー一号に迫ってくる。

 

「まさかっ、味方ごと!」

 

 敵も味方もお構い無しだ。偶然そばにいたキャスターやアーチャーの残骸が巻き込まれて粉々に砕け散る。

 その様は正しく狂戦士。

 あの狂いながらも理性を残した大英雄の面影はまるで無かった。

 

 引けばその分追撃を受ける。引けば死ぬ。

 咄嗟にセイバー二号はそう判断すると、残骸の剣と打ち合う。

 

 それは、もはや音というよりも衝撃。

 

 二人の剣が、ぶつかり合い、巨大な衝撃が生まれる。

 打ち勝ったのは巨漢の残骸。

 万全の体勢なら決して負けはしなかっただろうが、肩の傷の分踏ん張りが利かなかったのだ。

 とはいえ、そこは剣の英霊。セイバー一号は弾き飛ばされながらも巨漢の残骸に斬撃を叩き込む。

 しかし……。

 

 ぎぃぃぃぃん!

 

 響いたのは、鋼を打ち合わせたような甲高い音。

「ま、まさかっ! バーサーカーと同じ強度を持っているのかっ!?」

 その様子に、セイバー一号が舌を打つ。

 

 しかし、その打ち込みで僅かながら狂戦士の残骸のバランスが崩れる。

 

「セイバー、右にっ!!

 ──I am the bone of my sword.

 偽螺旋剣(カラドボルク)!」

 

 背後から聞こえてきたアーチャーの叫びに、セイバー一号は反射的に従う。

 セイバー一号の動きに合わせ僅かにできた隙間を縫って、雷光を纏いし必殺の一矢が突き進む。

 

 もし、ソレがあの大英雄の誇りを欠片でも残していれば、あるいは防げたかもしれない。

 しかし、そこに存在したのは狂戦士の残骸でしかなかった。

 

 狂戦士に突き刺さった偽螺旋剣は、その存在を捻らせ崩壊する。

 その崩壊は巨大な爆発となって、狂戦士の躯を四散させた。

 

「本物ほどの強度や宝具は無いか……。とは言え、A以下の攻撃は無効は残っているのか」

「慰め程度にはなりますか……」

 

 倒れ、塵となって消える狂戦士の残骸を見て、アーチャーが苦々しげに呟く。一方、セイバー一号は襲ってきたライダーとアサシンの残骸と打ち合いながら、振り向きもせずに答える。

 確かに、これで宝具まで使われたらソレこそ対処のしようが無い。

 

「そうも言っていられなでしょう、あっちにはまだランサーとアサシンがいるんだから」

「そうね、膠着状態は長く続かないわよ」

 

 そんな二人の会話に、凛とキャスターが宝石をばら撒きながら答える。

 ばら撒かれた宝石は爆弾のように爆発し、近寄ってきたアーチャーの残骸たちをまとめて吹き飛ばした。

 

「余裕のあるうちに撤退したほうが良さそうですよ」

 

 ランサーの残骸の顔面を破壊していたバゼットの提案する。無論、凛も同意だった。

 使役者たる慎二が愚かな為か、残骸同士の連携は無きに斉しい。既に離れた場所に陣取って、戦いの様子を見物をしているだけである。

 とは言え、逃げ道が無いのもまた事実だ。

 特に、最初に配置されていた獣の囲いが厄介だった。獣の囲いと残骸を同時に相手にするのはあまりにも分が悪い。セイバーかアーチャーの大軍宝具で吹き飛ばす事はできるだろうが、それだけの魔力を一時に使えば、まだ残っているだろう相手側のランサーやアサシンに襲われればひとたまりも無い。

 なんとか、なんとか逃げる手段は……。

 

「シロウっ!!!」

 

 不意に、セイバー二号の叫び……いや、悲鳴が凛の耳を打つ。

 セイバー二号のすぐ側には、ほとんど真っ二つになった士郎の姿があった。

 赤い鮮血が地面に広がり、臓物が辺りに散らばっている。

 

 凛の思考が一瞬真っ白になる。

 

「撤退するわよ! 衛宮くんと二号の側に集まって!!」

 

 一方、そう叫んだのはキャスターだった。

 条件反射で、考えるより先に凛は彼等の側に駆け寄る。

 その瞬間だった。

 不意に、凛の周囲をなれない感覚が包む。三半規管を無理やり捻るような、立っているだけで吐き気を催すような……。

 周囲の風景が歪み、音が音としての意味を失う。

 

「って、空間転移!?」

 

 不意に凛は思い出す。

 たしか、最初にキャスターに出会ったとき、彼女は空間転移を行っていなかったか?

 これなら、撤退できる……。

 

 凛の目の前の光景が、意味の無いものへと変わった。

 

 

 

 空間転移で逃走する。

 その事に最初に気が付いたのはキャスターの残骸たちだった。

 例え残骸に成り果てようとも、神代の魔女だ。彼女達も命じられたまま、空間転移で追撃を試みようと一斉に呪を紡ぐ。

 

 しかし……。

 

 キャスターの残骸たちが、空間転移をしようとしたその瞬間、彼女達の頭部が一斉に吹き飛ぶ。

 そう、残骸たちに降り注いだ光が、彼女達の頭部を打ち抜いたのだ。

 

「ふう、あんた達が空間転移で追ってくる事はわかってたからね。トラップを張らせてもらったわ」

 

 そこに立っていたのは、キャスターだった。

 血よりも赤いローブを風になびかせ不敵に微笑む様は、この時代の凛には無い美しさがあった。

 そう、血塗られた道を歩んだ英雄の美しさが……。

 

「しんがりなんて趣味じゃないけどね……。貴方達の手を読みきれなかったのはわたしの不始末だから、あの子達は追わせないわ」

 

 自らの最後を幻視して、彼女は強く歯を合わせる。

 眠ることも帰ることも許されず、使役される残骸たちを前に彼女は何を思ったのだろう。

 自らを八つ裂きにしようと構える残骸たち、だが、彼女の決意は揺るがない。

 

「迷うコトなんてない。

 わたしは、聖杯に呼ばれたキャスターのサーヴァントだ」

 

 ローブの奥に隠し持った、彼女の切り札を握り締める。

 元より振り向く場所など無い。懐かしき彼女と彼と自分の世界は、もう帰る術もない。

 彼女は自らに課した役割通り、この境界を守り通す。

 

「まぁ……何とかなるでしょう」

 

 そう、彼女は自分を誤魔化す。

 

 でも、呼吸は正しく刻めない。

 強ばった両足には普段の軽さは無く、肩は得体の知れない圧力で痺れている。

 

 残骸たちの行進が始まる。

 こちらは最弱のキャスターが一騎。

 

 心が震える。でも、彼女はその震えを否定する。

 

「……っ、それじゃ、私の舞踏の相手をお願いしようかしら」

 

 口ずさむ、戦いの呪。

 初めから不利であるのは承知していた。

 この場に立った以上、後はもう、討ち取られるまで戦うのみ。

 

 だが───

 

「──ふむ。血気盛んなのは毎度の事だが、肩に力が入りすぎじゃないか?

 いや、戦うのなら皆殺しにする、というのは実に遠坂らしい話だが」

 

 そんな決意に水を指す男が一人。

 

「……え?」

 

 その、あまりにも聞き慣れた声に、ものの見事に出鼻をくじかれた。

 

「───ちょっと。

 皆殺しがわたしらしいって、どういう意味よ。これでも若い頃は慈悲深い優等生で通ってたんですけど?」

 

 彼の声に、不思議と心が躍る。

 彼女は足を止めて、振り向かずに悪態をつく。

 

「いや、言葉どおりの意味だが。

 競争相手がいれば周回遅れにし、ケンカを売られれば二度と刃向かえなくするのが君の流儀だ。慈悲が働くのはその前か後の話だろう?」

「──む」

 

 遺憾であるが、実にその通りだ。

 そう、やるからには徹底的にが彼女の方針。

 しんがりだの、彼らを追わせないだの、そんな受身の戦略は、彼女にはそもそも合っていないのである。

 

「……しっか、やるからには殲滅戦ってわけね。

 ここはしんがりじゃなくて最前線だった。

 ……失敗した。まったく、わたしもまだまだ未熟ってことね」

 

 気合の入り方がかわっただけで、あの時と同じ失敗。

 ぐるん、とのびやかに肩を回す。

 

「にしても多すぎるか。

 負ける気はしないけど、さすがに時間はかかりそうよね───

 よし、いざとなったら山ごと吹き飛ばそう!」

 

「……待て待て、調子が戻ったのはいいがやりすぎだ。

 山を吹き飛ばせば地脈の流れがどうなるかわからん。大聖杯からアレが漏れ出したらこの街どころか日本という国が抑止に吹き飛ばされるぞ」

 

 ちぇっ、と不満げに舌を鳴らす。

 せっかくなんだから、山の一つや二つ消し飛んだ方が絵になると言いたげに。

 

「まったく、そういうところが徹底的なんだ。遠坂は。

 凛はまだかわいげがあるのにな」

 

「何言っているのよ。彼女だって私なんだから同じ事を言うわよ。そっちだって、本当に“アーチャー”みたいよ。その喋り方」

 

「仕方あるまい、この世界でのアーチャーの席は私の物だ。

 名無しの赤い奴は草葉の陰で悔しがっているかもしれんが、名乗り出ないのだから致し方あるまい」

 

「ずいぶんと“アーチャー”が馴染んでいるみたいじゃない。あの頃はあんなに嫌がったのに」

 

 益体の無い会話に、にやりと口元がほころびる。

 

「──わたしの空間転移をどうやって避けたのか知らないけれど、付き合ってくれる、士郎?」

「ああ、遠坂とは、もはや腐れ縁だ」

 

 現れる赤い外套。

 赤き衣を纏った錬鉄の英雄は彼女を守るように、その象徴たる聖骸布を翻す。

 彼女の最後の記憶よりも随分と縮んでしまってはいるが、相棒とも恋人とも友人ともつかない、腐れ縁を繰り返していた傍迷惑な元弟子。

 

「これでようやく──」

 

 かつて夢見た虚ろなるあの夜、あの橋で出会ったアイツと同じ、でも違う微笑を浮かべていた。

 

 だけど……。

 

「何が“これでようやく”なのですか、シロウ」

 

 不意にこの場にいないはずの三人目の声が響く。

 その声にこめられるは、絶対不落真の守り手の意思。

 紺碧と白銀の戦装束に身を包んだ、汚れなき理想の具現。

 その存在を前に、魂なき残骸たちまでもが、その歩みを止める。

 

「せ、セイバー!?」

「な、なんだって、君まで此処に?」

 

 鉄壁の守りを持つ可憐な少女を前に、残骸を前にした二人の英雄は面白いほどうろたえる。

 

「私がいてはいけませんか、シロウ」

「い、いや、そういうわけではないが……。そうではなく、なんで君まで残った。いや、どうして気が付いた」

「二人の考えそうなことぐらいわかります。

 それよりもシロウ。何が“これでようやく”なのですか?」

 

 場に似つかわしくなく、軽く頬を膨らます少女に、赤き英霊の背中に冷や汗が流れる。

 先ほどまでの、戦いを前にした悲壮など欠片も無い。ただ慌てる青年を他所に、もう一人の赤い英霊に話しかける。

 

「キャスター……。いえ、リン。私が帰ってから、随分と苦労をおかけしたようですね」

「そんな事ないわ。思い返せば随分と楽しい一生だったわ。一人だけ別れも告げずに欠けたバカは居たけどね」

 

 ふと、セイバーの脳裏に、欠けたバカとはどちらの事だろうと言う思いが浮かぶ。

 もっとも、いまさら考えても仕方のないことだ。

 あの時、あの物語にアレ以上の終わり方はなかった。そして、もはやこの世界はあの終わり方はない。

 でも……。

 

 あの虚ろな残骸どもに、終わりをくれてやる必要は無い。

 

「そうですか、ではこれが終わったらその辺のことを教えてもらえませんか。

 随分とドタバタが続きましたから、貴女達の思い出話を私は聞いていない」

 

「いいわね、士郎を肴に一杯やる?」

 

「いける口ですか」

「もちろん」

 

 二人の顔が、軽く緩む。

 

 もはや、この戦い、しんがりでも逃がすだけの戦いでもない。

 

 あの狂える大英雄も倒した、最高で最強の三人が揃ったのだ。

 

「やれやれ、私は給餌役か」

「いいじゃない、好きでしょう」

「シロウの手料理を肴に一杯。私の至福の一時なのですよ」

 

 ぼやくアーチャーに、二人は軽口を叩く。

 

「───初撃は遠坂に任せる。そちらの先制で先頭をなぎ払った後は、私とセイバーで突っ込む。

 

 あとは……」

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、初撃から最後まで私がやりますね。先輩」

 

 

 

 

 

 不意に響くは、この場に残った4人目の声。

 

 

 妹であり守るべき存在であり日常の象徴。

 優しく微笑み、あの戦いの後、彼らの側に居た日常の象徴。

 

 でも、そのうちに闇を孕んでいた悲劇の女性。

 

 

 そして……。

 

 暗殺者の役割を与えられた女性。

 

 それが誰か彼らが認識するより早く。

 

 彼らの足元が無限の影の沼へと変わる。

 

 

「へっ!?」

「なっ!?」

「───っ!?」

 

 予想もしなかった出来事に、三人話す術もなく影の内に沈んでいく。

 その影は、幼子を守るように優しく、優しく彼らを包んでいく……。

 

 薄れ行く意識の片隅で、アーチャーの耳に儚げな少女の声が聞こえたような気がした。

 

 

 

「此処で先輩や姉さん、セイバーさんを失うわけにはいかないから……。

 ここの間桐桜さんを守ってあげてください」

 

 少女の声に籠められた意思も、また決意。

 

 

「奴との決着は、私がつけます」

 

 

 

 

 

 

 続く……よーな気がする。