とある英霊と怪物ととある英雄

 

 

「奴との決着は、私がつけます」

 

 アサシン……、間桐桜の果ては言葉に決意を込めた。

 この世界の私……、間桐桜は決意をした、戦う決意を。

 流されるまま生きた自分は選ばなかった……、選ぶ事すら思いつかなかった可能性を彼女は掴んだのだ。

 ならば……、せめてできる事を。

 

 彼女の言葉が聞こえたのだろう、残骸たちの背後から慎二が姿をあらわす。

 

「へぇ、僕と決着をつけるってか、桜」

 

 士郎達を引かせた自らの圧倒的な戦力に酔っているのだろう、慎二はニヤニヤとした笑みを浮かべアサシンを見つめていた。

 そんな慎二に、アサシンは場違いな朗らかな笑みを浮かべる。

 

「貴方とは初対面ですが……、あえてお久しぶりと呼ばせてもらいますね、兄さん」

 

 アサシンのその言葉に慎二は一瞬眉をひそめるが、すぐに合点がいったと苦笑いを浮かべた。

 

「なるほど、サーヴァントのほうの桜だったら、そりゃ初対面でお久しぶりか」

「ええ、私の世界ではこの時期兄さんは真っ二つになって中身をぶちまけたあげくミンチになって原形をとどめないくらいグチャグチャになって死んでいましたから……。本当にお久しぶりです」

 

 本当に懐かしそうに物騒な運命を語るアサシンに、さすがの慎二も毒気を抜かれる。

 

「まだ生きている僕に言うか? 普通」

 一方のアサシンは、変わらず朗らかな笑み。

「魔術師に普通を求めてもしょうがないでしょう」

 その言葉か心を擽ったのか、慎二は声を上げて爆笑をした。

 

「ひゃはっはっはっはっは、そりゃそうだ。そりゃそうだな。“魔術師”が“普通”を求めてもしょうがないか!

 こっちの桜よりも言うようになったな、お前」

 

「そりゃ、兄さんの死後もそれなりに生きましたから。見た目どおりの年じゃありません」

 

 一見すれば朗らかに語る兄妹。

 しかし、その会話の内容は朗らかとは正反対。さらにその周囲を囲むのは闇の帳と英霊の残骸たち。

 朗らかに語るだけ、より一層の異常だった。

 

「で、桜……いや、アサシン。僕と決着をつけるつもりなのか? まぁ、お前はアイツじゃないみたいだけど、満更知らない中では無いんだからこっちにつけば許してやるぜ」

 

 その言葉に、アサシンの表情が少しだけ寂しげに変わる。

 若くして死んだ、懐かしき世界の慎二の事が脳裏をよぎったのだ。

 いい思い出より悪い思い出が多い男だった。

 ろくでもない、最低から数えたほうが早い男だった。

 だけど、今から思い起こせば決して嫌いでも憎んでも無かった。きっとあの時悪かったのは自分……、いつも何もせずに最悪の事態になってから気が付くのだ。

 

 いや、今はそんな事を考えている場合ではない。

 

「いえ、私が決着をつけなければならないのは、兄さんじゃありません。間桐にです」

 

 アサシンは笑みを消し、真剣な目で慎二を見つめた。

 贖罪などと言うつもりは無い。

 犯した罪は償えるようなモノではないし、償うべき場所はここではない。

 でも、できる事はあるはずだ。

 

──この世界の間桐桜は、できる事をする事を選択できたのだから。

 

 そんなアサシンを、慎二は気味が悪そうに見つめる。

 あたり前だ、アレの存在はタブーなのだ。それだけの力がアレにはある。いかにサーヴァントと言えども、桜ならアレの話題に触れるはずが無い。

 そうだ、そうに決まっている。

 

「は、はん。今の間桐は僕なんだが、僕じゃないってのはどういうことだ!」

 

 だから、嘲笑って誤魔化そうとした。

 何時ものように、怒鳴り声を上げればそれで終わると思っていた。

 

「兄さん、貴方はわかっているはずですよ」

 

 だが、アサシンは揺るがない。

 

「間桐……、間桐臓硯はどこですか?」

 

 その静かな声に、その忌まわしき名前に、周囲の空気が凍りつく。

 少なくとも、慎二にはそう感じた。

 だが、それは認められない。認められないから、慎二は怒声──あるいは悲鳴──を上げる。

 

「なっ、なんなんだよっ! お前はっ! 桜ぁあああああああああああ!!!」

 

 慎二の叫びに呼応して、残骸たちが一斉に動き出す。

 目の前にいる少女の姿をした存在を八つ裂きにしようと動き出す。

 あるものはさび付いた剣を構え

 あるものは血のこびりついた槍を振り上げ

 またあるものは呪いの言葉を紡ぎ出す。

 

 しかし……。

 

「無駄ですよ……」

 

 アサシンの静かな呟きに、世界が一転する。

 

 残骸たちが這いずり出てきた闇より尚一層深い闇。

 泥となった闇が一瞬で地面を追い尽くす。

 

 そこにあったのは一方的な殺戮……否、捕食活動だった。

 

 剣の騎士の残骸は泥に一飲みにされ、槍の戦士の残骸は一瞬で五体がバラバラになった。

 弓兵の残骸はあがらう事すらできず溶かされ、侍と魔女の残骸は粉微塵に砕け散った。

 巨体を誇る狂戦士の残骸にはさすがに泥も苦戦したようだが、斬ろうと砕こうと効果が無い泥に包まれ、音も無く消化された。

 空を駆ける天馬を駆る騎乗兵の残骸だけはしぶとく逃げようとしたが、それも無駄な努力だった。巨大な泥の腕に捕まり、握り潰され、哀れな肉片へと変わる。

 

 ほんの瞬きする程度の刹那の時に、全ての残骸と獣は泥の中に消えていった。

 

 残ったのは立った二人、銀色の髪の少女と、青年だけ。

 青年は、そのあまりの様子に、自分が尻餅をついていたことすら気がつかなかった。

 

「な、なんなんだよ、お、お前は……」

 

 慎二の口から漏れた呟きは、先ほどと同じ言葉の羅列。だが、言葉に滲むのは恐怖を感じていると鬼がつけないほどの恐怖。

 あたりまえだ、アレは生きるものを殺すための存在。

 ちょっとばかりの書物による知識があろうとも、ただのシロウトでしかない慎二に耐性があろうはずも無い。

 

「な、なんなんだよ……、お、お前は……」

 

 逃げる事すら忘れてうめくように呟きつづける慎二に、アサシンはほんの一瞬だけ哀れみの視線を向ける。

 だが、それはほんの刹那の時。

 アサシンはへたり込む慎二にその白い指を向ける。

「兄さんに恨みも何も無いですけれども……、邪魔です。消えてくださいね」

 いっそ、優しいとさえ取れる声色。まるで花でも積むような笑み。

 だが、そこには致死量の毒が込められている。

 アサシンの指の動きに呼応して、足元の泥が一部膨れ上がる。

 その瞬間、慎二はありえないものを見る。

 そう、泥が“嘲った”のだ。久方ぶりの生餌を前に、泥が嘲う。目の前にいるのは、魔術師の末とは言え魔力回路の枯れきった一般人だ。たいした栄養などあろうはずも無い。だが、久方ぶりの生餌に違いない、先ほど喰らった絞り粕よりも芳醇な血と肉をもつご馳走だ。泥は嘲い、喰らわんと慎二に向かい進み始める。

「ひっ、ひぃぃぃっ!!」

 もはや、なりふりなど構ったいられなかった。

 生き物としての本能に突き動かされ、慎二はこの場を離れようともがく。とは言え、一度その機能が麻痺した下半身はピクリとも動かない。

 逃げようと立ち上がろうとしても足は言う事を聞かず、それならば這ってでも思っても、手は土を掴むだけで体の位置を前に進ませる事などできない。

「た、た、たす、たす……」

 そして命乞いの声を上げようとも、舌がもつれて意味のある言葉など紡げない。

 ただ、無様にもがく事だけが、凡人……いや、ただの愚者でありながらこの戦争に参加した報い、この間桐慎二も、多くの世界の間桐慎二と同じ末路をここで迎える……はずであった。

 

 その、一条の閃光が泥を貫くまで。

 

 遥か虚空より飛来した、紅き閃光に泥の塊が霧散する。

 否、神秘の具現化そのものである紅き閃光も、この程度では泥には何の痛痒も与えられない。その、泥の使い手である女が泥を引かせたのだ。

 標的の出現を察知してか、あるいは慎二に対する一欠の家族愛ゆえか。

 ただ、この瞬間からこの場にいる全ての者の興味から、慎二は外れた。だから、彼がこの場から這いずりながら逃げ出したのにも誰一人気がつかなかった……いや、気にしなかった。失禁をし、涙と鼻水で顔をクシャクシャにしながら、無様にはいつくばって逃げる愚者など、この場に興味を向ける者たちにとって、道端に転がる小石ほどの価値も存在しなかったからだ。その結果、何が起こるかも誰も予測すら出来なかった。いや、しなかった。それほどまでに、男の存在はこの場では矮小な物だったから。

 そう、この時は誰も気がつかなかった。戦争の最後の舞台に立つのが、この哀れなほど矮小な男と正義の味方を目指す男だった事を……。

 

 この男が再び舞台に上がるのはもう少し後の話。今は関係がない。

 

 今舞台に上がりこんできたのは、一人の老人だった。

 否、老人ではない。老人の形をした別の存在。もはやそれには人の気配は無く、死人の匂いがするのみ。

 アサシンを名乗る桜にとって、生前は馴染み深い気配。

 否、やはり違う。

 彼女の知っているそれは、生きているふりをした死者であった。

 だが今彼女の目前に現れたそれは、死者でありながら生き長らえているもの。

 同じ様でいて、何かが致命的に違った。

 アサシンの意識のほんの僅かな部分がそれの存在を考察する。だが、その考察が何らかの解答をはじき出す前に、その老人の姿をした存在が語りかける。

「かっかっか、ひさしぶり……と言っておこうか、桜よ」

 吐き気を催すような声であった。魂の腐敗がそのまま声に出ている。

 だが、アサシンにとっては馴染み深い声。もっとも、馴染みたくは無いのだが……。

『お久しぶりですね、お爺様。あいも変わらず枯れて腐りきったお顔をしておりますね。そんな醜く生き長らえているなんて、滑稽ですわね」

 愛しき赤い姿のあくまが言いそうな台詞を思い浮かべながら、桜は老人を静かに睨みつける。さすがに赤いあくまと違って声に出したりしないが……。

「声に出ておるぞ、桜」

「あら、本音が出ちゃいましたか」

 言葉だけなら、互いに冗談を言っているように聞こえる。

 だが、互いに目はまったく笑わない。笑えない。

「まったく、やはり遠坂の血にはあがらえなかったようじゃの。どうしょうもなく下品になりおって」

「ええ、遠坂の下品さは、腐れ蟲の下劣さにも負けなかったようですね。もっとも、私は死ぬまで間桐のままでしたけど」

「なんじゃ、てっきり衛宮にでもなっているものだと思ったが違ったのか?」

「ほっといてください」

「その様子では、遠坂の当主に掻っ攫われたようじゃの? あそこまでこっぱずかしい喜劇を見せておきながらだらしないのぉ」

 しみじみと言う老人に、さすがのアサシンの僅かながら苦笑を浮かべる。

 その老人の様子に、アサインの脳裏に一つの推測が成り立つ。姉が調べていた事を考えれば、確証に近い。

「お爺様の所ではどうだったかは知りませんが、私のところでは姉さんも私も。イリヤちゃんもあの人の心には届きませんでしたから」

 彼女が歩んだ世界では、彼の心は騎士王が時の果てに連れて行ってしまった。遠坂の当主も、冬の城の妖精も、そして間桐桜も誰一人彼女の存在には勝てなかったのだ。

 そんなアサシンに、老人──間桐臓硯も表面上だけは苦笑いを浮かべた。

「ふむ、ワシの所もどうなったか結末までは知らんがな。アレだけの傷に浸食まで受けていたようじゃから、生きてはおるまいて」

 桜のもっとも大切な存在に対する呪われた予言。いや、予言ですらない。衛宮士郎の可能性一つ。

「まったく、愚かな事じゃ」

 臓硯は面白そうに、言い捨てる。

 その挑発とも取れる言葉にも、アサシンは眉一つ動かさなかった。

 それどころか、笑みにも見える無表情で臓硯を見つめる。

「そう言う人ですよ、先輩は。お爺様には永遠にわからないでしょうね」

「わかる意味があるのかのぉ?」

 アサシンは答えなかった。答える意味が無いから。彼を理解する者などいない、できてはいけないのだ、人間であろうとする以上は。

 かわりに、半分呆れたように先ほどの推測を口にする。

 

「ずっと隠れていたわりには随分と雄弁ですね。でも、どうやって平行世界のお爺様がここに?」

 

 そう、それは先ほどからの微妙な会話の食い違い、知らないはずの事、未来の可能性への予言であり既に終わった事件への回想。どうやったのか、どうしてなのかはともかく、あの老人の正体だけは判る。おそらくは別世界の間桐臓硯、それもアサシンとなった桜が経験したのとは違う聖杯戦争を経験した怪老だ。

 次元のターミナルとなりかけているこの街では、ありとあらゆる可能性が内包されている。約束された4日間のようにリープしているわけではないので、全ての事件が起こるわけではない。とはいえ、起こりえる事象なら何が起きてもおかしくない状態なのだ。この町に平行世界の運用を行う魔術師の一族がいる以上、平行世界からの来訪者はありえない可能性ではないのだ。

 もっとも、起こりえる可能性としては、最大規模に迷惑で危険な可能性が引き込まれたものだが。

 一方、その核心とも取れる台詞に老人は眉一つ動かさなかった。

 ただただ、おかしそうに高笑いをしながら心にも無い褒め言葉を口にする。

「カッカッカッカッカ、出来損ないの一族の、さらに出来損ないの娘とは言え、さすがは宝石の系譜のじゃの。慎二ですら気がつかなかったこの事実に気がつくとは……。

 とは言え、わしが答えると思っているのか?」

「いえ、思っていません」

 そんな老人に、アサシンは冷たい視線と……、今まで隠していた殺意を向けた。

「潰しちゃえば、並行存在だろうとなんだろうと一緒ですしね」

 その言葉と共に、一瞬で場の空気が変わる。場に、物理的圧力すらも伴った悪意が吹き上がる。動ける鳥や虫はこの場から逃げ去り、動けぬ植物達は壊死を始める。それは純粋なる殺意にしてただただ生き物を殺すためだけの存在。いや、それすらも彼女の扱う力のほんの一端に過ぎない。

 それほどまでの力を、彼女は宿している。

 否、宿しているのではない、押し付けられたのだ。

 そして、その力を彼女に押し付けたのは、目の前にいる怪老。その怪老は、常人ならばいるだけで命の危機に晒されるような悪意のまえでも、平然と笑い声を上げていた。

「カッカッカッカ。相変わらずじゃのぉ。とはいえ、ワシの知っている物よりも数段安定しているようじゃが。さては英霊……いや、サーヴァント……、いや、アベンジャーのクラスに縛られた影響か?」

「さて、どうでしょう」

 老人の言葉をサーヴァントとなった桜ははぐらかす。

「それよりも随分と余裕ですね。それとも観念しましたか?」

「いやいや、ワシとて二度も握り潰されるのは勘弁じゃからな。用意はしてある」

 臓硯のその言葉と共に、彼の背後から……いや、背後に控えていたソレが動き出す。

 それは死の象徴たる槍であり、雷を模した杵であり、不死身の英雄の剣であった。あるいは不死者を刈る剣であり、竜を殺す為の刃であった。それは、その全て一つ一つが唯一のものであり、それらの存在は正しく軍そのものであった。

 その軍勢は所有者の命に従い、たった一人の女を滅ぼす為に一斉に進軍を開始する。

 目前の敵は、女が一人。

 いや、敵ですらない。道端の障害。

 否。……ただの道端の有象無象。

 かつて、ソレにとっての過去に油断から苦渋を舐めた相手だが、ソレはただの偶然。踏み潰してつぶせぬ相手ではない。

 否。潰せて当然。

 

 そう、英雄王の軍勢の前に女は串刺しとなった。

 

 そう、それが必然。

 アレは偶然。アレはたまたま。アレは……。

 

「ふん、かつては偶然にも飲み込まれてしまったが、あのような奇跡は2度とない。貴様のようなできそこないが我にかなうはずなどない」

 

 そして、その残骸は老人の影から現れる。

 その残骸は、ある王の残骸だった。

 だが、その男は残骸であっても王であった。故に特別、故に例外。故に残骸ではあっても自我を持ち続けた。当たり前だ、あの汚濁にまみれようとも、それを飲み干した王だ。残骸だろうとも自我を失おうはずがない。最古の英雄を砕きたければ、魂すらも砕いて見せろ。

 そう、その男の名は英雄王ギルガメッシュ。

 かつて、ある世界で黒き聖杯となり怪物と化した哀れな女に喰われた英雄王……の残骸。

 その残骸は、剣の山に潰され染みとなった女をあざ笑う。

「ふははははは、以前は慈悲ゆえに一思いに止めを刺さずに不意打ちを食らったが、今度はそうはいかんぞ、娘よ!」

 残骸の哄笑はますます大きく響き渡る。

 そう、かつての恥辱を晴らしたのだ、笑わずにはいられようか。

 だが、それはまるで……。

 

「怯えを隠すようですね、残骸さん」

 

 英雄王の背後から突如声が響く。

 それは、涼やかな女の声。鈴を転がすような美声。

 だが、そのとろけるような甘い声には致死量を越えた毒が含まれていた。

「な、ば、ばかなっ!!!」

 その声に、残骸は悲鳴と共に振り向こうとする……が、できなかった。

 残骸が振り向くよりも早く、女の細い腕が残骸の胸を軽々と貫く。

「ば……、ばかな……」

 残骸が、驚愕の表情を浮かべ自らの胸を見る。

 信じられないとの表情で腕を動かそうとするが、それすらも動かない。そう、まるで乾いた砂が水を吸い込むように、女は残骸の持つ魔力を喰い散らかしているのだ。その暴食の前に、残骸ごときの魔力では体の自由すら利かない。

 そんな残骸に、女は哀れむように、嬲るように甘い声をかける。

「貴方が私にどんな因縁があるかわかりませんけど……。生き汚いですよ、英雄王さん」

 それで終わりだった。

 その残骸は、悲鳴を上げる暇すら与えられずこの世界から消滅する。

 女は、そんな残骸には何の感慨も抱かず、笑みすら浮かべてこちらを眺めている老人を見つめる。

「これで終わりですか?」

 その老人の笑みに、さすがのアサシンも訝しげな表情を見せる。

 そんなアサシンに、老人は笑いながら答えた。

「いやいや、アレは前座じゃよ。ふむ、どうやらお主も一度は聖杯として完成したようじゃの」

「ええ、お蔭様で。お爺様をいつでも殺せるぐらいにはなりました」

 変わらず笑みを浮かべる老人に内心困惑しながらも、アサシンは警戒を解かない。

 そんなアサシンに、老人は再度笑い声を上げる。

「かーっかっかっか。なかなか言うようになるの、桜よ。ふむ、如何にサーヴァントとはいえワシも孫の命を絶つのはつらい。

 どうじゃ、間桐に戻らぬか、桜」

 その言葉にアサシンは答えない。ただ、無表情に、そして慎重に老人に向かい影を伸ばそうとする。

 その動きを察したのだろう、老人はわざとらしくため息をつき、片手を振り上げる。

「やれやれ。まぁ、お主がいるとどのような障害になるかわからんからのぉ……。ここで消えてもらうことにするか」

 その言葉を合図に、老人の背後に再び剣の群れが現れる。

 その剣の群れに、アサシンは目を細める。

 また、いずこかの世界の英雄王の残骸を引っ張り出してきたのだろう。並みの英霊なら、あれがひとつでも当たればそれで終わりだ。それだけの威力を持つ武具を、あるいは弱点となる武具を大量に保有できるのが英雄王の強みだからだ。

 だが、彼女だけは例外だ。

 理由は英霊となった桜自身も知らない。だが、彼女にはまともに当たらない限り、アレはきかないのだ。そういう体質なのだ。

 そして、魔術師としての彼女の能力ならば、かわす事だけならたやすい。影に身を潜めれば良いだけだ。

 アサシンは、再びその身を影に潜めようとする。

 だが……。

 

「えっ!?」

 

 アサシンの、アサシンの口より小さな悲鳴が漏れる。

 信じられないと表情を、彼女は浮かべる。

 もし、このときアサシンがその傷を無視して陰に潜めば次の攻撃は交わせたかも知れない。あるいは、かすかに耳に届いた声に気がつかなければ瞬時に次の行動に出られたかもしれない。だが、戦いに慣れているとは言いがたいアサシンは、行動不能とは言いがたいその傷だけで動きが一瞬だけ止まった。

 そして、それが致命的だった。

 

「───……続層写」

 

 それは、世界を変容させる言葉。

 その声と共に、剣の雨がアサシンの体を貫き、砕く。

「う、うそ……」

 呆然とした声が、アサシンの口から漏れる。

 起こるはずの再生が起こらない。影に変わることもかなわない。いや、そもそもあの声の主は誰?

 混乱するアサシンの耳に、老人の哄笑が響く。

 

「かーっかっかっか。混乱しているようじゃの。まぁ、あの程度の攻撃がおぬしに届くはずはないからのぉ」

 

 だが、アサシンの意識は老人には向いていなかった。

 

「お主が生身の魔術師であれば、たしかに効かなかったじゃろうて」

 

 アサシンの意識は老人の背後から現れた影、そのただ一人に向けられていた。

 

「じゃが、今のお主はサーヴァント───否、英霊じゃ」

 

 その影は、赤い衣を身にまとった肌の黒い長身の男だった。

 

「故に生前の来歴による弱点をそのまま背負う」

 

 その男の白くなった髪に、鷹のような鋭い目に、アサシンは悲しみを浮かべる。だが、そんなアサシンに対し、男は無造作に白と黒の夫婦刀を振り上げる。

 

「化物となったお主を殺すものがいるとすれば、お主の姉か……」

 

 アサシンの理性はその事実を理解している。理解してしまった。だが、感情が追いつかない。涙すら流れぬ悲しみを、アサシンは浮かべる。

 

「エミヤくらいじゃろうて」

 

 だが、そんなアサシン……いや、桜に対し、その男は剣を振るう。

 

「先輩……」

 

 かすれるような小さな声。

 それが、アサシンの最後の言葉だった。

 

 その言葉をもってしても、男の・・・・・・真アーチャーの表情は動くことはなかった。

 

 

 

続く……絶対に続けます><