〜タイピングとボキャブラリー強化のための試み〜トップに戻る
第 一 部
1
きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かも知れないが、私にはわからない。養老院から電報をもらった。
「ハハウエノシヲイタム、マイソウアス」これではなにもわからない。恐らく昨日だったのだろう。
養老院はアルジェから八十キロの、マランゴにある。二時のバスに乗れば、午後のうちに着くだろう。そうすれば、お通夜をして、明くる日の夕方帰って来られる。私は主人に二日間の休暇を願い出た。こんな事情があったのでは、休暇をことわるわけにはゆかないが、彼は不満な様子だった。「私のせいではないんです」といってやったが、彼は返事をしなかった。そこで、こんなことは、口にすべきではなかった、と思った。とにかく、言いわけなどしないでもよかった。むしろ彼の方が私に向かってお悔みをいわなければならないはずだ。が、彼が実際悔みをいうのはもちろん明後日、喪服姿の私に出会ったときになろう。差当りは、ママンが死んでいないみたいだ。埋葬が済んだら、反対にこれはれっきとした事柄となり、すべてが、もっと公けのかたちをとるだろう。
私は二時のバスに乗った。ひどく暑かった。いつもの通り、レストランで、セレストのところで、食事をした。みんな私に対して、ひどく気の毒そうにしていた。「母親ってものは、かけがえがない」とセレストは私にいった。私が出掛けるとき、みんな戸口まで送って来た。エマニュエルの部屋へ、黒いネクタイと腕章を借りに登ってゆかねばならなかったから、私は少々目が回った。エマニュエルは、数カ月前叔父をなくしたのだ。
私はバスに遅れないように走った。私が眠くなったのは、きっと、こんなにいそいだり、走ったりしたためだった。それに加えて、車体の動揺やガソリンのにおいや、道路や空の照り返しのせいもある。ほとんど車の走るあいだじゅう眠り続けた。眼がさめたときには、軍人に寄りかかっていた。彼は私に微笑して、遠くから来たのか、と尋ねた。別に話したくもなかったから、私は「そうです」といった。
養老院は村から二キロのところにある。私はその道を歩いた。すぐにママンに会いたいと思ったが、門衛は院長に会わなければならない、といった。彼の手がふさがっていたので、しばらく待った。その間じゅう、門衛が話しかけて来た。それから院長に会った。その事務室で彼は私を迎えた。小柄な老人で、レジオン・ドヌールを着けていた。明るい眼で、彼は私を見た。それから私の手を握り、どうして手を引き込ませようかと困ったほど長く、離さずにいた。彼は書類の頁をめくって、「マダム・ムルソーは三年前にここに来られた。あなたはそのたった一人の御身寄りでしたね」といった。何か私をとがめているのだと思い、事情を話し出したが、彼は私をさえぎって、「弁解なさることはありません。あなたのお母さんの書類を拝見しました。あなたにはお母さんの要求をみたすことができなかったわけですね。あの方には看護婦をつける必要があったのに、あなたの給料はわずかでしたから。でも結局のところ、ここにおられた方が、お母さんにも御幸せでしたろう」「その通りです、院長さん」と私はいった。「ここには同じ年輩の方、お友だちもあったし。そういう方たちと、古い昔の思い出ばなしをかわすこともできたし。あなたはお若いから、あなたと一緒では、お母さんはお困りになったでしょう」と院長は付け加えた。
それは事実だ。家にいたとき、ママンは黙って私を見守ることに、時を過ごした。養老院に来た最初の頃にはよく泣いた。が、それは習慣のせいだった。数カ月たつと、今後はもしママンを養老院から連れ戻したなら、泣いたろう。これもやっぱり習慣のせいだ。最初私がほとんど養老院へ出掛けずにいたというのも、こうしたわけからだ。それに、また日曜日をふいにすることになるし、──バスに乗ったり、切符を買ったり、二時間も歩いたりすることが面倒なせいもあったのだが。
院長はなおも話し続けたが、私はほとんど聞いてはいなかった。やがて、「お母さんにお会いになりたいでしょう」と彼がいった。私は何もいわずに立ち上がった。彼は先に立って戸口へ向かった。「死体置場の小部屋へ移して置きましたから。他のひとたちに刺激を与えないようにするためです。在院者の誰か一人死ぬたびに、他の連中は、二、三日神経を立てます。すると、ことが面倒になるので」と、階段で彼は説明した。われわれは中庭を横切った。そこには大勢の年寄りがいて、少しずつかたまり合って、しゃべっていた。われわれが通るとき、彼らは黙ってしまったが、われわれが通り過ぎると、またおしゃべりがはじまった。ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ、鸚鵡のおしゃべりみたいだった。小さな建物の戸口のところで、院長は私と別れた。
「ここで失礼します。ムルソーさん。御用は何でもおっしゃって下さい。私は事務室におりますから。原則として、埋葬は朝の十時と定まっています。あなたもお通夜をなされるでしょう。それからもうひとこと、お母さんはよくお友だちに、宗教に則して埋葬されたい、と希望をお漏らしになったようです。手はずは万端整っております。ただそれをあなたにお伝えしておきたかったので」私は彼に礼をいった。ママンは、無神論者ではなかったが、生きているうちは決して宗教のことを考えていなかった。
私はなかへ入った。大層明るい部屋で、石灰が白く塗られ、一枚の焼絵ガラスが入っている。椅子とX型の台が置かれていて、部屋の中央に、その台の二つが、ふたのしてある棺をささえている。申しわけばかり打ちこんだネジが、きらきら光り、くるみ塗りの板からとびでているのだけが眼についた。棺のかたわらには、どぎつい色の布を頭に巻きつけた、白い上っ張り姿のアラビア人の看護婦が一人いた。
このとき、私の背後に門衛が入って来た。走って来たに違いない。少し吃りながら、「こいつはふたがしてあるが、あんたが御覧になるなら、ネジを抜きましょう」という。彼は棺に近寄ったが、私は彼をひきとめた。「御覧にならないですか」というから、「ええ」と私は答えた。彼はやめた。こういうべきではなかったと感じて、私はばつが悪かった。ちょっとして、彼は私を見つめ、「なぜです」と尋ねたが、いかにも不思議だという様子で、別に非難の色はなかった。「理由はありません」と私はいった。彼は白いひげをひねりながら、私の方を見ずに、「わかるよ」とはっきりいった。明るい青の、美しい眼をしていて、顔色はやや赤みがかっていた。彼は私に椅子をすすめ、自分も私の少しうしろに腰掛けた。看護婦が立ち上がって、出口の方へ向かった。このとき、「あの人は腫物ができているんだ」と門衛が私にいった。私はわからなかったので、看護婦を眺めた。眼の下に繃帯をしていて、それが頭を一まわりしているのが、わかった。鼻の高さで、繃帯は平らになっている。その顔は、繃帯の白さしか、眼に映らなかった。
看護婦が出て行くと、門衛は「あんたをひとりにしよう」といった。自分がどんな仕ぐさをしたか知らないが、彼は出て行かずに、私のうしろに立っていた。この私の背中の人影が、私は気になった。部屋には午後の終わりの美しい光があふれていた。二匹のモンクマバチが、窓の焼絵ガラスにぶつかって、うなっていた。そして眠気がひた寄せてくるのを感じた。門衛の方を振り向かずに、私は「ここに来てから大分になりますか」といった。即座に彼は「五年でさ」と答えた。まるで、ずっとこの問いを待ち受けていたかのように。
それから彼は大いにしゃべった。この男に、マランゴの養老院で、門衛として終わる、とでも前にいいでもしたら、定めし妙な顔をしただろう。彼は六十四歳で、パリっ子だった。この時、「ああ、あなたはこの土地のひとではないんですね」と私は彼の言葉をさえぎった。それから、院長のところへ連れてゆく前に、彼がママンのことを口にしていたのを思い出した。──いそいで埋葬せねばならない。野原は暑い、この地方では特に暑いから、と彼はいっていたのだ。また、この男は、自分が、かつてパリで生活したことがあり、パリ生活を忘れかねている、と私にうったえたのも、そのおりだった。パリでは三日、時には四日も、死者と一緒にいることがあるが、ここではその暇はない。柩車を追うて走らねばならぬということしか考えられない。あのとき、女房が門衛にいった。「お黙んなさい。この方に申し上げるべきことじゃないよ」老人は赤くなって、申しわけをいった。私はなかに入って、「いや、構わないよ。構わないよ」といった。彼の話は正当だし面白い、と思った。
死体置場の小部屋で、彼は困窮者として養老院に入って来たのだと私に告げた。まだ役に立つと思ったので、この門衛の仕事を申し込んだのだ。要するに彼は一人の在院者にほかならぬ、ということを私は注意してやった。彼は、違う、といった。自分より年少の者も相当いるのだが、その在院者たちについて語るとき「あの連中」とか「他の連中」とか、もっとまれには「老人連」とかの言葉を使うのが、ひどく印象に残った。しかし、それはもちろん同じことではない。彼は門衛なのだし、ある限度において、彼は他のひとたちの上にちからを及ぼすのだ。
このとき看護婦が入って来た。夕暮が、にわかに降りて来た。じきに夜が焼絵ガラスの窓に厚くかぶさった。門衛がスイッチをひねると、急に光がはねかかって来て、眼が見えなくなった。門衛が食堂へ行って食事をするようにすすめた。が、腹はへってはいなかった。そこで彼はミルク・コーヒーを持って来ようと申し出た。私はミルク・コーヒーが大好きだから、承知した。しばらくして彼はお盆を持って戻って来た。私は飲んだ。今度は煙草をすいたいと思った。が、ママンの前でそんなことをしていいかどうかわからなかったので、躊躇した。考えて見ると、どうでもいいことだった。私は門衛に一本煙草をやり、われわれは煙草をくゆらせた。
しばらくして、「あの、あんたのお母さんのお友だちも、お通夜に見える。そういうしきたりなんで。椅子とブラック・コーヒーをとりにいかなきゃならない」と彼はいった。明りを一つ消していいかと私は尋ねた。白壁のうえの、光のきらめきが、私を疲らせたからだ。彼はそれはできないといった。配線がそういう風になっていたのだ。全部つけるか、全部消すかだ。私はもう彼の方へ大して注意を向けてはいなかった。彼は出てゆき、戻って来て、椅子を並べた。その一脚の上に、コーヒー沸しをまんなかにして、茶碗を積み重ねた。やがて、彼は、ママンの向こう側、私の正面に腰をおろした。看護婦も、部屋の奥に、背を向けて、腰かけた。彼女が何をしているのか、わからなかった。が、腕の動きようからして、編物をしているのだろうと思われた。穏やかな陽気と、コーヒーで体が暖まった。開け放たれた戸口から、夜と花とのにおいが入って来た。少しうとうとしたと思う。
すれ合う音で、眼がさめた。眼をつぶっていたため、部屋は、よけい白い光にきらめくように見えた。私の前には、影ひとつなかった。どの物体も、どの角度も、いずれの曲線も、眼を傷つけるほど鮮明に描き出されていた。ママンの友だちが入って来たのは、この時だ。全部で十人ばかりで、黙ったなり、このまばゆい光のなかへ、すべりこんで来た。彼らは腰をおろしたが、どの椅子も全部きしむ音を立てなかった。私はこれまで人間を見たことがないみたいに、彼らをよく見た。顔付きや服装のどんな細かい隅々までも、見のがしはしなかった。けれども、声が耳に入らなかったので、現実に彼らがそこにいるとは、信じにくかった。女はほとんどみなが前掛けをしていた。胴体をしめつける紐が、つき出た腹を一層目立たせていた。私はこれまでばあさんたちがどれほど腹がつき出ているか、気に留めたことはなかったのだ。男の方は、ほとんどみんなやせて、杖をついていた。その顔だちで注意をひいたのは、そこには眼らしいものが見つからないということで、皺また皺のまんなかに、わずかに、にぶい光があるだけだった。彼らが腰をおろしたとき、大部分は私をながめ、窮屈そうにうなずき、歯のない口で唇を深くかみしめていた。彼らがあいさつをしたのか、単なる習慣的な痙攣なのか、私にはわからなかった。やはり彼らは私にあいさつしたのだと思う。このとき、彼らがみんな、私の真向かいにすわって、門衛を囲んで頭をゆすっているのに気がついた。彼らが私を裁くためにそこにいるのだ、というばかげた印象が、一瞬、私を捕えた。
すこしたって、女の一人が泣き出した。彼女は二列目で、仲間のひとりの陰にかくれて、私にはよく見えなかった。小さな声で、規則的に、泣いた。泣きやむときを知らぬように見えた。他のひとたちは泣き声を聞かない振りをしていた。しおれ切って、陰気で、黙りこくっていた。彼らは棺だの、自分の杖だの、他の何かをながめていた。が、一点をみつめていたのだ。女は相変わらず泣き続けていた。その女を知らないので、私は大層驚いた。もう泣き声を聞きたくないと思った。でもそれをあえて女にいい出す勇気はなかった。門衛が女の方へ身を傾けて、話をした。が、女は頭を振り、口ごもりながら何かいい、そして、同じ規則正しさで泣き続けた。門衛がこのとき私の方へ来て、側にすわった。かなりたってから、私の方を見ずに、彼はこう教えてくれた。「あの女はあんたのお母さんと親しくしていた。お母さんがここではたった一人の友だちなので、もうこれで友だちがなくなってしまったといっているんだ」
私たちは長いことこうしていた。女の溜息やすすり泣きもだんだん間遠くなった。女はひどく鼻をすすった。が、やがて、それもとうとう聞こえなくなった。私はもう眠くはなかったが、疲れて、腰が痛んだ。今となると、これらのひとたちの沈黙が、私を苦しませた。ただ間を置いて、奇妙な音が聞こえたが、それは何だかわからなかった。しまいに、数人の老人が、頬の内側をしゃぶって、この変な舌打ちをやっていることがわかった。彼らは自分では気づいていなかった。それほど自分の考えのなかに引きこまれていたのだ。彼らのまんなかに横たわるこの死者は、彼らの眼には何ものをも意味しないのではないか、という気すらした。が、これは間違った印象だった。と今では思う。
門衛の手で配られたコーヒーを、われわれはみんな飲んだ。それ以後のことは、もう知らない。夜が更けた。ふと私が眼をあけて、老人たちが互いにもたれ合って眠る姿を見たのを、覚えている。ただ、一人だけ、杖を握りしめた手の甲にあごをのせて、まるで私の目覚めるのを待っていたかのように、じっと私の方を見つめていた。それからまた私は眠った。ますます腰が痛んで来たために、また眼がさめた。焼絵ガラスの向こうに陽がのぼっていた。しばらくして、老人の一人が眼をさまし、ひどく咳いた。彼は大判の格子縞のハンカチのなかに痰を吐いた。痰を吐くたびに引きむしるみたいだった。この老人のおかげで、他のひとが眼をさました。門衛が出掛けようといった。彼らは立ち上がった。このやっかいな通夜のために灰色の顔をしていた。出てゆくとき、驚いたことには、ひとり残らず私の手を握った──まるで、一言もかわさなかったこの一夜のために、われわれの親しみが増したかのように。
私は疲れていた。門衛が自分の部屋に連れて行ってくれたので、ちょっと身づくろいをすることができた。私はまたミルク・コーヒーを飲んだ。大へんうまかった。私が出掛けたとき、陽は上り切っていた。マランゴを海から隔てる丘々の上に、空はすっかり紅を帯びていた。丘々を越える風が、ここまで塩のにおいを運んで来た。これから美しい一日が開かれようとしていた。久しいこと私は田舎へ行ったことがなかった。ママンのことがなかったら、ぶらぶら歩くのは、どんなにうれしかろう、と私は感じた。
しかし、中庭のすずかげの木の下で、私は待った。さわやかな大地のにおいをかいだ。もう眠気はなかった。事務所の同僚のことを思った。こんな時刻に、みんなは仕事にゆくために起きるのだ。私にとって、それはいつでもいちばんつらい時刻だった。なおしばらくこんなことがらを考えていたが、建物の内部に鐘が鳴りわたると、われに返った。窓のうしろでごたごた動く音がしていたが、やがてすべては静かになった。太陽はいよいよ上り、私の足もとをあたためだしていた。門衛が中庭を横切って来て、院長が呼んでいるといった。私は彼の部屋へ行った。彼は私に数通の書類に署名をさせた。彼は縞ズボンに黒い服を着ているのを見た。彼は電話を手にとって、「葬儀屋がしばらく前から来ています。棺をしめさせようと思いますが。その前にお母さんにお別れをなさいますか」と私に尋ねた。いいえ、と私はいった。彼は、声を低くして、「フィジャク、出掛けてもいいといいなさい」と電話で命じた。
それから院長は自分も埋葬に立ち会うといった。私はお礼を述べた。彼は机の後に腰をおろして、短い足を組んだ。あなたと自分と付添いの看護婦だけでゆくのだと彼は私に告げた。原則として、在院者は埋葬に参列してはならない。院長はお通夜だけは許したのだ。「これは人情ですからね」と彼は力をこめていった。しかし、この場合には、ママンの年老いた友人《トマ・ペレ》に、葬列に従うことの許可を与えていた。ここで、院長が微笑した。「おわかりでしょう。少々子供っぽい感情です。でも、彼とあなたのお母さんとは、しょっちゅう一緒でした。養老院では二人をからかい、ペレに向かって、『あれがあなたの許嫁だ』などといったものです。彼は笑っていましたし、これはふたりを喜ばせたのです。そして、マダム・ムルソーの死が彼に深い印象を与えたことは事実です。この許可を拒絶すべきだとは思いませんでした。が、医師の勧めに従って、昨日のお通夜は彼に禁じておいたのです」と彼はいった。
われわれはかなり長いこと黙っていた。院長が立ち上がって、事務室の窓からながめた。と、間もなく、「そら、マランゴの司祭がお見えだ。早目に来られたのだ」といった。村の教会に行くには、歩いて少なくも四十五分はかかるだろうと前もって私にいい渡した。われわれは下へ降りた。建物の前には、司祭と合唱隊の二人の子供がいた。その一人は香炉をささげ持ち、司祭は銀鎖の長さを調節するためにその子の方へ身をかがめていた。われわれが着いたとき、司祭は身を起こした。彼は「わが子よ」と私を呼び、二言三言いった。彼は入って来た。私は彼につづいた。
棺のネジが深く打ち込まれ、部屋には四名の黒い服の男がいるのを、私は一目で悟った。車が道で待っていると院長が私に伝えるのと、司祭が祈りをはじめるのとを、同時に聞いた。このときから、万事速かに進んだ。男たちが布の掛かった棺の方へ進み出た。司祭とそのお伴、院長と私とは外へ出た。戸口の前に、私の知らない婦人がいた。「ムルソーさんです」と院長がいった。この婦人の名は聞かなかった。ただ受持の看護婦だということだけを了解した。彼女は微笑も見せずに、骨張った長い顔を傾けてお辞儀をした。それから死体を見送るために、われわれは並んだ。われわれは人夫の後に従い、養老院を出た。戸口の前に、車がいた。ニスを塗って、細長くピカピカしたその車は、筆入れを思わせた。そのかたわらに、葬式の宰領がいた。おかしな服を着た小男だ。それから、いかにもぎこちない恰好の老人が一人。それがペレ氏だと私は悟った。彼は、天辺のまろく、縁の広いソフトをかぶり(棺が戸口を通るときにはそれを脱いだ)その服はといえば、ズボンの裾が靴の上までたれさがり、おまけに、白い大きな襟のついたシャツに対して、黒いネクタイは、あまり小さ過ぎた。黒いいぼのくっついた鼻の下で、唇が震えていた。細い白髪のあいだから、たるんで、縁のくずれた、妙な耳がのぞいていた。蒼白な顔のなかの、この耳の血のように赤い色が、印象的だった。宰領がわれわれの位置を定めた。司祭が先に立って歩いた。それから柩車。その回りに四人の男。うしろに院長と私。行列の終わりに、受持の看護婦とペレ氏。
空には既に陽の光が満ちていた。それは大地にのしかかって来て、暑さは急速に増した。なぜだかわからなかったが、われわれは歩き出すまでに、ずいぶん長く待った。喪服を着ていて、暑かった。小柄な老人は帽子をかぶっていたが、また改めてそれを脱いだ。私はちょっと彼の方を向いていた。院長が彼のことを話し出したとき、私は彼を眺めていた。しばしば母とペレ氏は、夕方、看護婦に付き添われて、村まで散歩に出た、と院長はいった。私は自分の周囲の野原をながめた。空に近く、丘々まで連なる糸杉の並木、このこげ茶と緑の大地、くっきりと描き出された、まばらな人家──これらを通して、私はママンを理解した。夕暮は、この地方では、憂愁に満ちた休息の一刻にちがいない。今日、あふれるような太陽は、風景をおののかせ、非人間的に、衰弱させていた。
われわれは歩き出した。このとき、ペレが軽くびっこを引くことに気づいた。車はだんだん速度を増し、老人は遅れた。車についた男の一人もやはり追い抜かれて、今や私と並んで歩いていた。太陽が空にのぼるその速さには驚かされた。ずっと前から、野原は虫の声と葉ずれの音にざわめいていたのに気づいた。汗が頬を流れた。帽子を持たなかったので、ハンカチであおいだ。葬儀屋がそこで何かいったが、私にはわからなかった。同時に、彼は右手で鳥打帽の端を持ちあげながら、左手につかんだハンカチで、あまたを拭うた。「何です?」と私はいった。彼は空の方をしめしながら、「ひどい照りだ」と繰り返した。「うん」と私はいった。しばらくして、彼は「あれはあんたのお母さんかね」と尋ねた。「ええ」とまた私はいった。「年とっていたかね?」正確な年齢を知らなかったから、「まあね」とだけ答えた。それから、彼は黙ってしまった。振り返ると、五十メートルばかりうしろにペレ老人の姿が見えた。手にもったソフトを振りながら、いそいでいた。また院長をながめた。彼は何一つ無駄な仕ぐさをせず、もったいぶって歩いていた。汗のしずくが額に玉をなしたが、彼はそれを拭わなかった。
行列はすこしいそぎ出したように見えた。私の周囲は、相も変わらず、陽の光に満ちた、どこまでも同じ輝かな野原だ。空のきらめきは堪えがたい。われわれは、最近修復された部分の道路を通った。太陽はタールをきらきらさせた。足が道にはまりこんで、きらめくタールの肉を押しひろげた。車のうえの、御者のてかてか光った皮帽子は、この黒いどろでこねられたように見えた。青と白の空や、むき出たタールのねばっこい黒、喪服の陰鬱な黒、車の漆塗りの黒──こうした色彩の単調さに、頭がすこしぼんやりした。太陽、車についた皮や馬糞のにおい、ニスのにおい、香のにおい、お通夜の疲労──こうしたすべてが、私の視力と思考とを乱した。私はもう一度振り返った。ペレは遙かかなたに見え、熱気の雲のなかにかすんでいたが、やがて見えなくなった。あちらこちら眼でさがすと、彼は道をはなれて、畑のなかに入りこんだことがわかった。私はまた、自分の眼の前で道が曲がっているのを認めた。この辺の地理に詳しいペレが、われわれに追いつくために、近道をしたことがわかった。曲がり角で彼はわれわれと一緒になった。それからまた彼はわれわれから離れた。彼は再び畑のなかへ入ったのだ。こんな風に何度もした。私は、こめかみに血が脈打っているのを感じた。
それからあとは、すべてごく迅速に、確実に、自然に事が運んだので、もう何も覚えていない。ただひとつだけ、記憶がある。村の入口のところで、受持の看護婦が私に語った。彼女はその顔付きにつり合わぬ不思議な声をしていた。音楽的な震えるような声だ。「ゆっくり行くと、日射病にかかる恐れがあります。けれども、いそぎ過ぎると、汗をかいて、教会で寒けがします」と彼女はいった。彼女は正しい。逃げ道はないのだ。この一日について私はなお若干の印象を忘れてはいない。例えば、村近く、最後に彼がわれわれに追いついた時の、ペレの顔。疲労と苦痛からの大粒の涙が頬にあふれていた。が、皺があるため、流れ落ちはしない。涙は広がったり、集まったりして、このぼろぼろの顔の上に、ニスみたいに光っていた。また、教会や、歩道に立つ村びとや、墓石のそばの赤いジェラニューム、ペレの失神(関節のはずれたあやつり人形みたいな)、ママンの柩の上に散らばった血のような土の色、土にまじっていた草木の根の白い肉、それから、そこいらのひとたち、声、村、喫茶店の前で待つこと、エンジンの絶え間ないうなり、そして、バスがアルジェの光の巣に入ったときの、私の喜び、そのとき、私はこれで横になれる、十二時間眠ろうと考えた。
2
前の日、二日間の休暇を願い出ると主人が不機嫌な顔をしたわけを、眼をさましたとき私は了解した。それはきょうが土曜だからだ。私はそれをつまり忘れていたのだが、起きたとき、それを思いついた。主人は、もちろん、私が日曜と合わせて四日間休みをとると考え、それで、面白くなかったのだ。しかし、一方では、ママンの埋葬をきょうにせずに昨日にしたのは私のせいではないし、他方、どっちにしても、土曜、日曜は私のものだ。もちろん、そうだからといって、主人の気持ちがわからないわけではない。
昨日の一日で疲れていたので起きるのがつらかった。ひげをそるあいだ、これから何をしようかと考え、泳ぎにゆくことに決めた。電車に乗って港の海水浴場へ行った。そこで、入江にとび込んだ。若い人が多かった。水のなかでマリイ・カルドナに再会した。もと事務所にいたタイピストで、当時から私は憎からず思っていた。彼女の方もそうだった、と思う。だが、しばらくして、彼女がやめ、われわれには暇がなかったのだ。彼女がブイに登るのを手伝うと、その拍子に胸に触った。彼女がブイの上に腹這いになったときに、まだ私は水のなかにいた。彼女は私の方を向いた。眼のうえに髪の毛がかぶさり、彼女は笑った。私はブイの上の彼女のそばによじのぼった。天気はよかった。ふざけたような振りをして、頭をそらし、彼女の腹の上へ載せた。彼女は何もいわず、私はそのままでいた。眼のなかに、空の全体が映った。それは青と金色だった。うなじの下で、マリイの腹がしずかに波打つのを感じた。われわれは、半ば眠ったように、ブイの上に長いことじっとしていた。太陽があまり強くなると、彼女はとび込んだ。私はそれに続いた。私は彼女をつかまえ、腕をからだにまわして、一緒に泳いだ。彼女はひっきりなしに笑った。岸で、からだを乾かしているとき、彼女が「あなたより陽に灼けているわ」といった。夜、映画に行かないか、と私は尋ねた。彼女はまた笑って、フェルナンデルの出る映画が見たいといった。われわれが着物を着たとき、私の黒いネクタイを見て、彼女は驚いたようだった。私が喪に服しているのかと尋ねた。私はママンが死んだといった。いつ、と彼女がきいたので、「昨日」と答えた。彼女は驚いてちょっと身を引いたが、何もいわなかった。自分のせいではないのだ、と彼女にいいたかったが、同じことを主人にもいったことを考えて、止めた。それは何ものをも意味しない。いずれにしても、ひとはいつでも多少過ちをおかすのだ。
夜、マリイはすべてを忘れた。映画は面白おかしいところもあったが、そのうちに全くばからしくなった。彼女は足を私の足にすり寄せていた。私は胸を愛撫した。映画の終わりごろ、彼女に接吻したが、うまくゆかなかった。映画を出て、彼女は私の部屋へ来た。
眼がさめると、マリイは出て行ったあとだった。彼女は叔母のところへ行くつもりだといっていた。きょうは日曜だなと考え、いやになった。私は日曜は好きではない。そこで寝台へ戻り、長枕のなかに、マリイの髪の毛が残した塩の香を求めた。十時まで眠った。それから煙草を数本すい、続けて正午まで横になっていた。いつもの通り、セレストのところで昼食をするのはいやだった。きっと、あそこの連中が質問するだろうが、私はそんなことがきらいだからだ。自分で、卵をいくつも焼いて、鍋からじかに食べた。パンが切れていたが、部屋を降りて買いに出たくなかったので、パンは我慢した。
昼食のあと、すこしたいくつして、アパルトマンのなかをぶらぶらした。ママンがここにいたときは便利だった。今では私にはひろ過ぎるので、食堂の机を私の部屋へ運び込まなければならなかった。私はもうこの部屋でしか生活しない。すこしくぼんだ藁椅子と、鏡の黄色になった衣装箪笥と、化粧机と、真鍮の寝台との間に。そのほかはどうでもよかった。しばらくたって、何かしなければならないから、私は古新聞を手にとって、読んだ。クリュシエンの塩の広告を切り抜き、古い帳面にはりつけた。新聞のなかで面白いと思った事がらをそこに集めておくのだ。手を洗った。最後に露台へ出た。
私の部屋は、この場末町の大通りに面している。午後は晴れていた。しかし、舗道はねばねばしていた。人影もまれで、おまけに、せわしそうだった。最初に来たのは散歩に出かける家族連れだった。膝の下まである半ズボンをはいた、セーラー服の二人の少年。──こわばった服装に幾分困っていた。それから、大きな薔薇色のリボンをつけ、黒エナメルの靴をはいた一人の少女。彼らのうしろから、栗色の絹のローブの、えらく大柄な母親。それから父親。これは、ひよわな小男だが、顔見知りだ。彼はかんかん帽をかぶり、蝶ネクタイをつけ、杖を手にしていた。奥さんと一緒のところを見て、界隈で彼のことを《お上品な》ひとだというわけが、のみこめた。しばらくして、場末町の青年たちが通った。ぺったり髪に油を塗り、赤ネクタイをつけ、縫いとりのあるハンカチをのぞかせ、ひどく腋をくり込ませた背広を着、尖端の四角な靴をはいていた。中心区の映画館へゆくのだろうと私は考えた。それだから、彼らはこんなに早く出掛け、ひどく笑い興じながら電車に向かっていそいでいたのだ。
彼らが過ぎると、通りは次第に寂しくなった。思うに、どこの見世物小屋も開いたのだろう。もう通りには店番と猫しかいなかった。通りを縁どる無花果の木の上に、空は、澄んでいたが、きらめきを欠いていた。正面の歩道に、煙草売りが椅子を出し、戸口の前にすえた。両腕をその背にのせて、椅子にまたがった。今しがた満員だった電車は、ほとんど空になった。煙草屋のそばの小さなキャフェー「ピエロ軒」では、給仕が人気のない広間で鋸屑を掃いていた。全くの日曜日だった。
私は椅子の向きを変えて、煙草屋のしたように置き直した。その方が便利だと思ったからだ。煙草を二本くゆらし、チョコレートを一片とりに部屋へ戻り、また窓へ出て来てそれを食べた。しばらくして、空が暗くなったので、夕立が来るのかと思った。けれども、次第に雲は消えた。ただ、雲が通ったあと、街にはパラパラと雨の前ぶれらしきものが降り、そのため通りは一層暗さを増した。私はながいことそこにいて空をながめた。
五時に、音たてて電車が着いた。それは、郊外の競技場から踏段や手摺にしがみついた鈴なりの観衆を運んで来た。続く電車は、その小さな鞄で見分けがついたが、選手たちを運んで来た。彼らは、われらがクラブは敗れずと、胸一ぱいわめいたり歌ったりした。何人も私に合図をした。一人は「勝ったぞ」と私に叫びさえした。私は頭を振って、「そうだね」といった。この頃から、自動車があふれ出した。
日は、なお少し傾いた。屋根屋根の上に、空は赤味を帯び、夕闇とともに、通りは活気づいて来た。散歩する連中がだんだん戻って来た、その人群れのあいだに、例のお上品な男の姿が見分けられた。子供たちは泣いたり、引きずられたりしていた。間もなく、界隈の映画館が観客の波を通りへ押し流した。そのなかで、青年たちはいつもよりも張り切った様子を見せていた。彼らは冒険映画を見たのだろうと私は考えた。町の映画館から戻って来る連中は、もう少し遅く着いた。彼らはもっと重々しい風に見えた。相変わらず笑っていたが、時々、疲れて、夢みるように見えた。正面の歩道を行ったり来たりして、なお通りに残っていた。界隈の娘が、帽子をかぶらず、腕を組み合っていた。青年たちは、それを突っ切るような並び方をした。青年が冗談をなげつけると、娘たちは頭をのけぞらせて、笑った。娘のうちの、私の知り合いの何人かは、私に合図を送ってよこした。
街灯がこのとき突然にともり、夜のなかに上った、最初の星々を青ざめさせた。こんな風に、歩道とその上の人影や光をながめることに、私は眼が疲れるのを感じた。街灯は粘つく舗道をきらめかせ、電車は、規則的な間隔をおいて、輝く髪や微笑や銀の腕輪の上に、光を映した。やがて、電車の数がいよいよ減り、木々や街灯の上に夜が暗くなると共に、町はいつの間にか空虚になり、初めての猫が再び人気の絶えた通りをゆっくりと渡ってゆく。そこで、私は夕食をとらねばならぬと考えた。椅子の背に長いこと載せていたために、少々首が痛んだ。私はパンと捏粉を買いに降りてゆき、自分で料理をし、立ったままで食べた。また窓のところで煙草をくゆらしたいと思ったが、空気が冷えていて、私はすこし寒かった。窓ガラスをしめて、戻って来ると、机の端が鏡のなかに映っているのを見た。その上にはアルコール・ランプがパン切と並んでいた。相も変わらぬ日曜日もやっと終わった。ママンはもう埋められてしまった。また私は勤めにかえるだろう、結局、何も変わったことはなかったのだ、と私は考えた。
3
きょうは事務所でよく働いた。主人は御機嫌だった。私が疲れ過ぎてはいないかと彼は尋ね、また、ママンの年をきいた。私は誤りを犯さぬように「六十ぐらいで」といった。なぜだかわからないが、彼は安心し、これで事が済んだ、と考えるように見えた。
私の机の上には、積み上げられた船荷証券が山をなしていて、その全部を私が点検せねばならなかった。昼食にゆくため事務所を出る前に、手を洗った。正午の、このときが大好きだ。夕方にはこれほどの喜びを見出さない。みんなが使う回転式の手拭がすっかりしめっているからだ。あれは一日中使われるのだ。ある日主人にそのことを注意した。主人は、自分もそれを遺憾に思うが、何分にもつまらぬ些事に過ぎない、と私に答えた。しばらくして、十二時半に、発送部に働くエマニュエルと一緒に、外へ出た。事務所は海に面しており、われわれは、太陽に燃え上がる港のなかの貨物船を眺めて一瞬ぼんやりした。このとき一台のトラックが鎖の音と爆音けたたましく、やって来た。エマニュエルが「やれるかな?」ときいた。私は走り出した。トラックはわれわれを追い越し、われわれはそれを追って突進した。私は物音とほこりにつつまれた。もはや何一つ見えず、クレーンや機械、水平線に踊る帆柱やわれわれが沿うて走った船体のさなかに、走りたいという滅茶苦茶な熱情だけしか感じなかった。まず私がつかまり、はね上がった、それから、エマニュエルが腰掛けるのを手伝った。われわれは息を切らしていた。トラックは塵と太陽につつまれ、波止場の不揃いな敷石の上ではね上がった。エマニュエルは息がとまるほど笑った。
われわれは汗びっしょりでセレストのところへ着いた。太鼓腹と前掛と白いひげとともに、相変わらず彼はそこにいた。「どうにかいってるかね」と彼は私に尋ねた。私はうんといい、腹がへったといった。私はいそいで食べ、コーヒーを飲んだ。それから、自分の部屋に帰った。ブドウ酒を飲み過ぎたので、少し眠った。眼がさめると煙草がほしかった。遅かったから、走って電車に乗った。私は午後ずっと働いた。事務所では大層暑かった。夕方、表へ出て、岸に沿うてゆっくりと帰るのが楽しかった。空が緑で、愉快に感じた。それでも、じゃがいもをゆでる料理をしようと思ったので、まっすぐに家へ帰った。
暗い階段を登りながら、同じ階の隣人、サラマノ老人とゆき会った。彼は犬と一緒に住んでいる。八年前から犬と一緒にいる。そのスパニエル犬は、(赤むけだと思うが、)皮膚病にかかり、そのためすっかり毛が抜けて、はげと褐色の瘡蓋だらけなのだ。この犬と一緒に、狭い部屋に二人きりで生活したため、サラマノ老人はついに犬に似てきた。彼は顔に赤味を帯びた瘡蓋があり、毛も黄いろくて、薄い。犬の方では、その主人から、鼻面をつき出し、首をのばした、猫背の姿勢を学びとった。彼らは同族みたいな様子だが、互いに憎み合っている。一日に二回、十一時と六時に、老人は犬を散歩に連れてゆく。八年来、その道筋は変わらない。ひとはリヨン街に沿うてこの二人の姿を見ることができる。犬が人間を引っぱっている。時にはサラマノ老人がつまずいてしまう。すると、老人は犬を打ち、ののしる。犬はおじけて、はいつくばい、ずるずると引きずられる。今度は老人が引っぱる番だ。犬の方で忘れてしまうと、また主人を引きずり出す。するとまた打たれ、ののしられる。そういうとき、二人は歩道に立ちどまって、互いに顔をながめ合う、犬の方は恐怖をもって、人間の方は憎悪をもって。毎日毎日がこの通りだ。犬が小便がしたくとも、老人はその暇を与えない。彼が引っぱるから、スパニエル犬は、自分のうしろに、点々と続く滴りをまくことになる。たまたま犬が部屋のなかでやろうものなら、また打たれる。八年間これが続いているのだ。セレストは「みじめなことだ」といつもいう。が、ほんとうのところは誰にも知られない。階段で出会ったとき、サラマノはその犬をののしっている最中だった。彼は「畜生、くたばり損い奴」といい、犬はうなっていた。私は「今晩は」といったが、老人はののしり続けていた。そこで、その犬が何をしたのか、と彼に尋ねた。彼は私には答えず、「畜生、くたばり損い奴」とだけいった。彼が犬の上に身をかがめて、何か首輪を直しているところらしかった。私は声を高めた。すると、振り向きもせずに、怒りを押さえた調子で、「こいつはいつもがんばってやがる」と答えた。それから、彼は動物を引っぱって外へ出た。犬は四足を踏んばりながら引きずられ、うなっていた。
ちょうどこのとき、同じ階のもう一人の隣人が入って来た。界隈では、女を食い物にしているという。職業を尋ねられると、それでも、「倉庫係」だといった。一般に、あまり好かれていない。が、よく私には話しかけて来るし、時には、私が彼の話を聞いてやるので、しばらく私の部屋で過ごしたりする。彼の話は面白いと思う。それに、彼と話をせぬという理由がない。彼の名はレエモン・サンテスという。彼はかなり小柄で、肩幅広く、拳闘家の鼻をしている。いつも非常にきっちりした身なりだ。彼もまたサラマノについて「みじめじゃないか!」といった。あれを見ていやな気がしないかと彼は尋ねたが、私は、しない、と答えた。
われわれは登った。彼に別れようとすると、「部屋に腸詰めとブドウ酒があるんだ、一緒に少しばかりやらないか」と私にいった。そうすれば自分で料理しないで済むと考えて、私は承諾した。彼もまた一部屋しかないが、窓のない台所が付いている。寝台の上の方には、白と薔薇色の、石膏の天使像や、選手の写真やらと、二、三枚の女の裸体写真やらが、かかっている。部屋は汚く、ベッドは乱れていた。まず石油ランプを灯し、それから、ポケットからきたならしい繃帯をとり出して、右手に巻いた。どうしたのかと私がいうと、彼に因縁をつけた奴と喧嘩をやった、と彼はいった。
「わかるだろうね。ムルソーさん」と彼はいった。「おれが悪いせいじゃない。おれはただ気が短いだけだ。相手のやつが、『男なら電車から降りろ』というから、『おい、おとなしくしろ』といってやった。すると、『おめえは男じゃない』とおれにいう。そこでおれは車を降りて、『いいかげんにしろ、その方が身のためだぞ。さもないと、たっぷりお見舞いするぞ』というと、やつは『何だと?』と答えた。そこで、おれが一撃くらわした。やつは倒れた。おれは起こしてやろうとした。ところがやつは寝たままでおれをけり上げたんだ。それでおれは膝で一発やった上、面に二つくらわせてやった。やつの顔は血まみれだった。どうだ、参ったか、とおれが尋ねると、参った、とやつはいった」こうしている間、サンテスは繃帯を直していた。私は寝台に腰かけていた。「おれがやつに因縁をつけたわけではないんだ。やつの方が、おれを侮辱したんでさ」と彼はいった。それはほんとうだ。私はそれを認めた。すると、彼は、この事件について、あんたに意見を求めたいのだと述べ、また、あんたは男であり、人生を知っており、自分を助けることができるし、そうなればあんたの仲間になるだろう、といった。私が何もいわずにいると、彼の仲間になりたいかと、また私にきいた。どちらでも同じことだ、というと、彼は満足したようだった。彼は腸詰めを出してきて、ストーブで焼き、コップ、皿、フォークの類とブドウ酒二本を並べた。この間ずっと黙ったままだった。我々は席に着いた。食べながら、彼はそのいきさつを語り出した。最初は少しためらった。「ある女を知っているんだが……それが、つまり、情婦なんで……」彼がなぐり合った男は、この女の兄だった。彼が女を養っていたのだといった。私は何も答えなかったので、すぐさま彼は界隈で何かいってることぐらい承知しているが、しかし、自分は公明正大だし、ほんとに倉庫係なのだ、といい足した。
「例のいきさつに戻れば」と彼はいった。「だまされていることに気がついたんだ」彼は女にきちんと生活費を与えていた。女の部屋代を払ってやり、毎日食費として二十フラン与えていた。「部屋代三百フラン、食費六百フラン、時々靴下を一足、これで千フランになる。ところが、あいつは働こうとしない。しかも、これではぎりぎりだ、あんたからもらうものではやってゆけない、とぬかした。それでおれはいってやった、『なぜお前は半日でも働かないのだ。身のまわりの品ぐらいは自分でかせいでもよさそうなものなのに。今月はアンサンブルも買ってやった。お前に毎日二十フラン払っている。部屋代も払っている。それに、お前は午後、女の友だちとコーヒーを飲むだけだ。お前はあいつらにコーヒーと砂糖をおごり、おれはお前に金をとられる。お前にはずいぶんよくしてやっているが、お前のお返しは十分でないな』しかし、あいつは働かず、相変わらずやってゆけないといっていた。こんな具合で、何かだまされてると気づいたわけなんだ」
そこで彼は、女の手提げに一枚の宝くじを見出したところが、女はどうして買ったのかその説明がつかなかった次第を語った。しばらくして、彼は、女の部屋で、腕輪二個を質入れしたことを証拠だてる、質屋の《札》を見つけた。それまでは、その腕輪のあることすら知らずにいたのだ。「だまされていることがよくわかった。そこで手を切ることにしたんだ。おれはまず女を引っ叩いて、それから、あいつの正体をきわめつけてやった。自分のあれであそぶこと、お前の望みはそれだけなんだ、といってやった。『お前にはわからないんだ。世間というやつは、お前がおれから受ける幸福をうらやんでいるんだ。もうすこしたったら、お前の持っていた幸福がわかるだろうさ』とね、ムルソーさん、おれはいってやったもんだよ」
彼は血を見るほどに女をなぐった。それまで、なぐったことはなかったのだが。「あいつをたたいてやったさ、ほんのお手やわらかにね。あいつはすこし泣き声を立てた。おれは鎧戸を閉めた。そこで、終わりはいつものごとしさ。でも、こうなって見ると、笑い事じゃ済まされない。それに、おれとしたって、まだ女を懲らし足りない」
そこで、相談に乗ってもらいたいのは、このことなんだが、と彼は説明した。彼がいぶっているランプの芯をかきたてたので、言葉がとぎれた。私はといえば、相変わらずじっと聞き入っていた。一リットル近く飲んでいたから、こめかみがひどくあつかった。自分の巻煙草を切らしたので、私はレエモンのを吸った。最後の電車が通って、街の響きもいまや遠く消え去った。レエモンは続けた。困ったことには、「まだあの女の体にいくらか未練を感じて」いた。でも、彼は懲らしめてやりたかったのだ。彼がまず考えついたのは、女をホテルへ連れ込み《風紀係》を呼び込んでスキャンダルを起こし、女をカードへ載せてしまうことだった。それから、やくざ仲間の友人のところへも相談に行ったが、うまい知恵を貸してもくれなかった。レエモンが私にいったことだが、やくざづき合いなんて大したものではない。レエモンが仲間にそう毒づくと、仲間は困って、女に「いれずみを入れよう」といい出した。が、これは彼の望むところではなかった。彼はよく考え直そうとした。そこでまずあることを私に頼もうと思った。それにしても、頼みごとをする前に、この話を一体どう思うかと尋ねてきた。私は、別にどうとも思わないが、なかなか面白い話だと答えた。だまされていると思うかと尋ねられたが、私から見ても、確かにだまされているように見えた。もし懲らしてやらねばならぬと思うか、そんな場合、この私ならどんな風にするかと尋ねた。どんな風にするかは、誰にもわからないだろう、と私は答えたが、とにかく、彼が懲らしめてやりたい気持ちはよくわかった、といった。私はなお杯を重ねた。彼は巻煙草に火をつけて、その企みを打ち明けた。女にあて、「足蹴をくれるようで、同時に、何か未練を感じさせるような」手紙を送り、その結果、女が戻って来たら、一緒に寝て、「いよいよ終わりというときに」女の顔につばを吐いて、女を、おもてへほうり出すというのだ。こうすれば、きっと女は懲りるだろう、と私は思った。ところで、レエモンは、自分では適当な手紙が書けないように思うから、あんたにその文句を作ってもらうことを考えているのだ、といった。私が何も返事しなかったので、すぐにそれを書くのはいやだろうがと彼は尋ねた。いやではない、と私は答えた。
すると、彼は一杯酒を飲みほしてから、立ち上がり、皿と、われわれの残した、わずかばかりの冷たい腸詰めとを押しやり、蝋引のテーブルを丁寧にぬぐうた。一枚の方眼紙と、黄色の封筒と、赤い木製の小型ペン軸と、紫インクの角瓶とを、ナイト・テーブルの引き出しから出した。女の名前をいわれたとき、それがモール人だということがわかった。私は手紙を書いた。多少いい加減なところもあったが、それでも、レエモンに満足を与えるように努力した。というのは、彼に満足させないという理由は、別になかったからだ。それから、その手紙を私は声を上げて読んだ。彼は、煙草をくゆらせ、うなずきながら、聞き入っていたが、やがて、もう一度読んでくれと頼んだ。彼はすっかり満足していた。「お前には、世の中のことがよくわかっている、それがおれにはよくわかってるよ」と彼はいった。最初、彼が「お前呼ばわり」したことに気がつかなかったが、「こうして見ると、お前はほんとの仲間だ」といわれたとき、その言葉が、はじめて私をびっくりさせた。彼は何べんとなくその言葉を繰り返した。私は「そうだな」といった。彼の仲間だろうと、そうでなかろうと、私にはどうでもいいことだったが、彼の方は本気で仲間になりたがっている風だった。彼は手紙の封をして、われわれは酒を切りあげた。それから、二人とも、一言もいわずに、煙草をくゆらしながら、しばらく、じっとしていた。戸外は、全く静かで、すべるように自動車の過ぎる音が聞こえた。「遅くなったね」と私はいった。レエモンもそう思っていたのだろう。時間が早く過ぎてゆくね、といった。ある意味では、これは真実のことだ。私は眠かったが、立ち上がるのは大儀だった。私は疲れた風に見えたに違いない。というのは、レエモンが、やけになっちゃいけない、と私にいい出したからだ。はじめ、私は何のことやらわからなかった。そこで、彼は、ママンの死を知ったということ、しかし、それはいずれはやって来るはずのものだということを、説明した。私の意見も同じだった。
私は立ち上がった。レエモンは強く強く私の手を握り、男同士の間なら、いつだってわかり合えるものだ、といった。彼の部屋から出て、ドアを閉めると、私は、一瞬、踊り場のやみのなかにじっとしていた。家じゅうがひっそりと静まり、階段の底から、暗い湿った風が登って来た。耳もとに、血がどきんどきんと脈打つのが、聞こえた。私はなお動かずにいた。サラマノ老人の部屋で、犬が低いうなり声を立てた。
4
まる一週間、私はよく働いた。レエモンが来て、例の手紙を出したといった。エマニュエルと一緒に、二度映画に行ったが、スクリーンの上で何が起こっているのか、一向にわからない男だから、説明をしてやらねばならない。昨日は土曜日で、打ち合わせどおり、マリイが来た。私はひどく欲望を感じた。紅白の縞の綺麗な服を着て、皮のサンダルをはいていたからだ。堅い乳房が手にとるようにわかり、陽に焼けて褐色になった顔は、花のように見えた。われわれはバスに乗って、アルジェから数キロの、岩と岩との間に締めつけられ、岸は葦で縁どられた、ある浜辺へ出掛けた。四時の太陽は暑すぎることはなかったが、それでも水はなまぬるく、長くのびた、ものうげな波が、低くうちよせていた。マリイがある遊びを教えてくれた。泳ぎながら、波の頂上で水を含み、口に水泡をいっぱいにためこんでおいては、今度は、あおむけになって、その水を空へ向けて噴き上げるのだ。すると、泡のレースみたいに空中に消えて行ったり、生あたたかい滴になって、私の顔の上に降って来たりした。でも、しばらくすると、私は口のなかが塩からくて焼けるように感じた。そのとき、マリイが私に追いついて来て、水のなかで私のからだにへばりついた。マリイはその唇を私の唇に押しあてた。マリイの舌が、私の唇をさわやかにした。しばらくの間、われわれは、波のまにまにころげまわった。
浜で服に着換え終わったとき、マリイはきらきらした眼で、私をながめた。私は彼女に接吻した。このときから、二人はもう一言もかわさなかった。私は自分のそばにぴったりと彼女を抱き寄せていた。われわれはいそいでバスを見つけ、帰途についた。自分の部屋に着くと、早速ベッドに飛び込んだ。私は窓を明けはなしておいた。夏の夜気が、われわれの褐色の体の上を流れてゆく──その感じは快かった。
この朝、マリイは帰らずにいた。一緒に食事をしようと私はいった。私は肉を買いに町へ降りて行った。部屋へ戻って来るとき、レエモンの部屋で、女の声がしていた。ほんのしばらくして、サラマノ老人が犬をしかった。木の階段のところに、靴底の音と爪でひっかく音とが聞こえ、それから、例の「畜生、死に損い奴!」という声が聞こえた。彼らは町へ出て行ったのだ。私はマリイに老人の話をしてやった。彼女は笑った。彼女は私のパジャマを着ていたので、袖をたくしあげていた。彼女が笑ったとき、私はふたたび欲望を感じた。しばらくして、マリイは、あなたは私を愛しているかと尋ねた。それは何の意味もないことだが、恐らく愛していないと思われる──と私は答えた。マリイは悲しそうな顔をした。でも、食事の準備をしたりするうち、ほんのつまらぬことにも、彼女はまた笑い声を立てたので私は接吻してやった。レエモンの部屋で、いさかいの物音が破裂したのは、このときだった。
最初に聞こえたのは女の甲高い悲鳴だった。つづいて、「だましゃがったな、だましゃがったな。さあ、このおれをだますと、どういうことになるか、よく教えてやろう」というレエモンの声。鈍い物音がすると、女がわめいた。そのわめきようがあまりものすごかったので、すぐさま、踊り場は一ぱいの人だかりになった。マリイと私も部屋から出て見た。女は相変わらず叫びつづけ、男はなぐりつづけている。マリイが、こわい、といったが、私は返事をしなかった。マリイは巡査を呼びに行ったらと頼んだが、巡査はきらいなんだ、と私は答えた。それでも、とうとう鋳鉛工である、三階の下宿人と一緒に、一人巡査が現われた。彼がドアを叩くと、もう物音は聞こえなくなった。巡査がなおも強く叩くと、しばらくして、女が泣き出し、レエモンが戸を開けた。彼は口に巻煙草をくわえ、とぼけた顔をしていた。娘は戸のところへ飛び出して来て、レエモンがなぐった、と巡査にいいつけた。「君の名前は?」と巡査がいい、レエモンがそれに答えた。「尋問中は、くわえ煙草をやめたまえ」と巡査がいった。レエモンは、もじもじして、私の方に眼をやったが、煙草を離さなかった。そのとき、巡査は、いきなり、分厚い重い平手で、思い切り、頬桁を張りとばした。煙草は数メートル先まで飛んで行った。レエモンは血相を変えたが、その場では一言も言いかえさず、やがて、吸殻をひろっていいか、とへり下った声で、尋ねた。巡査はひろってもいいと答えたが、それに付け加えて、「この次には、巡査ってものがあやつり人形じゃないことを、君も思い知るだろうな」といった。この間、娘は泣き続け、「この男になぐられた。こいつは女衒なんだ」と繰り返した。──そこで、レエモンは、「警察の旦那、男を女衒呼ばわりすることは、法律で許されているんですかい?」と尋ねたが、巡査は「無駄口たたくな」と命じただけだった。レエモンは今度は娘の方へ向かって、「いいかね、また、お目にかかろうぜ」といった。巡査は、その口を閉じるように、娘は出て行ってよいが、レエモンは署からの呼び出しがあるまで、自分の部屋にじっとしておれ、といった。更に巡査は付け加えて、レエモンが、今みたいによろよろするほど酔っぱらっていることも、恥じねばならんといった。これに対して、レエモンは、「旦那、あたしは酔っぱらっちゃいないんで……、ただここに、あんたの前にいるので、震えているんだが、当たり前のこっちゃないか」といった。彼が戸を閉めると、みんな散り散りになった。マリイと私とは、飯の支度を終えたが、彼女の方は、腹がすいていないので、ほとんど私一人で食べた。彼女は一時に帰った。私はすこし眠った。
三時頃、戸をたたく音がして、レエモンが入って来た。私は横になっていた。彼は私のベッドに腰をおろした。しばらく彼の方が口を切らずにいるので、私は例の騒ぎはどうしたことかと尋ねた。彼の話では計画どおりにやったところ、女の方から彼に頬打ちをくわしたので、ついに、はり倒したのだという。その後のことは、私の眼にしたとおりだ。それなら、女は十分懲りたと思うから、君も満足すべきだと私がいってやると、彼の方も同意見だった。警察がどんなにじたばたしようとも、女がぶんなぐられたという事実を、どうともしようがない、といっていた。巡査連中をよく知っているし、どんな風にあしらうべきかも十分心得ている、と彼は付け足した。そして、あの巡査の頬打ちに対して、彼が、これに応ずることを期待していたかと、私に尋ねた。私は全然何にも期待していなかったし、それに自分は警官というやつがきらいなのだ、と答えた。レエモンは大層満足そうな様子だった。彼は一緒に外へ出ないかと誘った。私は起き上がって髪に櫛を入れ出した。すると、自分のために証人になってもらいたい、といい出した。私としてはどうでもいいが、何といったらいいのかわからなかった。レエモンによれば、娘が自分を裏切ったと言明すれば足りるという。私は彼のために証人となることを承知した。
われわれは一緒に外出した。レエモンは私にブランデーをおごり、それから、球を突いたが、私は全然当たらなかった。更に女を買いに行こうと誘われたが、そんなことは好きではないので、いやだといった。それでわれわれはしずかに家に帰って来たが、彼はその情婦にうまく制裁を加えたことに、どんなに満足しているかを、私に語った。私に対しては、彼は大層おとなしいように思われた。これは楽しい時刻だ、と私は考えた。
遠くの方から、私は、入口の閾のところにいる、何か興奮した様子のサラマノ老人に、気がついた。近づいて見ると、老人が犬を連れてないことがわかった。老人は四方八方見てまわり、一度見てきた道を引き返したり、老化のくらやみを突っ走ったりした。とぎれとぎれの言葉をぶつぶつつぶやき、血走った小さな眼で、何度も何度も通りを捜していた。レエモンがどうしたのかとたずねても、すぐには返事ができなかった。「畜生、くたばり損い奴」とつぶやいているのが、ぼんやり私にもわかった。相変わらず老人はうろうろしていた。犬はどこにいるのかと私が尋ねると、出し抜けに老人は、それがいなくなったのだと答え、それから、急にせきを切ったように、しゃべり出した。「例のごとく、あいつを練兵場へ連れて行った。小屋掛けの見世物の周りには人だかりがしている。立ち止まって、『脱走王』というやつを見ていて、それで、出かけようとすると、もうあいつがいないんだ。ほんとに、大分前から、もう少し小さい首輪を買ってやりたかったんだが。あの死に損いがこんな風に姿をくらまそうと思ってもみなかったのだ」
レエモンは、そこで、あの犬はまい子になったのかも知れないし、そうだとすれば帰って来るだろう、といい聞かし、その主人と再会するために、数十キロの旅をした犬の例など、いろいろ、引いて見せたが、一向に効めなく、老人はいよいよ興奮するばかりだった。「とにかく、あいつは私の手からとり上げられる、ね、そうでしょう。もし、また誰かが引き取ってくれたら。でも、そんなことはありえない。あんなかさっかきでは、誰からだって嫌われるんだ。巡査があいつを連れて行ってしまうよ。それに違いない」そこで、私は、警察の野良犬繋ぎ場へ行ったらいい、幾らか料金を払えば、犬を返してくれるだろう、といった。老人は、その金額は相当張るのかと尋ねたが、私は知らなかった。すると、「あの死に損いのために金を出すなんて! ああ! くたばりゃいいんだ!」と、怒り出し、いろいろののしりはじめた。レエモンは笑って、家のなかへ入った。私も彼のあとにつづき、二人は階段の踊り場のところで別れた。しばらくすると、老人の足音が聞こえ、戸をたたいている。私が戸をあけると、老人は、ちょっと、しきいのところに立ち止まって、「御迷惑じゃないかね」といった。なかへ入るようにすすめたが、老人は入ろうとはせず、自分の靴先を見詰めていた。瘡蓋だらけの手が震えていた。顔を伏せたまま、老人はこう私に尋ねた。「連中があいつをとり上げることはないだろう、ねえ、ムルソーさん。あいつを私に返してくれるね。さもないと、この私はどうなるんだ?」野犬の繋ぎ場は、飼い主の意思を待って、三日間は犬を預かっておくが、そのあとでは適当に処置するのだと、私はいった。老人は黙って私の方を見つめていたが、やがて、おやすみ、といった。老人は自分のドアを閉めたが、行ったり来たりする足音が聞こえた。そのベッドがきしきし鳴った。仕切りの壁越しに、かすかに、変な物音がしたので、彼が泣いていることがわかった。なぜだか知らないが、私はママンのことを考えた。しかし、翌朝は早く起きなければならない。腹もすいていなかったから、食事をせずに寝床についた。
5
レエモンが私の事務所の方へ電話を掛けて来て、その友人の一人(そのひとには私のことを既に話してあった)が、アルジェ近くのちょいとした別荘で、日曜日一日を過ごすようにと、私を招待したという。私は、もちろん大へん結構だが、実はその日女友だちと約束がある、と答えた。レエモンは直ちにそのひとも一緒に行けばいいといった。その友人の奥さんは、男ばかりの仲間のなかに女一人でなくなるから、大層よろこぶだろう。
主人は町からわれわれのところへ電話のかかって来るのを好まない。それを心得ているから、私はすぐに受話器を掛けようとした。が、レエモンは、ちょっと待ってくれと頼み、この招待の件については、夜にでも伝えることにするが、別の件をあんたの耳に入れておきたいといった。彼は一日中、例のもとの情婦の兄を含むアラビア人の一団につきまとわれたのだ。「今夜、帰りに、家の近くでそいつらを見かけたら、知らしてほしい」私は承知したといった。
すこしして、主人から呼ばれた。主人がもっと電話の回数を減らして、もっと仕事に身を入れろというのだろうと考えて、途端にうんざりしたが、全然そんな話ではなかった。まだまことに漠然とはしているが、ある計画について話したいのだと主人はいった。彼はその問題について、私の意見を徴するだけのつもりだったのだ。主人はパリに出張所を設けて、そこで即座に取り引きを、しかも直接大商社相手にとり結ばせる、という意向を持っていて、そこに出かける気があるか、と私に尋ねた。そうなればパリで生活することになろうし、また一年の何分の一かは旅をして過ごすことになる。「君は若いし、こうした生活が気に入るはずだと思うが」私は、結構ですが、実をいうとどちらでも私には同じことだ、と答えた。すると主人は、生活の変化ということに興味がないのか、と尋ねた。誰だって生活を変えるなんてことは決してありえないし、どんな場合だって、生活というものは似たりよったりだし、ここでの自分の生活は少しも不愉快なことはない、と私は答えた。主人は不満足な様子で、君の返事はいつもわきへそれる、といい、君には野心が欠けているが、それは商取り引きにはまことに不都合だ、といった。そこで、私は仕事をすべく席に戻った。私だって、好んで主人を不機嫌にしたいわけではないが、しかし、生活を変えるべき理由が私には見つからなかった。よく考えて見ると、私は不幸ではなかった。学生だった頃は、そうした野心も大いに抱いたものだが、学業を放棄せねばならなくなったとき、そうしたものは、いっさい、実際無意味だということを、じきに悟ったのだ。
夕方、私に会いにマリイが来ると、自分と結婚したいかと尋ねた。私は、それはどっちでもいいことだが、マリイの方でそう望むのなら、結婚してもいいといった。すると、あなたは私を愛しているか、ときいて来た。前に一ぺんいったとおり、それには何の意味もないが、恐らくは君を愛してはいないだろう、と答えた。「じゃあ、なぜあたしと結婚するの?」というから、そんなことは何の重要性もないのだが、君の方が望むのなら、一緒になっても構わないのだ、と説明した。それに、結婚を要求してきたのは彼女の方だから、私の方はよろこんでこれを承知したわけだ。すると、結婚というのは重大な問題だ、と彼女は詰め寄ってきたから、私は、違う、と答えた。マリイはちょっと黙り私をじっと見つめたすえ、ようやく話し出した。同じような結びつき方をした、別の女が、同じような申し込みをして来たら、あなたは承諾するか、とだけきいてきた。「もちろんさ」と私は答えた。マリイは、自分が私を愛しているかどうかわからないといったが、この点については、私には何もわからない。またしばらくの沈黙が過ぎると、あなたは変わっている、きっと自分はそのためにあなたを愛しているのだろうが、いつかはまた、その同じ理由からあなたがきらいになるかも知れない、と彼女はいった。何も別に付け足すこともなかったから、黙っていると、マリイは微笑みながら私の腕をとり、あなたと結婚したい、とはっきりいった。君がそうしてほしくなったらいつでもそうしよう、と私は答えた。そこで、例の主人の申し入れの件を話してやると、マリイはパリの街を知りたいといった。私はしばらくの間パリで生活したことがあるのだと教えてやると、どうだったと、尋ねたから、「きたない街だ。鳩と暗い中庭とが目につく。みんな白い皮膚をしている」と私はいった。
われわれは大通りを選んで、街をぶらぶら歩いた。女たちが美しかった。マリイにそれに気がついたかと尋ねると、ええといい、あなたの気持ちがわかる、といった。しばらくすると、二人は、もうしゃべることがなくなったが、それでも、彼女に自分のそばにいてほしかったので、セレストのところで一緒に食事をしようといった。彼女の方もそうしたいのはやまやまだったが、用事があったのだ。私の家の近くまで来てから、彼女にさよならといった。彼女は私を見つめながら、「あたしの用事がどんな用なのか、知りたくはないの?」私はもちろんそれを知りたくなった。それまではそこに思い及ばなかったというだけのことなのに、そのことで何か私をとがめている風だった。そこで、すっかり弱り切った様子を見せると、彼女はまた笑い出し、いきなり私に向かって全身でとびついて来て私に口を差しのべた。
私はセレストのところで晩飯をたべた。既に食べはじめていると、小柄の変わった女が入って来て、私のテーブルにすわってもいいかときいた。もちろん、差支えない。その仕ぐさはひどくせかせかしていて、小さな林檎みたいな顔に、きらきらした眼が光る。女はジャケットを脱いで、椅子につくと、熱にのぼせたように品書を調べ、セレストを呼びつけて、即座に、はっきりしているがあわただしい声で、自分の料理を一どきに注文した。前菜の来ないうちに、ハンドバッグを開いて、四角の紙片と鉛筆とをとりだし、あらかじめ足し算を行ない、それから、ポケットから、チップを加えた正確な金額を引き出して、目の前に積んだ。このとき、前菜が運ばれて来たので、女は大いそぎでそれをのみこんだ。次の皿を待つうちに、またハンドバッグから青鉛筆と今週のラジオのプログラムの載っている絵入り雑誌とをとり出し、細心の注意をもって、一つ一つほとんどすべての放送に印をつけた。絵入り雑誌は十二ページほどあったから、食事のあいだじゅう、女は念入りに、この仕事をつづけていた。私が食事を終えても、女はなお同じ熱心さで印をつけていた。やがて、女は立ち上がると、同じように、ほとんど機械的な正確さで、ふたたびジャケットを着て、出て行った。何もすることがなかったから、私もまた外へ出てしばらく女の跡を追った。女は歩道の縁の石畳に立ち、ほとんど信じがたいほどの速さと確実さで、自分の道を外れもせず、振り向きもせずに歩いていた。その姿を見失ってしまうと、私はもと来た道を戻った。あれは風変わりな女だと考えたが、じきに忘れてしまった。
私は戸口の踏段のところで、サラマノ老人に会ったので、部屋へ入ってもらうと、老人は、犬はどこにも見つからない、野犬繋ぎ場にもいないのだと告げた。そこの連中は、恐らくその犬は車に押しつぶされたのだろうといったので、老人は、それなら警察へ行けばわかりはしないかと尋ねて見たが、そんなことは何の記録も残していまい、何しろ毎日毎日よくあることなのだから、──という返事だった。私はサラマノ老人に、別の犬を飼えばいいといったら、老人は、自分はあの犬と慣れ親しんでいたのだからと、しきりに強調していたが、これは理のあることだ。
私はベッドの上に蹲り、サラマノはテーブルの前の椅子に腰掛けていた。老人は私と向き合い、両手を膝の上に置いていた。古ぼけたソフトをかぶったままだった。黄ばんだくちひげのかげに、言葉尻がのみ込まれて、よく聞こえない。私は多少退屈もしたが、何といってすることもなかったし、眠くもなかったのだ。何かいうとなると、例の犬の件を尋ねることになった。老人の話では、その犬は、女房が死んでから飼ったのだという。彼はかなり晩婚だった。若いうちは、大そう芝居がやりたくて、連隊にいた頃は、軍のヴォードヴィルに出ていた。でも、とうとう鉄道に入ってしまったが、それを悔やんではいない。今日わずかながら恩給が入るからだ。その女房と幸福には行かなかったが、とにかく全体的に見て、その女房にすっかり慣れていた。だから、女房が死ぬと、ひとりぼっちになった気がした。そこで、犬を一匹工場の仲間に頼み込み、ほんの子犬のうちに、あれを引きとった。はじめはミルクで育てなければならなかった。ところが、犬の寿命は人間より短いから、ふたりは一緒に老いぼれることになった。サラマノはいう、「あいつは性がよくなかったから、ときどき、けんかをしたもんだ。それでも、とにかく、いい犬だった」私が、あれは血統のいい犬だった、といってやると、サラマノは大層満足の様子で、「それに、あんたは病気前のあれを御存じないな。あいつのいちばん良かったのは、毛並みなんだ」と付け加えた。犬が皮膚病になって以来、毎朝毎晩、サラマノは軟膏を塗り込んでやった。が、老人の言によれば、その本当の病気は老衰だというし、老衰では直りようがないのだ。
このとき、私があくびをしたので、老人はもう帰るといった。私がまだいてもいい、その犬の事件には飽きてしまっただけだというと、老人はお礼を述べた。ママンがあの犬を大層かわいがっていたと彼がいった。ママンの話をするとき、「あなたのお母さん」と呼んだ。老人は、お母さんが死んで以来、あんたは非常に寂しくなられたに違いない、と述べたが、私は何も答えなかった。すると、いいにくそうに大へん早口で、この界隈では、母を養老院へ入れたために、あんたの評判がよくないことを知っているが、しかし、私はあんたをよく知っており、大へんママンを愛していたことを知っている、といった。いまだになぜだかわからないが、私はそれに答えて、そんなことでとやかくいわれているとは、今日まで知らなかったが、養老院の件は、ママンを十分看護させるだけの金が私になかった以上、ごく当たり前なやりかただと、自分には思われたのだといった。「それに、もう大分前から、ママンは私に話すこともなくなっていて、たったひとりで退屈していたんだよ」と私がいい足すと、彼は「そうだよ。養老院にいれば、少なくともお仲間はできるからね」といった。それから、老人は詫をいった。ねむくなったのだ。今や彼の生活は変わってしまったのだが、今後どうしてゆくのかはあまりよく分かっていなかった。老人と知りあってから初めてのことだが、こそこそした仕ぐさで、私に手をさし出した。私は彼の皮膚の鱗を感じた。老人はにやりと笑い、部屋を出る前に、私に向かって「今夜は犬どもが吠えないといいんだが。そのたんびに、うちの犬じゃないかと思うんだよ」といった。
日曜日、私はなかなか眼がさめず、マリイが来て何度も私の名を呼び、揺すぶり起こさねばならなかった。われわれは早くから海に入りたいと思っていたから、食事もしなかった。私はげっそり力の抜けたような気分で、すこし頭が痛かった。煙草を吸うと苦い味がした。マリイは、「沈鬱な顔」をしているといって、私をからかった。彼女は白いローブを着て、髪は結わずにたらしていた。綺麗だなと私がいうと、うれしそうに笑った。
階を降りて、われわれがレエモンの戸をたたくと、今降りてゆくと答えた。通りへ出ると、私の疲労のためと、またそれまで鎧戸をあけずにいたせいで、もうすっかり明るくなった陽の光がまるで平手打ちのように、私を見舞った。マリイは楽しそうに小躍りしながら、いいお天気だ、と何度も繰り返していった。いくらか気分がよくなると、空腹なことに気づき、そのことをマリイにいってやった。マリイはわれわれ二人の水着とタオルとを入れた、防水袋を私に示した。私は待つよりほかはなかった。やがて、レエモンが戸を閉めるのが聞こえた。彼は青いズボンと半袖の白シャツを着ていた。ところが、カンカン帽をかぶっていたので、マリイがふきだした。その前腕は真白だったが、黒い毛が生えていた。それが少し、いやらしかった。彼は口笛を吹きながら降りて来たが、大した御機嫌だった。彼は、「よう、とっつぁん」と私にいい、マリイを「マドモアゼル」と呼んだ。
前の日、われわれは警察へ行って、私は例の娘がレエモンを「裏切った」と証言した。レエモンは警告だけで済んだ。誰も私の断言をとやかくいわなかった。入口の前で、われわれはレエモンと話し合い、バスで行くことに決めた。浜は大して遠くはなかったが、そうした方が早く行けるからだ。レエモンは、その友人もまたわれわれが早く着くのを喜ぶだろうと考えていた。われわれが、まさに出発しようとしたとき、突然、レエモンが正面を見ろと合図をして来た。見ると、アラビア人の一団が、煙草屋の陳列窓に背を寄せかけている。じっと黙ったままわれわれの方をながめていたが、それも実に、やつららしい仕方で、まるで、われわれなんぞ石か枯れ木同然とでもいう風だった。左から二番目のが例のやつだ、とレエモンがいったが、何か気懸りな風情だった。レエモンは付け加えて、それでも、今では済んだ話なんだが、といったが、マリイはよくわからないので、どうかしたのかとわれわれに尋ねた。あのアラビア人どもがレエモンに恨みを持っているのだ、と私がいうと、彼女はすぐにも出発したがった。レエモンは反身になって、いそがなけりゃならぬ、といいながら、ふき出した。
われわれは少し離れたバスの停留所へ向かった。アラビア人たちはわれわれの跡を追って来ないとレエモンが私に知らせた。私は振り返って見た。彼らは相変わらず一つところにたたずんでおり、われわれのいた場所を、同じ無関心な態度でながめていた。われわれはバスに乗った。レエモンはすっかり安心したと見え、しきりとマリイに冗談をいうことをやめなかった。レエモンはマリイが気に入ったらしかったが、マリイの方はほとんど彼に返事をしなかった。時どき笑いながら彼を見つめるだけだった。
われわれはアルジェの郊外で降りた。浜はバスの停留所から遠くはなかったが、海を見おろし、浜へ向かって下りになっている、小さな丘を一つ越えなければならなかった。丘は黄いろい小石と真白なしゃぐまゆりとにおおわれて、既にきつい青をたたえた空の高みに浮き出ていた。防水袋にぶつかって、花びらが散るのを、マリイはうれしがった。われわれは緑や白の柵をめぐらして立ちならぶ小別荘の間を縫って歩いた。ヴィラのあるものは、ベランダごと御柳のかげにうずまり、またあるものは、石のあいだに裸の肌をのぞかせていた。丘のへりに出るまでに、既に不動の海の姿が目の前にあらわれ、遠くには、澄んだ水のなかに、どっしりとして睡むような岬が一つ、見えた。モーターの軽快なひびきが、しずかな大気を縫うて、われわれのところまで上って来る。はるかかなたに、小さなトロール船が、きらきら光る海のさなかを、かすかに進むともなく進んで行くのが、見えた。マリイはいちはつを何本も摘んだ。海の方へくだる坂道からながめると、既に何人か浜へ出ているのが知られた。
レエモンの友人は、浜のはずれの木造の小別荘に住んでいた。家は岩を背にしていて、家の前面の支えをする杭は、水に漬かっている。レエモンはわれわれを紹介した。友人の名はマソンといい、背丈も肩幅もがっしりした大男だった、その小柄な女房はまるまるとしておとなしい女でパリ風なアクセントでしゃべった。マソンはすぐわれわれに気楽にしてほしいといい、自分でその朝釣った魚のフライがある、といった。大へん結構なお住居ですね、と私がいうと、彼は、土曜日曜、それに休みのあるごとに、ここへ来て過ごすのだといい、「もちろん、女房と一緒ですよ」と付け足した。すると、たちまち、彼の女房はマリイと顔を見合わせて笑った。私は、恐らくこれがはじめてだったろうが、自分が結婚するのだということを真剣に考えた。
マソンは水に入りたがったが、彼の女房とレエモンとは行きたがらない。そこで、三人だけで降りて行くと、マリイはそのまま水にとび込んだ。マソンと私とはしばらく待った。彼はゆっくりゆっくり話をするのだが、なんでも自分の述べたことについて、「おまけに」といい足すくせがあるのに気がついた。実際は自分の言葉の意味に何も付け加えるところのないときにも、そうするのだ。マリイについては、「あの娘は素晴らしい、おまけに、魅力があるよ」とマソンはいった。やがて、私はこうした彼の癖に注意を払わなくなった。というのは、私は太陽によって爽快になるのを感じ、それに気をとられていたからだ。足もとの砂があたたまって来た。水に入りたいという欲望をなおしばらくこらえていたが、とうとうマソンに「入らないか?」といった。私は飛びこんだ。マソンはしずかに水に入り、足がたたなくなってから、身を投じた。彼は平泳ぎで泳いだが、あまりうまくないので、私は彼をひとり残して、マリイに追いつこうとした。水は冷たく泳いでいて気持ちがよかった。マリイと二人で遠くまで行ったが、いろんな仕ぐさや満ち足りた気持ちのうちに、二人がぴったり一つになっているのを感じた。
沖に出て、われわれは浮き身をした。顔を空へ向けていると、私の口もとまで流れて来る、水のヴェールを、太陽が払いのけてくれるようだった。マソンが岸へ戻り、長々と身をのばして陽に当たるのが見えた。遠くからだと、彼はすばらしく巨大に見えた。マリイが一緒に泳ぎたいという。そこで、マリイのうしろへまわって、からだをつかまえ、マリイが腕の力で進んでゆくのを、私は足を働かして助けてやった。ぴたぴたいう水音が、朝のうちじゅうわれわれについて回り、私は終に疲れを感じたので、マリイを残して、規則正しく泳ぎ、十分息をしながら、戻った。浜へ帰ると、マソンのそばに腹ばいになって、砂のなかへ顔をつっこんだ。「いい気持ちだ」というと、彼もそうだといった。しばらくして、マリイが来た。私は振り返ってマリイの進んで来るのをながめた。体じゅう塩水でべとべとさせ、髪の毛をうしろにたらしていた。彼女は私のそばにぴったりくっついて身をのばした。マリイの体のほてりと、太陽の熱とのせいで、私はすこしうとうとした。
マリイが私を揺りおこして、マソンはうちへ戻ってしまったし、昼めしにしなければ、といった。私も空腹だったから、すぐに起き上がったが、マリイは朝から一度も接吻をうけていないという。事実そのとおりだった。私も接吻したいとは思っていたのだ。「水へ入りましょうよ」マリイがいったので、われわれは駆けて行って、低い磯波のなかへ身をのべた。われわれはしばらく平泳ぎで泳いだが、彼女はぴったり体を私にすりよせて来た。その足が私の足に巻きついているのを感じると、私はマリイに欲望を感じた。
われわれが戻ると、マソンが呼んでいた。大へんおなかがすいたと私がいうと、マソンはすぐ女房に、このひとが気に入ったといった。パンがうまかったし、私の分の魚をがつがつたべた。それから肉や油で揚げたじゃがいももあった。誰もかも、ものもいわずにたべた。マソンはよく酒をのみ、いくらでも私についだ。コーヒーになると、私はいくぶん頭が重たく、しきりに煙草をふかした。マソン、レエモンと私とは、金を出し合って、八月を一緒に海岸で過ごすという計画を練った。突然マリイが、「今何時だか知っていて? 十一時半よ」といった。われわれみんなびっくりした。マソンは、食事をするのがはやすぎたようだが、食事の時刻というものは、腹がすく時刻なのだから、ちっとも変ではない、といった。なぜだかわからないが、それを聞くと、マリイは笑いころげた。マリイは少々飲みすぎていたのだと思う。そのとき、マソンが、一緒に海岸を散歩しないか、と私に尋ねた。「女房は昼めしのあとには、いつでも昼寝をするんだが、私はそんなことはきらいだ。歩いた方がいい。健康にはその方がいいんだ、といつも女房にいってやるんだが、まあ、とにかく、それはあいつの勝手だから」マリイはマダム・マソンを助けて食器類の片付けをするから、あとに残るといい出した。小柄のパリジェンヌは、そうするためには、男連中を追っ払う必要がある、といった。われわれは三人だけで浜へ降りた。
太陽の光はほとんど垂直に砂のうえに降りそそぎ、海面でのきらめきは堪えられぬほどだった。浜にはもう誰もいなかった。浜を縁どって、海の上に突き出たあちこちの小別荘のなかでは、皿やフォークやスプーンなどの食器類の音が聞こえた。地面から立ち上る石の熱気で、ほとんど息もつけなかった。はじめ、レエモンとマソンとは、私のあずかり知らない事柄や人物について、いろいろ話し合っていた。二人が知り合ってからもう大分になること、また一時は一緒に生活したことさえあることが、わかった。われわれは水ぎわへ進み、海に沿うて歩いた。打ちよせる磯波が、時に、長くのびて来て、われわれのズックの靴をぬらした。私は何一つ考えられなかった。帽子なしの頭に直射する太陽のおかげで、私は半分眠ったような状態だったから。
このとき、レエモンがマソンに何かいったが、私にはよく聞きとれなかった。それでも、ほとんど同時に、浜の端っこの、ずいぶん離れたところに、菜っ葉服を着た二人のアラビア人が、われわれの進む方向へむかって来るのに、気がついた。私がレエモンの方を見ると、彼は「あいつだ」といった。われわれは歩みをつづけた。マソンが、どうしてやつらはここまでわれわれを蹤けることができたろう、と尋ねた。彼らはわれわれが防水袋をさげてバスに乗り込むところを見たに違いない、と私は考えたが、別に何もいわなかった。
アラビア人たちはゆっくり進んで来て、もう大分近づいていた。われわれの方も歩調を変えはしなかったが、レエモンは、「一騒ぎ起こるようだったら、マソン、お前は二人目のをやってくれ。おれは、例のあいつを引き受ける。ムルソー君は、別にもう一人現われたら、そいつをやってもらおう」といった。私は「ああ」といい、マソンは手をポケットにつっこんだ。熱くなりすぎた砂は、今、私には赤く見えた。われわれは同じ足どりでアラビア人に向かって進んだ。われわれの間の距離は、規則的に縮まって行った。互いに数歩というところまで来て、アラビア人が立ちどまった。マソンと私とは歩みをゆるめたが、レエモンは、例の男にまっすぐ向かって行った。レエモンが相手にいった、その言葉はよく聞きとれなかったが、相手は頭突きをくらわせようとする気配を見せた。すると、レエモンの方が先に一発なぐりつけて、すぐにマソンに声をかけた。マソンは前もって目あてのやつに向かって行き、力まかせに二度張りとばした。相手は水のなかへ伸びてしまい、顔を泥に突っこんだ。男は、頭のまわりから、水の面てへあぶくをたてて、しばらくそのままでいた。一方、レエモンもまたなぐりつづけ、相手の顔は血まみれになった。レエモンは私の方を振り向いて、「おい、やつはどうしようというんだ」といった。私は「気をつけろ、やつは匕首をもってるぞ!」と叫んだが、そのとき既に、レエモンは腕をえぐられ、口を切られていた。
マソンが前に躍り出たが、もう一人のアラビア人も立ち上がって、武器を持った男の後に隠れた。われわれは身じろぎもしなかった。アラビア人はわれわれからじっと目をはなさず、匕首でおびやかしながらじりじりとあとずさり、十分距離ができたと見るや、一散に逃げ出した。この間、われわれは烈日のもとに釘づけにされ、レエモンは血のしたたる腕をかたくにぎりしめていた。
マソンが早速、日曜ごとに丘の別荘へ来る医者がいるというと、レエモンはすぐそこへ行きたがった。しかし、レエモンがしゃべるたびに、口の傷から血のあぶくがふき出る。そこで、われわれはレエモンを支えて、大いそぎで小別荘へ戻った。ようやく着くと、レエモンは傷は浅いから医者のところへ行けるというので、マソンと一緒に出かけた。私はあとに残って、女たちに、その事件のはなしをした。マダム・マソンは泣きつづけ、マリイは真青だった。私はといえば、二人に説明するのが面倒になった。とうとう黙り込んでしまい、煙草をふかしながら海をながめていた。
一時半ごろ、レエモンはマソンと一緒に帰って来た。彼は腕に繃帯をし、口の端に絆創膏をはっていた。医師は大したことはないといったのだが、レエモンは陰鬱な顔をしていた。マソンが笑わせようと努めて見たが、レエモンはいっこうに口をきこうとしない。浜へ降りるといい出したので、私がどこへ行くのかと尋ねると、散歩をしたいのだと答えた。マソンと私とが、一緒にゆくというと、レエモンはすっかり怒り出して、われわれを罵った。マソンは彼に逆らってはいけないといったが、私はそれでもレエモンについて出た。
われわれは長いこと浜を散歩した。太陽はいま圧倒的だった。砂の上に、海の上に、ひかりはこなごなに砕けていた。レエモンがどこに行くのかあてがあるような気がしたが、それはもちろんあやまりだった。浜のはずれに出て、われわれはついに、大きな岩のうしろに、海に向かって砂地を流れている、小さな泉にぶつかった。そこで、われわれは例の二人のアラビア人に逢ったのだ。二人は油だらけの菜っ葉服を着て、横になっていた。ごく穏やかな、ほとんど落ち着いた様子だった。われわれが現れても、何も変わるところはなかった。レエモンをやっつけた方も、何もいわずにレエモンをながめていた。もう一方も小さな葦笛を吹き、われわれの方を盗み見しながら、その楽器でやれる三つの音を繰り返すことをやめなかった。
こうしているあいだ、ここには、太陽と、──泉のせせらぎと葦笛の三つの音を含むこの沈黙とのほかには、何一つなかった。やがて、レエモンはポケット用のピストルに手をかけたが、相手は動こうともせず、互いにじっと見つめ合ったままでいた。私は、笛を吹いているやつの足のゆびが、えらくひらいているのに気がついた。ところが、レエモンは敵から眼を離さずに、「やっつけようか?」と尋ねた。私がよせといったら、彼はひとりで逆上してしまい、きっと打ち込むに違いない、と思ったから、「あいつはまだ何もいい出さないぞ。それなのにこのまま撃ち倒すのは、きたないな」とだけ、いってやった。沈黙と熱気とのさなかに、相変わらず、水と笛とのひびきが、かすかに聞こえていた。やがて、レエモンは「それじゃあ、やつを罵ってやる。何かいい返したら撃っちまうさ」というから、「そうさ、だが、相手が匕首を抜かなかったら、撃たなくてもいい」と私は答えた。レエモンは少し興奮してきた。相手は相変わらず笛を吹きつづけていたし、二人ともレエモンの仕ぐさをいちいち監視していた。「いいや、素手で向かいたまえ。そのピストルはこっちへ渡しといたらいい。もう一人が加わったり、あいつが匕首を引き抜いたら、撃っちまおう」と私はレエモンにいった。
レエモンがピストルを私に渡すと、陽のひかりがきらりとすべった。それでも、われわれは、一切がわれわれの周りに閉じこめられてでもいたかのように、なおじっと動かずにいた。われわれは眼も伏せずに互いにながめ合った。ここでは、すべてが、海と砂と太陽、笛と水音との二つの静寂との間に、停止していた。この瞬間、私は、引き金を引くこともできるし、引かないでも済むが、どちらでも同じことだと考えた。ところが、出し抜けに、アラビア人があとずさりして、岩のうしろへ逃げ込んだ。そこで、レエモンと私とは、もと来た道を戻った。彼は気分がよくなったらしく、帰りのバスのことを話した。
私は別荘のところまで一緒に行った。レエモンが木の階段をよじのぼってゆくあいだ、上り口のところへたたずんでいた。陽のひかりにやられて、頭ががんがんしていたし、木の階段をのぼり、また女たちのそばへ帰ってゆく、そんな努力がいかにも億劫になったのだ。ところが、空から降って来るきらめくような光の雨にうたれて、ここにじっとしていても、やっぱり堪えられぬほどの暑さだった。ここに残っていても、出掛けて行っても、結局同じことだったが、しばらくして、私は浜へと向き直り、歩き出した。
さっきと同じように、すべてが赤くきらめいていた。砂のうえに、海は無数のさざなみに息づまり、せわしい呼吸づかいで、あえいでいた。私はしずかに岩の方へ歩いて行ったが、太陽のために額がふくれあがるように感じた。この激しい暑さが私の方へのしかかり、私の歩みをはばんだ。顔のうえに大きな熱気を感ずるたびごとに、歯がみしたり、ズボンのポケットのなかで拳をにぎりしめたり、全力をつくして、太陽と、太陽があびせかける不透明な酔い心地とに、うち勝とうと試みた。砂や白い貝殻やガラスの破片から、光の刃が閃くごとに、あごがひきつった。私は長いこと歩いた。
ひかりと波のしぶきのために、眩くようなまろい暈に囲まれた岩の、小暗い影が、遠くから見えた。私は岩かげの涼しい泉を思った。その水のつぶやきをききたいと思い、太陽や骨折りや女たちの涙から逃れたいと思い、それから、影と憩いとをそこに見出したいと願った。ところが、そばまで行ったとき、私は、例のレエモンの相手がまた来ているのを見た。
彼はひとりきりだった。くびのしたに手を組み、顔だけを岩かげに入れ、からだは日を浴びながら、あおむけに寝て、憩んでいた。菜っ葉服は暑さのために煙をたてているようだった。私は少々おどろいた。私としては、もう事は済んだと思っていたから、そのことは考えずに、ここに来たのだった。
男は私を見つけると、少しからだを起こし、ポケットに手を突っこんだ。もちろん私は、上着のなかで、レエモンのピストルを握りしめた。そこでまた、彼はポケットに手を入れたまま、あとずさりして行った。私はかなり離れて、十メートルばかりのところにいた。彼の半ばとじた瞼の間から、時どき、ちらりと視線のもれるのが、わかった。でも、ひっきりなしに、彼の姿が私の眼の前に踊り、燃えあがる大気のなかに踊った。波音は正午よりもっともの憂げで、もっとおだやかだった。ここにひろがる同じ砂のうえに、同じ太陽、同じひかりがそそいでいた。もう二時間も前から、日は進みをやめ、沸き立つ金属みたいな海のなかに、錨を投げていたのだ。水平線に、小さな蒸気船が通った。それを視線のはじに黒いしみができたように感じたのは、私がずっとアラビア人から眼をはなさずにいたからだった。
自分が回れ右をしさえすれば、それで事は終わる、と私は考えたが、太陽の光に打ち震えている砂浜が、私のうしろに、せまっていた。泉の方へ五、六歩歩いたが、アラビア人は動かなかった。それでも、まだかなり離れていた。恐らく、その顔をおおう影のせいだったろうが、彼は笑っている風に見えた。私は待った。陽の光で、頬が焼けるようだった。眉毛に汗の滴がたまるのを感じた。それはママンを埋葬した日と同じ太陽だった。そのときのように、特に額に痛みを感じ、ありとある血管が、皮膚のしたで、一どきに脈打っていた。焼けつくような光に堪えかねて、私は一歩前に踏み出した。私はそれがばかげたことだと知っていたし、一歩体をうつしたところで、太陽からのがれられないことも、わかっていた。それでも、一歩、ただひと足、わたしは前に踏み出した。すると今度は、アラビア人は、身を起こさずに、匕首を抜き、光を浴びつつ私に向かって構えた。光は刃にはねかえり、きらめく長い刀のように、私の額に迫った。その瞬間、眉毛にたまった汗が一度に瞼をながれ、なまぬるく厚いヴェールで瞼をつつんだ。涙と塩のとばりで、私の眼は見えなくなった。額に鳴る太陽のシンバルと、それから匕首からほとばしる光の刃の、相変わらず眼の前にちらつくほかは、何一つ感じられなかった。焼けつくような剣は私の睫毛をかみ、痛む眼をえぐった。そのとき、すべてがゆらゆらした。海は重苦しく、激しい息吹きを運んで来た。空は端から端まで裂けて、火を降らすかと思われた。私の全体がこわばり、ピストルの上で手がひきつった。引き金はしなやかだった。私は銃尾のすべっこい腹にさわった。乾いた、それでいて、耳を聾する轟音とともに、すべてが始まったのは、このときだった。私は汗と太陽とをふり払った。昼間の均衡と、私がそこに幸福を感じていた、その浜辺の特殊な沈黙とを、うちこわしたことを悟った。そこで、私はこの身動きしない体に、なお四たび撃ちこんだ。弾丸は深くくい入ったが、そうとも見えなかった。それは私が不幸のとびらをたたいた、四つの短い音にも似ていた。
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