過去痴夢 02'07

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7/1(月)

◆おーう、ついにやって来ました七の月。こなくていいのに、ったく、誰が呼んだんでしょうねえ。んー、ってことは4月からえーと、もう3ヶ月経ったのか。ふむ、なるほど、どの教科も大分学んだ訳ですな。全然自覚ないのが空恐ろしい今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか。最近ようやくうっとうしい天気が続いてきまして、梅雨なんだねと感じます。こういう時期は体調を崩しやすいからお互い気をつけましょうね。

◆昨日は大方の予想通りブラジルが勝ちましたね。お陰で辛い思いをしました。カーンが力なく座りこむ姿なんか見たくなかったよー。うう、ドイツ好きだったのになあ。自分がなんでドイツが好きなのか、あまりこれといった確たる理由はないのですが、それでもほんの小さな動機づけとなるようなものはたくさんあります。

語学で苦しめられたとか、バッハやベートーベンの国だとか、20世紀の科学の原点ともいえる地だとか、ほか色々。悲しい記憶や暗い過去もある国だけど、そんなのとは別な部分でいい面がたくさんある豊かな国っていうイメージがおジョーにはあるんです。それだけに残念。だけどあれはしかたないですねー、ブラジル強すぎ。

◆人の文章を読んでると、比喩がまずいために全部台無しってのを見かけます。「あー、多分この人はこういう事が言いたいんだろうなあ」とは伝わって来て、中にはそれ自体には賛成だったりするんだけど、表現がよくないために首をかしげてしまうような。これって不幸な例ですよね、せっかく言いたいことはいい線ついてるのに、用意した道具だてが悪いせいで損をしている。うーむ、自分でも気をつけないと。
7/6(土)

◆気がつけば土曜日。おーう、すっかりほったらかしにしてしまいました。こんな事ではただでさえ少ないアクセス数がますます少なくなっていきますね。それはそれで仕方ないです。だってしんどいねんもーん。……と、一応嘆いてみました。こんな事態になったのはなぜか? 「全ては日頃の行い」です。ふぅ……。それでも見捨てず来て下さるあなた、(女)神です(主に忍耐力が)。って全然ほめてないな、すいません、いやほんと、感謝しています。

◆で、気がついたらネットで知りあったKさん、Zさんがやにわに「萌え萌え」言ってます。夏ですねえ、そりゃ頭も沸きますわ。いや、まあ事情は分かってるんですが(罰ゲームらしい。……らしい?)。はは、ご愁傷様です。しかしこんなに文章達者だったのね、と改めて両人に舌を巻く思い。

◆そうだ、珍しく自分の趣味にマッチしたHPを発見いたしましたので紹介させて下さい。ここです。特にその中でもコンテンツ「ヴァルラームの僧房」は素晴らしい。大体これでロシアという国の成り立ちがつかめてしまうという優れものです。見つけたときは感激しました。いつも思うことですけど、これという専門的なコンテンツがあるというのはいいことですね。

◆飯代減らしたくらいじゃ本代が追いつかない今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか? っていうか例のプルースト本も1巻の500ページ辺りをようやく通過したところ、なかなか骨が折れます。なのに学校の生協に行くとつい面白そうな本を手にとっちゃって……。あーあ、未読本が20冊近くになろうとしています。(でもそれはそれで楽しい)
7/7(日)

◆今日は七夕さまですね。お願いは……と、えーと、やっぱり「学業成就」でしょうか。イヤな汗がにじみます。むぉ、すごいプレッシャーだ。それはいいとして暑いですね。近所の高校生が夕方になっておもてで友達とギターを弾いて歌っております。下手くそで、弾いてはすぐやめちゃうんだけど、今楽器にさわるのが楽しくてしかたない時期なんだなー、きっと。ギターはさっさとほうり投げた自分だけど、そんなことをまた別の誰かが追体験していると思うとなにやら不思議な気分です。

◆知らない方には関心ないでしょうが、テキスト中心の個人HPが集まるリンクサイトってのは結構ありまして、おジョーも「read me」「日記才人」「テキスト庵」の3つに参加しています。どれも同じようなもんだろうと思っていたんですけど、「テキスト庵」ってのは割といいサイトが参加してるんだな、という印象を最近持っています。適当に選んで行った先に当たりが多いんですよ。

で、昨日今日と当たりを1件ずつ引き当てました。どちらも自分が関心ある分野に図らずも合致していた、というか、まあ好みが合ったというか、そんな具合。もちろん両方とも「お気に入り」に。最近こまめにいじくるので、「お気に入り」の変動が激しいです。管理人さんで見たとき、何も考えないで入れていけば、男女男女……とほぼ同数くらいが並ぶもんみたいですね。興味と性別は関係ないということか。

それはいいとして、顔をつき合わせたわけでもないんだから、出会いというのとはちょっと違うかもしれないけれど、こういういい発見があると、何か考えてしまいます。「これは一体どういう事だろう?」「この人を知ったのはまるっきりの偶然なんだろうか?」とか「この人の考えに接することで何を自分に考えさせようとしているのだろう」とか、そんな感じ。そういうのをもひっくるめて「類は友を呼ぶ」と言うんだといえばそれまでなんですけどね。でも、「これまで知らなかったのに、なぜ今?」なんて思うんですよ。

わっかんないなー。こんな事考えるの、おジョーくらいですかね? いつか分かるようになるのかしらん……。
7/8(月)

◆暑くなって参りました。あ、これ2通りの意味で読めますね。暑くなってきました、で、弱ってます。てな具合に。実際そうなので何ら脚色はありません。夏は苦手です。昔の冬はもっと寒かった、なんてよく聞きますけど、それじゃあ夏は今ほど暑くはなかったんでしょうか? それはそれで羨ましい話だ。

◆前にも書きましたけど、今年から夏休み前に試験がシフトしましたので、現在苦しいんです。でも、それを乗り切ればあとはほぼ丸二ヶ月何もすることがない休みが控えています。それだけが救いだな、ほんと。マジで20冊近くある未読本を消化する期間にあてようと考えています。ぐふ、楽しみ。あー、その期間にワープしたいよ。

◆ところで梅雨はどうなったんでしょうか? 去年はもっともっとたくさん雨の日があったような記憶があるんですけど。たまらんかったなあ、どれだけ辛い思いをしたか。それを思えばありがたいんですが、水不足にはならんのでしょうか。降らなさすぎですよね、ちょっと心配。

◆今日駅を出て木屋町通りを四条からぼーっと上がっていると、嫌なにおいにふと意識が戻されました。元々木屋町は飲屋街ですから朝は生ゴミでヤなにおいがする通りではあるんですけどね。見ればカラスが口の辺りから血を流して死んでいるではありませんか。車に轢かれでもしたのでしょうか。ところがどういう訳か、それに全く何も感じませんでした。そんな自分がやけに印象深く残っています。
7/9(火)

◆今までずっと抱えてきたことで、最近特にこの事について考えることが多いのに、何故か日記を書こうとPCに向かったときには忘れてしまっていたテーマがありました。暑さと気力の萎えが著しい今日この頃ですが、ちょっと気合い入れて書いてみます。そのテーマとは「持たない者が『○○は要らない』と言っても説得力がない」裏返せば「真にその有難みを理解しているのは持っている者ではないか」ということ。

世の中にはいろんな形の財産と呼べるものがあって、それぞれに魅力ある、素晴らしいものです。しかし、不思議なことにそれらを真っ向から否定する人たちがいます。「○○は要らない」と。果たしてこれは本当なのだろうか? 彼らの言うことは正しいのだろうか? とまあそんなところに疑問を持ったわけなんです。

曰く「学歴は要らない」、曰く「お金なんて要らない」、曰く「優れた容姿など要らない」エトセトラ・エトセトラ。本当ですか、これ? 実はおジョーなんかもあまりよく知らないものだから「お金ってそんなにたくさん要らないよなあ」なんてついぼやいちゃったりするんですけど、この「よく知らない」ってのがくせもの、実際にたくさんのお金を持ったことがないんです。これでは公正な判断とは言えません。

それに気づいてよく見てみると、「要らない」と叫ぶ人たちは大抵それを持たない人たちなんですよ。それって、とてもじゃないけどフェアな意見とは言えないですよね。これを読んでいる人ならPCを触ることの出来る環境なのだから、きっとテレビくらいは家にあるでしょう。いつも見る人もいればそうでない人もいる。利用の程度に差はあるにせよ、まあ一応それがあるというのがどういうことかはよく知っているわけです。そのような状況にある人たちにこそ公正な判断を期待して、こう聞くことが出来るでしょう、「テレビは必要ですか?」と。

ある程度持ってないと体験できない世界ってのがあるんですよ、絶対。高い入場料を払わないと中の様子はわからんでしょう? ふもとから山頂の様子が分かりますか、雲があっちゃあ見えんでしょう? ちょっと考えてみれば分かりそうなものなんですがね。こんな事言っちゃあいけないんだろうけど、食事に行くことを考えて下さいよ、安い店に行ったら変なおっさんに絡まれるかもしれませんが、高い店に行けばそれなりの待遇をしてくれますよ。自分はいいとして、子供にどっちの店で食べさせたいと思います?(金のバリア的役割は顕著で、極めて例が多い。しかしここで金以外も含めた、様々な状況で見られる「篩(ふるい)」としての機能ばかり追ってもしかたないので省略)

金はリアルで直截的ですけど、他の形態の「財産」にしても同様だと思います。持ってない人間が「要らない」と言っても、その言葉にどれほどのリアリティがあるでしょう? 負け犬の遠吠えとまでは言いませんけど、少なくとも説得力を欠いた言であることは論を待ちません。そしておジョーはそういう「要らない」と言う人々に敢えて諌言したいとも思いません。言いたければ言うがいい、それは個人の自由です。ただ、せっかくですからこれを読まれた方はせめてその意見に客観性があるかどうか、その場の勢いで賛成しないで、一度立ち止まって自分で考えてみる姿勢を身につけてほしい。

金持ちはどうして金持ちを続けようとするのか? 高学歴の人がどうして子弟を高学歴へと導こうとするのか? 何か持たない側には分からない良さ、うまみがあるからに違いないじゃありませんか、ねえ? おジョーが想像するに、こういうのを求める必死さって、きっと「持ってる」側の人達の方がそうでない人達の何倍、何十倍と強いはずですよ。「持っていることの有難み」を身にしみて知ってるんですもの。

「要らない? へえ、そうですか」と「持っている人達」はそれを聞いて薄ら笑いを浮かべているでしょうよ、きっと。ああ、ああいう人がいるからわれわれは安泰だ、とでも言いたげにね。おーおー、肝の冷える話ですねえ。あーあ、おジョーも1度でいいから「あるけど別に要らない」って言ってみたいよ。
7/10(水)

◆今週で前期の授業が終わる(厳密には来週の月曜まで)ので、続々と最後の授業がなされていきます。あとは試験あるのみかー、たーのーしーみー♪ すいません、強がってしまいました。逃亡したくなりますね、外国かどっかへ。ルパンがうらやましいぜ。

◆あるHPの掲示板をのぞいたら、管理人さんの妹さんらしき人からの書き込みがありました。「へー、こうして連絡とりあってる人もいるんだー」と感心していたら、投稿者の名前の欄に「異父異母妹」って書いてありました。なんじゃー、そりゃー! と思わず日本昔話のお爺さんのようにのけぞってしまいました。面白い人がいるもんです。

◆電車に乗っていると、人が読んでいる本の中身が気になってしかたないのはいつものことなんですが、最近やけにブックカバーをしている人が目につきます。半分以上、いや、おジョーの感覚ですと、8割以上の人がそんな感じ。ちっ、感じ悪いぜ。おーしーえーてーやー。なんで隠すんかいな(隠す以外の目的で使われているとは考えられないんです)、と思っていたら、ちょうどその事について書いている日記がありました。

無断の引用は申し訳ないのでやめて、勝手に要約しますと、「本は読み手の内面を反映する、という信仰から来る(内面の公開への)恐れがカバーをつけさせるのでは?」とおっしゃってます。確かにそういうところありますね。

でもそこから自由な立場に立とうと心掛けてみると、どうってことないんだけどな、とも思います。この「内面の暴露」説に、ほぼ賛成のおジョー自身、「ばれたらばれたでしゃーないやん。こんなん読んでるんが私っちゅう人間ですわ」とある時から開き直っていますんで。ただ、「世界文学の最高峰」に列せられるような本を読んでいたりする場合、逆に「内面の暴露」説だと困っちまうんですよね。とてもじゃないですけど、そんな大そうな人間じゃあありませんので。単に好きで読んでるだけですから。

あらら、何も考えず適当に書いていたらまとまらなくなっちゃいそうですね。じゃあ結論、「ブックカバーすんな!」これでいいですか? ダメ? 店によってはブックカバー勝手につけようとしますけど、すかさず「ノー」と言いましょう。(コンビニでも聞かれなくても「袋要りません」とよく言います)やー、資源の無駄づかいですからこの際やめましょうよ、みなさん。やっぱりダメか。元は単なる覗き趣味だもんなー、説得力足りないや……。
7/11(木)

◆「この先生の授業が受けられなくなるのか、あー、なんか残念」というのが今日2つありました。学期の終わりになると時々ふとさびしいような気分で思ってしまう感想です。裏を返せばそれは幸せだったってことですよね。感謝しなければ。そして、感謝してるんだったら「優」で通ってみたい所ですが……はて、そううまく行くでしょうか。今後の働き次第です。

◆昨日に続き本の話で恐縮ですが、今の時代って、「これは(○○なら)読んでおかねばなるまい」てな扱いを受けている本がまるでないような気がします。こういう言い方あまり好きではないんだけど、○○に「知識階層」「教養人」とかそんな言葉を当てはめる感じで。一昔、あるいは二昔前ならこういう通念のようなものがまだ通用していたように思うんですが。

その良し悪しはともかくとして、知識のないおジョーのような人間にとってはそういう通念があると、少なくともガイド的な役割を果たしてくれて、助かるように思うことあるんですよね。だから以前は時々学校の先生に「これは良かったという小説があったら教えて下さい」と聞きにいったりしたものです。話が長くなるから理由をごたごた書くことはやめますけど、結局そうして求める良書となると古典になっちゃうんですよね。

そんな訳でここ数年来、名著、古典、傑作と称されるものをぼちぼち読んでいってる次第です。合うのもあれば合わないのもあり、自分のレベルの低さもあって骨の折れる読書となることも多いですが、やっていくうちに慣れるというのもやはりありますし、なるほど言われるだけのことはある、と深く納得することもあります。

ただ、自分の経験だけではとても追いつかないくらいそれらの本は数があって、世評だけでなく、何かもっと生きた意見も参考にしたいと思うこともあります。というわけで、これを御覧のみなさま、何か「これ読みなはれ、ええどっせー」というのがありましたらご意見お聞かせ下さい。読むかどうかは分かりませんけど、そういうお話伺うだけでも楽しいものですから。

といって聞くだけでは申し訳ないのでおジョーからも少し。分量の割にラクに読めて、なおかつ読み応えあるのは何といっても歴史物、それでいうなら吉川英治の「三国志」、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」。歴史じゃないけどサクサク読める五木寛之の「青春の門」など。それらよりはレベルがグッと上がるけど何といっても絶品、ドストエフスキーの「罪と罰」「白痴」「カラマーゾフの兄弟」などはいかがでしょうか。って人に聞いてて自分で語ってちゃあ世話ないな。すいません、何かあればご紹介下さるとすごく嬉しいです。あ、そうだ「白鯨」とか「戦争と平和」あたりはどうでしたか? この2つ、前から気になっていたんです。読まれた方いらっしゃいましたらご意見お聞かせ下さい。
7/14(日)

◆学校が終わった金曜日の夕方、「さて、今日はどーしよっかなー」と考えていたところ、友人のイカザンギ君が京都に戻って来ているということを思い出しまして、早速電話してみました。彼は当分しゃちょ君の家に住まわせてもらうそうな。というわけで、おジョーもほいほい出かけたのでした。こんな時携帯電話って便利だな、と思います。

で、夜を徹して彼と遊びました。確か金曜は2時間しか寝てなかったにもかかわらずですからね。お陰で土曜はほとんど寝てました。やー、ほんま猿ですわ。それはいいとして、しゃちょ君の家に、プレーリードッグなる生き物がいました。ちょっとびっくりしましたね。動物飼うとはなあ。なかなかかわいかったです。触る気にはあまりならなかったけど。

◆今日は祇園祭の初日だったみたいです。繁華街は祭りを見に来た人達でごったがえしていました。色とりどりの浴衣を着た女の子達がたくさん歩いていましたよ。うーん、気持ちに余裕があれば長居してもよかったんだけど、何となく疲れていたんでしょうね、さっさと帰りました。山鉾巡行は明日かな?

◆おお、そろそろ時間ではありませんか。いや、先週何気なくテレビをつけてたら滝沢くんが出ているドラマに当たりましてですね、確か石原都知事(←変換でどの「しんたろう」を選んでいいのか分からなかった。慎太郎か?)原作のやつを現代風に焼き直したやつだとか、なんか新聞のテレビ欄で見たような気がするんです。

で、それが結構面白かったので、これからも見てみようかな、と。今回でその番組が何回目なのかも知らないんですけどね。その後はK-1も見ないといけないし、ふう、今日はテレビ漬けですな。で、試験準備は朝漬け……。い、いかん……いいですか、ここに書いてあるのは時々フィクションですよ、みなさん(汗)
7/15(月)

◆昨日はテレビ漬けになります、なんて書いてそのまま滝沢くん見てK-1見て、さあて明日の準備でもしてとっとと寝るかと思った刹那、何やら嫌な感覚が背筋を走り抜けました。ギクリ、何かおかしい、なんだこの感覚は……。明日は15日、「15」……この数字だ、見覚えがあるぞ。何かとんでもない手落ちがある。自分では分からないのに、すでに感覚は危機を伝えていたのでした。

なんてこった、まだまだ先の話と思っていたある科目のレポート締め切りがこの15日だったのです。寒ッ……、凍りつきそうでした。肝の芯まですっかり冷やされましたよ。おお恐ろしや、夏ですねえ、怪談の季節です。

しかし何の構想も練っていなかったから、まあこれが取りかかるまで時間のかかること。12時過ぎから開始して、本格的に書き始めたのは1時を回った辺りではなかったでしょうか。でもいつものことなんですが、書いている内に楽しくなって来ちゃって、後半には熱中したせいもあり、できたのは3時でした。日本語で書きまくるレポートって、やってみると割と楽しめるんですよ。結局3千字くらいにはなったかな。一晩で一気に書ける量としては、おジョーにはこのくらいが限度です。

さーて、できたことだしさっさとプリントアウトして今度こそ寝るぞ、と思いきや、なんとまさかのインク切れ。おー、のー。わらにもすがる思いで、コンビニへ自転車飛ばしましたよ。何の因果でこんな目に……(日頃の行い)。案の定コンビニではプリンタのインクは扱っておらず、結局学校で与えられている自分のメールアドレスに添付し、送信。更に、念には念をとフロッピーにも保存して持っていきました。

結局うまくプリントアウトでき、提出もして、助かりはしたんですけど参りましたよ。だってあたふたして寝たの5時前、起きたの6時過ぎですからね。死にそーに眠うございました。特にお昼を食べてからの午後。やー、しかし3時間睡眠なら体ももちますけど、さすがに睡眠時間もそれを切るときついです。なんかね、たとえ30分しか違わなくても、2時間半だと、日がな一日眠いんです。途中で居眠りしても取り返せないんですよ、不思議と。ってこんな体験みなさんはどうせしないでしょうから聞いてもしかたないですね。

まあ課題クリアできたんだから全て良し、としておきます。それにしてもあの感覚が宿っていて助かったなあ。何のお陰かしらん? 神に感謝、でしょうか。
7/16(火)

◆今日は実に調子がよろしい。昨日で授業は終わったので、今日は学校に行くことがなかったのです。お陰でよく眠れました。やっぱり睡眠は大事ですね。たっぷり眠りました。睡眠が大切なのは分かってるんですけど、どうもおジョーには寝るのがもったいなく感じられることが多いのですよ。で、電池が切れるまで活動してしまう。いかんなあ。

◆ある方のHPを見て思い出しました。そういえば京都市立美術館で「シャガール展」やってたんです。すっかり行きそびれてしまいました、あーあ。隣でやってる「カンディンスキー展」の方は開始早々に勢い込んで行ったってのに。シャガールはいまいち合わないってのが最大の原因か。日本ではかなり人気ある画家なんですけどね。

でも行けなかったとなると、それはそれで気になるものでして、学校のポスターを恨めしげに眺め、ため息をついていたのでした。大体カンディンスキーより遅く始まって早く終わるんだもの、なってないよ!(←負け惜しみ)

◆机の上を整理しました。膨大な資料と要らないプリントたち……。よくこれだけ集まったもんです。お陰で机の上にようやくスペースができました。さあて、これからしばらく勉強しなくてはなりません。ううむ、燃えるぜ……と胸を張って言えないよなあ、うむむ。
7/18(木)

◆昨日お昼にテレビをつけてしまいました。で、チャンネルころころ変えていたら、ものすごく美しい顔だちの女の子が出てまして、思わず釘づけになってしまいました。美しいものに弱いんです。だけど見たのは途中からだったし、何という人なのかはわからず終い。うー、ネット検索しまくったんですけど。こういう知りたい欲は一旦火がつくと分かるまでおさまらんもんですね。骨折り損のくたびれもうけ。

その夜のこと、いつものようにスポーツをチェックすべくテレビを見ていたら、アデランスのコマーシャルになんかその子ととてもよく似た人が出てました。おおッ、これ、この子に違いない。と喜び勇んでネットで検索。手がかりがあると調べがつくのは早いです。えーっと、読み方は分かりませんが、木内晶子という人だそうです。いくつか写真を見て、間違いないこの人だ、と確信しました。

ところがです、今日その番組を冒頭からチェックしてみれば、そんな名前は出てきません。配役からすると、藤原ひとみという人らしい。はあ? なんですかこれは? 仕方ないのでまたまたネットで調べれば、なるほど藤原ひとみという人は別個にいるみたいです。ほえー、こんなことあるんですねえ。

いやしかしですね、これは区別つかんですよ。ちょっと試しに見てみて下さいよ。藤原ひとみさんと木内晶子さんの画像。これを見分けろったって、少なくともおジョーにゃあ無理な話です。別人だと言われても疑いたくなるくらいだもの。奥菜恵も同じ系統の美人ですね、多分この中じゃ一番有名なんでしょうが。同じ系統の人が上にいるとやりにくいとかあるんでしょうねえ。そう思うと芸能界も大変そうです。

こんな話題でしゃべるのも珍しいのでついでに言うと、奥菜恵って相当美人だと思うんですけどその美的稀少性に見あうほど売れているとは思えないですね。そんなことないですか? うーん、こういう評価がそんなに単純じゃないことは分かってるつもりだけど、少なくともモーニング娘とか「○カップ」で売ってるタレントなんぞより百倍もいいと思うんですけどねー。

でもこれはおジョーという一個人の見解だし、何よりも重要なのはこのような意見を吐く人間が、「そういうのに決して踊らされず、一銭のお金すら落とす気配のない冷めた傍観者」であることなのでしょう、きっと。使う側だって美しい方がいいに決まってるんだけど、そこはお仕事ですからね。お金にならなさそうな方よりお金になりそうな方を冷静に見極めて起用してるんでしょう。ま、しょうがないッスね、ある意味。投票しようにも票は彼女らのポスターやCD、イベントのチケットとして購入すべきシステムなんですから。

◆そんなことで熱弁ふるってないで、次の話題に行きましょう。といっても大した話ではないんですが。うちのコンポが暑さのせいかダウン寸前、特定のCDを演奏してくれません。CDとして認識してくれたらあとはスイスイ読み込むんですが、認識する気がない模様です。その仕打ちにこれまで我慢してきたんですが、ついに業を煮やし分解掃除を決行することとなりました。再起不能覚悟で。

やってられません、ほんと、機械相手に我慢比べの様相を呈してまいりました。室内暑すぎ。前にもこういうのあったんですが、それでも内部の複雑さに開けてみて打ちのめされ断念していたんです。でも今日という今日はそんなもんにひるむもんですか、徹底抗戦の構えで臨んだんです。裸で格闘すること1時間超。結局素人のおジョーには何ら原因はつきとめられなかったんですけど、それでも大量のほこりを除去いたしました。

そのお陰かどうか知りませんが、現在何とか聞きたかったバッハの「ブランデンブルグ協奏曲」を気分よく演奏してくれてます。一旦止めると今度聞かせてくれるまで何度プレイボタン押さないといけないか分からない不安定な状態ではあるんですけどね。いやー、やっぱバッハはよいですわ。なんと調和のとれた調べ。美しいうちに世界が完結していることを見事に感じさせてくれます。素晴らしい、やった甲斐がありました。といっても分解掃除のお陰かどうか、本当に分からないんですけどね。そんなことはどうでもいいです。よいなあ、これぞ(特におジョーにとって)音楽の原点!
7/19(金)

◆エアコンがなくても、放っておくと体は落ち着くものですが、その状態で水分を摂取すると、途端に汗がふき出しますね。するとしばらくは収まりません。これが暑いのなんのって。ある程度水分に余裕ができると、その分汗にして出そうとするみたいですね。それなら飲まない方がましか。ううむ、しかしなあ。

◆明日はちょっと京都に出向いてきます。なので少なくとも明日は更新ありません。更に、試験も近いので、そのままサボるおそれありです。書きたいことがあったら別ですけどね。ま、ないものと思っていて下さい。それにしても最近アクセス数がほんの少し増えているような気がするんですけど、何かありましたっけ? 何にしろ、ここを訪れて下さる方、ありがとうございます。

◆んー、明日は、といいつつもう既に今日なんですが、海の日ですね、たしか。海の日……海に行けということでしょうか? それとも日頃の海の恵みに感謝しようではないか、という呼びかけと願いをこめて祝日にしたんでしょうか? 元天皇誕生日? いや、それは違うか。うーん、よくわかんないですね。

◆そういえば去年の明石の事故からちょうどまる1年になろうとしています。あの時のことを振り返るような、「その後の○○」みたいな記事が新聞にちょこちょこ掲載されているのを目にするから気づくことなんですけど。その当時自分はどんなこと言ってたんだろ? と過去の日記を探ってみましたが、何も書いてありませんでした。

人が多数亡くなっているのから言いづらいけど、あれって警察や行政なんかがほんとに悪かったんですかね? どーも前から責任を負わされるには気の毒なのでは? という気がしてしかたなかったんですが。「そこまで面倒みきれんて、神様やないねんから」と感じてはいるでしょうね。それでも頭下げなきゃならんのですかね? 警察だって遊んでるわけでもなかったろうに。よくわからんです。

◆そういえば帝京大学医学部の裏口入学がどうとかで話が盛り上がったことがありましたね。友達も言ってたんですけど、あれっていけないんでしょうか? うーむ、個人的にはぎりぎりセーフな気がするんですけど。だって私立大学ですよ、私立ってことは所詮営利団体なわけですよ。だったらお金になることやりたいですよね、きっと。

これがもし国公立大学での事なら徹底的に調査、断罪すべきだと思うんですよ。でも私立って経営成り立ってなんぼですからねえ。いいと思うんだけどなあ、大学の入試くらいお金で解決するルートってのがあったとしても。どうせ医師国家試験っちゅうもんがあるんだから。資本主義ってそういうもんでしょ? ちがうのかな。

で、おジョーみたいな貧乏人の小せがれは、しょうがないから授業料安い国立とかを志望するわけですよ。授業料高くて眼中に(入れられ)ないから。「早稲田? 慶応? 知らんなあそんな大学」とかほざくわけ。それはいいとして、裏口で入ったやつのせいで落ちた人間がいたとしても、どうっちゅうことない学力だったわけで、もうちょっとうまくやるか、勉強してればよかったんだと思うんですが。

大学に限らず、世にあるお店なんかにしてもそうだけど、なじみだと無理聞いてくれたりするじゃないですか。急にやってきた常連客のために、さっきまで楽しくやってた一見さんが席を立たされるなんてこと、格別非難されず行われてるように思うけど……。んー、大学入試だとダメなんすかね? 非難する人って結局ねたましいんじゃないのかな。「営利優先で何が悪い! この貧乏人どもがッ!」って帝京逆ギレしてくれないかな、そしたらどんなに面白いか……。
7/22(月)

◆加賀乙彦著「ドストエフスキイ」読み終わりました。試験期間? 知らんなあ、そんな話(ウソ)。前からちまちま読んでいたのが終わっただけのこと。この作家に傾倒しているおジョーとしては、このタイトルを見ただけで手にとらずにはいられなかったんです。メインをはずせば、並行読みしてるうちで第一の優先順位だった結果ですね。

面白かった。傾倒していると言っても五大長編だけしか読んでいないんですが、やっぱり彼を語るということは結局それらを語ることになるわけみたいでして、話はほとんどすべて頭に入っている範囲のものでした。精神医の筆者の視点は、文学からせめる向きとは違ったものがあって、もう30年近く前に書かれたものであるというのに実に多くの新しい考えや見方を提示してくれました。

こういった経験をすると、ふとある思いにかられることがあります。それは、「自分の中にはない、新しいものの見方を求めて読書しているのかな」ということ。読書とはそういうものだったのかもしれない。少なくとも自分にとって。自分の中にない言葉を求めて、自分の中に新たな言葉を吹き込んでくれる機会を求めて。その結果どうなるのか? あまりうまく言葉にできないけど、それはきっと「豊かになる」ということなんではないのかな、とぼんやり思います。

「豊か(さ)とは何か? どんな状態か?」最近しきりにこれを考えます。これに答えるのはひどく難しく、結局これといった答はないのかもしれない、そんな風にもうすうす感じています。しかし外堀をうめていくように、それに近づくことはできるでしょう。無いよりはある方が、少ないよりはたくさんの方が、せまいよりは広い方が、浅いよりは深い方が、なんだか「豊か」な気がします。新たな何かを経験すること、それはきっと「近づく」こと、感覚がこう告げています。いつかわかるのかな? いつまでも考え続けてるような気もするぞ、でもまあそれも良いではないか、とまあえっちらおっちら這いずっているのでした。
7/30(火)

◆ひっじょーに大変なスケジュールなので、現実逃避で日記書きます。いやほんと、こんなにもーれつな状態になるもんだとは思いませんでしたわ、はは……。えーっと、そういうわけですので夏休み突入の8/5まで、多分更新しません。昨日は4000字超のレポート書いて、明日は試験2発だよ、し、死むー。

◆でもメールはチェックしないといけないから一応PCは立ち上げてるわけでして、行きつけのHPには巡回してたりします。あー、人の日記読むのは楽しいッスね。みなさまこれからも更新頑張ってください、楽しみにしてます。

◆どっか行きたいです。夏休みも近いですしね。しかしどこに行けば? うーむ、それが問題だ。どこかいいとこありませんでしょうか? ま、どこに行っても非日常の体験になるんだからそれだけで十分楽しめるような気はするんですが。

それより夏はたくさんの本を読もうと思ってます。日記というのは記録でもありますから、ここで今たまってる本を並べてみますか。

読みかけ(残り)
プルースト        「失われた時を求めて」(9冊)
黒柳徹子         「窓際のトットちゃん」(半分)
朝永振一郎        「量子力学と私」(2/3)
江川卓          「謎とき『カラマーゾフの兄弟』」(1/4)
A・J・エイヤー     「ウィットゲンシュタイン」(6割)

手つかず
サー・トマス・マロリー他 「アーサー王の死」
有福考岳         「哲学の立場」
ピーター・コヴニー他   「時間の矢、生命の矢」
マイヤ・ベサラプ     「ランダウの生涯」

うひー、いっぱいありますね。「トットちゃん」なんか読んでたのすら忘れかけてましたよ。部屋の片隅に転がってました。何冊あるんだ、一体? はてさて、この中のどれだけを読めるんでしょうねえ。最後の2冊なんて急きょ学校の図書館で借りちゃったし……。でもまあ本を読むのは楽しいやね。
7/31(水)

◆今日駅から家に帰る途中、見慣れない、あまりにも目を引く形をした車がとまってました。いわゆるスーパーカーってやつですよ、すごいなあ。それもフェラーリだったらまだすぐそれと分かるんですけど、後部に光るあのエンブレムは……おー、ランボルギーニではないですか、かっこええ! 思わず見とれてしまいました。

ある程度見たら車種の区別くらいつくおジョーなんですけど、それも国産メインのその辺によくある車ばかり、さすがにこれは何だかよく知りません。でも、昔一世を風靡したカウンタックのような気が……。しかしカウンタックは生産中止、現在その後継でディアブロという車があるという話も聞いたことがあるし、そっちかも。本当のところはわかりません。

いーやー、なんて言うんでしょうね、あれは。日常の空間とあまりにかけ離れたそのスタイルは素晴らしいの一言。国産のスポーツカーも結構いい線いってると思ってたし、そんなのに比べるとNSXは別格だね、かなりすごい、なんて感じていたんですけど、そんなレベルじゃなかったです。与える印象がまるで違う。あれぞまさしくスーパーカーです。

うまい例えではありませんけど、きれいな人、格好いい人を街で見かけると、これはすごい、なんて感銘を受け、それよりも芸能人にはとりわけきれいな人が時々いるね、さすが芸能人、大したもんだ、なんて思う。でもそんなとは別次元の強いインパクトを人々に与える人達──スーパーモデル──が存在する、とまあそんな感じでしょうか。

それを目の当たりにした誰しもが、直感的にこう感じるでしょう。「その延長線上にあるのではない」、と。あの圧倒的な存在感に接した時、そう感覚を刺激されずにはいられません。ここをこう直して、あるいはあちらをこういじって、といくらやってみても到底近づけない、そもそもが別種、別世界・別次元の存在、そういった雰囲気なのです。

こんなものを人間が作り出せるのか、とため息が出ました。そりゃあもちろん普通の人間ではないでしょうが、デザイナーというのも大した職業だ、と思いました。うん、あれはすごい、途方もないお金を出してでも手に入れようとするだけのものがあるな、と素直に納得させられました。やー、いいもん見せてもらいましたわ。まさしく正真正銘の"スーパー"カーでした。

◆格好いいと言えば忘れてましたけど、映画「太陽がいっぱい」をこの前見ました。アラン・ドロンです。「これ以上何を?」という感じ、文字通り、非の打ち所のないルックスを備えた人間でした。もう、ね、どういって形容したらいいのかおジョーには分かりませんよ。あらゆる面において完璧、いや、それ以上です。

この映画、そもそもがよく出来たシナリオで、それだけで十二分に楽しめる優れた作品なんですけど、彼の容姿があまりにも良すぎ、シナリオの良さを食ってしまいかねないほどだったような気がします。あんな人間いるんですねえ、さっきの話じゃないですけどまさに別格、通常の世界からはほど遠いそれは、まさしくスターと呼ぶにふさわしいものでした。

あ、今思いましたけどこの「スター」って語はよく出来てますね。元はことさらに強く光り輝くから「スター」と称したんでしょうけど、「スター(=星)」って、われわれの住む地上からはるか遠い存在なんですよね、非日常的な感じがよく出てます。「スター」が買い物袋下げて市場を、なんてイメージないですもの。ま、銀幕の中ならそれもあるかもしれないですけど。

あと、以前小説に関して抱いてるイメージから書いたことがありましたが、やっぱお国柄ってのがありますね、改めてそう思いました。フランスとくればやはり太陽がまぶしくて、海は青く、恋と愛があって、けだるい。うん、なんかそんな感じです。アンニュイって言葉、あれフランス語なんですよね、実にイメージにぴったり来ます。

それはいいとして話を元に戻しますけど、かなりいい作品でした。そしてこの1本で、自分の中の好きな俳優ランキングで彼が一躍トップに躍り出ることに。ちょっと他は比べものにならないですね、あんなもの見せられちゃいますと。彼のような人をスターの中のスターというんでしょう。というわけで最後に、どうでもいいですがおジョーの好きな俳優ランキングを。主役はるような人ばかりですが。

別格 アラン・ドロン

1位 アル・パチーノ
2位 クラーク・ゲーブル
3位 ダスティン・ホフマン
4位 ジャック・ニコルソン
5位 ロバート・デ・ニーロ

以下 ジョニー・ディップ、ロベルト・ベニーニ、ポール・ニューマン、
   マーロン・ブランド、ジャック・レモン、オマー・シャリフ