過去痴夢 02'10

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10/5(土)

◆一日から学校が始まって、生活もまた激しくなりました。そのせいで、というわけでは全くないのですが、なんだか更新さぼってました。惰性ですね、その間に訪れて下さった方、申しわけありませんでした。今ちょっと書きたくない気分なのです。んー、10月いっぱいくらいは適当に更新する予定、つまりこれが最後かもしれません。そんな感じですが、ご了承下さい。

◆最近MP3作りにはまってます。これまで聞いてきた中で、まあまあいいなと思いつつそれほど聞き込むことをしてこなかった曲を中心に作成する日々。ピアノ曲ばかりです。ショパンの「舟歌」とかボロディンのスケルツォ、ブラームスのピアノ協奏曲第一番など。そうしていると新たな発見があり、色々楽しめています。いいものはいい、そういうことでしょうか。

話には聞いていましたが、MP3はデータ量が小さいです。音楽は、CDからMacのフォーマットであるAIFFという規格に直して取り込むのですが、それだと1分あたり大体10MBとかなり大きいのです。ところがそれをMP3規格にするとおよそ1/11くらいのサイズに。スピーカーが悪いせいもあるのでしょうが、これでも十分満足なものに聞こえます。なかなか大した規格です、これ。自分で使ってみて初めて分かることですね。

それにしても音楽というものはすごい、国も時代も違う作曲家の作ったものがこうして我々にまで届くのですから。そういう意味ではあらゆる芸術がそれに当てはまるのかもしれません、しかし湿原を見たことのない人間にその情景を描いた絵を見せて、果たして喜びを感じられるのか、最近ちょっとそんなことを考えていたこともあって、本来抽象的で分かりにくいように思われる音楽の「伝達力」もしくは「感応力」とでもいいましょうか、そんなものの威力に今さらのように驚いていたのです。

前知識は何もいらない、にもかかわらず心動かす力がある。音楽はそういうものだろうと思うし、そこが音楽の強みなんだと思います。分かる分からないのような理解の話でなく、感じるかどうか、好きか嫌いか、そういうレベルでつきあえるプリミティブな間口の広さをもちながら奥が深い。んー、音楽のよさに再び目がいってる最中です。
10/6(日)

◆1日から学校が始まったので、明日で丁度1週間経過ということになります。雨になりそうなのが憂鬱。まあそれもしかたないですね、秋の長雨というやつです。ふと思ったのですがこの雨、農家の方にとってはどうなのでしょう? いいのかな、悪いのかな? 梅雨と同様いつものことですから割り切っておられるのだとは思いますが、んー、なければないで困るのか、少し気になります。

こちらは今日一日中天気が悪かったのですが、休みだから別に気にもなりませんでした。前は家にずっといるにしても休みの日くらい晴れてくれよー、っていつも思っていたんですけどね。休みの日だと、お昼の日差しと空気がいつもとは違って感じられるんですよ。そういうのが贅沢に思えて気にいってたのに。

昨日はその点天気が良かったのもあって、自転車でフラフラと出かけました。一応目的はラーメン屋さん。近頃はラーメン巡りを中心コンテンツにすえる個人HPも探せば結構あって、意外と近いところに複数のHPで評判になっているお店があることを知ったんです。直線距離にしてちょうど3キロくらいでしょうか。

フラフラ出かけるのは楽しいです。歩くにしても、自転車にしても、あるいはどこか街に出かけるにしても。で、その時は川を渡って阪神競馬場のそばを通り、南下。新幹線のすぐ近くにありました。そのお店自体はなかなかよかったという感じで、特にこれといった印象はありません。まあそれより昼間にうろつくのがいいわけなので。さあ、また新しい週が始まりますね、頑張ろっと。
10/9(水)

◆長い夏休みの間友達に預かってもらっていた自転車をようやく返してもらいました。久々の愛車(?)はやけに空気が抜けていて、具合が悪かったので空気入れを求めてぶらりとその辺をまわってしまいました。いつもは学校の生協で入れるんですけど、まだ朝早かったみたいで開いておらず、仕方ないので心当たりの自転車屋さんまでフラフラ。この時点で授業放棄のムードがただよい始めていました。あーあ。

で、向かった先は京都市立美術館。いま「メトロポリタン美術館展」やってるんです。人気しそうなので、平日の朝イチに行かないとな、と前々から思っていましたからちょうどよかったと言えるかもしれません。まあ言いわけですけど。確かに入館当初は空いてました。徐々に混んできましたが。

内容的にはどうだったのかな? という感じがします。ものすごく良かったと個人的に思ったのは、ピカソの「盲人の食事」1点のみ。後はまあまあといったところでしょうか。ボナールという画家がいるんですが、彼の作品は結構良くて、これまでの彼への評価を見直しました。キュビズムの作品も数点来ていましたが、あれはよく分からん。心に響くものではないですね。元々そういう目的で作られたものでもなさそうですから当然かもしれません。

それより閉口したのは修学旅行か遠足かで来ていた高校生の一団が途中入ってきたこと。我慢できる最低レベルの態度だったのであまりいい気はしませんでした。あれは良くないなあ、本当に楽しもうと思って来ている人たちに迷惑になることが分からんのかね、え、教師さん? と言いたくなります。絵なんちゅうのはある程度内面的に成熟しないと楽しめないんだから連れてくるだけ生徒にとっても無駄、周囲にしてみれば害に等しいです(はっきり言って、その生徒たちはおしなべて程度が低かった)。まあそういうのが判別できない人種だから適当に美術館にでも放り込んでやれなんて発想が出てくるんでしょうけど。どうせならすぐ近くの動物園へ連れて行けばよかったのに……やれやれ。

まあそれはそれとして、一般に人気のマティス数点、シャガールは結構な作品が1点ありましたけど、私の趣味とは違うので評価はしかねます。シャガールのはあるいはかなり良かったという人が多くても不思議はなさそうな気もします。シャガールのよさ、それは独特の世界観、いうなれば幻想的な作風なのですが、そこがどうも受けつけないところがあるのです。嫌いではないのですが。

何て言うのかな、現実に則していないと真実味がないというか、真の迫力、心に迫ってくるものが感じられないように思うのです。芯の強さみたいなものにより心惹かれるというか。現実に根ざしてこそ本当の感動なり魅力なりが生まれると思うのですが……これは個人的な感覚でしょうね、きっと。

ああ、いまこんな事を書いていて気づきましたけど、これって何も絵画だけに持つ感想でもないようです。だから映画にしても小説にしても非現実的なものには共感できず冷めてしまうんですね。小手先の遊びめいたにおいを嗅ぎとってしまうと、どうもいただけない。なるほどなあ、そういうことか。だからこそ先の「盲人の食事」には心打たれた、と。あれは青の時代、つまりピカソの前期の作品だというのですから改めて彼の才に舌を巻く思い。個人的にはこれだけでも見に行く価値はあるんじゃないなか、と思います。

◆先日その存在を知っていてもたってもいられなくなり、思わず注文したCDが届きました。ネットで購入の便利さ、ありがたみが癖になりそうな今日この頃です。手にしたのは私がもっとも好んで聞いているラフマニノフのピアノ協奏曲第2・3番、それの何とラフマニノフ本人による自作自演ものなのです。

第3番の自作自演ディスクがあることは知っていましたが、まさかその同じアルバムに第2番まで入っていたとは! 発見したときは驚きでした。そりゃもう買わずにはいられませんて。彼自身が19世紀生まれの人なので、録音状態は必ずしもいいものではありませんでしたが、「ああなるほど、こういう演奏を期していたのか」と何か啓示を受けるごときインパクトを覚えました。

これで第2番は3つ目、第3番は2つ目です。聞き比べるのが実に楽しい。第3番について言えば既に聞き込んだ感のあるもう一方が、ラフマニノフとの親交も深く、本人が「私の演奏よりいい」と認めているホロヴィッツのプレイでして、私にとってどうなのか、これまた興味があります。じっくり聞いた上でこの言葉を考えてみたいですね。やー、楽しみです。いいものを手に入れました。