河童さんを見習う「笑いを忘れた人生なんて」

 2011年末のある深夜(と言っても4時だから明け方)、予めNHKにセットしてあるラジオをリモコンで点けると「ラジオ深夜便」の「隠居大学」が始まるところだった。

このラジオは、一昔前のソニーの比較的大型の可搬カセット・CD・プレイヤーだが、既にカセットもCDもメカが壊れてしまって、ラジオ機能だけが生き残っている代物。

しかし、リモコンが付いているから、寝ている暗闇の中でも最小の操作は出来るので便利で捨てられない。

ベッドの向かいの棚に置いて、暗い中でも手探りで寝たままでラジオのオンオフ、AM/FM切り替え、ボリューム調節、だけは暗闇でもリモートコントロールで操作できる。

僕にとって「隠居大学」は学長役の天野祐吉さんが司会する、タグイ稀なステキ・フテキなラジオ大学だと思っている。

この「隠居大学」は、「ラジオ深夜便」の中にあるプログラムの一つで、「ラジオ深夜便」は7年前の初夏僕が脳梗塞で3ヶ月間も入院しているときに深夜イヤホンを使ってベッドで聞くようになって以来、3時台が日本の歌とか、4時台がインタビューや隠居大学などと、時間台で決まっている番組を選びながら、目が覚めていればの話だが、今でも延々と聞き続けている。

その朝、午前45分過ぎに始まる「隠居大学」の対談ゲストはあの妹尾河童さんだった。 舞台美術家で、何年か前「少年H」という本で有名になり、一風変わった本を何冊も出されていることは知ってはいたが、今までは著書をパラパラッとめくる程度で腰を据えて読んだことは無かった。

「隠居大学」は公開放送らしく、各地を回って処を変えて聴視者の前で収録されるようで、視聴者の笑いや拍手など反応も聞こえてくる。

お二人の掛け合いの会話が実に楽しく面白く、河童さんの個性のある飾り気のない着想や人生折々過ごされてきた感想や決断の仕方などが新鮮で、思わず寝床の中で膝を打つ独り大笑い。こんな腹を抱えての大笑いは自分でも珍しい。

真面目な話を笑っては失礼な話かもしれないが、僕にとってはとてつもないと思われるような判断・言動をフツウにキマジメにやれる河童さんに共感する喝采の笑いなのである。

度々今までになかった大笑いをしている自分に気付いて「待てよ、最近こんなに笑ったことがあったかな?」と思った。

思い出しても近頃、笑いはおろか、ニガ笑いも出来ない日が続いていないだろうかと。

このあけ抜けの笑いは何処から来るんだろう? そんなことを思いつつ、愉快な講義をお終いまで聴いた。もっと聴いて居たかったなー。

夜が明けて、直ぐにパソコンを起動して、何時も使っている古本サイトで妹尾河童さんの著書を探した。

最近、スロウな年金生活者の僕には勿体無くて新本を買えないし、目もショボショボするから読書量も激減だし、本が増えると収納するところに困るし、読む本は専ら古本の文庫本で済ますのだ。

一番安い古本は値段が最低¥1と値がついているが、これに(包装・送料¥250)をプラスするから、最低¥251で手に入る。中には古本の文庫本でも高価になっている本もあるが、それは諦めるとして、大抵は1,000円で数冊買える。

「少年H」の本が出たときも、本は買わなかったが、立ち読み本の中に大阪での空襲の話や戦時中のエピソードなどがあったことから、妹尾河童さんは僕と同年輩の方かと思っていたが、とんでもない小学生に中学生ほどのお兄さんだった。

早速手に入れた古本文庫本「河童が覗いたヨーロッパ」、「河童が覗いたインド」、「河童の手の内幕の内」と「河童のタクアンかじり歩き」などを正月中一気に読んで、放送で僕を笑わせてくれたものを確認してみた。

その著書に共通して流れている河童さんの生き方や人生観のありようが、僕にとって愉快で痛快な感じを醸し出したのだった。文章もお手本にしたいくらい簡潔でうまい。

河童さんが自分でも仰っているように、いたずらっ子の様に、なり振り構わずの「押さえきれない好奇心」を持って他の人に変人?と思われるほどに生真面目に追う姿に共感を覚えた。僕はインドに行ったことはないが、ヨーロッパ編を読むと僕の思いもつかない突っ込んだ体験をされていることがわかる。

多分インドでも、同じ見聞をされているのだろう。これが僕には新鮮で羨ましいほど愉快なのだ。

また「人の話を感受性良く聴き学び、自分の判断決断で動く」これもまた子供のような素直な熱意が、失礼ながら妙に滑稽にも快哉の笑いを誘う。これも自分を信じない人には出来ないことだ。

また「何でもないありのままの普通の生活にこそ民族の歴史や文化の原点があると考え、そこに生真面目に飛び込んで、普段の観察をする」という少年のような素直な行動など、平凡な僕には及びも付かない判断・言動を有りのまま、当たり前のように継続して行えるところが、僕の意表を突き愉快にさせるのだと思う。

「河童が覗いた」シリーズは、旅の見聞の目的は本業の仕事だと分かるものの、河童さんの好奇心は旺盛で、行く先々でその土地の人々の生活や風習から民族の歴史や文化を体感しようとし、泊まるホテルも庶民や土地の匂いがする安いホテルを通し、その見取り図を克明にスケッチし、独特の工夫の鳥瞰図で読者に伝えようとして居られ、感じたままを手書き文章にし、活字で無く手書き原稿のまま本に刷るという意表を突く快挙である。これだけでも河童さんのユニークさが光る。

これらの本は、何れも既に出版されてほぼ15年以上経っていて僕だけが今頃になって気がついて読後感を書くのは些か気が引けるが、これまたスロウなリバイバルと思し召しお許しください。

対談の中でも、本来の妹尾Hさん名から、本名を妹尾河童さんに変える申請の時の裁判所とのやり取りや、かの有名なテノール歌手の藤原義江さんとの経緯など、ちょっと長閑で愉しく可笑しい話が極普通のように語られるところも魅力である。

そうして河童さんの本に出会ってからは僕自分が、C・ディッケンズ書くところの「クリスマス・キャロル」の中の子供たちが嫌う、吝嗇(ケチ)で固陋な改心前のスクイージ爺さんのような顔をしているのではないかと自問して、鏡の前で笑顔を作るなど、自分の顔を点検する機会が増えたような気がする。

笑いは、心の持ちかたでどこにでも転がっているのだなあと今更ながら思う。

自然体で、格好付けず泥臭く、日ごろの何でもない普通の生活の中にこそ、いろいろなことに好奇心を働かせ、感受性を磨けば、愉しみや笑いの原点を見つけて明るく生きることができるのではないかとリフレッシュする。

そうすることが、せめて残った人生を愉快に過ごす秘訣ではないかと、遅ればせながら河童さんを見習おうと思うようになったのである。      (2012・1・11)