還暦の節目に、念願であった『シベリア鉄道
全線』ひとり旅がやっと叶いました。今ウラジオ
ストックに来ております。いよいよ、明晩24:05
分極東ロシアの起点駅ウラジオを出発、モスク
ワまでの9,297km、世界一長い大陸横断鉄道
の旅です。先ず、目指すは途中のイルクーツク
の街,そこまで車中4泊。約半月間ロシアに滞在
予定です。ウラル山脈までは極東ロシアの秋ま
っただ中、その先は冬景色、そして山脈を越し
た後はモスクワまで再びヨーロッパの深い秋
を、車窓から眺めるのが楽しみです。
ロシア・ウラジオストックの街にて。
 1998/9/16


[シベリア鉄道第2信]
 今ロシアのイルクーツクの街に来ていま
す。バイカル湖のほとりにあるシベリアの美
しい古都の街、今日はバイカル湖周辺の自
然と村の古い教会等、散策しました。夜はバ
イカル湖で獲れる「オムリ」という魚のスモー
クをバイカル湖の水を用いたうまい「バイカ
ルウオトカ」で。モスクワに行く(5H)より、日
本(新潟3H)の方が近いということもあって
か、日本人は遠くから来たとは思われていま
せん。ホテルには「さくら」という日本レストラ
ンもあります。(このハガキはバイカル湖で
す)
今日は自然散策の途中、日本人捕虜の埋
葬地にお参りしてきました。800余体が埋葬
されていました。お元気で。  ロシア・イルク
ーツクにて。 1998/9/19


  


 [シベリア鉄道第3信]
これは冬が長いこの地方の短い夏をバイカ
ル湖の岸辺で楽しむロシア美人。貴重品で
す。(江ノ島ではありませんよ)ところでシベ
リア鉄道の女性車掌(1車両ごとに2名)アー
ニア、とナターシャが小生のコンパートメント
に(2日目から1人になった)にしょっちゅう遊
びに来て(4H交代の休み時間)旅の楽しみ
を倍加してくれました。アーニアはイルクーツ
クで下車する小生に、なんと自分の着ていた
ブラウスの長袖の先30cmをチョン切って
「AH裏返しR」(アーニア)とサインをして手
渡してくれました。イヤー別れがつらいといっ
ても日本の女性はそこまではしないと思う
よ!不思議なことがひとつ。イルクーツクと
日本は時差なし。どうして?(ウラジオは2
H)
お元気で。 イルクーツクにて。1998/9/20


 
 車窓からの眺めは大雪!本当に冬景色に
なっていました。4日間、素晴らしく晴れ渡っ
た空の下、シベリアの秋深まり行く景色か
ら、今、外は冬景色に。シベリア鉄道イルク
ーツク駅を昨夜01時05分出発。今、午前7
時。クラスノヤノスクの街の辺りを走っていま
す。ウラジオからは5,000km余。半信半疑で
あった『秋が冬景色に』というストーリー通り
になって、さすが感動に近いものがありま
す。この景色が再びヨーロッパの秋になって
くれれば、今回のたびは大成功!!列車の
中はみなTシャツ程度の薄着。コンパートメ
ントはアナスタシアという、陽気な、大声のお
ばさんと2人。パンとトマトときゅうりをくれま
した。
 シベリア鉄道車中にて。
 1998/9/22


 エカテリンブルグの駅を過ぎてウラル山脈
を越えて夜が明けました。天気上々のヨーロ
ッパの秋が再びやってきました。眠っている
間にアジア(シベリア)とヨーロッパの境のオ
ベリスクの地点を通過したことになります。
車窓からはシラカバの美しい黄葉とナナカマ
ドの赤い実が目立つようになりました。同室
はアナスタシアというオバサンといりーナとい
う医学生の女性。2人との筆談で「38歳か」と
きかれました。お世辞でもうれしいし、相手を
傷つけてもいけない。「道中を39才ですごす
つらさかな還暦過ぎてアホチャウカ!」ここ
はどうしても大阪弁の感性で行きたいとこ
ろ。まあ、他人からみれば[還暦過ぎてこだ
わりあわれ」となりますか。明日は早朝にモ
スクワに到着。4日間ほど町をふらついてか
ら帰国することになります。モスクワは2回目
です。
(このハガキはバイカル湖のアザラシ)
 シベリア鉄道車中にて。 1998/9/24


[
 シベリア鉄道第6信] 早朝のモスクワ駅到
着と共に長かったウラジオからの列車の旅
し了わりました。今モスクワの秋を楽しんで
います。今日はトルストイ記念館へ。トルスト
イは誕生日が同じで親しみを感じています。
彼の質素を旨とする生涯の一端を知ること
が出来ました。又、プーシキン博物館には、
何と、大戦中、ベルリンから消えたままにな
っていた、あのシュリーマンのトロイの遺跡
からの出土品がロシアで見つかり、2年前か
ら展示されているそうで、これには驚きまし
た。この絵はがきはノボデベヴィッチ尼僧
院。ここの池で遊ぶ白鳥の姿を見てチャイコ
フスキーは『白鳥の湖』を書き上げたと言わ
れています。
 どうぞお元気で。     1998/9/28