スロウニンのつぶやき
近ごろ面白い経験をした。いつも行っている箱根の温泉クラブに行く小田原からのバスに乗ったとき、背の高い大きな青年が大きなキャスター付きラゲッジと大きい肩掛けバッグを持ち、首に一眼レフカメラを提げて乗り込んで来た。丸坊主頭で日本人にもありそうな顔で、殆ど満員の中の一人席に座った。肩掛けバッグを膝に載せて、横にキャスターバッグを置いて座ったが、バスが動き出すとブレーキが無いキャスターバッグは転がって危険だ。
前にもこんな外人のキャスターバッグを、持っていた紐で動かないように座席のハンドルに縛り付けてあげたことがある。今回は生憎紐を持ち合わせていなかったので、家内と斜めの2人席に座っていた私は、このラゲッジを抑えてあげる積りで、彼の席の真後ろの1人席に移動してラゲッジのハンドルを支えた。彼が手を離しても大丈夫。

「どこから来たの?」と英語で尋ねたら、案の定「マレーシアからだ」と英語が返ってきた。気さくで悪びれない良い男で、話すうちに彼は今中国の上海でコンピュータソフトの仕事をしていて、今回は仲間5人と東京に仕事で来て、あとの4人は上海に帰ったが、1人箱根の観光に残ったという。彼はインターネットで宿を予約して来たらしく、わたしの宿のことや、富士の裾野の民宿のことなどを聞いてきた。
また、言葉の端々にコンピュータ用語や技術語が出てくるので、元エレクトロニクスのエンジニアーだと言うと、彼は今HPの仕事をしていますと言う。「ヒューレット・パッカードか?」と聞くと、「良く知っているね」と言う。
私の年を聞くから「何歳に見える?」と逆に聞いたら、「60台かなあ?」という。「74歳だ」と言うと吃驚して「私の年の2倍以上だ」と言う。荷物を押さえながら、そんなことを話しながら1時間弱、仙石原のバス停に着いたので私たちは降りた。彼はもう少し先の南温泉のホテルまでだという。降り際、彼は手作りネームカードを呉れた。
彼が上海に帰ると言った日ごろ、教えられたメールアドレスにメールを入れておいた。やがて彼からメールが届くと同時に、オンラインのチャットが来て丁度暇があったのでチャットを受けた。日本語のチャットもやったことも無いのに初めて英語のチャットなんて! オンラインのチャットと言うのは、相手が1,2行の文を入力して送信し、これを受けて今度は自分が入力し送信するという音声でなく短文で会話をするというインターネット手法である。
しかし、英語は母国語でないマレーシア人の英語だから気が楽だと、1時間以上話が続いた。スペルを忘れた語もままあるが、やってみると意外に会話できる。真面目な男で、クワラルンプールの学校を出た後、クワラルンプールや近隣のその他の市で仕事を数年経験した後に上海で仕事をするようになったのだという。マレーシアの華僑だと想像できる。
驚いたことに、彼は今日本語の勉強も始めたと言い、私の日本語のホームページも、google翻訳で今読んでいるという。日英翻訳など今の翻訳技術では文章も様にならないものも多いが、どんどん気軽に使って知識を増やす様子が伺える。その後も、メールやチャットで 話は続いているがこの10月20日に上海万博に行ったことを伝えてきた。 万博も終了間際で大変な混みようで、どこのパビリオンも(特に中国や日本の)入場に何時間も待つといい彼はパビリオン入場を諦め周りを眺めて帰ったそうだ。
私も「アジア青年の船」の活動にPTA名目で夫婦で参加したことがあり、フィリッピンまでの船旅をアジアの青年たちと日本の青年たちと航行をしたなど、国際交流を丸きり知らないわけではないが、偶然会ったアジアの青年が1人でこんなに自由にアジアの国々を巡り、働き、遊び、人々との交流を深めている様は嬉しいと同時に、今の日本の青年たちの就職難や、閉塞感や、無気力感に心配をするのである。
このままでは周りの国々がETTで自由に交流する中に、日本は孤立し発言力は弱まり、見放される日が遠くないような気がする。日本の若者たちを鼓舞し、元気の息吹を与えてやりたいと思う1人である。