スロウニンのひまつぶしウエブサイト
会社の仕事を卒業したら、暇な時間を好きなことをして過ごそうと思っていました。しかし卒業して暇がありそうでも、何かしら仕事を作り、暇があるとプールに行き運動しサウナに入っていました。
ところがいざ脳卒中で身体が思うように利かなくなってみると、ほかの仕事を手伝うどころか、自分のことも満足にできなくなりました。脳卒中の後遺症は各人それぞれ異なりますから、見掛けは同じように見えても悩みは皆違うようです。

何かの時の参考までに私の体験を記してみます。入院中の毎日はベッドから車椅子に載せられてリハビリ室に行き、脳の中の記憶や言葉や判断力に失われた領域がないかというチェックを受け、脳の運動に関する領域のリハビリも始まります。言葉はダメッジはなかったのですが顔面神経系のため発音がうまく行かず、足は立つことも出来ず、右手は全く制御が出来ません。情けないことに車椅子を2本の平行棒の入り口に入れてもらい、平行棒にすがってどうにか車椅子の前に立ち上がり、立っていることがやっと。やがて棒にすがって歩いてみる、そんな練習を毎日少しずつやる期間もありました。手と足、それぞれのリハビリを指導してくださる理学療法士、作業療法士の先生と、脳の機能の主として言語に関する言語聴覚療法士の先生の毎日の訓練のおかげで少しずつ少しずつ機能が回復しました。麻痺側の肩の肩甲骨の奥のほうが痛くて眠れない日が1ヶ月も続いたりしましたが、リハビリのおかげで、自分たちの身体がどんなに巧妙な仕組みに作られているか、いったんバランスが崩れるとこれの回復にはどんなに時間や労力を必要とするかを実感しました。一時は車椅子生活を覚悟しましたが、3ヶ月の入院と6ヶ月の通院リハビリのおかげで、片麻痺の後遺症は残りながらも独りで歩け、手摺がありさえすれば階段を昇り降りでき、バスや電車にも乗れ、左手だけで大抵のことは出来るようになりました。家の中でも絶対に転ばぬようにスロウですが、今は感謝、感謝の毎日です。
障害を持って一日中家にいて、人並みに頭はボケてなく(と思っているだけかもしれません)体が満足に動かないとなると、暇な時間が生まれる、というより暇ばかりになります。家の人に愚痴ったり、辛く当たったりして相手に迷惑を及ぼし、自分も滅入り、果てはウツになるのは叶いません。ビッコで運動不足になるのも心配です。私の場合、寝ると楽なのですが、寝返りも満足に出来ないので、ともすれば睡眠過剰になり、本当に寝たきりになるのも怖い。
一旦転ぶと怪我は無くとも立ち上がるのに左手と両ひざで三角を作り、その三角のままで腰を上げて両足で立ち上がる、というほど苦労するようなビッコですから、杖を突いてのゆっくりの散歩しか運動が出来ません。プールで歩くのは、その点安全で良いのですが、プールに入る出る前後の準備、着替えや階段の上り下りなどが面倒な上、床が滑りやすく危険な上、プール・サイドの手摺でプールに入るのが一苦労、飛び込むと浮くには浮きますが右麻痺でバランスが取れず溺れそうです。
また、リハビリ練習にと写経をしたり、入院中から孫たちに紙芝居を作ったりして、左手絵や字は少しは書けるようにはなりましたが、遅いし、疲れるし、字を書くのが好きになれません。知人から頂く励ましの手紙に返事を書くのに、病室に持ち込んだ小型パソコンで、筆字フォントなどを使って手書きに代える工夫をしていたので、左手一本指のキーボード操作(ワン・フィンガー・タッチ)と左手マウス操作でパソコンを使い慣れました。丁度入院中に、家人の操作がまずかったのか、パソコンがダウンしOS毎書き換える羽目になり、全部ご破算になり、費用のかかるプロバイダーからも脱退したチャンスに、8月に退院した年の10月に、それまでに作ったホームページの残骸を回復し組み入れ、介護人で付添い人でもある家内のページも加えて、新しいウエブサイト『テオとジンの「アトリエ家庭菜園」』を開きました。コンテンツには、それまで描いていたテオ・ジンそれぞれの水彩画、闘病生活エッセイ、会社での仕事の思いで、孫たちに伝える僕のバアチャンの教え、短歌や俳句や写真俳句や詩、創作、友だちモンターニュおじさんの世界旅ポストカード、いろいろな旅行記などなど、特にジャンルを決めずに載せたオムニバスなサイトにしましたから更新など管理も自由で気楽です。思えば自分の失敗ばかりの人生でも、生き様を遺言の代わりに今はまだ幼い孫たちに残して置けたらなあ、と勝手に思ってのサイトですから、自分が何時居なくなっても、サーバーが見つからなく繋がらなくなっても見ることが出来るように、ロック・クライミングの時の転落に備えてザイルで身体の確保のために岩の隙間に打ちこむハーケンのように、定期的にCDなどにバックアップを取っておきます。孫たちにはハタ迷惑かもしれませんが、見る見ないは強制はしなく、残しておくだけで十分満足ですから構わないのです。何かの機会、いつかの年代で、ジジ・ババの生き様が孫たちの参考になることがあれば嬉しい。

他に趣味の仲間との「水彩画クラブ明何会」や英語会話を楽しむ会「かもめESS」のウエブサイトも開いているので、これにもリンクしています。サイトがあると、何をしても取材の目で見るし、写真を撮って世の中の面白いことを見つける癖が付きます。闘病日記にブログを導入してページを作る手を抜いたりして、だんだんと大きいサイトになり、見てくださる方にはうっとうしいかも知れませんが。
近所の散歩に始まった運動も、この頃は敬老パスでバスと地下鉄を使い、JRも使うようになり、絵の展覧会を見て歩くことや、リハビリに温泉に入りに行くのが運動とボケ防止になります。文字通り脳梗塞闘病記と言って「暇つぶし」のつもりで始めたスロウニンの遊びですが、アプローチも1万ヒットを越すことが出来ました。お蔭で、ドライアイが心配ではあっても「つぶすほど持て余すひまがない」というのが嬉しい誤算です。
GoogleやYahooの検索窓に【アトリエ家庭菜園】と入力して【検索】ボタンをクリックすると最初のページに出てきますから、ウエブ「横浜タウン新聞」の「スロウニンのスロウな生活」と合わせご覧になってくだされば幸いです。
写真は上から順に
1)自分のウエブサイト 『アトリエ「家庭菜園」』
2)絵の仲間の『水彩画クラブ明何会』
3)英語の会『かもめESS』 の各トップページ。