明何会メンバーを紹介します(この執筆は確か3年<2001?>位前で、その後各位は格段の変貌・成長を遂げておられますので2004年に青字にて最近記事を加えました。自分の記事を執筆したい人はお申し出ください。2004記)(2005年4月に誤字訂正などの再チェック済み)
2006年記入は緑色の字で加えました。
2006年12月記入は紫色の字で記入しました。
2008年9月改訂しました。
ご指導 故 三宅 明 画伯 (テ21)
毎年のヨーロッパ各地取材旅行、大量の制作、十数年来の個展開催、弟子の指導の他、健康のための歩行などを精力的にこなす老いを感じさせないスーパーマン。女性にはチョー優しい。若い時分から色いろな絵を経験してこられたというが、大成した今でも絵に対する熱意が持続しているのに敬意を表する。「わしが年200枚位描くのに弟子たちがわしより描かんのは不遜だ」と聞いたことは無いような気がするが、心穏やかでないと推察して恥じる。
以下 音順で紹介します
秋○ ○さん(特)
画暦は長いようにお見受けする。入会は比較的遅いが緻密な力作が多い。絵が好きで好きでたまらないという雰囲気がある。特に寺社や田舎家などの絵は一級建築士らしいタッチである。長足の進歩をとげられた。色彩に厳しく他も一目置く方だが、いつも学ぶ姿を持っておられ先生も目を細めておられる。
退会 天○○雄さん(特)
天○さんも一級建築士。建築家は絵が上手とは定説だが絵が描ける人が建築家になるという要素があるだろう。この人の絵を拝見してわが会を代表する天性を感じる。特に構図の大胆さデッサンの斬新さ色彩の新鮮さが光る。伸びやかな画風は先生も一目を置かれる。だが多芸多才でご自分でも数え切れない様子。先生も自分も「絵に打ち込めるとプロ級だがナア」とうらやましい才能。
荒○元○さん(特)
紅一点ではないが最年少の凄腕。絵も堂々たるデッサン力と色彩感豊かなプロ級だと思われる。その上、現在青年海外協力隊に参加し中央アメリカ某国の都市計画・建築に協力、活躍中。そのため2002年は現地から作品を送ってくれたが、2003年明何会展には出品できなかった。早い帰国と明何会復帰が望まれる。現在山梨県・駒ヶ根の海外青年協力隊の支援施設で活躍中。南米から帰国後の駒ヶ根の冬は面食らうこと多いと奮闘とのこと。今年(2005年)は出品を期待できる。
池○ ○さん(特)
池○さんも一級建築士。大○さんの紹介で入会。建築家はパース絵で鍛えていると聞くがみるみるパース画を越えて行かれるのがうらやましい。穏やかな人柄が出て大柄な暖かい絵が多いように見受けられる。絵描きの絵が書ける方。逸材。多分、想像するに、この方の部下は仕事の厳しさに泣き、仕事以外の暖かさにまた泣いただろうな、とは誰かの評。
石○ ○さん(制41)
2003年明何会展直前に入会。ヨーロッパ滞在のスケッチを基に初めて制作、出品、好評という離れ業を演じた猛者。熱心で、その後たちまち頭角を現す。ヒットラー山荘の絵などヨーロッパ事情に詳しい。見る見る格段の進歩。画風もすっかりタイジン(大人)技になりつつある。「逆光の光の反射をどう捉えるか」などと恐ろしい発想を既になさる方。
大○英○さん(特)
もともと何会のメンバーには建築仲間が多かったのだろう。中でも先輩格の大○さんと初めて東京駅を描いたとき、その見事な、正確かつ端正なパース画風な巧みなスケッチに魂消た。もう今では何回かの脱皮をしながら新しい絵画境地の開拓途上にあるとお見受けする。見事という他無い。年賀状によると、従来のスキーに加え、渡良瀬のフルマラソンにチャレンジ4時間台を達成とか。外にもチャレンジすることありとか、三宅先生と同様後輩は真っ青。おて柔らかにおねがいしますね。
片○○子さん(特)
日頃絵を描いたことは無かったと聞くが、熱心に描いているので進境著しい。また先生の特訓を受けられる女性の役得があり、たちまち絵でも、ずぼらなご主人を抜き去った。何であっても女は酒飲まんからのうとのご主人の負け惜しみを聞いたような。熱心な作画は会員中でも10ッ指に入ると思われる。とはいえ会員数はまだ多くはない。安曇野スケッチにも参加したが、ご主人が「徘徊」かと思われる行動を取られ驚愕。
○山○夫さん(電37)
先生が「生徒長に見込んだが見込み違いの怠け者」と愚痴られるのを耳にした。例会の弁当買い出しが専門のようで、はらはら。2004年は年間50枚描く、とどこかにマニュフェスト提出したと聞くが、いまどきの政治家と同様、口ばかり。2004年には年間50枚などっ大言壮語が仇となり、病で半身不随に。ホームページ作りに精を出し三宅明と明何会のホームページを軌道に乗せた。
佐○○一さん(機36)
典型的な理系の画学生を思わせる。色の創作、構図の理論などを理詰めで研究している節がある。例会でもリーダー格でゴルフスイングよろしく教え好きの風がある。身近な風景を画材にして多作の一人。元の会社の絵の会にも参加して忙しいとのこと。ご自分の色彩を持っておられることは、秋○さん同様、右に出る人は少ない。絵は元の会社の同人の会の活動も忙しく、ますます意気軒昂。
○藤 ○さん(特)(しばらく休会中でしたが 2006年の展覧会でウィスキーの里他を出品され見事カムバックされました。万歳!)
三宅先生の幼馴染と聞く。農学博士で某社の有名銘柄ウイスキーを手がけたオーソリティとのこと。最近入会された。流石博士、先生のコツを直ぐに体得して第一作から力作をものされたのには度肝を抜かれた。
志○義○さん(特)
建築関連の仕事をされたそうでタイを始め東南アジアに詳しい。最初に見せてもらった絵は色彩に特色のある現地の人たちの水辺の生活を描いた絵だった。今はこれらを脱皮して個展開催レベルの数と質の絵を描く。一枚の画題を書き換えたり筆を加えたり徹底的に研究する。最近例会へのお土産から先生と同郷と知った。何会の世話役ご苦労様。この方の持つえにもいわれぬ画風は秀逸。わが会の代表選手の一人である。もっとも、当初と違って、みんなのレベルも変わって、群雄割拠の盛会だから皆自称代表のような顔をしているのがこの会の素晴らしいところ。
○島泰○さん(特)(2006年後半郷里福岡に転居されましたが以前会の主行事には参加される予定とのこと)
最近入会の一人。和○さんと高校同級生とのこと。絵は欧米旅行などでたくさん描いてこられたスケッチブックを拝見した。既に一家を成しておられる。鳳龍クラブ近くの浜離宮庭園にスケッチに行ったときもその速写力と作品構成に脱帽。実にさまざまな絵を画帳に蓄えておられる。信濃の道祖神のスケッチなど凡人の捉える事が少ない素材をものされる様子は真似が出来ない。
故 土○章○さん(金32)
第一回展では小さなかわいい花の絵を出された。奥様の料理の本に花を中心とした挿絵を描いて出版された。和○さんと同級生で二人とも柔道の猛者。その割には絵は綿密な花の絵が多い。頑なに自分の感性を信じておられるようだ。囲碁も強いそうだ。
退会 森 ○能さん(特)(会社ご多忙のため依然2006年も名誉会員です。早く余裕が出来ると良いですね!?)
初回の真っ赤なアバンギャルドな東京駅の絵が売れた。きわめて特徴のある色彩表現は誰も真似が出来ない。仕事が忙しくなかなか例会にも顔を出さないが当初から名簿整理や開場準備など何会の面倒をみて貰った。早く絵を見せてください。こんな異才が居てこそ会が楽しい。
故 山○榮○さん(テ23)
東京センター長の立場もあって芸術教室(書)、囲碁、俳句、陶芸、などなど色々な会に参加している山○さんだがどの会でも才能を発揮する。わが会も然り。2003年の展覧会でも果物の話題作を出品。センター長としての立場と体調維持のため特に野外活動は遠慮されているが例会費は払って頂いている。多謝。
和○○郎さん(金32)
「中学校以来絵なんか描いたことない」と言っておられたが、どっこい!2003年展ではヨーロッパ旅行に取材したローマ時代の水道橋を見上げる浪漫あふれた自画像?が最近の傑作。大きい夢のある絵だと思う。土○さんと同級生、○島さんと脩猷館高校の同級生。人柄だ。仲間の一人がこの人をモデルに絵を書いたくらいダンディな雰囲気を持っておられる。絵は当初と異なり同一人の作とは思えないくらい新境地を開いておられる。
西○○子さん(特)
2009年入会。印象に依れば、小石川後楽園スケッチ会で熱心に花菖蒲と東屋のある風景スケッチに打ち込んでおられた。故三宅先生のご指導を仰いだ時間が少なかったのが残念だが、初めて第11回明何展に出品は立派!
山○明○さん(特)
同じく2006年入会。西○さんと同じく鳳龍書道の李先生のお弟子さんからの水彩画進出組で、その意欲に感心。水彩画に生かす筆線の勢い、濃淡の表現など、タッチの新風を仲間にもたらしてくれるだろうと期待。有望!
小○川 ○江さん(特)
2011年第12会展初出品。すでに、力量をお持ちである。