手が3本,足が5本の高上がり記

 つましい年金生活でも、出来る限り節約して、2,3ヶ月に一度くらいは、ささやかな旅がしたい。

自炊の湯治宿のような宿があり、朝と夕の食事と温泉があって、杖突3本足でもきつくない程度に歩ける範囲でスケッチが出来そうな景色があれば良い。

ワイフには申し訳ないが、片マヒ3本足のワシは、トレッキングはおろか、少しの坂も休み休みでないと登れない身だから、ツアーなどの団体行動は無理である。

ワイフはワイフで、温泉に入れば1泊では忙しいから少なくとも2泊はしたいと言う。

 幸い、行き先々での観光ツアーなどは別にオプション料金で、添乗員も無いに等しく、基本交通機関と宿と温泉だけという荒削りのデッサンみたいなスケルトン・ツアー(骨だけの旅=自分が命名)を組んでくれる旅行社があり、自分の背丈に合わせたフリーな旅が味わえるので、すっかりハマッている。

 これまで、1回目が新潟県の妙高高原の赤倉温泉へ旅費込み2泊3日1人2万円、2回目が群馬県の万座温泉への旅費込み2泊3日1人2万円の格安ツアーを利用した。 どちらも現役時代にはお金はあっても忙しくて行くことが念頭になかった所である。

 3回目の今回の白馬・栂池高原フリープランも、新幹線長野駅からホテルの送迎バスで約70分北アルプスの麓にある栂池高原への旅費込み2泊3日1人2万円である。 偶然だが、3回とも標高1,800m以上の高原で、中でも今回が一番高く標高2,000m近い。手が3本、足が5本の老夫婦のバカの高上がり。

 ここは皆さんにはお馴染みの所かも知れないが、会社勤め晩年の北海道勤務ではじめたスキーヤーのワシには、内地のスキー場には無縁だったから、沿線の山の斜面に多くのスキー場が並んでいるのを初めて見た。

白雪のスキー場を想像すると、内地も車で行かない限りアプローチは大変だろうと思う。

 

 ツアー客は流石に健常な老夫婦が多く、自分のような車椅子でもおかしくない片マヒ老人は居ない。

着いた日は送迎バスがホテル横付けだったから良いとして、翌朝は健常者が歩いて坂を下って3分というゴンドラ駅まで行かねばならない。この幅2車線の坂道をワシがスキーを履いて下るにはボーゲンでやっとかなと思うほどの坂である。

 行きはヨイヨイ下る坂、杖突3本足でも体重のポテンシャルがあって楽だが、帰りの上りはどうしようと思いながら、ゴンドラ乗り場に着く。嬉しいことにロープウエイは、付き添い者含めて一人分という身障者割引があった。

 ゴンドラは10年前に北海道定山渓の札幌国際スキー場の大型に乗って以来である。所要20分4km弱は長い方だろう。ゴンドラ頂上栂の杜駅に着いて両側に秋の高山植物が咲くなだらかな山道を、ロープウエイ駅まで歩いて乗り換える。

 なだらかで5分と言われる道でも、カタマヒアンのワシには高山植物の写真を撮りながらだが10分はかかる。

やっとの思いで、ロープウエイ駅下に着くと、何と!ゴンドラで先に着いた人たちが大勢乗ったロープウエイの大型のゴンドラから、ワシらが歩くのを見下ろしているではないか。

すわ、発車間近かと急ぐと、アナウンスが「待っていますから、ゆっくり来て下さい」と告げてくれる。アリガトサン。

駅にはエレベーターがあって、程なく着くと、もう遠に定時を過ぎた便がワシらを待っていてくれているのだ。

愚図で申し訳ない、ありがとうと、皆に言いながら5、6分ほどで標高1,825m終点に到着。

 ここから、また健常者5分、ワシには10分の急坂の歩きがあって、栂池高原ヒュッテや、栂池自然公園ビジターセンター、旧栂池ヒュッテなどがある国立公園入り口地区に着く。

 ここから、白馬大渓谷が遠望できる最深部の展望台標高2,000mまで木道を歩いて往復約2時間の国立山岳公園の湿原自然園である。

 ゴンドラとロープウエイの位置や接続方法の中途半端さは否定できないが、元々ロープウエイの無かった時代、湿原自然園入り口までは車で入ることが出来たらしく、車の排気ガスが貴重な高山湿地帯の自然動植物保護に影響を与えることを恐れて、後からロープウエイを増設して車の進入を禁じたという苦肉の経過があるそうだから、ま、仕方ないかと思う。

 ビジターセンター内の公園入り口近くに、昔の栂池ヒュッテの復元館があり玄関横の軒に2個の小さい鐘が吊るされている。付近で遭難した青年の父親が息子の鎮魂に寄贈したお金で、ここを含めて4ヶ所の山小屋に同じ鐘が吊るされ、打つ音で遭難者に山小屋の位置を知らせ、山の安全を祈っているという。

 時期にはミズバショウが咲く高原湿地帯には、車椅子でも回遊できそうな通称バリヤーフリーという段差の無い幅広い回遊木道が約1km完備されている。その先に行くには、すれ違い可能な2本の平行木道が完備されている。

 杖突3本足のワシには、この平行木道は怖い。片側に両足を置き、もう1方の木道に杖を置いて歩くと丁度良いが、来る人でも帰る人でも、人が来てワシの杖に躓くと、相手の進路妨害になるし、ワシは転倒しそうで危険だ。特に背後から音もなく追い越していく人が危ない。で、片方の木道に杖と足を両方乗せては狭すぎるから止まってしまう。

転んだら湿原のワニ(ワシではないぞ)に食われるも同然になる。

 また、自分を含め、可憐な高山植物の花や実を観察し撮影する人も多く、人通りが増えたアップダウンの木道を行くのも怖い。 平らでも躓きやすい足では木道の段差が超えられない所もある。冷たい風が岩間から吹き出す風穴に落ちそうである。風穴からの下り木道で一度シリモチを搗いてしまった。

 しかし、これはハンディキャップ側の贅沢な感想で、この木道の設営と維持管理には国と小谷(こたり)村の努力が十分見て取れる。ビジターセンターでも、ここで働いているらしい人々を沢山見かけた。心からありがとうと言いたい。

 こうして、何とか高原の秋を楽しんだが、あいにくの天気晴朗なれどのガスで白馬岳や白馬大雪渓は拝めなかった。

ビジターセンターに戻って、センターに展示してある大きな白馬岳と白馬大雪渓の写真を撮影したら、素人目には実景のような写真になった。「これだけで十分満足です」とビジターセンターの受付の人に言ったら喜んでくれた。

 センター前の日陰ベンチで、宿で用意してくれた千円の竹の皮箱入りのおにぎり弁当を広げて二人で食べてから、ワイフの水彩スケッチを見たり、高原の冷たい水道水を汲みに行ったりして、3時には天候が回復と言う予報を待ったがついに回復せず、終便近い15:30の便で降りた。

 山は見えなかったが、毎回ながら「これがまあ終の旅か」と満足しながら、たそがれの煙霧の村にゴンドラで下ってきた。 ゴンドラを降りたら、帰りの急坂を歩いて昇るのは絶望だと思って脇道を模索した。 

冬のゲレンデを想像して、絶対脇道があると思ってゴンドラ駅の裏手に回ってみた。草道を辿りながら行くと舗装などない野車道がホテルの上側に出ることを発見! 坂道を登ることなくホテルに帰ってきた。

 ホテルの小さい温泉にも手摺がなかったが、たまたま湯船と湯淵の構造的なワシにも湯に滑り込めるアプローチ箇所を見つけ、何とか安全に入れた。浴場と湯船が小さいので手摺が付けられなかったのだろう。

 夕食も格安ツアーとは思えないほど、心がこもった料理だった。         929