海はどっち側?

 山育ちの人もいるだろうが、海に囲まれた日本では、海の近くの平地に住む人は、きっと、ふるさとの記憶に海の方角があるような気がする。

例えば、僕のように北に海がある山陰に故郷がある者は、ほとんど先天的に海が見える方向が北だと感じるのだ。

小さいときは、殆ど移動は徒歩かバスか汽車で、山を越えて山陽地方の海が南にある場所へ行くことも稀だったから、「海は北」感覚が染み付いているのだろう。

関東に住むようになっても、当初は南に太平洋があるところは、何となくよそよそしい他国だった。

会社の同僚と湯河原の会社保養所に行くときなど、東海道線でうたた寝をして、小田原を過ぎた根府川辺りでふと我に帰ると、瞬発的に「ここはどこだ?どこに向かっているのか?」と方角音痴になることがあった。南に海があると方向が混乱するらしい。

 日本地図をつくづくと眺めてみると、北が海、南が海の地方は、九州には少なくて西日本と四国、関西、東海地方と北陸地方が多い。日本列島はフォッサマグナと言われる地溝帯で折れ曲がっているから、東京以北は海が東西にある地方が多い。
だから、「海は北」人と同じように、「海は南」人も「海は東」人も「海は西」人も居るわけだ。

「海は北」人の僕も日本の敗戦までは、昔の日本の植民地だった朝鮮の京城(今、韓国ソウル市)で小学3年生まで育ったから、仁川(ジンセン)という支那海に面した港が近いと知ってはいたが行ったことは無い。
 学校に上がる前にオヤジに連れられて関釜(カンプ=下関〜釜山航路)連絡船に乗って、初めて山口県に住む母方の祖父母の家に行ったのが初めて海を見たくらいだから、海は身近ではなかったが、オヤジ、オフクロの田舎が山陰山口県だから、ほとんどDNAの記憶のレベルかもしれない。
                                   写真1):妙高山。

 しかし、湘南に住んでいても、葉山や逗子に行くと「北が海」感覚になる。北方向に海があり、その向こうに富士山が見えたりする。そんな時、どこかホッとする。葉山の神奈川県近代美術館の中広場からの海の景色が、まさに「海が北」感覚だ。
 それでも、関東に住んでほとんど半世紀経った今では、さすがに朝日が左手方向から昇る「海は南」人になったが、偶に混乱する事態が生じる。

 どうして、今になって、こんな「海は北」感覚が蘇ったかというと、9月末に比較的安い温泉旅の企画に乗って東に信州の山々、西に妙高山、火打山など新潟の山々に挟まれた赤倉温泉に行ったからである。
ただ見知らぬ温泉地で、スキー・オフ・シーズンには温泉以外何もないフリープラン・ツアーだった。

 僕は今はもう病気後遺症でスキーも出来なくなったし、スキーは北海道でしかやったことがなく、内地のスキー場には疎いから赤倉温泉は想像もつかない場所だったのである。
長野新幹線で長野に行き、ホテルの迎えバスで1時間山あいの峠を越え信濃町を経て、妙高高原・赤倉温泉に着いた。

 赤倉温泉のホテルの窓の正面が、信州の山々から「秋分の太陽が昇る真東」だったのだ。
窓のカーテンを開けると、真正面から強烈なお日さまが、煌々と照りつけ、眩しいのである。そして、夕日は妙高山の向こうへ沈む。

背後は西で妙高山(日本百名山の1つ、2,450m)など連峰がそびえ、遠く東には斑尾高原、志賀高原、などなど信州の山々が連なる谷間の町で、少し遠いが新潟の海が北で、背後が南でなく西という僕にははじめての経験のような気がした。日の出が海ではなく、連峰が連なる山々から昇って山々の向こうへ沈むというのも、日本では少ないのかもしれ
ない。

温泉町は、強烈な坂道が続く斜面の中腹にあるから、健常者にとっても移動に徒歩というのは厳しい。

町には「ぶらり妙高」なる1日乗り降り自由な循環バスが動いていて、僕みたいな足が悪い人でも、広い範囲を見て回れる。標高、1¤100mのほとんど秘境の露天風呂がある「燕温泉」、高度は少し下がるがその奥の「関温泉」にもバスで行ってみることができた。バスは急峻な山の中腹を縫うように登っていくのには感心した。

運転士さんが、ガイド役も勤めている。燕温泉から少し下った中腹から、あいにくのガスで見ることは出来なかったが新潟の日本海が望める場所があった。

写真2):ホテルの部屋の正面窓から、斑尾高原方向からの夜明け前の朝日。05:52am。