思い出すことども
(この文は 高校同窓会に一度収録しましたが 友人・元空将閣下の暖かいお人柄と わたしが見知らぬその友人との交流などに感動したことなどを思い出すうちに 「何でもあり記」の中にもう一度 という気持ちが興りました。)
まだ小生も会社に席があり、会社の顧問になられた旧高級将校(陸将、空将、海将をはじめ幹部)の方々と日々親しく接する機会を持てた時代の話です。
期せずして、私の仕事が防衛関係の国産機材開発であったこともあり、これらの方々が若い時分から、一緒になってわが国の防衛機器を開発する機会があったために、これらを提案し、議論し、必要な計画を作り、国の承認を得、開発をし、日本中に出かけてテストし、欠点を議論し補正後テストをし、配備をするなど、文字通り寝食共にした方々と、また違った人生の局面で、「人生を語る」ことが出来ることは、この上なく、うれしいことです。
私達の世代は非常に恵まれた世代だと言えます。国民学校に入学し、軍事教練の始まる直前に敗戦のため教練がなくなり、従って出征もなく、結果はともあれ自由に学校を選べ、自由に就職し、真空管も、トランジスタも、IC(集積回路)も、大規模ICも、マイコンも、フォートラン言語によるプログラミングも、パソコンも経験し、年金もフルに受け取り・・・・・・・・つまり社会の変化を真っ先に享受し、その矛盾に泣き、笑い、・・・・・・・・・・そんな世代だったと言えます。
良くも悪くも人生は一回きりですが、今に交流がある友人はと言えば、中学高校の竹馬の友、仕事より遊びの会社生活で得た友達、一緒に苦闘した言わば上記の戦友たちです。折に触れて、この人たちの影響を受けてるのだなと自覚するのです。
ところで、思い出すのは、その元空将の下に届いたその友人から届いた一通の文章です。大分昔の話ですが、妙に心に残っているのです。
ひとつは、この文章を私に読ませてくれた元空将閣下(面白半分そう呼んでいます)の人間性、もうひとつはこの文章を元空将閣下に送り届けた、私も存ぜんぬ友人の方の人間性と元空将閣下とのこうした交流のことが心を打ちます。
過去のことになりつつありますが、皆さんも読んでみて下さい。
(この度の韓国の沈没船の船長とは全く比較にならないレベルの話ですが)
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『出典:藤棚 狭山ヶ丘高等学校 学校通信 1999/12/1』 (注:個人的には学校も校長も存じ上げません)。
人間を矮小化してはならぬ
小川義男 校長
先日、狭山市の柏原地区に自衛隊の技習用ジェット機が墜落しました。たまたま私は、寺田先生と共に、あの近くを走っていましたので、立ち寄ることとしました。
すでに付近は閉鎖されていて、近くまで行くことはできませんでしたが、それほど遠くないあたりに、白煙の立ち上るのが見えました。
見上けると、とのような状態であったものか、高圧線がかなり広範囲にわたって切断されています。高圧線は、あの太くて丈夫な電線ですから、切れるときはぶつんと切れそうなものですが、多数の細い線の集まりからできているらしく、ぼさぼさに切れています。
何カ所にもわたって、長くぽさぽさになった高圧線が鉄塔からぶら下がっている様は、まさ鬼気迫るものがありました。
聞くと、操縦していた二人は助からなかったそうです。二佐と三佐と言いますから、相当地位の高いハイロツトだと言えます。ニ人とも脱出を試みたのでずが、高度が足りなく、バラシュート半開きの状態で地面に激突し命を失った模様です。
以前、現在防衛大学の学生である本校の卒業生が、防大合格後航空コースを選ぶというのを聞いて、私がとめたことがあります。「あんな危ないものに乗るな」と。彼の答えはこうでした。
「先生、戦闘機は旅客機より安全なのです。万一の場合脱出装置が付いておリ、座席ごと空中に打ち出されるのですから」と。
その安全な戦闘機に乗りながら、この二人の高級将校は、何故死ななくてはならなかったのでしょうか。それは、彼らか十分な高度での脱出を、自ら選ばなかったからです。
おそらく、もう百メートル上空で脱出装置を作動させていれば、彼らは確実に自らの命を救うことができたでしょう。47歳と48歳と言いますから、家族に取りかけがえなく尊い父親であったでしょう。それなのに、何故彼らはあえて死をえらんだのでしようか。
実は、あの墜落現場である入間川の河川敷きは、その近くに家屋や学校が密集している場所なのです。柏原の高級住宅地は、手を伸ばせは届くような近距離ですし、柏原小、中学校、西武文理高等学校もすくそばです。
百メートル上空で脱出すれば、彼らは確実に助かったでしょうが、その場合残された機体が民家や学校に激突ずる危険がありました。彼らは、助からないことを覚悟した上で、高圧線にぶつかるような超低空で河川敷に接近しました。そうして、他人に被害が及ばないことが確実になった段階で、万一の可能去性に賭けて脱出装置を作動させたのです。
死の瞬間、彼らの脳裏をよぎったものは、家族の顔でしょうか。それとも民家や学校を巻き添えにせずに済んだという安堵感でしょうか。
他人の命と自分の命の二者択一を迫られたとき、迷わず他人を選ふ、この犠性的精神の何と崇高なことでしょう。
皆さんはどうですか。このような英雄的死を選ぶことができますか。おそらく皆さんも同じコ一スを選ぶと思います。私も必ずそうするでしょう。
実は、人間は、神の手によって、そのように作られているのです。
人間はすべてエゴイストであるというふうに、人間を矮小化(ワイショウ)、つまり実存以上に小さく、卑しいものに貶(オトシメ)めようとする文化が今日専ら(モッパラ)です。しかし、そうではありません。人間は本来、気高く偉大なものなのです。火災の際の消防士の動きを見てご覧なさい。逃げ遅れている人があると知れば、彼らは自らの危険を忘れて猛火の中に飛び込んでいくではありませんか。母は我が子のために、父は家族のために命を投げ出して戦います。これが人間の本当の姿なのです。その愛の対象を、家族から友人へ、友人から国家へと拡大していった人を我々は英雄と呼ぶのです。
あのジェット機は、西武文理高等学技の上を飛んで河川敷に飛び込んでいったと、佐藤校長はパイロットの犠牲的精神に感動しつつ語っておられました。
しかし、新聞は、この将校たちの崇高な精神に対しで、一言半句(イチゴンハンク)のほめ言葉をも発しておりません。彼らは、たたもう自衛隊が、「また、事故を起こした」と騒ぎ立てるばかりなのです。防衛庁長官の言動も我慢がなりません。彼は、事故を陳謝することのみに終始していました。その言葉には、死者に対するいたわりの心が少しもありません。
防衛庁の責任者が陳謝することは、それはもう当然です。国民に対してばかりか、大切な隊員の命をも失ったのですから。
しかし、陳謝の折りに、大臣はせめて一言、「以上の通り大変申し訳ないが、隊員が、国民の生命、財産を守るため、自らの命を犠牲にしたことは分かってやって頂きたい。自衛隊に反発を抱かれる方もあるかも知れないが、私に取り彼らは可変い部下なので、このことを付け加えさせてもらいたい。」くらいのことが言えなかったのでしょうか。隊員は命を捨てて国民を守っているのに、自らの政治生命ばかり大切にする最近の政治家の精神的貧しさが、ここには集中的に表れています。
まことに残念なことであると思います。このような政治家、マスメディアが、人間の矮小化をさらに加速し、英雄なき国家、エゴイストのひしめく国家を作り出しているのです。
人は、他人のために尽くすときに最大の生き甲斐を感ずる生き物です。他人のために生きることは、各人にとり、自己実現にほかならないのです。
国家や社会に取り、有用な人物になるために皆さんは学んでいます。そのような人材を育てたいと思うからこそ、私も全力を尽くしているのです。
受験勉強で、精神的に参ることもあるでしょうが、これは自分のためではなく、公(オオヤケ)のためである、そう思ったとき、また新しいエネルギーが湧いてくるのではないでしょうか。
受験勉強に燃える三年生に、連帯の握手を! 終わり