1999年8月11日 ノストラダムスが予言したともいわれる皆既日食がヨーロッパ・西アジアでおこりました。今回の日食は人口が多く、しかも観測環境が整っているという好条件もあり、天文ファンだけでなく多くの人々が日食を見ようと皆既帯に詰めかけました。
 私も今回、妻とスカイウォッチャー誌協賛の日食ツアーに参加しました。この日食のことはずいぶん昔から知っていて、条件も良いので是非見たいと思っていました。今回のツアーには約40名の方が参加され、最後まで和気藹々とした雰囲気で、日食以上に楽しめました。

 イギリス、フランス、ドイツを皆既帯が横切ることもあり現地のマスコミは日食で過熱気味で、ニュース番組では約10分おきに当日の天気予報など日食情報を流していました。左は11日の天気予報です。

 8月9日夕刻 パリ(Paris)からランス(Reims)入りして、翌10日に観測地の下見をしました。
まずランス郊外にあるホテルの庭は芝生敷きで気持ちよさそうです。ここでは皆既継続時間1分59秒です。天体観測をするには快適すぎる環境で、水・電気から食料まで何でもありです。眺望もまずまずで、日食観望に問題はありません。
つぎに、ランスの北東約30kmで皆既帯の中心に近いペルテスという町に行きました。バスでゆられて約1時間で到着。むむむ〜!! さすがフランス・・・どこが町なんだ?? 周囲には何にも無い!! 天体観測をするのにこれほどの土地があるだろうか。舗装路から畑の畦道を進んだところにあったのは、5メートル四方の仕切テープがたくさん並んだ土地。畑に仕切をして観測隊に切り売りしているらしい。市長(おいおい村長じゃないのかい)まで出迎えてくれて、「明日は絶対晴れ!」とフランス語で豪語していました。
 川村氏の持ち込んだGPSで緯度・経度を測り、そのデータをパソコンに打ち込んで計算すると、ペルテスの皆既継続時間は2分12秒 ほぼ皆既帯の中心です。この時点で11日の観測場所をランスにするかペルテスにするかの決断を迫られました。皆既時間は1割長い、しかし天気予報は東が悪い・・・・究極の選択ですが、私の見解は心の底で どちらも曇り と考えていました。したがって「多数につく!」です。暫定アンケートの結果ペルテス組は8名、残りはランスなので、もしペルテスに移動して見えずランスで見えたときが一番悔しいので最悪の結果を避けようと安全策を取ることにしたのです



 8月11日 いよいよ日食本番です。やはり気になるのは天候です。朝6時に起きて窓の外を見ました。「うーん、曇ってるなあ〜!! まあ何とか6時間後に晴れてくれればいいか」 と 楽観的な希望を抱いて身支度をして朝食に向かいます。皆既帯の中心にあるペルテスへ向かう7人を見送ってからは、する事もなくTVを見ながらぼーっと過ごしていました。
 TVからはほぼ10分おきに日食情報が流れてくるのですが、内容は毎度同じで、日食のCGと日食用メガネをかけて太陽を見ましょうとか天気予報だけです。まあ、そう新しい内容があるはずもないのですが何となく見てしまっていました。
 そうこうするうちに午前10時になりました。そろそろホテルの芝生に陣取る人たちが現れ始めました。うちらは、セッティングするほどの本格的な機器もないのですが、それでも雰囲気に押されてビニールシートを引いたりカメラを三脚にセットするなどそれらしく準備を始めました。
 このフランス人のオジサンは「ハイテク〜」とのたまって、自作の機器を持ち込んできました。ハイテクの中身は双眼鏡(5cmくらいかな)に遮光板と投影板を取り付けて、要するに太陽投影装置ですね。アングルステーで太陽方向に向けるつもりらしいのですが、微動装置どころか粗動装置もなくどうやって太陽の動きを捉えるつもりなんだろう?? でも「ハイテク〜」と何度もおっしゃるので「ワンダフル!!」と言ったらすごく喜んでいました。ジョークの判るヤツと思っていただいたのでしょうか。
 10時半を過ぎる頃から、芝生の中は多くの人々が集まりそれぞれの機器をセッティングし始めています。3000mmの超焦点でプロミネンスを狙う人、シャドーバンドを撮影しようとビデオカメラを試す人などそれぞれ個性のある方たちばかりです。うちらは観望派なので400mmの望遠レンズにNDフィルターと一般的なカメラを用意しただけで、あとはコロナが見れたらいいなというお気楽なノリですね。


 11時6分、いよいよ部分日食がはじまる時間が来ましたが、依然雲がたれ込めたままです。しかし、11時15分薄雲を通して太陽が見えました。「やったー、欠けてる!!」との歓声が周囲から起こりました。雲間は更に薄くなりまぶしい太陽が見えました。日本人は芝生の上か隣の駐車場で機材を持ち出してのまがりなりにも観測派ですが、ホテルの残りの客はプールサイドに陣取って遮光板(日食メガネ)で太陽を見ています。
 その後も一進一退で、雲間から見えたと思えば数十秒で隠れるの繰り返しです。なんとかならないかなと思っていると、北の方に青い空間が・・・・・少しずつですがこちらに向かって拡がって来るではありませんか。
 ちょっと速すぎるなと思いながらも、みんなで手招きしました。青空はだんだん拡がり近づいてくるのですが、少しずれているぞ。青空の端っこのほうでようやくまぶしい太陽を見ることができました。食分約55%、夢中でシャッターを切りました。しかしその後は12時15分頃以降いっこうに晴れる気配もなく、時間だけが過ぎていきます。
 周囲にいた鳥たちが飛び立ってどこかへ行ってしまいましたが、これってやっぱり日食のせいなんだろうか? などと考えていました。

 12時20分を過ぎて皆既まであと数分、周囲が目に見えて暗くなってきました。道路の街灯も灯り始めました。しかし雲はたれ込めたままで、周囲に切れ間もないのでほぼ絶望です。時間がだんだん迫ってきます。このままダラーっと終わってしまうのかな〜 などと考えていて何気なく東の方を見ると、遠くの雲が一瞬暗くなりました。「あれ! あれ!」と叫んで妻にそちらの方を見るように言いました。
すると、東の方から順に暗くなっていくのが判りました。「来た!!」と思わず叫ぶと、他の方も気づいていたのでしょう。一斉に「オー!!」と声が出ました。雲間から漏れていた薄日が東からパッ、パッと消えていき、暗闇が東から襲ってきたような感覚で数秒で夜になってしまいました。
 周囲の人たちから一斉に歓声が湧き起こり、拍手の渦につつまれました。さすがの私も、皆既日食と言ってもこんなに暗くなるとは予想もしていませんでしたので、不思議な体験をしている気分でした。

 約2分の暗闇が終わると、今度は空が急に明るくなりました。皆既中の太陽が見えずコロナを観望できなくとも、皆既中であることはしっかり分かりました。残念ながら「皆既を見る」という初期の目的は達成できませんでしたが、「皆既を体験する」ことはしっかりできたと思います。非日常の体験をしたという点では、意味のある日食観望ツアーだったと考えています。
 ペルテスに行った人たちは、短時間ですがコロナを捉えることに成功しました。金星も見えたそうです。すこし羨ましい気持ちもありましたが、朝早くから旅支度をして出発した努力の結果だったのでしょう。もう一度同じ選択を迫られても、同じ判断をしただろうと思うと移動した方々の勇気のたまものかなと思います。
 ランスに残った人たちも私と同じ気持ちだったのではないでしょうか。左の写真は、皆既が終わってなんとなく放心している人たちです。

 では 私が撮影した皆既日食の様子をご紹介しましょう。




 じゃあ、皆既の写真もお見せしましょうか、もちろん今回の日食ですよ。太陽活動が極大に近いので、全方位にコロナが伸びていますね。


 太陽は11年周期(本当は22年周期なんだけれども)で活動が盛んになったり、少し元気がなくなったりします。1999年から2000年にかけて活動が最大になると予想されるので、全方向に拡がった大きなコロナや、光球面(太陽の表面)からたち昇るプロミネンス(紅炎=表面の爆発現象)が観測される可能性が大きくなります。今回も巨大なプロミネンスが見られたそうです。
 えっ? 誰が撮影したかって? 内緒だよ。

 翌日フランスからユーロスターでドーバー海峡を渡りロンドンへ行きましたが、どこでも日食が一面の新聞ばかりでした。
 さて、私自身は悔しくないわけないので、次回もチャレンジしてやろうかと考えています。さて、アフリカかマダガスカルか? それともオーストラリアか? いまは・・・・・ですが、必ず皆既を見てやるぞ!!
 じゃあどこかで逢いましょう。


ペルテスに移動した高橋雄二さんから、皆既の写真を頂きました。雲間から見えるコロナをきれいに捉えています。有り難うございました。


 最後に・・・・この写真に写っている方々には写真掲載の了承を得ていません。もし、写っている人が見られたら、快く了解していただくようお願いいたします。

1999.9
2003.7.14 改訂

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