千年紀(ミレニアム)
 これは ミレニアムとキリストの生誕についてのネタです。2000年と2001年の正月に書いた年賀の挨拶を加筆・修正しています。

ミレニアム

あけまして おめでとうございます。
西暦2000年になりました。世間はミレニアム(MILLENNIUM)と騒いでおりますが、日本語では「千年紀」と書きますが、ミレニアムには二つの意味があります。

その1

 イエスキリストが生誕してからの年数を西暦と呼びます。もっともイエス誕生はBC4年頃といわれ異説があります。いずれにせよ、すでにある西暦という年の数え方で、4桁すべてが変わってしまうという出来事は史上初めてです。(999年から1000年は3桁から4桁への変化ですね)そう言う意味で、それなりにエポックメイキングな年になりそうです。もっとも21世は2001年からというのが、国立天文台の正式見解です。(西暦0年はありません。元年=1年です。平成などの年号もそうですね)  しかし、日本のように堅いこと言ってる国ばかりではなく、イギリスのような国でも2000年は新世紀だと言っています。(グリニジ天文台に実際に行って確かめました)2000年は、新しい1000年紀(ミレニアム)の始まりであるということです。

その2

 旧約聖書に「神は6日でこの世界を創造した、そして7日目は安息日である」という意味が書かれています。そして「神の1日は人の1000年のようなものだ。」とも書かれているのです。7が完全な数であると信じる聖書学者は、神の7日=人の7000年でこの世が終わると信じているのです。そして1000年(神の1日)ごとに新しいミレニアムが始まるり、イエス生誕のような大事件は、ミレニアムの最初に起こるはずだというのです。

 問題はイエスの生誕がどのミレニアムの最初か?ということで、もし最後の7日年目なら歴史は西暦999年(または西暦1000年)で終末(おしまい)になることで、10世紀にもずいぶん恐れられたようです。少なくともそうではなかったことは証明されているのですが11〜20世紀が最後のミレニアムかもしれないので、終末論が横行しているのです。(ここが世紀末と終末の違いですね)本来はこれがミレニアム(至福千年紀)の意味だったのです。

で、私はキリスト教徒ではないのでこのようなお話は無意味だと考えていますが、西暦を使わないと年数も月も日付もまったく別のものを使わないといけなくなるので、利便のため西暦を使用しております。ただし、現在の暦を100%良いとは考えておりません。月齢と全く合わない「月」や日付と無関係な「週や曜日」は改善すべきだと考えています。
2000.01.01

キリストの生誕

 キリスト教の世界では21世紀となりますので、たいへんおめでたい年になります。 私はキリスト教徒ではありませんが、それはそれで喜ばしいことですから、新しい世紀の始まりを心から祝うことにしたいと思います。
 私が子供の頃、未来の世界=21世紀 でした。それがこうしてやってきたのですから、思えば遠くへ来たものです。子供の頃の未来予想には大当たりもあれば、見当違いの外れもあります。残念ながら「2001年宇宙の旅」は実現しませんでした。月や宇宙ステーションへの本格的な宇宙旅行はまだまだのようです。しかしインターネットと携帯電話に代表されるネットワーク社会の急速な普及は予想外の未来化のようです。100年後にはどんな社会が待っているのでしょうか?
 宇宙旅行か平均寿命200才の世界か、核融合によるエネルギー大量消費の世界か、あるいは温暖化と気候変動で食糧不足の飢えた世界か、はたまたオゾン層破壊で地下に暮らす世界か・・・・人口爆発と環境破壊を人類は乗り切れるのでしょうか・・・・そのなかで自分は何ができるのか、いっそ何もしないのがいいのか 難しい問題です。

 ところでイエス・キリストが生まれたのは本当はいつだったのでしょう。すこし調べてみました。

 イエス誕生物語に登場する人物に、残忍なユダヤの王として知られるヘロデ王がいますが、このヘロデ王という人はどういう人だったのでしょうか?。イエスが生まれたとき、ヘロデ王はどのような境遇にあったのでしょうか。  ヘロデ王はBC73年頃、生まれたとされております。BC47年、ガリラヤ地方の知事となったヘロデは、間もなく発生した山賊の乱を鎮圧したことから民衆の支持を得ました。
 BC44年、ローマ皇帝カシウス・ロンギヌス(磔の刑にされたキリストを絶命させたのはロンギヌスの槍といわれています)は、ヘロデをローマの徴税官に任命します。ヘロデは最も忠実で有能な徴税官として腕を振るいました。徴税を拒否する町は焼き払い、住民を奴隷に売り渡すのはヘロデにとって当然のことだったのです。ヘロデは賄賂を使い、ユダヤ正統の王家であるハスモン家の末裔アンティゴノス2世を処刑させることに成功し、BC37年、名実ともにユダヤ王となったのでした。 ヘロデ王はその後約15年間かけ、反対勢力を排除して王国の基礎を確立します。こうしてBC23年からBC13年頃までがヘロデ王朝の最盛期となりました。庶民からみれば英雄が大変な悪代官へ変貌したわけです。
 ヘロデの晩年、BC13年から後は悲劇的な時代でありました。ヘロデ王は生涯に10人の妻をめとり、15人の子女をもうけたと言われております。すでに70歳近いヘロデ王は王位を狙う近親者に悩まされ、自らも病に苦しむ悲痛な日々を送っていました。また救世主イエスの誕生について東方の博士から聞いたヘロデ王が、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させました。(この話はモーセが生まれたときエジプトに住むすべてのユダヤ人の子供を殺したファラオの話のコピーのようです。)しかしキリストはその間エジプトに難を逃れていたと書かれています。そしてイエス誕生後、ヘロデ王はエリコで亡くなりました。当時国民の多くはヘロデ王を憎悪しており、近親者の中にもその死を悼む者はなかったと伝えられています。

 ヘロデ王の死は他の文書からBC4年と確定しているので、イエスキリストが生まれたのは少なくともそれより以前でなければなりません。歴史の教科書にキリスト生誕が「BC4年?」となっているのはそのためです。キリスト生誕から数えた本当の21世紀は数年前から始まっているのです。

 さて、ヘロデ王に子供を殺された親の悲しみはいかばかりでしょう。民衆は権力者によって、だまされ振り回されます。ヘロデ王は言うでしょう。イエスが生まれたからいけないのだ。博士たちが自分を裏切ったからいけないのだ、と。権力あるものは、責任を他者に押し付けます。ヘロデ王が悪いと知りつつイエスを呪う民衆を見て・・・事なかれ主義で生きてはいけないのだという21世紀への教訓と捉えたいと思っています。

関連リンク

星の神殿 古天文のコーナーにベツレヘムの星の解説

2001.01.01

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