(このレポはブログに書いたレポを加筆修正したものですが
まず、最初に可部線は広島市内の山陽線横川駅を起点とし、今でも現存する可部を経由し
、シーズンは登山などでにぎわう三段峡までの路線ですが
利用客の減少により可部から三段峡は1昨年の11月末に廃止になりました、今回はその
廃線をめぐる日記です
ちなみに廃線前の訪問記はこちら(PC専用)です
事の始まりは27日の夜、ギタフリ職人(せかっちさん)が
見せた1枚の画像
本来なら日曜日のオフを利用して広島市内散策をしようと思ってたのですが、何を間違っ
てこんなネタ探し旅行になったのやら(汗)
朝10時ごろに出発、芸備線沿線を北へ、1時間程走った後、安野駅に到着、ここは駅舎・
線路・ホームとも整備されていて、ホームには気動車が1両留置されていました
運賃表、時刻表(冒頭の画像)も健在で、今でもここは列車が走ってるような感覚になり
ました
さらに北へと向かうと、線路はまだ残っていますが、踏み切りが撤去されてたり、草木が
生えてたりして、「ああ、もう列車は来ないんだなぁ」ということを痛感してました
鉄橋とかもまだありましたが、どうやら今年の7月から本格的な撤去工事が始まっていて
、いずれは完全に撤去されてしまうでしょうから、撮影はお早めに・・・といったところか
次に訪れたのは田之尻駅、ここはホームの辺りの線路や待合室はまだ残っていましたが、
運賃表、駅名板などはなくなっていました
でも、ホームから可部側を眺めていると、いつかは列車がやってくるかもしれない、そん
な雰囲気が見えます
ホームの横では家の草刈をしているおじさんがいて、よく見たら駅から徒歩0分、毎日汽
車の音を聞きながら生活をしていたと思われます
その汽車がなくなったとき、どんな想いだったのでしょうか・・・
さらに車は北へ、加計駅は道路の都合で寄れず、ただ、遠巻きに見たら、加計駅近くのフ
ィルターに気動車が1両まだ健在でした
この辺りから先はまだまだ線路や駅舎は残されていました、そして戸河内駅に到着、駅舎
はなくなっていてバス待合室になっていましたが、線路やホームは健在、ちなみに、この駅
の前後は信号機が横向きになっていますが
「この信号機は廃止前から横向きだったよ(笑)」
・・・まじっすか?(汗)
そして可部線の終着駅三段峡に到着したのですが
・・・駅舎は取り壊され、線路やホームもなくなり、枕木の積み上げられた残骸を目の当
たりにして、完全な廃線ということを思い知らされました(−−;
話によると以前は蒸気機関車も置かれていたそうですが、今回の工事で撤去されていました
まぁ、これも時代の流れなんでしょうね・・・
という訳で車は再び南下し、朝、せかっちさんの友人から仕入れた「国道20000キロ
記念碑」を探すために、坪野駅(先ほどの安野と田之尻の間)から加計方面に向かって線路
沿いを歩いてみました、少し歩いたところに記念碑がありました
でも、これ、線路が撤去されても残るのかどうか分かりませんが、貴重なものだと思うの
で残しては欲しいと思いますね
廃線跡散策が終わったので、道の駅で昼食を購入して、近くの休憩所で食事を済まし、市
内に戻るためR433で湯来方面へ向かうことに
三重県には有名な湯の山温泉があるのですが、「広島県にも湯の山温泉がある」という話
を聞いてそっちにむかうことに
実際に行ってみると本当に発見(^^;タオルを持ってこなかったので入れませんでした
が、これをネタにできるのは間違いないようでした、というかクハハウス高!
ここから市内に戻る時はR433から県道を通るのが普通だけど、俺がついカッとなってR433
の酷道区間を走行される、道幅が2.2mしかなく、全長8mを超える車はカーブが曲がれないと
いう素人にはオススメできない道。だけど、途中で見られる景色は最高!!
確かにこれは酷道だ(w)軽トラだからマシだけど乗用車じゃきついかもね(−−;
という感じで可部線廃線跡の旅はこれにてご無礼!(言葉が違う)
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