魔法少女リリカルなのは    
 Road of the magic


 第壱話 邂逅



 走る。走る。暗く昏いどこかの建造物。おそらく何かの研究所だろう。
 そこの奥には「何か」がいる。それは暗く昏い「漆黒の暗闇」。
 それに追われ、走る二人の人間。二十歳くらいの若い男と女。彼らを捕らえようと「俺」は黒い手を伸ばす。手は男の左腕に触れると、瞬く間に侵食し食い尽くす。「俺」は更なるエネルギーを得ようと男の体内にまで侵食を始める。
 そして、全てが強烈な輝きに包まれた。


 ふと、目を覚ます。目の前には見慣れた天井。カーテンの隙間から朝日が差し込む。自分がいるのは自分の部屋。時刻は七時過ぎ。そろそろ起きて支度をしなくては学校に遅刻する。
 そう思い、俺、中島 銀(なかじま ぎん)は体を起こした。
『くそっ、変な夢を見た気がする。胸糞悪ィ』
 この所、変な夢をよく見る気がするのだ。だが、その夢の内容は覚えていない。だからこそ、気分が悪いのだ。
 俺はまだ覚醒しきっていない体を動かしてベットから起きると、手早く学校の制服に身を包み、枕もとの青いペンダントを首に掛ける。姿見の前に立つと、そこには全体的に蒼っぽい髪の中で一房だけ銀の髪が混ざった、気だるそうな青年が写っていた。
 支度を整えリビングに降りると、食卓には既に朝食が二人分用意されていた。
「も〜、遅いよ〜。早く食べよ。兄さん」
 俺の双子の妹、中島 なのかは食卓について俺を待っていたらしい。母親譲りの蒼っぽい髪を弄りながら、不機嫌そうな顔をする。
「あ〜、悪い。さっさと食って学校に行こう」
俺がそういうと、なのかはふにゃっと顔を崩した。
「うん、そうだね。ささっと食べよう」
 そうして、俺たちは朝食をささっと平らげると、毎日の日課どうりに今はもういない両親の写真立ての前で手を合わせる。
 親父は十年前に、事故か何かで失ったという左腕の肩口から何かに侵食されたとかでこの世を去った。その後、母は女手ひとつで俺たちを育ててくれたが、三年ほど前に体調を崩し、そのまま天国に旅立ってしまった。
 両親が亡くなってからは、近所の商店街のおじさん達の応援も受けながら妹と二人で暮らしてきた。いや、二人というのは正確ではない。
〈銀、なのか、そろそろ出なくては学校に間に合いませんよ〉
 と、首もとのペンダントが光りながら言ってきた。そう、両親から受け継いだものには、この光るわしゃべるわの謎のペンダントが含まれる。正式名称は「マッハキャリバー」だが、長いので「マキ」と呼んでいる。なぜ、両親がこんなオーバーテクノロジー的なものを持っているのかと彼女(彼?)に聞いてみると、
【私たちの故郷は、この世界ではありません。ミッドチルダという別の世界が生まれ故郷なのです】
 なんて抜かしやがる。まだ別世界とは手紙をやりとりするように声をやりとりするしかできないのだ。それも、つい一ヶ月ほど前の事だ。物を、ましてや人を移動させる事なんてできる訳が無い。
「分かってるよ、マキ。そろそろ行くぞ。なのか」
 そういって立ち上がると、なのかも急いで立ち上がった。
「うん。じゃあ、いってきます。お父さん、お母さん」
 一瞬、なのかの緑の瞳に悲しみが浮かんだが、すぐ笑顔になると俺の手を引っ張ってきた。
「早くいこう、兄さん♪」
〈はい、早く行きましょう〉
「ああ、そうだな。それじゃあ、いってきます」
 さてと、今日も新しい一日をはじめますか。
 
 
 妹とともに学校に向かう途中、突然肩をたたかれ、こけそうになる。
「よう、お二人さん。相変わらず、仲がいいねえ」
「健くん、今のは強くたたきすぎ(汗)。おはようございます。銀さん、なのかさん。」
 たたいてきたのは、俺の一年のときからの悪友、高町 健康(たかまち たてやす)だ。愛称は「健(けん)」で、お調子者だが案外しっかりしている。そこそこ美形なので女子にも人気が高い。
 横でツッコミをしているのは、健康の幼馴染、八神 さくら(やがみ さくら)。すこし気弱だが、芯はしっかりしている。小柄で優しい感じの彼女は男子の中で、護ってあげたい女の子ランキング第1位に輝いている。当人は全く知らない。
「うるせえ、お前らだって仲良いじゃねーか。それにこちとら兄妹でい」
「兄さん、口調が江戸前です」
 冷静になのかにつっこまれたが、そこは気にしない事にする。
≪やはり、あなた方は仲のいいグループです≫
 と、マキから念話が来た。なぜか、俺とマキの間でのみ念話ができる。ついでに、マキが喋れる事は俺たち兄妹だけの秘密にしている。こんなすごいAIが見つかったら、マキが危ないからだ。
『いいから、お前は外では喋るなよ』
≪分かっています。マスター≫
 だから、マスターはやめろと言っているのに。と、内心苦笑つつ。
「いいからさっさと行こうぜ。駄弁ってて遅刻じゃ、話にならない」
 俺はそういって、学校に向けて歩き出した。
 
 
 
「ふう〜、やっとついたぜ〜」
 健康がそういって、自分の席に座りながら背伸びをしている。
 ここは私立聖王高校の二年二組の教室。聖王高校は俗に「王高」と呼ばれておりこの海沿いの町、風鳴市(かざなりし)でもそこそこレベルが高い。
「なあ、銀。今日って数学のテストあったっけ?」
 健康はだらけきった顔で聞いてくる。
「いや、ないぞ。というか、お前大丈夫か?」
「なにが?」
「なんか、いつも以上にだらけていると言うかなんと言うか」
 友人のいつも以上にだらけている姿に、思わず心配になってしまった。すると、会話を聞いていたさくらが理由を説明してくれた。
「すみません。さっき、私がお弁当を忘れたといったら、まるで空気の抜けていく風船のように…」
 ああ、そういうことか。健康の両親は仕事の関係上、出張が多くて家にほとんど帰れない状態なので、幼馴染であるさくらがいつもお弁当を作ってきているのだ。健康の一番の楽しみがなくちゃ、そりゃとろけるな。
「まあ、気にしない気にしない。ところでなのか、今日の弁当の量はどのくらいだ?」
「あ、はい。たぶん、健くんたちに分けても問題ないです。足りない分は購買で買えばいいですし」
「だ、そうだ。よかったな、健康。なのかが少し恵んでくれるってよ」
「ありがとう!なのか様!購買の分は僕が払います!」
 感動の涙を流しながら健康は跪いている。というか、この男にプライドは無いのか。
 そんなこんなで、その日の昼休みに俺たちは屋上に揃っていた。そろそろ十月になる頃ですこし涼しいせいか、人は疎らだ。
「というわけで、なのか、弁当を出してくれ」
 早速俺は弁当を催促した。なのかは苦笑しつつも
「はいはい。今出しますから待ってください。あっ、ちゃんとナフキンで手を拭いて」
 出てきた弁当に早速手をつけようとする健康の手は、なのかによって綺麗に弾かれた。
「ところで健康。買ってきたパンは?」
「イテテ。んっ、ああ、ここにあるぜ。銀、お前の好物でレアな焼きそばパンもあるぞ」
 そういって、数種類のパンを取り出してきた。なんと、購買で幻といわれる焼きそばパンまで入っている。恐るべし、健康。
「さあ、皆で手を合わせて、いただきます」
 さくらのその声と共に、
「「「いただきます」」」
 みんなで声を揃えた。
 
 
 その日の授業も終わり、放課後になった。さくらは弓道部にいってしまったし、健康は先生に呼び出された。どうも、この前のテストの結果が悪かったらしい。そんなわけで、なのかと帰ろう。しかし、
「ごめんなさい、にいさん。寄る所があるから、先に帰ってて。それじゃあ」
 なんて言って、走っていってしまった。仕方が無い。一人で帰るか。
 そうして、家に向かって歩いているとき、なぜか今日は遠回りをして帰ろうと思った。それならばと、なのかにメールをしてから丘の上にある公園に足を向けた。すでに、夕日は半分沈んでいた。
 その丘の公園はただ広く、遊具などはほとんど無い。その為か、日が暮れれば人気は全く無くなる。俺はその無人の公園を、目的もなしにただぶらついていた。
 俺はこの公園が好きだ。微妙に起伏がある広場や、数少ない遊具のブランコで遊んだ記憶がある。その頃は、まだ両親は生きていた。親父の銀髪を見ながらキャッチボールをし、その横で青っぽい髪に緑の瞳をした母が、ひざの上で眠っているなのかの頭をなでていた。それは幸せな記憶。もう、思い返すことしかできない、ただひとつの記憶。
〈マスター、注意して。敵性反応を検知しました〉
 俺はそこまで思考して、マキの声に気付いた。囲まれている。数は十五人ほどで、何か持っている。母さん仕込みの体術は伊達ではない。これ位なら十分に倒せると判断したが、それは間違いだった。
 それは無機質な鉄色の体に赤く光るカメラの様な目で、どこぞのロボット映画の敵役を思い起こさせた。だが、これは人ではない。誰かが演じているのでもない。本当に、ロボットだった。大きさは優に二メートルを超す。それも各々が、剣やハンマーなどを持っている。
〈検索終了。ガジェット・ドローンの派生形と確認。逃走を推奨します。私の装着機能は失われている。あなたは絶対に勝てない〉
 言われなくても分かっているのだが、俺は完全に動けないでいた。足が震えて、言う事を聞かないのだ。俺は生まれて初めて、死の恐怖を味わっていた。
 突如として、敵の一体が俺めがけて剣を振り下ろしてきた。そ俺の体は死という現実を拒否するように、思考する前にバックステップで回避していた。
 だが、後ろからも棍棒を振り上げ襲い掛かってくる。やっとの事で金縛りから抜けた俺は、横に転がるようにして避ける。しかし、その先にもさらに二体いた。俺は二体の振り下ろす戦斧を、体を捻る事でなんとか回避し、俺を取り囲んでいた輪の隙間に向けて走り出した。
 その輪から抜けると、奴等はすぐに追ってきた。こちらは全力で走っているのに、もう追いついてきていた。直線ではヤバイと判断し、林の中に駆け込んだ。案の定、奴等も追ってきたがその巨体が仇となり、細かい動きができないようだ。俺は林の中を天狗のように駆け抜ける。これで撒けると思ったそのとき、
〈マスター!後方より砲撃!〉
 俺の脚を、薄紫の光弾が撃ち抜いていた。
「ぐっ、があああぁぁぁ」
 俺は脚の激痛によりバランスを崩し、林の横の斜面を転がり落ちていた。斜面の途中の岩に背中を打ちつけ、やっと止まったと思い目を開けると目前には奴等が迫っていた。だが、俺の脚には既に感覚は無かった。俺はこんな時に、今まであった日常を思い出していた。朝食を用意し、不機嫌な顔で俺を待っているなのか、俺と馬鹿を言い合う健康、それを見て笑っているさくら。そして、幸せだったあの頃。
「ふざ、ける、な。お前らなんかに、殺されて、堪るかっ!」
 気合でそう叫ぶが、やはり足は動かず、死を受け入れるしかないのかと奴等を睨み付けていると、
〈マスター!新たな魔力反応を検知!この魔力反応は…〉
「えっ…」
 そう、マキが叫び、胸元を見下ろした。瞬間、
「ディバイィン、バスタァー!」
 突如として、上空から桜色の光の柱が降り注いだ。その柱は、突き立った場所に大爆発をもたらしながら奴等を薙ぎ払っていく。その光景はまさに圧倒的と言うほか無かった。俺は逃げる事しかできなかったのに、まるで紙屑のように、奴等は光の柱によって吹き飛ばされていく。
 そして閃光は終焉を迎え、彼女は俺の前に降り立った。彼女は栗色の髪をたなびかせ、機械を思わせる赤い瞳と内部に陣のようなものが浮かぶ緑の瞳でこちらを見た。恐らく二十歳前後であろう彼女は、美しい顔をほころばせ、こう告げた。
「もう、大丈夫だよ」
 
 
 To be continue
 
 

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