第弐話 帰還
「もう、大丈夫だよ」
彼女は言った。相手に安らぎを齎すであろう笑顔は、慈悲の聖母を思い起こさせる。この娘が先ほど、自分が立ち向かう事すらできなかったあのロボット達を、一瞬で壊滅させたとは到底思えなかった。だが、笑顔の裏には、全く隙が無かった。
「えっ、あ?」
俺はいまだに混乱していた。つい先刻までの自身の命を奪いに来た死神たちとの鬼ごっこから一転、死神は全滅、代わりに美しい女神がこちらに微笑んでいるのだ。誰だって混乱する。
「あ、ごめんね。いま傷を治してあげるから、ちょっと動かないでね」
「あう?」
俺はさらに困惑した。
俺の全身は坂を転げ落ちた影響で擦傷だらけで、あばらも何本か折れてる。撃ちぬかれた右足には、直径五センチほどの穴があいている。しかも、骨ごと貫通でだ。それを治すだって?
だが、そんな俺の疑問などお構いなしに彼女はこちらに近付いてきた。そして俺の真正面に膝をつくと、左手を俺にかざしてきた。途端、翡翠色の光が溢れ出し、俺の体を優しく包み込んだ。光に包まれると、俺の体から痛みが和らいだ。
「えっ、痛みがひいていく?」
「うん、いま治癒の魔法をかけてるの。しばらくの間、少し痛むかもしれないけど、すぐによくなるよ。そうそう、私の名前はセイラ、あなたのお名前は?」
彼女に問われ、自身の名を答えようとする。だが突如として、軽い頭痛とともに強い睡魔が襲い、心が闇に塗り替えられていく。
『―――――――――――』
眠気や頭痛は恐らく、極度の緊張状態から解放された反動だろう。心が闇に塗り替えられる感覚は心地よく、流れに身を任せた。
『―――――――――――』
詳しい話は、俺が起きてから聞く事にしよう。その力は何なのか、そして、君は何処から来たのか、と。
『―――――――――――』
頭の中で言葉が反響し、どす黒い感情が湧いてくる。俺の意識は、その感情に呑まれ、闇に堕ちていった。
言葉は、こう言っていた。
『殺せ、そして、全て奪え』
と。
「あらら、寝ちゃったよ、この子。よっぽど緊張していたのね」
私は彼の頭をゆっくりと撫でる。多分、この世界ではまだ高校生くらいだろう。そんなごく普通の子が突然襲われ、殺されかけたのだ。無理もない。
私は一度ゆっくりと目を瞑り、そしてまたゆっくりと開いた。その赤い左目からは機械の無機質さが消え、緑の右目からは光る陣が消えていた。
それにしても、一瞬、この子の瞳の奥に何かを見えたけど、あれはなんだったんだろうか。まあ、いいや。
「さてと、じゃあまずはあなたの名前から教えてくれる?青のデバイスさん」
〈ふう、やっぱり覚えていないのですね、セイラ・スクライア。まあ、無理もありません。何せ、あなたはまだ赤ん坊だったのですから〉
「ふぇっ?」
思わず変な声が出てしまった。私はまだ姓は名乗っていないはずだ。でも、このデバイスは知っていた。しかも私が赤ん坊の頃に会っている?
たしかに、このデバイスにはなんとなく見覚えはあるが、この世界は一ヶ月ほど前に発見された新しい世界のはずだ。当然、航路など通っているわけは無い。
たとえこの一ヶ月でこちらに来たのだとしても、一般人がミッドのデバイスを持っているはずは無いのだ。しかも、インテリジェントデバイスである。
「えっと、とりあえずあなたのお名前は何かしら?」
〈はい、私の名前はマッハキャリバー。今から十八年前に、ミッドチルダからこの世界に来ました〉
十八年前。たしかにその頃ならば、私は今十九歳なので、生後一年の赤ん坊だろう。だが、十八年前?そんな昔にこの世界にやってこれるはずは無い。ん?十八年前?何か引っかかる…。
「ま、まあ、兎にも角にもこの子を家に送っていてあげなくちゃ。このままじゃ風邪を引いちゃう。ええっと、マッハキャリバー、この子の名前と家の場所を教えてくれる?」
〈いいでしょう。この子の名前は中島 銀。家には私が誘導します。それと、私のことはマキ、と呼んでください。今はそちらの方が慣れていますので〉
私は頷き、バリアジャケットを解除してから彼を背負う。やっぱり男の子、けっこう重い。
私はそのまま、この小高い丘の公園を後にする。時刻は現地時間で既に午後零時近く。一刻も早く、家に送り届けなくちゃ。
「そういえば、マキ。あなた、自分の名前はマッハキャリバーって言っていたね。もしかして、なのはママが昔教えていた機動六課の?」
〈ええ、そうです。そういえば、なのはやヴィヴィオは元気にしていますか?」
「はい、元気ですよ。ママはいまだに新人たちに地獄の訓練をしていますし、ヴィヴィオお姉ちゃんはママが隊長をしている戦技教導隊に入隊して、ママほどではないにしろ、スパルタ教育をしてます。私も厳しく指導されました」
私は苦笑しながら答える。それほどまでに、ママたちの指導は厳しいのだ。実際、ママの二つ名は「管理局の白い魔王」で、お姉ちゃんも「虹の断罪者」と呼ばれている。
まあ、私の二つ名も「白桜の鎮魂歌(はくおうのレクイエム)」なんだから、人のことは決して言えない。
〈それはそうと、セイラ、あなたの左目は義眼ですか?たしか、あなたの瞳はユーノ譲りの緑色だったと記憶していますが?〉
「うん。この左目は義眼だよ。私が三歳の頃に、当時の私には大きすぎる魔力が暴走して、左目が完全に消失しちゃったんだ。だから魔力制御の為の制御機能を兼ねた義眼をつけんたんだよ。おかげで左の瞳は赤になっちゃって、ずいぶんいじめられたけどね」
〈それは…。すみません、つらい事を思い出させてしまいました」
「ううん、いいんだよ。もう、過去の事だし。あ、そうだマキ。突然だけど、あとで私の上官に会ってみない?私の上官も昔、機動六課でママの指導を受けてたんだよ。それで、今はこの世界に一緒に来ているの」
〈そうですか。それは、会ってみたいと思います。それで、その上官のお名前は?〉
「んと、ギンガ・スガヌマ二等陸佐、です。確か、結婚したのは十年前だから、旧姓はナカジマ、だったかな。この子と同じ名字だね」
〈――!?〉
私がそう言うと、マキはひどく驚いたようだった。別にそこまで驚く事でもないだろうに。だが、その驚き方が尋常ではなかったので少しだけ不安になる。
「どうしたの?マキ?もしかして、ギンガさんと知り合いだった?」
〈はい、知り合いです…。その辺りのお話は、なのはに聞いていないのですか?〉
「えっと、昔教えてた機動六課の教え子に、マッハキャリバーっていうデバイスを使う突撃娘がいたって聞いてるぐらいだけど」
〈そうですか。そろそろ家に着きます。銀には妹のなのかがいるので、彼女には事情を話さなくてはなりません。あなたからも話していただけますか?〉
「ええ、わかったわ」
目の前に、二階建ての少し大きめの一軒家が現れた。表札には「中島」と書いてあった。
「兄さん、いま、どこにいるの?」
私は不安だった。メールでは少し遠回りしてから帰る、とあったが、それにしてはいくらなんでも遅すぎる。時刻は既に、午前一時をまわっていた。
リビングには私のほかに、健くんとさくらちゃんがいる。二人は、二時間ほど前にさくらちゃんに、兄が何処にいるか知らないかと電話で聞いたらたまたま一緒にいた健くんと共に、兄さんを心配して飛んできてくれたのだ。
「健くん、さくらちゃん、もう一時過ぎだから、そろそろ帰ったほう良いよ」
「いや、銀のヤロウがたった一人の妹をこんなに心配させてやがんだ。何処ほっつき歩いてたんだって、殴ってやんなきゃ気がすまん」
「健くん、さすがに殴るのはよくないよ…」
意気込む健くんをさくらちゃんが宥める。一緒にいてくれるのはありがたいが、二人の家族が心配する。
「あ、大丈夫だよ、なのかちゃん。お父さんたちにはなのかちゃんの家に泊まってくるって、言ってあるから」
「俺もぜんぜん平気。親父たちはあさってまで帰ってこねえよ」
私の心中を悟ったのか、二人は安心させるように声をかけてくれる。不覚にも、涙腺が一瞬緩んでしまった。
「うん。ありがとう、二人とも。じゃあ、お布団用意してくるね」
そう言ってソファーから立ち上がり、布団を用意するために押入れに向かおうとしたら、ピンポーン、と間延びした音が響いた。
(だれだろう、こんな時間に。兄さんだったらチャイムなんて鳴らさないし)
私は不審に思いながらも、玄関に向かった。
「俺も一緒に行くぜ。さくら、ちょっと待ってろ」
健くんは立ち上がると、私の後についてきた。たぶん、健くんは強盗などを心配しているんだろう。健くんの家は一回、強盗に入られた事があるからだ。もちろん、柔道紅帯の彼の父親が一発で仕留めたが。
そう、少し笑いながら玄関の扉を開けると、そこにはブラウンの制服とおぼしき服を着て、長い栗色の髪をサイドポニーにした赤と緑のオッドアイを持つ二十歳前後の女性がいた。
「えっと、どちら様ですか?」
「あ、すみません。なのかさんですか?」
「え?どうして私の名前を?」
彼女は私の名前を呼んだ。なぜこの人は私の名前を知っているのだろうと不審に思いながら、彼女の背中に目線を向ける。
すると、そこには兄さんがいた。だが、服はボロボロになり、脚には黒い物がべっとりとついていた。
「に、兄さん!どうしんたんですか!?こんなボロボロで、誰にやられたんですか!あなた!何か知ってるんですか!?」
「す、少し落ち着いてください、なのかさん。すぐに事情を説明しますから、まずはこの子を寝かせられる場所に案内してください」
「で、でも!そうだ、病院に連れて行かなくちゃ!」
〈なのか、落ち着いてください。怪我に関しては彼女が治しました。銀は寝ているだけなので、安心してください〉
気付くと、マキはこの不審な女性の首に下がっていた。いったいどうしたものかと、少し混乱していた。マキが安心してくれといっているので安心したいが、彼女は素性も知れぬ相手。早々安心していられない。
だが、兄さんを布団に寝かせる事は賛成なので、彼女の事を一応信用する事にした。
「で、では、こちらに来てください。いま布団を出しますから」
「ええ、お願いね」
そして、私は一階の三つあるうちのひとつの客間に向かって駆け出した。すぐ横で、口をパクパクさせて驚いている健くんには気が付かなかった。
「それで、いったい何が遭ったんですか」
彼女は深刻な顔をして、私に問いかけてきた。
「その前に自己紹介をしませんか?私は時空管理局次元航行部隊所属、セイラ・スクライア一等空尉です。どうぞよろしく」
「あ、えっと、私は中島 なのか、聖王高校二年です。で、こっちのふたりが八神 さくらちゃんと」
「俺は高町 健康、自己紹介はこれで終わりだ。銀に何が遭った?それと、銀がいつも着けていたその青いペンダントは何だ?さっき喋ったぞ」
「えっ?」
健康という銀の友人はかなり険しい顔をしていた。どうも、マキの事は秘密だったらしい。さくらと呼ばれた少女も驚いている。三人とも銀のことしか頭に無いらしく、私の所属に関してはスルーされた。
〈ふう、まあいいでしょう。いい機会です。私の名前はマッハキャリバー、銀のデバイスです。マキ、と呼んでください〉
「わかった、マキ。それで、銀に何が遭った?」
〈はい。今から六時間ほど前、東にある丘の公園で襲撃を受けました。危うく殺されかけたのを、セイラに救っていただいたのです〉
「襲われて殺されかけた?あの銀が?」
健康は驚きを隠せないようだ。だが、どうも襲撃に関してはあまり驚いていないようだった。寧ろ、銀がやられた事に驚いているようだった。
「えっと、銀はそんなに強いのですか?健康?」
「ああ、人間相手なら早々負けはしない。あいつの母親はめっぽう強かったからな。それより、銀は誰にやられたんだ?それもあんたが助けた?」
私が聞くと、自信満々に健康は答えた。だが、すぐに真面目な顔になると、今度は私に問いかけてきた。
「ええ、私が助けました。相手は新型のガジェット・ドローンでした。普通の人は、まず勝てません」
「ん、ちょっと待て、かじぇっとって何だ?」
「そういえば、さっき時空何たらって言ってたような…」
「一等空尉?もしかして、軍人さん?」
健康とさくら、なのかは、やっと私の所属に疑問を抱いたようだ。
「はい、軍人とは少し違うのですが、私は数多くある次元世界の平和を護る時空管理局の空戦魔導師です。信じられないかもしれませんが、私はこの世界の人間ではありません」
「マジか…」
「あれ、魔導師?」
「もしかして、セイラさんは魔法使いですか?」
健康は驚きすぎてフリーズしてしまったようだが、二人の少女は私に聞いてきた。
「はい、そうですよ。といっても、何でもできるわけじゃありません。魔法にもちゃんとルールと制約がありますから。今は新しく発見されたこの世界の調査に来ているのです」
「そうですか…。そうだ、兄は結局、何に襲われたのですか?そこを教えてください」
「ええ、わかりました。銀を襲ったのは新型のガジェット・ドローン。これは私たちの世界で起こった、あるテロ事件の犯人が使用していた兵器の設計図が流出し、他の反政府組織の手に渡り開発されたものです。その組織は現在この世界に潜り込み、活動しています。私たちはその捜査も兼ねているのです」
「そんな!だったら、なぜあなた方の政府と無関係な兄が襲われるんですか!?」
なのかは怒っていた。その剣幕に友人の二人は驚いていた。たしかに彼が襲われたのは未熟な私たちの責任だ。だが、彼が私たちと無関係とは言い切れない。
「少し落ち着いてください、なのかさん。たしかに彼が襲われたのは私たちの責任です。理由は不明ですが、一般人を無差別に襲うとは考えにくい。おそらく、理由のひとつにマキがあったのではないでしょうか?」
「え、マキが?」
「はい、マキはこちら世界のデバイスです。詳しい事はわかりませんが、彼女はマスターと共にこの世界に来ていた。それも、十八年前に。つまり、なのかさん、あなたのお母さんは私たちの世界―ミッドといいますが―こちらの出身であることは間違いないのです。それも、時空管理局の人間です」
私が告げると、なのかを含めた三人は驚愕していた。やはり知らなかったようだ。そこで私は、驚いてばかりの三人に提案する。
「もう、お休みになられたらどうですか?あなた方も疲れているでしょう。また後日、こちらに伺わせて頂きます。明日から週末でしょう?学校はお休みのはずです」
「そう、ですね。俺も驚きすぎて、疲れた。なのか、さくら、そうさせてもらおう。」
健康は私の提案に頷いた。他の二人も同意したようで、ソファーから立ち上がる。私はそれを見てから、玄関に向かう。三人とも後ろに続き、私が玄関から出たところで立ち止まった。
「それでは、私は一度、本部に戻ります。マキも連れて行きたいのですが、よろしいですか?」
〈なのか、私からもお願いします〉
「え、ええ、いいですよ。でも、ちゃんと返してくださいね。マキは母さんの形見なんですから」
「はい、わかっています。それでは、また明日。はっ!」
そういって、私は飛行魔法を使い飛び立った。その様子を、三人ともひどく驚いて見ていた。やっぱり、一度彼女たちを休ませるのは正解だったかな、と私は思った。
To be continued
あとがき
こんにちは〜、柳葉 澪です。
如何だったでしょうか、第弐話。あまり銀の出番がありませんでしたが、とにかく世界設定を書こうと思いました。なんか判りにくい気がしますが、勘弁してください。私の表現力ではこれが精一杯です。
えっと、健康とさくらの名字が、なのはやはやてと同じであるのは、単なる偶然の設定です。彼らには血縁関係は一切ありません。
じつは、ここのサイト様からリンクでいけるサイト様に、同じ物が載ってますが、微妙に内容が違います。今後の進展も違ったり…。
それでは、またいつか。
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