出来事
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仕事 〜スキップ 〜小学校 〜ドゥーン! 〜ライター 〜謎の女 〜よろめき 〜飛散 〜“つかる”おとこ 〜鏡を取り付ける男
猫の事 〜猫パンチ 〜ドラ 〜昔見た茶トラ
仕事
〜スキップ〜 10年近く前 時間に追われ続けた夕方 あとひとつ、現場を残し 間に合うか 間に合わないか もう、テンパイ そんな時に限って、ポケベル ピーピーッ 「…ソッたれっ!」 絶叫しながら アクセルを踏み込む 或る道 片側一車線 私の走っている車線に 女の子が現れた 50mほど先の路地から スキップしながら出てきて 私と同じ方向へ… きっと、どっかの帰り道 女の子は私に背を向けて これから 私が通過するはずの手押し信号へと近づく (押すなよ) (プチッ) 女の子は押した そして、姿を消した … 家並みへと消えた 残された、手押し信号は もの凄く、早く反応した 私は 誰も渡るはずのない 無人の横断歩道を 呆然と眺めていた … 消えた女の子は どこか 楽しげで スカートをひらひらさせて 何となく 楽しくて (ボタンさん、こんにちわっ) スキップするほど 嬉しくて (押しちゃえっ) ボタンを押してみたのだろう (エイっ、プチ) ただ それだけの 事だろう … 私は 抑えきれない怒りから来る寒気を必死に抑えながら 狂人の目を赤信号へと向けた 見ると 西日の中 赤信号が ギラギラとすさまじい光を反射させていた
〜小学校〜 長年、便所を運んでいる いろんな所へ いろんな時間に 中にとても苦手な現場がある 小学校 朝の小学校 小学校の校舎の化粧直しをする塗装屋さん 他に 改築、増築 そういう業者に便所を持って行く 業者は大抵こう言う 「登校時間が終わる頃に来てよ」 待ち合わせ場所は 校門 俺が遅刻する訳にはゆかない 大抵、早目に着く 待ち合わせ場所は 校門 8時前後、ヤツ等はワラワラやって来る ヤツ等はバカだから、実にストレートだ 「便所だっ」 「うわぁっ、便所だっ!」 「便所だっ、便所だっっ!」 俺は目をつぶって、寝たふりする 実に忌々しいが仕方がない 嵐が過ぎるのをジッと待つ 「うわぁっ、便所だっ!」 大抵は3、4年生前後 ただもう なんだか 嬉しくて仕方がないのだ 俺には解る 怒るわけにはゆかない 自分が幼い頃そうだったのだ 俺は幼い頃、バキュームカーを見ると嬉しくてたまらなかった 車を止めて おじさんがホースを抱えて家の裏手へ行くのを見送る 「クッセーッ」 言いながら 付かず離れず 吸引によって躍動するホースを憧れのように 呆けのように見つめていた だから 便所に熱狂するバカ者共にも耐えるしかない 嵐が過ぎるのを待つしかない 俺はポジティブに考える事にする 本当はポジティブではないが こう考える 俺は ある意味ヒーローだ と
〜ドゥーン!〜 工事現場に行くと、いろんな人に遭う 私が車の中で、現場監督の到着を待っていると 背広を着た50年配の男性が私の車のまわりをブラブラしてる 私に話しかける事もなく 人待ち顔のようでもあり 違うようでもあり やがて監督が来る 男性は監督と話している (お客さんかな) 男性と話し終えた監督は私と仕事の打ち合わせ 男性はまたもブラブラし始めた 男性が私達の傍らで 「ドゥーン!」 「ドゥーン!」 言っている 鉄砲を持つ格好をしながら 木に向かって言っている 私達はそちらを見る 木にスズメが止まっている 男性はそれを狙うつもりで指さし 射撃の反動を体で表し 「ドゥーン!」 「ドゥーン!」 言っている 監督は情けなさそうなニガ笑いをしている 50年配のサラリーマンがやる事じゃない 現場の始業 男性は着がえ、ヘルメットをかぶった その人は元請け会社の人 現場の最高責任者だった
〜ライター〜 俺の仕事は便所屋だ 便所のリース屋だ 便所を引き上げてくると 時々 便槽の中にライターが落ちている 100円ライターが一番多い 次にZippoが多い もちろん 全部クソまみれだ 俺は Zippoを 「生かせないか」 とよく思っていた だけと それは手に持つモノだから キレイじゃなきゃイヤだ 当たり前だ どうすればイイだろう? ただ洗えばイイというものではない なにしろ クソに浸されていた物だ 今までもそうだったのだが やっぱり 俺はあきらめて 箸でつまんで そのへんに 放り投げておいた 月日は経つ 何年経ったか覚えていない でも 3年位経っているはずだ 見ると ほんの少し錆び付いている クソの余韻はない でも少し 気持ち悪いので 軍手をした手でつまんだ フタを開けてみると 火打ちの軸とフタの止め金具の軸から 錆が出ていた 嗅いでみた 臭わない 中の綿はどうだろう? 本体は簡単に抜けた 綿を取り出してみた 茶色っぽく変色している まさか 火芯の錆だった 勇気を出して 嗅いでみた 臭わない 浸水しなかったのか? 微生物のオカゲか? どっちでもイイ 俺は「生かす」事にした 絵柄がはげ落ちていたので ヤスリで削った ただの銀のZippoになった 俺は クソから救い出した記念に カッターで字を彫った “天地不仁”と
〜謎の女〜 もう10年以上前の事です わたしが仕事で志村坂下に行った時の事です その工事現場は道路との境の“仕切り”がまだ出来ていなかったので 通りのすぐ脇で便所の基礎を造り始めました (“便所の基礎”というのはブロックとモルタルで造るのです) それを造っていると ある女が話しかけてきました 「こんにちわー」「お仕事ご苦労様でーす」 その人はとても明るい人でした 背格好といい 声といい マラソンの松野明美さんによく似ていました 「・・・はぁ」 「お仕事ご苦労様でーす、何をしていらっしゃるんですかぁ」 その人は明らかに工事関係者ではないので わたしは何だかバカバカしいと思いながらも答えました 「え〜、仮設便所の基礎を造っています・・・」 「わぁ〜大変なお仕事ですね〜、ご苦労様でーす」 彼女はあくまで朗らかに話しかけます まともに答えてしまったわたしもアホなのだが わたしは仕事中なのです 彼女はいったい、わたしになんの用なのだろう わたしは気を取り直し仕事を続けようとしました 「あっ!私は今日こういうものを持って参りました」 と言いながら 彼女は平ぺったいポリ容器を いったいどこから出したのか、わたしには分からないほど素早く取り出して見せました 彼女はその密閉された蓋を開け 「とてもおいしいですよぉ〜、どおぞ食べてみて下さ〜い」 と言いながら 銀紙に包まれた飴玉のようなものを二つ ポリ容器内のいくつかに仕切られた一つから取り出しました (訳わからん) (俺仕事中) (誰だって) (それ) (見たら分かる) しかし 彼女は仕事中のわたしにむかって手渡そうとするらしいのです じっと佇み ニコニコしながら手を差し延べています 「あ〜、わたし今仕事中で、手、汚れてますから」 事実、わたしの手はモルタルで汚れていました それに納得した彼女は 「それじゃあ、あとで食べてみてくださ〜い」 と言いながら わたしの作業着のズボンのポケットに勝手にねじ込んで行ってしまいました 「さよーならー」と あくまで明るく、朗らかに 残された物は 何のことはない 単なるおつまみ マグロだかカツオの佃煮を四角に固めたもの それが世に言う “北海の珍味売り”であるらしい事は後で知りました 彼女の真の目的はなんなのでしょう 未だにわたしには解からないのです 彼女は今どうしているだろう 今でもあくまで朗らかだろうか
〜よろめき〜 我が家の家業はリース屋だ 便所のリース屋だ わたしが休みの日には オヤジはわたしを使いたがった 高校生の頃 オヤジに連れられて 工事現場に便所の引き取りに行った その便所は汲み取りが完璧ではなかった わたしはチラと見ただけだったが 幾らか残っていて 凄まじい臭気を発散させていた これでは仕方ない 出戻りだろう また汲み取ってから 改めて・・・ オヤジは現場監督と話しているのだろう 「また改めて・・・」 わたしはトラックの助手席に座り この初めて訪れた街を眺めながら (この街並みには 自分の育った街とは明らかに違うものを抱いているにも関わらず なぜか懐かしい気持ちを起こさせるなぁ) などと物思いに耽っていると 「オイッ、穴掘って捨ててくから」 というオヤジの声 (ハアッ?) いきなり現実に引き戻されたわたしは 何の事か分からなかった オヤジは残ったう○こをどこかに捨てて 便槽も持って帰るつもりらしかった 置いて行くとまた取りに来なくてはならないのだ オヤジはそれがめんどくさいのだ オヤジは今まで現場監督とその算段をしていたのだ わたしはうんざりしながらトラックの助手席から降りた その便所は “穴埋め式”ではなく “置き式”だったので まずは 中身を捨てるための穴を掘らなければならなかった その穴は便所から少し離れていた 次に便所本体を片付け始めた わたしはビックリした 便槽には100g以上の汚物が残っていた “幾らか”なんてものではなかった “幾らか”と思えたのは それは便所本体がのっていたために 便槽内がほの暗かったからだ そんなに大量のう○こを見た事がなかったわたしはビックリした とんでもなかった ともかくわたしはサッサと帰りたかった う○こを見ていたくなかった うごめく蛆虫も見ていたくなかった 何よりその臭気に耐えられなかった しかし 今や“遙かかなた”に感じられる穴まで運ばなければならない 臭気に耐えながら二人で“ねこ”に載せて 「オマエ運べ」 (ハァッ?) その大役をわたしが担う事となった あせらずに あせらずに 慎重に 慎重に しかしわたしにとってその臭気はあまりにも“新鮮”過ぎた なんだかしょっぱい しょっぱ過ぎる 目がしょぼしょぼする 目がくらむようだ わたしはヤクザな臭気に打ちのめされ フラフラフラフラしながら“ねこ”を操っていた わたしのフラフラに よく攪拌されたそれはカレーそっくりだ ほんとにそっくりだ にんじんも入っている 攪拌されたそれは一つ一つの粒子となって立ち上り わたしの鼻の粘膜に張りつき わたしの神経を侵したようだ 力が出ないようだ わたしの“ねこ”はバランスをうしなった それは 晴れた空の下 光輝きながら 乾いた大地に流れ出した 真夏の出来事だった
〜飛散〜 わたしの仕事はリース屋だ 便所のリース屋だ この仕事を始めて間もない頃 工事現場に便所の引き取りに行った時の事だ その便所は汲み取りが終わっていなかった 便槽にはナミナミと汚物が残されていた そんなに大量のう○こにはまだ“なれ”ていなかったわたしは ともかく便所本体をかたして サッサと帰りたかった 大量のう○こを見ていたくなかった そして 大量に蠢く蛆虫も見ていたくなかった 何よりその臭気に耐えられなかった 急がば回れ 急ぐとロクな事がない 臭気に耐えながら 息を止め ズンズン片付け始めた そして なんとか便所本体を済まし あとは便槽の蓋だけ わたしは尚も息を止め 蓋を軽くつまみ 軽やかに だけど 忍ぶように だけど 急ぐように ・・・ ああ なんて なんて事だ なんて世の中だ いったい どういった具合だったのだろう 蓋はわたしの手から滑るように ナミナミと湛えられた糞溜の中へ 勢いよく落ちていった ・・・ その蓋はコンクリートで出来ていた
〜“つかる”おとこ〜 わたしの仕事はリース屋だ 便所のリース屋だ この仕事にも慣れた頃 助手を使うようになった その男は小太り君だった ちょっと鈍くさかった ある日 成田の遺跡発掘の現場に便所を引き取りに行った その便所は汲み取りが終わっていなかった おそらく汲み取り屋さんがまだ来ていないのだろう 便槽には汚物が半分以上残されていた だからといって 人里離れた山の中でぼんやり待つつもりはなかった 付近には空港反対派の見張り塔があったし 機動隊が列をなして歩いていた そんな不穏な所に長居は無用だった それに わたしが 「ボヤボヤしてると、ゲリラに鉄パイプで殴られるぞ」 と小太り君をさんざん脅かしたせいで 彼は特に早く帰りたがっていた その便所は“穴埋め式”だったので 便槽の中身を“穴”の中にぶちまけて サッサと帰る事にした まずわたしが便槽を動かせるようにするために“こじり” あとは小太り君にやらせる事にした 小太り君はがんばった あれはなかなか重いものなのだ 小太り君はがんばった 曲げたヒザに力をいれて 便槽の片側を持ち上げ始めた 小太り君はがんばった 便槽はいよいよ傾けられて 中の汚物は便槽がうわっていた穴へと勢いよく流れ込んだ と同時に 便槽という“支え”を失った小太り君の足下の地盤は一気に崩れ落ちた ・・・ 一瞬の永遠 あまりにも信じ難い出来事に 人は為す術を失う あきらめの境地 時が止まったようだった セミも鳴くのを止めたようだった 小太り君は ただ“つかって”いた ただじっと“つかって”いた 彼はわたしを呆然と見つめ わたしも彼を呆然と見つめた 笑いとばすにはあまりに憐れな出来事だった がしかし わたしは大笑いした 笑いに笑った 腹の底から笑った そしてそれをきっかけにしたかのように 小太り君もニコニコしながら上がって来た やがて 遠くにバキュームカーが見えた
〜鏡を取り付ける男〜 ある日 工事現場の詰め所に行くと 男が風呂を作っていた 職人さんが使う仮設の風呂だ 風呂はもうすぐ出来上がるようだった 男は最後に鏡を取りつけていた 妙な位置に取りつけていた 40p×30p位のその鏡は床上から20p位の所に取りつけられてあった それでは そんなに低い位置では その鏡の前に座った人は 自分のち○こを見なくてはならない ヒゲを剃ろうとすれば かがまなければならず その場合もあくまで我がち○こは視界に入るだろう むくつけき男達といえど 自分のち○こを見ながらヒゲを剃るのは好まないだろう あの男は いったい何を考えてあんな位置に鏡を張ったのだろう 現場監督も当然それに気づき怒るだろうが あの男はもう帰ってしまっている わたしは知っている 防水両面テープとは ひどく強力なものなのだ
猫の事
〜猫パンチ〜 俺の仕事場の資材置場に猫が居る もう、かれこれ3年位居る 顔や首、胸前から四肢にかけては白くて 背から横腹にかけての辺りからシッポまでは黒いドラになっている 頭の上もドラで 額が“富士びたい”のようになっている 居なかったり 居たりする そんな猫だ メス猫だ 俺は初め、出会った時 このまま居て欲しいと思い エサを投げた 初めの頃は逃げていた 冬 余程腹がへっていたのだろう 彼女は警戒しながらも姿を現し 俺の投げるエサに食らいつく だが 警戒心は強い 彼女は必ず一定の距離を保ち 決してスリ寄って来たりしない それでイイと思っている その方が猫らしいし 俺は特に動物好きという訳でもないのだ 置場には ネズミが住みつきやすくて 住みついてしまうと そのフンでとても臭くなる だから 猫には居て欲しいと思っている訳だ それで 猫に会った時にはエサをやる そうするとむこうもアテにして 会う機会も多くなるのだが よそよそしいのは相変わらずだ それが 今年はどういうわけか子猫を2匹、引き連れて現れた 子猫達は体全部がドラで 少し茶色がかっている それまでも おなかの大きな富士びたいを見た事はあったが 子連れでは初めてだったので 俺はちょっと緊張した 俺のような者でも子猫を可愛いと思うからだ もちろん 親子そろってよそよそしいのだが エサをクレるのを知っているから 母は近寄ってくる 子供達は遠目に見ている 母が俺にエサを貰って 子供は母の乳を吸う やがて 母が俺にエサを貰って まず自分がかなり食べてから クワえて子供たちのもとへ運んで行く そんな日が何日か続いた後 富士びたい達を見なくなった 俺はいつも置場に行くわけではないので 富士びたいにしてみれば アテがはずれたといったところだろうか ・・・ 暫くすると 富士びたいは現れた 今度は子猫はいない 俺は猫の生態に詳しくないので (子猫達は旅立ったか) (かなり小さくても親から離れるんだナ) と漠然と思った どっちにしろ 俺としては 猫が置場をウロウロしていて欲しいだけなのだ 俺はまた富士びたいにエサをやり始めた それから何日かした頃 「ミャ〜ミャ〜」 声がする 富士びたいも顔を伸ばして聞く でもあまり興味がないようだ 俺が新たにエサをやっても持って行く気はサラサラない 子猫は置場の倉庫下から顔を覗かせている ドラだ かつて居た2匹の内のどちらかだろう 俺が富士びたいにエサをやっている間 倉庫下からずっとミャ〜ミャ〜云っている (ああ、俺が恐ろしいのだろうな) 俺がチョットでも動けばドラは倉庫下の奥の方へ行ってしまう 少し可愛そうだが追いかける気にはならない 俺にとっては富士びたいが居れば十分だし ヘタにエサをやろうとして引っ掻かれるのはイヤだった ドラはやたらミャ〜ミャ〜うるさいが 放っておいた そんな事が2、3日続いたある日 よっぽど腹ペコだったのだろう ドラは 今まさに 俺にエサを貰っている富士びたいにスリ寄って来た 俺の目の前なので ドラはおっかなビックリだ それでも 我が母にスリ寄りスリ寄り シッポも母の背に載せ 母の飯に口を寄せる でも、食べない エサはスグそこなのに ・・・ ねだってるのだろう 「フッ〜〜ッ」 母はいつも怒る 分けるつもりは全くない 母は食べながらもノドで威嚇するのだ 「んグっ〜〜〜グルグルグル〜」 母は睨みつける 子猫は首をすくめ 耳を寝かせ ギュッと目を閉じ 恐れ入いる ミャ〜ミャ〜云いながら寝転がり 母をジッと見つめ おねだりする 母はノドで威嚇しながら ムシャムシャ食べる 「んグっ〜〜〜グルグルグル〜」 やがて子猫は空腹に耐えかねて 母が今食べている口元へ身体をぶつけるようにして突っ込む 猫パ〜ンチっ! 猫パ〜ンチっ! 「シャァッ〜〜ッ」 ドラは一時恐れ入るが はらペコだから あきらめない また母にスリ寄ってゆく 「んグ〜〜っ」 やがて母は食べ終わり 子猫をひとしきり見つめ おもむろに 猫パ〜ンチっ! 俺は猫パンチがおもしろくて またエサをやる それもわざと母に有利な所へ放り投げる もちろんそれは母が獲る すると子猫は懲りずにスリ寄って行く 猫パ〜ンチっ 猫パ〜ンチっ 猫パンチのまま 母は子猫の頭の上に爪を出した前足を置いて グッと押さえつけ 心持ち手前に引くようにする 「んグッ〜〜」 さすがに子猫は恐れ入る 不思議とケガはない 「ハッハッハッ」 俺は笑った (ああ、こーやってもう1匹も追っぱらったのか) (こーやって、1匹、1匹になって行くのか) (エラいもんだナ) ドラは一度、旅立ったのだろうか それとも 俺の知らないどこかに身を潜めて居たのだろうか いずれにしろ 今や 富士びたいは自分の取りぶんを譲る気はないのだし おこぼれの量はタカが知れているのだ ドラは空腹に耐えかねて 自ら出て行くか 本気を出した富士びたいに追い出される事になるのだろう それまで 今しばらく 猫パンチを見ていたいものだ
〜ドラ〜 ドラが随分大きくなった いまだに、我が社の資材置き場に現れる 富士額の後を追うようにして… どうやらウチの隣にある、車のスクラップ置き場に住み着いたようだ とすると、富士額の住み処もそこだったのか ドラは富士額の後を追っかけているのだから… ドラは相変わらず富士額に身を寄せようとする 今や、ドラは富士額よりもすこし大きいので、富士額が押されるような格好になる 「シャァ〜ッ!」 富士額は怒る 怒って、前足をドラの頭の上に載せる もう、猫パンチはあまりやらない かわりに ドラの頭を押さえつけるように、少し手前に引くようにする事が多くなったようだ すごく、怒っている 時々、両前足でドラの頭をわしづかみにして、ドラの耳を噛む 噛みながら唸る 「ミャウッ!ムャウッ!ミャウ〜ッ!」 ドラは耳を寝かせて恐れ入るばかり やっぱりケガはない ドラは相変わらずうるさい 「ミャ〜ミャ〜ミャ〜ミャ〜」 やたらにうるさい 俺は何だか、富士額が哀れでならない 自分より大きな我が子にしなだれかかられて イチイチ耳を噛んで追っぱらい それでもマダマダ付きまとわれて 俺が富士額にエサをやると ドラは富士額の口元に突っ込む 富士額は少し押され気味 チョクチョク横取りされる 富士額はイラつき、ドラの耳を噛む 「ミャウッ!ムャウッ!ミャウ〜ッ!」 横取りされては 「ミャウッ!ムャウッ!ミャウ〜ッ!」 付きまとわれては 「シャ〜ッ!」 俺は富士額が哀れでならない だから、必ず富士額に有利な場所にエサを投げる その度、ドラは富士額の口もと目がけ突っ込む そんな事の繰り返し ドラはこれから益々大きくなるだろう 富士額はこれからどうするのだろう
〜昔見た茶トラ〜 猫を見た 俺が置場でカップ麺を食べてる時 ミャ〜ミャ〜云って近づいてきた 子猫とは言えないが まだ小僧だ とても若い 少し色の薄い茶トラだ 俺は何気なしにチャーシューを投げた 俺はカップ麺のチャーシューがあまり好きではないのだ 茶トラはチャーシューにくらいついて すぐに顔を離した ビックリしたような顔をして俺を見た 抗議してるみたいだ 熱くて驚いたようだった (猫舌とはこの事か) 俺は時々、エサをやった ほんの残り物だけど ・・・ いつしか 見かけなくなった 随分月日が過ぎて 俺は猫の事を忘れていた ・・・ 大人の茶トラを見た 薄めの茶トラだ 前に来ていたヤツかもしれないし そうでないかもしれない なぜか 俺を恐れない かなり近くを悠々と歩いて行く 自信満々みたいだ 俺がカップ麺を食べていると どこからか現れて ジッと見ている ミャ〜ミャ〜言わない よく見ると なかなか立派な猫だ 俺はその時まで 猫に対して、あまり興味はなかったが 薄めの茶トラを美しいと思った いつしか俺は親しげな気分になった あっちが逃げないので カップ麺のチャーシューや シャケ弁のシャケの残り ソーセージをあげると 悠々と食べる 実に落ち着いている ソーセージはあまり好きではないようだ 俺は牛乳をよく飲むので 試しにあげてみると おとなしく飲んでいる 触ってみた 猫に触るのは始めてだった 茶トラは気にしない (猫とはこういうモノなのだろうか) (動物というのは触られるのをイヤがるはずだが) そんな風にして月日が過ぎた ・・・ 別の猫を見た 三毛だ 茶トラより小さい 茶トラが姿を現すと、三毛もいつの間にか居る 茶トラの連れのようだ 倉庫下からとても鋭い目で、俺と茶トラのやりとりを見ている 初めは エサを放り投げてやると逃げていたが やがて逃げなくなった 倉庫下からは出て来るようになったが トラックの下を好み 俺が近づくと すぐに逃げる 倉庫下に逃げる 常に俺を警戒している ある日妙なモノを見た 茶トラが屈んだ三毛の上にまたがるように乗っかり その首を噛んでいる 時々、三毛は怒る そうしていると三毛はとても小さく見えた (ああ、茶トラはオスで三毛はメスだったのか) (ああ、もう春だったのだ) そんな事があってから 俺は三毛に愛着を感じ始めていた ある日 俺は倉庫下に居る三毛に近づいて エサを投げてみた まだ警戒していた 腹も減っているだろうに 「エサはここだヨ」 「怖がらなくてイイんだヨ」 そんなつもりで 俺は 自分が投げた、倉庫下の端に落ちているエサを指さした 「ミギャぁ〜お〜」 鎌イタチ三兄弟 三毛の前足が伸びてきたかと思うと 俺の指先に痛みが走ったような気がした 遅かった 傷はとてもキレイに切れていて 血が浮き上がってこなければそれとは分からない程 とても深く、キレイに切れていた 俺は近くにあった棒で 追い回す事にした かなり長い棒で執拗に追い回した たぶん 鬼の形相だったはずだ そんな俺を 茶トラはビックリしたような顔で見ていた もちろん三毛にも腹が立ったのだが なにより 自分のウカツさに腹が立った それから 俺は三毛をオチョクる事にした ソーセージをヒモの先に巻いて放り投げ クワえようとする瞬間 ヒモを引っ張る 猫の動きは速い とても速い 俺は三毛に何度も取られた 取られると とてもくやしい 俺はいつしかそのゲームに熱中していた (チクショー) (今度は負けないぞ) 熱中し過ぎて三毛を腹一杯にさせてしまった 負けたくないあまり早めに引っ張るとつまらない そうすると三毛の動きが少ないからだ 三毛が満を持して飛びかかる それを俺が出し抜く その加減が難しく また楽しかった うまく行くと俺は声を出して笑った そんな俺に見向きもせず 茶トラは見回りへと行った そんな風に月日が過ぎたある秋 三毛をからかう事もなくなった頃 置場の倉庫の中で 白い猫を見た 窓の隙間から逃げようとしていた 夏から閉め忘れていた窓だ すぐに閉めて 何気なしに付近を見ると 部材が入っているダンボール箱に赤ん坊が3匹いた 白、白、ドラ 赤ん坊とはいえ爪はあるので 俺は念のために革手袋をして赤ん坊を窓の外の下へ置いておいた 母親が引き取りに来るだろう そう思っていたら 赤ん坊は倉庫下へヨチヨチ歩いて行ってしまった それからどれ位経ったろうか 俺がカップ麺を食べていると 白猫は子連れで現れた 赤ん坊は子猫になっていた その時、既に茶トラが居たのだが 白猫は気にする風もなく 茶トラも悠然と構えていた 知り合いなのだろうか 茶トラに投げたチャーシューを横取りした 茶トラは怒らない 白猫は子連れでしばしば現れ そのうち、やけに俺に近づくようになって 俺の足にまとわりいた 俺は気味が悪かった 白猫は所々、毛が抜けていて 皮膚病みたいだったし 俺は犬のイメージから 小便でもひっかけられるんじゃないかと心配だった 「シッシッ!」 いつしか俺は 必死になって白猫を追っ払わうハメになった そんな俺を茶トラは憮然とした顔で眺めていた 久しぶりに 三毛を見た 白猫と一緒の場面を見たことがない (仲が悪いのだろうか) 仲が悪かった 白猫は三毛が現れると スゴい威嚇をした 「クァ〜ッ!」 俺もビビッたが 三毛もビビッてるようだ 三毛は威嚇する白猫の前を ゆっくり、ゆっくり とてもゆっくり歩く 太極拳の達人だ 白猫は威嚇し続ける そんな2匹に茶トラは全然興味がないようだった 子猫達はスクスク育っていた 白2匹はひどく臆病だが ドラは好奇心旺盛だ 俺が白猫にシャケやソーセージをやると 一緒に食らいつく スグに俺を怖がらなくなった コオロギやジタバタするセミにスゴい反応を示す ・・・ いつしか白猫達を見なくなった また 茶トラと三毛の2匹になった ある日 置場のそばの道路で ペシャンコになったドラの死体を見た 俺が知っているドラかどうか分からないが たぶんそうだろう あの好奇心があれば 危険も多いだろう また 何気ない日々になった 少なくとも俺と猫との間では ・・・ 月日は流れた 変な猫が現れた 毛だらけだ とても長い灰色の毛だらけだ あんなのは見た事がなかった とても慣れ慣れしい猫だ 初めて会った時 毛だらけは、俺を遠くから眺めて すぐに近寄ってきた 易々と 足どりも軽く近寄ってきた その時俺は例によってカップ麺を食べていた 毛だらけは俺のすぐ前をウロウロしている こんなにナレナレしい猫は初めてだ 俺は追っ払った 猫らしくないし そんな珍しい猫は飼い猫に決まってるからだ それでも 毛だらけはしょっちゅう現れた 昼飯時に現れた よっぽど鼻が利くヤツだ 茶トラが現れた 三毛も一緒だ 俺は茶トラに期待したが 毛だらけを追っ払う気配はない 三毛はトラックのしたで前足を折り畳みダルマになっている イヤな予感を抱きながら 俺は茶トラにシャケをやった 案の上 毛だらけが取った 茶トラも三毛もそれを見てるだけ 毛だらけにも 敵意は全然ない (これらの猫の関係はどうなっているのだろうか) 俺は‘メシ食い’で 弁当の他に必ず白米やオニギリを買う それでもオカズが残る シャケ弁の時は特にそうだ いつもオカズが多すぎる ついついそばにいる猫にあげてしまう 俺もウカツだったのだ 毛だらけは俺にスリ寄ってくるようになった すごいスリ寄り方だ しなだれかかって来るようだ 逃げても追って来る 俺はイヤだった 長い毛が苦手だったし もっとイヤだったのは 毛だらけがヨダレをしたたらせていた事だ 並大抵ではない ポタポタボタボタ スゴイ量を垂らすのだ いくら昼飯時とはいえ ヒド過ぎる 俺の周りの地面は毛だらけの ヨダレだらけだった 俺は倉庫の中で食べるより 外で食べるのを好んだが 毛だらけに追われてホコリっぽい倉庫で食べるようになった 茶トラや三毛を見る機会が減ってゆくようだった ある日 毛だらけが毛だらけじゃなくなった キレイに刈り込まれて 実に涼しげでサッパリしている やっぱり飼い猫だったわけだ 俺は初めてかわいいと思った でも相変わらず 俺が昼飯を食っていると ヨダレを垂らす その頃になると 毛だらけは 俺が置場に来ただけで 姿を現していた ・・・ ある日 茶トラを見た キズを負っていた 初めての事だった 俺は心配した これこそ、猫の中の猫 決してスリ寄らず 悠然として 我が縄張りを見回り 何事にも動じないかのよう 人の世にある気高い野性 敬意さえ払っていた 敵はいづこにありや? それは すぐに知れた 敵は‘茶トラ’だった 茶トラよりもかなり濃い色の たくましく若い‘茶トラ’だった ‘濃い茶トラ’が現れると 我が茶トラは張りつめた ‘濃い茶トラ’も身構えた すごい緊張感だ 俺は置場で 茶トラが居ない時に ‘濃い茶トラ’を見たら 追い回す事にした 加勢のつもりだった ・・・ やがて茶トラを全然見なくなった 初めて茶トラを見てから7年が経っていた 俺は30になっていた 濃い茶トラに負けたとしても またここに来るかも知れないと思っていたが それはなかった なぜか、濃い茶トラも見ない とても若い 痩せたオスの黒猫をたまに見かけるくらいだった 残されたのは 毛だらけだけだった ヤツは相変わらず、ヨダレをボタボタたらしながら 俺にスリ寄る それも、今は許せる 茶トラが居ない寂しさを癒してくれるようだ 俺は毛嫌いしていた毛だらけを 可愛がるようになった やがて毛だらけは 俺がブロックに腰かけて休憩していると 俺の太ももに前足を掛けるようになった 俺に上ろうとするつもりらしい さすがにそれはイヤだった 一度、するに任せてももに乗せてやったら ヤツはつめを立てた そして 前足をやたらムニムニした 爪を出してムニムニしていた 握力をつける為に鍛えてるみたいだった 俺はチクチクしてたまらない その上ヤツは更に俺に登ろうとして 俺の胸に前足をかける (なんなんだよ) それきり 決して乗せなかった ・・・ 三毛を見た 茶トラと共に見なくなったような気がしていたので ひょっとして 茶トラと共に戻ったか そう思ったが そうではなかった ずっと 三毛だけだった 三毛は相変わらず三毛だった それでよかった 警戒していてこそ三毛だった いつしか三毛と毛だらけだけになっていた もう冬だった ・・・ 置場を引っ越す事になった 沢山の大きな荷物を片付け あとはこまごましたものだけ 寒風の中 それらをヒモで結わいていると 毛だらけがヒモにジャレついていた 風の中で長い毛をなびかせながら 熱心にヒモを追っていた 俺は 愛着と哀切の中 ヒモをゆわき続けた