BLAZE、発動(上)
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その星は、宇宙にぽつんと浮かんでいた。
レイアスは生まれてから一時も、そんなことを疑問に思ったことはなかった。
そう、ほんの数年前までは・・・・・。
それまでは温暖だったこの星は、ただの平凡な星だった。
違いと言えば、力は弱いとはいえ、超能力者が多数いることくらいだった。
数十年前、レイアス達の住んでいるこの星に、とある企業がその手を伸ばしてきた。
レイアスの生まれる、随分と前のことだ。
詳細は、結局分かっていない。
レイアス達、星の人間にはそれと気付かせず、この星のありとあらゆる資源を採掘し、他の星へと運んでいった。
そしてほんの数年前。ついにその事件が暴露された。
そしてついでにこの星の寿命をも、その場で露呈してしまったのだ。
その企業の後先を考えない貪欲な資源の発掘は、人々の想像を遥かに超え、ついに星の許容量を超えてしまったのだ。
この星はすでに、死んでいた。
今日はまた、一段と寒くなってきた。
外ではその寒さを証明でもするかのように、上空で氷結した雨、つまりは雪がちらついている。
いくら冬だと言っても、この星にしては雪が降っているのは異常である。
その星の中のとある一室で、赤毛の少年が換気のために開けていた窓を閉めた。
彼の名はレイアス。
今年で13歳になった。
ここが地球ならば、中学校に通っているのだろうが、そんなものはこの星にはない。
だが、レイアスは自分の知りたい知識はきちんと学んできた。
レイアスが一番興味があったのは、リテイナーについてであった。
レイアスは、毎日それに関する情報を収集し、蓄積している。
今は、少し伸びてきた赤毛を、鬱陶しそうに掻き上げながら、パソコンをつついている。
だが、それは情報を集めているのではないようだ。
彼がこの家に転がり込んで、もう既に3年が経つ。
突然転がり込んだレイアスに、この家の住人は訳も聞かずに住まわせてくれている。
両親はとっくの昔に死んでしまった。
たった一人いた弟も、いつの間にか行方不明だ。
だが、レイアスはそれらのことを寂しく思ったりはしない。
今一緒に住んでいる人間は、まさしく家族そのものだから。
レイアスの部屋は巨大な倉庫とつながっている。
今は倉庫の方に明かりを灯していないので、その闇の向こうに何があるのか、推し量ることもできないが、倉庫の機材はある程度この部屋の機材と連動しているため、いまもガチャガチャと何かを組み上げるような音がしている。
倉庫とこの部屋に特別な防音措置をしていなければ、近所の迷惑になっていただろう。
もっとも、レイアスの部屋は、ごちゃごちゃに積み上げられた何かのパーツやコンピューターやコードによって相当の混雑を極めているので、どちらが倉庫だかわかりはしない。
「よし、あとはこのファイルを繋げれば・・・・。」
と、レイアスのパソコンにメールが届いたことを示すピッ、という音が鳴った。
見ると、
「レイアス、機械いじりも程々にして、そろそろ降りなさい。お昼よ。マリアより。」
とだけ書かれたメールが受信されている。
いい加減にメールが無視もできない量になってきた。
この呼びかけがなければ、朝までだってここに籠もっているだろう。
「ああ、わかったよ。マリア。」
レイアスは誰にとも無しに呟くと、マウスのボタンを数回クリックして、スリッパをぱたぱたと鳴らしながら階下へ降りていった。
パソコンには、ファイルの結合率の表示と共に『プロジェクト・ブレイズ』という文字が煌々と輝いていた。
(・・・・で、今日も我々の最後の希望であるレールが着々と出来上がっています。惑星の壊滅よりも、数日ほど先行して出来上がる予定です。
このプロジェクトは、今まで打ち上げれなかった超大型の貨物船を、地上から直接宇宙へ放り投げるもので、宇宙船建造から直接人間を大量に宇宙に放出し、長い間航行することが可能になると言う素晴らし・・・・・・)
テレビでは相変わらず軍の協賛する大計画のことが大々的に報じられていた。
いま、この星の人間のほとんどはこの計画に頼り切っていた。
何かに頼る、ということを好まないレイアスは、数ヶ月前からこれしか映さないテレビを嫌悪していた。
「そんなもんなくても、自分でどうにかしてやるさ。」
知らずに悪態が口をつく。
「毎日やってる機械いじりでか?」
これはレイアスの友人その2、アレクだ。
レイアスは、このアレクと先ほどから台所でカチャカチャやっているマリアと共同生活をしていた。
アレクもマリアも、レイアスよりもちょっと年上だ。
昔はもっと人数が多かったのか、家自体はかなり広い。
いつものように、新聞紙の向こうから聞こえてくるアレクの声に、振り返るレイアス。
アレクは、レイアスよりも大分背が高い。
年のせいもあるだろうが、体格もレイアスよりは上で、短く刈った濃い茶色の髪が、よく似合っている。
「最後にはあれに頼るかも知れないよ。けど、何事も自分でやらなくちゃ、意味がない。そう思うんだ。」
「分かった分かった。だが、あそこにいる人間もそれぞれ頑張ってるんだし、そういう力のない人間も一生懸命なんだ。そう悪くいうもんじゃないよ。」
少しだけ残っていたコーヒーを一気にあおると、アレクは席を立った。
「マリア、俺は店の方に戻ってる。」
少々素っ気なく言うと、店の方に歩いていった。
レイアス達の家は、ジャンクパーツを売って生計を立てている。
言葉は素っ気ないが、マリアに話しかける時、アレクがいつも赤くなるのは、レイアスの見間違いではないだろう。
レイアスの見たところ、マリアもアレクのことをまんざらではない様子だ。
彼らが結婚するのも、間近だと思っている。
だが、そのためには、レイアスは邪魔なのではないかと、不安になる。
再び家族を失うのは、どんな形であれ、やはり怖い。
お人好しなアレクとマリアが結婚くらいでレイアスを追い出しはしないことは、理屈ではちゃんと解っているつもりなのだが・・・・・。
「はぁい。」
マリアがいかにも脳天気そうな声を上げてアレクを送り出す。
この店を訪れる客は、ほとんどが夕方になってから現れるため、店の開店も午後は少し遅めになっている。
まだ、昼を少し過ぎたくらいだ。
店を開けるにはまだ十分速い時間のはずだ。
「マリア、アレクはいつも何してるんだ?こんなに早く、店なんかに行って。」
レイアスはいつも思っている疑問をいつも通りマリアに向けた。
だが、マリアはにこにこするばかりで、結局、何も教えてはくれなかった。
アレクのことなら、何でも知っているから、大丈夫というような彼女の微笑みに、レイアスはいつも、少々の居心地の悪さみたいなのを感じる。
それは、ただ単にレイアスの思いこみなのだが。
そしていつも通り、レイアスはあきらめて昼食を口にするのだった。
街の片隅にひっそりと立っている、その大きな家は、ボロボロながらも何か威厳のようなものをたたえていた。
『炎流、闘術(ほむらりゅう とうじゅつ)』と書かれた看板が立てかけられた門の前で、先ほどからレイアスが中に向かって呼びかけている。
「こんにちわー。師匠ー、いますかー?」
レイアスは日に1度、自分の体を鍛えるためにこの家に通っていた。
いつもは元気な爺さんがすぐに現れるのだが、今日はなかなか出てこない。
「おっかしいなぁ。留守ってわけじゃないだろうし・・・・・。」
そっと扉に手を触れてみる。
鍵は―――開いていた。
「・・・・・・師匠?いるんなら返事して下さい!」
嫌な予感を覚えてレイアスの声が少々震える。
ふと、――――それまでどうして気付かなかったのかは分からないが――――嫌な匂いがレイアスの鼻を突いているのに気が付いた。
何度か嗅いだことがある匂い。
それは紛れもなく、血の匂いだった。
レイアスは、思わず駆け出していた。
長い廊下を抜けた、その先の道場と廊下をつなぐ大きな扉は、開け放たれていた。
その扉の先の、おびただしい血の中に、師匠は倒れていた。
「師匠!」
思わず、叫んで近寄り、師匠を抱きかかえるレイアス。
「師匠、しっかりして下さい!師匠!」
呼びかけが聞こえたのか、薄く目を開けるレイアスの師匠。
見た感じでは、外傷はないように見える。
「レイアス・・・か・・・・・・。」
「師匠、ちょっと待っていて下さい!すぐに救急車を・・・・・・・。」
すぐにメディカルセンターに連絡を入れようとするレイアス。
だが、それは師匠自身によって制された。
「よい。わしは、もう長くは無い。ゴフッ!」
激しく咳き込むと共に、血反吐を吐き出す師匠。
体の何処にも傷が見えないところを見ると、どうやら肺をやられているようだ。
辺り一帯を染め抜いている血液は全て、肺から吐き出されたものであろう。
師匠は50歳になったばかりだという。
この頃白髪が目立ってきたと言っていたが、まだまだ若いはずだった。
ましてや、昨日まではレイアスに稽古を付けていたくらいなのだ。
格闘技で鍛えた体が、そんなにヤワなわけがない。
滅び行く星の大気が、少しずつ師匠の肺を蝕んでいたのだろう。
「ですが、師匠!」
「甘えるな。老体には、こたえる環境だったかもしれんが、死とはいずれ誰の元にもやって来るもの。少々早すぎたかもしれんがな。ゴホッゴホッ!」
師匠の顔がどんどんどす黒く変色していく。
「レイアスよ、お主は我が『炎流』の免許皆伝じゃ。伝えるのが、遅すぎたがな。」
「そんな、俺はまだ・・・・。」
「事実だ。受け入れよ。」
師匠の言葉には、不思議な力強さがあった。
「・・・・はい。」
「レイアスよ、何物にも揺るがぬもっとも熱く、そして白く輝く炎のように、詰まらぬことで揺るがず、わしの分まで生きよ。それが、わしに残せる最後の言葉だと思え。」
「師匠!」
「さらば・・・じゃ・・・・。」
師匠は安らかに目を閉じると、それきり、全く口を開かなかった。
「師匠・・・・・・。」
寂しく、ぽつりと言ったレイアスの頬に、涙は流れなかった。
雪は、相変わらず静まりかえった街に降り注いでいた。
心はたまらなく悲しんでいるのに、涙は一滴も出なかった。
ぽっかりと穴の開いたような心の中に、冷たい風がひゅうと吹き付ける。
心が悲しみで冷えてくると、今度は怒りが沸いてくる。
こんな星にしてしまっても、何もしようとしない企業に・・・・・。
こんな星になるまで、何もしなかったこの星の人間に・・・・・。
こんな星で生きていた師匠の、体の異変に、全く気付かなかった自分自身に・・・・。
考えがぐるぐると頭の中を巡る。
そして、そんな自分に対する嫌悪感と呆れの念が冷静に自分を見つめている気がする。
何となく、レイアスは空を見上げてみた。
空はどんよりと曇り、黒く塗りつぶされていた。
と、レイアスは空に雪でないものが混じっているのに気が付いた。
行く先の空がやけに赤く色づいていることにも・・・。
はっとして家の方を向く。
夕焼けは、今日は――――いや、この星にいる限り、絶対に――――見れないはずだ。
大体、時刻が違う。
レイアスが顔を向けた先では、自分の家が盛大に炎を燃え上がらせていた。
レイアスが見た、雪でないものとは、空に舞う火の粉だった。
レイアス達の家は、綺麗とは全く言えなかったが、3人がそれぞれかなり広い自分の部屋を持っているため、控えめに見てもかなり広い。
それが今、真っ赤な炎で彩られていた。
辺りは野次馬でごった返している。
レイアスは野次馬の中に、見知った顔があるのを見かけて、急いで駆け寄った。
「隣のおじさん、アレクとマリアは!?」
レイアスは襟を掴んで老人を揺さぶったが、老人は力無く首を左右に振るだけだった。
「くそっ!」
一言吐き出すとレイアスは、躊躇無く人垣を一気に飛び越えると、炎の中に飛び込んだ。
レイアスの服は耐火性に優れているため、焦げ付きもしない。
今のレイアスに、そんなことを考える余裕はなかったが・・・・・。
一歩踏み込むと、一面を煙と炎に覆われた、まさに地獄のような光景が広がっていた。
支柱がまだ燃え落ちていないため、何とか家の形を保っているが、それも時間の問題であろうことが、ありありとうかがえた。
「アレク!!マリア!!」
返事は――――無い。
それでも、叫ばずにいられなかった。
闇雲に走り回り、目に付く扉を蹴り開ける。
「ここか!?」
いくつ目かの扉を蹴り開けたとき、唐突に大木の切り倒されるような轟音と共に、燃え上がる巨大な支柱が真っ正面からレイアスの方に向かって倒れてきた。
「!」
咄嗟に防御の姿勢をとりながら、左右を一瞬で探るレイアス。
逃げ場は、無かった。
不自然に積み上げられた荷物によって、左右への移動は遮られていたし、柱の大きさから、前後に逃げるのはあまりにも無意味だった。
恐怖が頭の中一杯に広がる。
ズズン、という音が辺りの塵を改めて巻き上げながら、響く。
熱風がレイアスの頬を撫でる。
――――熱風?
まだ、感覚がある。
死んでは、いない。
レイアスは、恐る恐る防御の姿勢を解き、いつの間にかつむっていた目を開けた。
そして、綺麗に輪切りにされた柱と、一人の美しい女性がすぐ側にいるのが見えた。女性は、二人の人間を抱えている。
肩に抱えられているのは、どうやらレイアスの二人の友人のようだった。
頭が混乱する。
華奢なマリアはともかく、アレクはレイアスよりもさらに重いはずである。
「レイアスですね。」
聞いている口調ではない。断定している。
なんの感情も感じられない女性の声に、レイアスは、はっと気が付いた。
それまで掌に隠れて見えなかったが、その女性の手には、小さな四角い筒が握られていることに。
レイアスの知識の中に、モノフィラメントウィップ(単分子鞭)と言う単語が思い浮かぶ。
分子ひとつ分しかない細さの強靱な鞭は、刃物よりもさらに鋭い切れ味を持つ。
レイアスは、それを一度だけ、見たことがあった。
恐らく、それで柱を丸太に変えたのだろう。
人間を二人も抱えて、だ。
人の技では、ない。
「き、君は?」
「ファティマのキュラーです。さあ、脱出しましょう。」
キュラーと名乗った女性の声には、相変わらず感情がないように思える。
レイアスはファティマと言う単語を、聞いたことが何度かあった。
ファティマとは、リテイナーの中でもコズミックナイトだけが積める最高級に値するコンピューターで、形状や能力はまるで人間の脳のようなものだ。
普通のコンピューターには出来ない、学習や成長、そして先を読むことによって、操縦者の射撃能力を補佐するのである。
だが、レイアスはファティマという単語と目の前にいる女性とが、どうしても繋がらなかった。
もっとも、レイアスは、地球で流行っているという、人型のファティマなんて、聞いたことはなかったのだ。
アンドロイドとかそう言ったものと同じだろうと思うことにした。
「行きましょう。早く脱出しないと、危険です。」
「待ってくれ。二人は無事なのか?」
ぽんと、レイアスの肩にキュラーの手が置かれる。
「無事です。」
声と言葉に感情はなかったが、キュラーの手は、暖かかった。
レイアスはそれで、キュラーに感情がないのではなく、感情を表す術を知らないのだと思うことにした。
「ここは危険です。」
キュラーが、繰り返す。
レイアスは、キュラーに半ば手を引かれるように、その場を立ち去った。
レイアスは一度だけ振り向いたが、もう既に炎と煙に包まれていて、既に何も見えなかった。
家がほぼ完全に焼け落ちた後、野次馬と消防隊員は、まるで波が引くかのように去っていった。
アレクとマリアは救急車に乗せられ、病院に向かった。
レイアスは、何となく救急車に同乗することを躊躇い、結局一緒に行かなかった。
雪も、何時のまにか、その姿を闇の向こうに消してしまった。
後にはただ、レイアスとキュラーの二人だけがぽつんと取り残された。
まるで、ワープ航法を使わずに航行可能な領域に居住可能な星のない、この星のように・・・・・。
レイアスはただうつむいてしゃがみ込み、焼け落ちてしまった家の部品を、何とはなしに、ぼうっと眺めていた。
頭の中を、3人で過ごした、楽しい日々がぐるぐると安物のフィルムのように回っている。
そのすぐ側で、キュラーが相変わらず、如何なる感情も表さずに、ただ立っている。
どれだけそうしていただろう。
レイアスは、いつの間にか、自分の影が地面にくっきりと映っていることに気が付いた。
何年ぶりだろうか?
いや、実際に見たことがあっただろうか?
空ではこの星の衛星――――つまりは月である。――――が太陽の光を反射して青く輝いていた。
そこで、レイアスは初めて、自分の部屋の倉庫のあった辺りに、何かがあるのに気が付いた。
暗闇に、青白い光を受けて輝くそれは、レイアスが二人の目を盗んで密かに建造していたもの。
純白の炎を表すエンブレムを肩に抱いき、単体で大気圏への突入や突破が可能な、一機の巨大なリテイナー。
『プロジェクト・ブレイズ』がそこにあった。
正確には、『プロジェクト・ブレイズ』とは、新しいエネルギー媒体、『ブレイジング・ダイヤモンド』をリテイナー用に使うと言う計画である。
ブレイジング・ダイヤモンドは、『灼熱金剛石』と訳されるとおり、常に高エネルギーを無制限で放射するというものだ。
俗訳に”地獄”とあるとおりの危なっかしさだ。。
だが、このリテイナーは、実際にはまだブレイジング・ダイヤモンドの放射エネルギーを5%も使い切れていない。
もっとも、大気圏を突き抜けるには十分なエネルギーだが。
レイアスが組み上げたリテイナーの物言わぬ顔が、今までレイアスとキュラーの二人を泰然と見守っていた。
リテイナーの内部は、前にレイアスがいじったときとは、少し様子が違っていた。
そこここのパネルがちかちかと光っている様は、まるで、パイロットの命令を今か今かと待ちかまえているかのようだ。
セキリュティが作動しているらしく、レイアスとキュラーが中にはいると同時に、画面一杯にチェック項目がずらりと並んだ。
パイロットシートに座ってみるレイアス。
キュラーは、後部座席に搭乗しているようだ。
「これは・・・・・起動している?一体、誰が・・・・。」
パネルを操作して、予備起動だった機体を本格的に起動していく。
コンピューター内を調べれば、何があったか分かるだろう。
と、パスワードを入力し終えたとき、見慣れないメッセージが表示された。
同時に画質の悪いホログラフが何かを映し出す。
『レイアス、お前がここにいるということは、俺たちは既に、この世には居ないのだろう。出来るならば、このメッセージはお前に見せることはしたくなかった。』
「これは・・・・アレクか?それと、マリア?」
「そうです。貴方の友人が数ヶ月前に残した・・・・・遺言・・・・の筈でした。」
誰かが答えることを期待して言ったわけではなかったが、その答えをキュラーが答えた。
キュラーの声には、ほんの少しだけの寂しさが混じっていた。
砕いた鏡の最も小さな破片ほども小さかったのだが。
何となく振り返ってみるレイアス。
キュラーの顔はいつものように、何の感情も表していない。
改めて映像に向かい直すレイアス。
そうだ。これは、アレクとマリアが自ら、自分が死んだときのことを想定している。
だが、そうはならなかった。
アレクもマリアも、生きている。
レイアスは、不思議な感覚にとらわれた。
『ずっと黙っていたが、俺たちはとある企業のスパイだった。もう、その企業は存在しないけどな。』
『今回の私たちの任務は、NEO=テック社を探ることだったの。』
NEO=テック社とは、つい最近勢力を伸ばしてきた軍事企業である。
そう言えば昔、NEO=テック社の資源が何処から来たのかが、問題になっていた。
『俺達はNEO=テック社がこの星の鉱物を片っ端から他のところに送り出していた、決定的な証拠を掴んだ。』
「この星が滅びるのは、そいつ等のせいか。」
我知らず呟くレイアスの言葉に、憎悪の念が籠もる。
ギリッと音がした。
知らぬ間に、歯を食いしばっていたのだ。
レイアスの脳裏に、師匠の死に顔が思い浮かぶ。
星さえ、普通の星ならば、師匠は後数十年生きられただろう。
この星をこうした奴を、レイアスは許せはしない。
『これさえあれば、NEO=テック社を完全に黙らせることが出来るはずだったわ。』
『でも、少し遅かった。うちの会社はNEO=テック社に潰されてしまったんだ。何の後ろ盾もない俺達に残された道は、彼らの目の届かないように隠れ住むことだけだった。』
『けれど、NEO=テック社は手段を選ぶこともないでしょうね、きっと。』
『いや、この場合、選ばなかった、と言う方が正しいのか?どちらにしろ、いずれこの場所も奴らに割れるだろう。』
『証拠は、このリテイナーに入れておいたわ。あなたはこのリテイナーごと逃げなさい。連邦にこのデータを渡せば、あなたを保護してくれるでしょう。』
『それと、キュラーの事だが・・・。』
キュラーの気配がぴくりと動いた気がする。
レイアスは、気のせいだと思うことにした。
『今まで隠していたが、キュラーはNEO=テック社の、戦闘用に造られた新型ファティマだ。』
『それだけならば問題はないのだけれど、キュラーの脳と体の一部には、ある女性のものが使われているの。』
『一から造るよりも、その――――材料費さえ度外視すれば、この方が安いからだな。』
材料費さえ度外視すれば・・・つまりは、人間の女性を手に入れる課程が真っ当な手段ではあり得ない、と言うことだ。
『キュラーを造った――――いえ、この場合は産んだ、と言うのかしら?――――博士は、そのやり方の全てを、キュラーの頭脳の中に封じたの。で、本部の方に輸送しようとしたの。』
『そこを、俺達が強奪・・・っとと、徴収し、うちの地下にコールドスリープしておいたんだ。』
『NEO=テック社の人間は、キュラーを狙ってくるわ。ここにいるって事が、ばれちゃったと思うから。』
『だから、彼女もお前に頼む。・・・守ってやれ。』
恐らく、ちょくちょくキュラーを起こしては話し相手になっていたのだろう。
アレクの最後の言葉に、父親のような優しい響きが混じる。
『そして・・・・今まで、ごめんなさい。』
「・・・分かったよ。」
何に関してか、レイアスの口から言葉がもれる。
何となく照れくさくて、後ろを見ることも、はっきりと口にすることもできない。
それまで開いていたコクピットハッチが静かに閉じる。
辺りの風景が全周囲型のディスプレイにぶぅん、という音を立てて映し出される。
キュラーがいつもよりもさらに静かな声で、機体の起動を告げる。
そして、待っていたかのような静寂。
とりあえずの安堵感がレイアスを包む。
「そうだ、二人とも生きているんだ。・・・生きて・・・いる!?」
そこで、レイアスは重大な事に気が付いた。
二人とも生きているのだ。
しかも、恐らく相手はすぐにこの事を突き止める――――いや、もう突き止めたのかも!?
病院に運ばれた二人が、このまま無事に済むわけがない。
「キュラー、今すぐ発進するぞ!!これ以上、あいつらに好きかってさせてたまるか!!」
初めて握る操縦桿は、自分で驚くほど、よく手に馴染んだ。
「了解。・・・あの?」
「何だ?」
「ついていって・・・良いのですか?」
キュラーの声に困惑の色が浮かんでいる。
「俺等は、家族だろう?」
「!――――はいっ!」
レイアスは初めて感情が表に現れたキュラーの言葉を聞いた気がした。
これから、どんどん感情を覚えていけばいい。
そのためにも、アレクとマリアは助けなければならない。
キュラーが心を閉ざしてしまわないように。
「よぉし!・・・・えっと・・・・・。」
そこで一瞬、戸惑う。
まだ、リテイナーに名前を付けていなかった。
しばらく考え込んだ末、レイアスの頭の中にひとつの名前が思い浮かんだ。
師匠の最後の遺言で、炎流の信条。
「何物にも揺るがぬもっとも熱く、そして白く輝く炎のように生きよ。」
と言う言葉。
「・・・・・『白炎』。」
舌に乗せ、もう一度反芻する。
「『白炎』、発進!!」
「了解。機体名を『白炎』と登録。発進します。」
無機質なキュラーの声がレイアスに続く。
フットレバーを力一杯踏みしめるレイアス。
『白炎』は一気に宙に舞い踊った。
そして、その名に相応しく白い炎のようなフィールドで体を包むと、一筋の光となって飛んでいった。
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