第0話(続) ZERO_A=S、危機(上)
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厚いガラスの向こうの闇の中、白い霧が轟々と渦巻いていた。
いや、この闇の中では霧が白いのかどうか解らない。
もしかしたら、真っ黒いのかも知れない。
黒という文字が、この空間によく似合った。
いや、黒と言うよりも、闇か。
ガラスのこちら側には、机と椅子が一つずつある。
他は見あたらない。
机の上は、様々な資料が散乱しており、椅子には男が一人座っている。
明かりらしい明かりがないこの空間で唯一、壁中に設置されたコンピュータが淡い光源となっている。
明かりが足りないのでよくわからないが、年は若く見える。
「そうか・・・・・。」
その男が、しわがれた声を発した。
いささか、年齢に似つかわしくない。
「あの男が・・・・・。」
それきり、黒い霧はその男の言葉を飲み込んだ。
全てを、共に。
「へへっ、今回の獲物はちょろいな。」
男はほくそ笑んだ。
最近、この界隈に出没する船団は、何故か武装が薄い。
それもそうだ。
こんな暗礁空域を好んで渡ってくるのは、命知らずの馬鹿者か裏のある怪しい船だからだ。
今回は、いつもよりも更に手応えがない。
おおかた、密航船か何かだろう。
愛機の手に持ったハンドアクスが船の唯一の武装と思われる機関砲をたたき壊す。
「やろうども、乗り込め!早いこと奪い尽くして、さっさと一杯やるぞ!」
仲間の中でときの声が上がる。
そして、隊長のを含むコズミックナイト3機を先頭に、海賊の戦闘機が次々に船に殺到する。
だが、それまでだった。
突然、虚空から現れた大量の小型ミサイルがコズミックナイトを1機と戦闘機数機を直撃したのだ。
コズミックナイトは打ち所が悪かったらしく、一撃で沈黙してしまった。
戦闘機も、かなりの数が被弾し、戦闘不能な状態に追いやられている。
「な、何事だ?レーダー手は何やってた!」
リーダー格の男が叫ぶが、焦っているのか通信機が、ただノイズを発生させるだけの鉄屑になっていることに気が付かない。
強力なジャマーだ。
そうこうしている間にも、もう1機のコズミックナイトがビームライフルの直撃を受けてあっさりと四散する。
今や、海賊は混乱しきっていた。
「なんだ、あいつは?」
不意に、薄緑色のリテイナーが姿を現した。
鋭角的なシルエットが特徴的なそいつは、長大なビームライフルをこちらに向けて構えている。
「てめぇは、最近この辺で暴れ回ってるって言うフリーファイター!!」
咄嗟に、左手に装備したバズーカを構えようとする。
だが、少し遅かったようだ。
海賊のリーダーがバズーカを構える前に、その胴体を高出力ビームライフルの白い光が打ち抜いていた。
静かな酒場だ。
これは皮肉。
晩御飯の時間も終わり、他の酒場ならば酒飲み客がごった返しているはず。
だが、この酒場にはそれがない。
髭を顎にまで豊かにたくわえた老マスターが先程から皿を拭いている。
客が、一人も居ない――――いや、いた。
少し奥まった方に、一組の男女が遅い晩御飯を食べている。
先程からがつがつとものを食べている男は、赤い瞳に赤い長髪を後ろにくくりつけた若者である。
歳は20まで達してはいないはずだが、引き締まった筋肉や身にまとった雰囲気からは、とてもそうは見えない。
名を、レイアスという。
ハンドメイドリテイナー、白炎のパイロットでもあり、メーカーでもあり、メカニックで、更に腕利きのフリーファイターでもある。
もう片方、食べ物にほとんど手を付けていない女性は、黒い瞳に真っ直ぐな黒い髪を肩の辺りでそろえている。
顔の造作だけを見ると、強気そうな感じを受けるが、その顔から如何なる感情を読みとることも困難であろう。
その名はキュラー。
ファティマ。
科学が生み出した、最高の戦闘用の頭脳を持つ、人造人間だ。
普通、ファティマは戦闘のサポートだけを行えばよいので、人の形を取ることはない。
だが、キュラーは人の形を取っている。
それは一重に、ファティマというのが人間の脳を模して作られたものだから可能なことなのだ。
と、レイアスが口を開く。
「結局、今回もめぼしい情報はなかったな。」
「はい。敵の存在は依然謎に包まれてます。私たちの情報収集能力で探れるのは、せいぜいNEO=テック社のような新しく出来た若い企業か、弱小企業くらいですから。」
前回の戦いが終わった後、レイアスとキュラーはNEO=テック社の倉庫から輸送艦を一つ失敬し、5年もの間フリーファイターを名乗って宇宙を飛び回っていたのだ。
レイアスも、もうすぐ18歳を迎える。
フリーファイターとは、要するに傭兵のようなものである。
リテイナーなどで依頼をこなし、多額の報酬を要求する。
収入はいいが、どうしても身の危険を伴うやばい仕事が多くなる。
ともかくレイアスは、フリーファイターとなってNEO=テック社を襲撃したリテイナーの黒幕を追っているのだ。
だが、依然として敵の正体は知れなかった。
行く先々で噂程度のことは耳にするのだが、決定的なことは何も解らない。
集めた情報は、まるでトカゲのしっぽの塊のようにも見える。
二人は暫くして食事を終えると、しばらく話し合った。
結局、あまりいい考えは浮かばなかったが・・・・。
と、二人がくつろいでいるその時、それまで全く開く気配の無かった店の入り口の戸が開く音がした。
それと同時に、レイアスとキュラーが座っていたテーブルが、粉々に吹き飛んだ。
後には、ただ巨躯の男が一人突っ立っていた。
男は、不思議そうに周りをきょろきょろと見回す。
と、声。
「100%サイボーグです。関節などの構造は人間のそれに酷似。恐らく、連邦製。」
「ふん。連邦が俺に何の用か知らないが、問答無用で襲いかかられるようなことをした記憶はないぜ。」
声は、意外と近いところから聞こえた。
なんと、サイバー体の真後ろからだ。
サイバー体は、慌てて振り向き強烈なパンチを一挙動で繰り出す。
凄まじい速さだ。
一般人が反応できる早さでは、ない。
その拳はあっさりとレイアスの身体を貫いた。
だが、サイバー体はそのまま前につんのめった。
サイバー体のパンチは、まるでそこに何も無いかのように突き抜けていた。
「炎流闘術、陽炎。」
レイアスの奇妙に落ち着いた声がサイバー体の耳に届く頃には、サイバー体は綺麗な円を描いて宙を舞い、地面に叩きつけられていた。
だから、サイバー体が己の拳で貫いたのは、単なる残像だったのだと理解する暇はなかった。
「巌崩し。」
そして、レイアスがサイバー体の胸の真ん中を踵で踏み抜くと、完全にそれは沈黙した。
この間のレイアスの動作に、少しの乱れもない。
恐らく、ここにあと100体同じ敵がいたとしても、レイアスのこの動作に隙を見いだすことは出来なかったであろう。
「で、何か収穫はあったか?」
そう言いながらレイアスが振り向いた先には、一人の黒服の男が立っていた。
キュラーは、既にそちらに向いている。
一見ただ立っているだけに見えるが、その右腕はいつでも彼女の愛用の武器、単分子で出来た鞭をいつでも繰り出せる。
「いやぁ、お見事。流石は《灼熱》のレイアスさん。いや、《ゴールデンコンビ》の片割れと言った方がいいでしょうか。噂通り、いや、それ以上でしたよ。」
黒服の男は、肩を竦めておどけて見せた。
ちなみに、《灼熱》とはレイアスの二つ名である。
少しでも腕のあるフリーファイターならば必ず二つ名を持っている。
ただ、相手が知っているかどうかまでは不明だが。
また、レイアスはよくヤスノリという男と一緒に仕事をする。
レイアスの良きライバル的存在だ。
それを知っている人間は、その仕事ぶりから、彼らのことをゴールデンコンビと呼ぶ。
「無礼は許して下さい。相手の力量を知るには、ちょうど良いと思いまして。仕事の依頼ですが、とりあえず聞いてくれますか?」
「ああ、いいだろう。ただし、机や店の弁償はそっちもちだぜ。」
「私は連邦機密捜査局のダグと言います。」
黒服の男は、そう言いながら身分証明書らしき黒い手帳を机の上に置いた。
「恐らく、本物です。」
レイアスがその中身を確認するのを、キュラーが横からのぞきこんで言った。
無言で頷いて手帳をダグと名乗った男に返す。
「で、連邦が俺に何の用だ?」
「おっと、勘違いしてもらっては困ります。」
ダグは肩を竦め、これから内緒の話でもしますと言うように身を乗り出した。
どうにも芝居がかった動作が好きな男のようだ。
黒服とサングラスに似合わないこと、おびただしい。
「私は連邦の者ですが、今回の依頼は一個人としてのものです。」
「一個人?そんなのに連邦特製のサイボーグを一台、捨て駒にしたのか?」
どうも、ろくでもない依頼のようだ。
「上司が石頭でね。今回の捜査に、サイバー体1体しか貸してくれなかったんですよ。」
また肩を竦める動作。
「依頼というのもそれのことなんです。とある組織を調査していただきたいんです。」
「ちょっと待った。どんな理由か知らないが、調査とかそういうのはフリーファイターに頼む仕事じゃないだろ。」
彼らフリーファイターは、その特性から、どちらかというとリテイナーなどを使っての力仕事が主になってくるからだ。
どちらかというと商船の護衛や、戦争の傭兵などが主流だ。
はっきり言って、管轄外である。
「いえ、話を聞いて下さい。」
と言いながらダグは懐から四角いケースを取り出した。
それは、ポケットタイプの3Dプロジェクターだった。
ダグは、ちょうどテーブルの真ん中にそれを置くと、スイッチを入れた。
すると、それの上に丸い球体が映し出された。
その丸い球体の表面は灰色でつるりとしている。
一目でそれと解るほど、それは人工の物だ。
大昔の地球産の映画、スターウォーズに出てくるデススターの小型版と言ったところか?
一定の場所を軸にくるくると回っている。
惑星か衛星、ともかく人工の星らしい。
「依頼を受けてもらえるかどうかの判断を仰いでいないので、この場所は空かせませんが、これは、とある惑星の人工衛星です。」
その惑星の一部が拡大される。
「この人工衛星は、連邦の管理下で作られたものではなく、とある男の手によって作られたものです。」
その部分には、巨大な穴が映っていた。
宇宙船のドッキングポイントか何かのように見える。
「特殊なコーティングを施されているらしく、内側を外から探査することは出来ませんでした。それどころか、この衛星が回っているのはとある恒星のすぐ上なので、この人工衛星の存在さえ知られていません。」
ダグは少し間を置いたが、レイアスは黙って話の続きを促した。
「まぁ、それ自体は実際、どうという事はないんですよ。連邦が宇宙の統合政府みたいな仕事をしていると言っても、そのカバー域は狭いもので、誰が、何処に、何の用で、どんな建物を建てようが、知ったことではないんです。」
「じゃあ、どうしたって言うんだ。」
「私は、この人工衛星にどうしても潜入しなければなりません。それにはどうしても、恒星のすぐ近くを移動できるリテイナーと、腕利きのパイロットが要るんです。」
「・・・・・・。」
レイアスは、ほんの少し考え込んだ。
だが、まだ決めるのに足る材料が足りない。
「する事は解った。だが、どうしてあそこに行きたいか位は、教えてもらわないと、仕事を受けるわけには行かない。」
ダグは暫く考え込んだが、背に腹は代えられないと思ったのか、軽く頷いて先を続けることにしたようだ。
ピッという音と共に、先程の画像が消えると、複数の男の顔写真らしき物が、中空に浮かんだ。
その顔のいくつかには、レイアスも見覚えがあった。
「ハゲに眼帯のおっさんは、ドン=クリーク。銀河系内で幅を利かせてるマフィア、クリーク家の主だった。ただ、つい最近死んだそうだけどな。他の奴らも似たり寄ったりで麻薬に何らかの関係がありそうな大きな組織の人間で、最近死んだ奴らだ。」
「流石に良く知ってらっしゃる。」
「こんなの、公然の秘密みたいなものじゃないか。過去の麻薬関係のブラックリストでも見せてるのか?」
「いいえ、違います。」
また、違う画像が中空に浮かぶ。
今度は真っ黒いカプセルと不格好な十字型の小さな錠剤らしきものが写されていた。
「この頃流行の麻薬、スレッジハンマーです。」
そう言われれば、錠剤はハンマーの形をしているようにも見える。
ふと、レイアスはキュラーがその映像を見てぴくりと眉を動かしたのを見た。
「キュラー、知ってるのか?」
「ええ。この前ネットで流れているのを見たわ。全宇宙で大人気のドラッグって。強烈な効果を持っていて、これをやるだけで他の麻薬をやめれるほどだって。根本的な解決になってない気がするけど。」
「恐らく、それと同一のものです。服用方法は、水に溶かし込んだカプセルの内容物に、錠剤を一欠片入れるだけです。どういうわけか、混ぜる以前にいくら分析しても、麻薬の成分に成り得る筈のないものしか入っていません。」
「その麻薬と今の男達の写真が、今回の件に何か関係があるのか?」
「実は大有りなんですよ。先程見せた人物写真ですが、なんと全員スレッジハンマーを流してた連中なんですよ。」
ダグは、言いながらプチッと3Dプロジェクターのスイッチを切った。
「それがここ最近、立て続けに死んでいる。いや、恐らく殺されています。」
二人の顔を、順に伺うダグ。
「さすがにこの半分以上は最後の行方までを掴めませんでした。が、何とか足がついた人間は、先ほどの人工衛星に向かったところで、消息を絶っているんです。この、アーカムズラボでね。」
「なんだって!?」
とっさに反応したレイアスの声は、自分でも動揺しているのがよくわかった。
突然のレイアスの反応に、ダグとキュラーが驚いている。
自分が思わず立ち上がっていたのに気付いたのは、その後だった。
「アーカム・・・・・だと?」
「はい。この人工衛星は、アーカムと言う人物のラボです。」
ダグが、少々気圧されたように答える。
改めて椅子に座り直すレイアス。
「いいだろう。この仕事、受けてやる。」
真っ暗な宇宙空間を、一機の戦闘機が突き進んでいる。
その戦闘機が発生させている微妙な銀色のフィールドは、その機体の色である薄緑の色をすっかり隠してしまっていた。
外から見る分には、まるで白い矢が真っ黒な闇夜を切り裂いているかにも見える。
この戦闘機の名は白炎。
レイアスの駆る可変リテイナーで、他にアインス、ツヴァイ、ドライという三つの形態を持つこの機体の今の形態は、移動にもっとも適したドライモードだ。
ちなみに、輸送船はこの辺の惑星の中で一番安いドックを見繕って、そこに置いてきた。
リテイナーは、大きく分けて三つになる。(この年代、パーフェクトトルーパーとシャドウソルジャーの2種は、まだなかった。)
その中でも、レイアスの乗る機体は、優良なビーム兵器に優れた平均的な機種で、コズミックナイトと分類される。
コクピットには、ダグとキュラー、それにレイアスの三人が搭乗している。
もともと二人乗り用のリテイナーなため、かなり窮屈だ。
が、三人とも先ほどから何の言葉も発しない。
レイアスは、ずっと何かを考え込んでいる風だし、キュラーはもともと他の人間とはあまりしゃべらない。
ダグはおしゃべりな方なのだが、返事が全くないので、今ではみんなに合わせたのか、喋るのをやめた。
「あと10分で、目標の地点に到着します。」
キュラーの、必要事項だけを簡潔に伝える声が虚ろにコクピットに響く。
いつもならば、ここでレイアスが「わかった。」とか何とか答えるのだが、今回は何も喋らない。
「いい加減、そっちも喋ってくれても良いでしょうに。」
この重い雰囲気を打ち破ろうと、ダグが口を開いた。
「どう考えたって、あの時の反応は異常ですよ。」
レイアスはあの時から、何かを考え込んでいるようだ。
何かを思い詰めている。
それは、誰の目にも明らかなほどに見える。
「・・・・すまない。」
痛いほどの沈黙が少しの間を支配した後、レイアスはやっと口を開いた。
「すまない。自分でも解らないんだ。真実が。」
そして、再びの沈黙。
結局、ダグはこの雰囲気を改めることを、諦めるしかなかった。
静かに、握りしめた拳を見つめるレイアス。
いや、見つめているのは、もっと他のもの。
「・・・・確かめてやる。」
レイアスの声は、何処までも暗かった。
そして、白炎は炎の尾を引きながら、人工衛星に向かって飛び出した。
いつもは純銀のはずのエネルギーフィールドの光が、いつもよりも鈍いことに、その場の誰も気付く由もなかった。
そこは真っ暗な倉庫だった。
明かりらしい明かりはなく、何かの荷物が天井に届くくらいまで積まれたその一角に、レイアスとダグの二人組は気配を消して隠れていた。
ダグの情報で、ここでスレッジハンマーに関する取引が行われることを突き止めたのだ。
キュラーは外で白炎のコクピットに乗っている。
いざとなったときは、すぐに動かせるように、だ。
最初にその場に入ってきたのは、5人の男だった。
真ん中の一人をのぞいて、そいつ等は一目見ただけで、普通の人間でないことが知れた。
普通の人間よりも一回りサイズが大きく、黒いコートの下は、筋肉でない。
恐らく金属で出来ているということが、この暗さと距離でも解る。
もっとも、建物の周りに他にも数十人の気配があるのが分かるが。
そして暫くして、一人の男が入ってきた。
黒いコートの襟を高くし、鍔の異様に長い帽子を被っているため、顔までは見えないが、長い黒髪を背中に無造作に垂らしている。
「一人か。この俺もなめられたものだな。」
最初に来た方のリーダー格らしき男が初めに口を開いた。
「ふ、俺の方こそ、なめられたもんだぜ。たったこれだけの人数で、アーカムの人間がどうにかなるとでも思ったのか?」
「ふん。強がりも今のうちだ。野郎ども!」
男の声に併せて、長髪の男を囲むように20、いや30人程の大男がザッと姿を現した。
初めの5人組が来たときに感じた、あの気配の主達と言ったところか。
だが、長髪の男は全く揺るがない。
動揺の気配さえ浮かべず、口元には薄い笑みさえ張り付いているように見える。
「どうだ。貴様がいくら強かろうとも、これだけの人数を相手には・・・・。」
「ごたくはいい。やはり、これだけでいいんだな。」
次の瞬間、4人大男の首が、在らぬ方向にねじ曲がった。
そのまま、どうっと倒れる大男たち。
もちろん、即死だ。
「な!?・・何してる、撃て、撃てぇ!!」
流石に身の危険を感じたのか、後ずさりしながらリーダー格の男がヒステリックに叫ぶ。
その声を聞いて、と言うわけでもないだろうが、大男達が一斉に持っている火器を発射する。
だが、弾が当たったように見えても、それらは全て長髪の男をすり抜けた。
あっという間に、初めに30人以上いた大男は全て息の根を止められていた。
「ひ、ひぃ!命だけは助けてくれぇ!」
床に這い蹲って逃げようとした男の首を、長髪の手がつかむ。
その時レイアスは、何も考えずに飛び出していた。
「まて!」
だが、長髪の男は
「駄目だ。」
と言って、命乞いするリーダー格の男の首をあっさりとねじ切った。
床と天井が血で真っ赤に染まったというのに、その男は返り血一つ浴びていなかった。
そして、ゆっくりとこちらへと振り向きながら帽子を取る。
「よぉ。」
長髪の男が帽子を取った時に出てきたのはなんと、レイアスと全く同じ顔だった。
「久しぶり・・・・・いや、そっちからすると初めましてか?兄貴よ。」
何のせいか全く違って聞こえるが、声も似ている。
違いと言えば、髪の色と服装ぐらいだ。
だが、例え髪の色が同じで同じ服装を着ていたとしても、同一人物には絶対に見えないのは、何故だろう?
ちなみに、レイアスには弟がいた。
だが、数年前に家出をしてからと言うもの、会ったことはない。
しかし、この長髪の男はレイアスの弟じゃあない。
いや、弟じゃないと言うのは、正しくないのか?
どちらにせよ、こいつがレイアスのことを兄だと呼んでいるという事は、間違いない。
あの時の、レイアスが家を飛び出してから、アレクとマリアの家に転がり込むまでの2年の間しか。
「どうです?ちゃんと連れてきましたよ。」
ダグの口調が、今までと全く違う。
どうやら裏切られていたという事が、頭の端で思い浮かぶが、それさえもどこか遠くの国でおこっているかのようだ。
「ああ、そうだな。」
長髪の男の腕が肩の高さまで真っ直ぐに上がる。
その手には、いつの間にかハンドブラスターが握られていた。
「褒美をやらなきゃあな。」
「そんな!?話がちが・・・・。」
そして、さも当然のことように銃声。
気配でダグが倒れたのが解る。
即死か・・・・・・。
いずれにせよ、レイアスは全く動けなかった。
腕も、足も、まるで動かない。
金縛りにあったら、こんな感じか。
頭がガンガンする。
何かを考えているようで、そのどれもとりとめもない。
思考が、全くまとまらない。
そのくせ、自分を冷静に見つめている自分がいる。
強力な催眠暗示のようなものなのだが、レイアス自信は全く気付いていない。
「お前は、連れて帰れと言われているからな。」
自分と全く同じ顔の男が近付き、腹に当て身を喰らわされて目の前が真っ暗になっても、何故かレイアスは動けなかった。
混乱を極めた意識は、唐突に奈落の闇の底に沈んだ。
呪縛も解けぬままに。
キュラーは焦っていた。
倉庫が静かになったので、どんな形にしろカタが付いたと思われるのに、レイアスからの通信が全く入ってこない。
だが、キュラーには待つしかなかった。
その焦りがミスを呼んだか?
キュラーは、自分のすぐ後ろまで危険が及んでいることに、全く気が付いていなかった。
突然、何かが真後ろから飛来してきた。
「あ!?」
気付いたときにはもう遅い。
ダメージこそ少ないものの、どうしたものか機体がタダの鉄屑のように重い。
それは、手裏剣ランチャーという武器で、まだ実用化されている筈のないものだった。
だから、キュラーはこの武器を初めて見た。
そして、振り返る時間すら与えられずに、凄まじい威力の当て身を喰らい、白炎の上体がのけぞる。
機体にダメージを与えると言うより、乗っている人間にダメージを与えるための打撃。
機体の中で最も頑丈で耐衝撃性に優れている筈のコクピットが、激しく揺さぶられる。
キュラーが気を失ってしまう寸前に、目の角にちらっと見えたのは、見たこともないタイプのリテイナーだった。
「う・・・・。ここは?」
気が付いて最初に見えたのは、灰色の天井だった。
頭が痛い。
右手で押さえようとして、両腕と両足の自由が利かないことに気が付く。
ベルトのようなもので、大の字に固定されているらしい。
意識して、強く頭を振ってみる。
だが、霞がかった意識は相変わらずはっきりとしない。
いや、むしろ酷くなったような気さえする。
「ほう、もう動けるのか。」
と、声。
しわがれた、老人の声。
聞いたことのある声だ。
だが、何かが違う。
いぶかしんで顔を上げてみると、そこに見えたのは10歳前後の子供と、黒い長髪以外は自分と全く同じ顔。
他に、声を発するような者は誰も居ない。
恐らく、声を発したのは子供の方だろう。
「忘れたわけではあるまい?姿形は変わったが、声は元のままだからな。」
「アーカム。・・・・やはりあんたか。」
レイアスはこの子供を――――いや、子供と呼ぶのは相応しくない――――知っていた。
レイアスの記憶の中では、アーカムはもう余命いくばくもない老人だったはずだ。
だが、この男ならば、やりかねない。
脳にせよ、肉体にせよ、この男の専門分野だ。
恐らく、隣にいる男もレイアスのデータをコピーして培養したものだろう。
狂気の天才科学者、アーカム=ステイラー。
こう言えば、少しは知った人間もいたかも知れない。
過去、自分の研究のためにあらゆる悪行を繰り返し、銀河連合学会を脱退に追い込まれた人物だ。
そして、9歳で家を飛び出したレイアスをさらった人間でもある。
「そう怖い顔をするなよ。俺達は兄弟じゃねぇか。」
「兄弟・・・・だと?」
頭の中を、凄まじいまでの怒りが渦巻く。
「ダグを殺しておいてか!?俺は、仲間を見殺しになんかしない!」
「そうかっかするな。ナインは私の命令に従っただけだ。」
ただ静かに、当然のことのように言い放つ。
ナインというのは、この男の名前だろう。
「かっかするなだと?」
腕に巻き付いたベルトがギシッと嫌な音を立てる。
「俺は、お前の所を脱出するとき、一部の記憶を失った。おかげで俺は、本当の名前さえ思い出せなかった。俺がただ覚えていたのは、お前に何かされたという事と、お前に対する憎しみだけ。」
更に大きなきしむ音がする。
だが、これだけ力を入れてもベルトはちぎれる様子を見せない。
「お前は、俺に何をしたんだ!?」
「何を怒っている?私は、お前のたった今名乗っている名前を付けた人間。いわば、名付け親なのだぞ。」
「名付け親だと!?」
「そうだよ、レイアス兄貴。いや、ZERO TYPE Arcam's−Soldier、ゼロ=エース。」
突然、レイアスの頭に今までよりも鋭い頭痛が襲いかかった。
まるで、その先を聞くことを、頭が拒否したかのように。
「ぐ、あ!」
拘束さえされていなければ、床をのたうちまわっているところだ。
「一ついいことを教えといてやるぜ。兄貴が殺したブラスターってのは、シックスタイプ。つまり、俺達の兄弟だったのさ。」
「俺が・・・殺した・・・・・?」
四肢の感覚が消えていく。
「この数年間、お前は自分の身体の異常に気が付いていたはずだ。」
耳鳴りがする。
そのくせ、アーカムとナインの言葉が一つ一つやけにはっきりと聞こえる。
「10歳と少しの子供が、たった1年間程度でリテイナー1機を組み上げられるものか。分派の末裔とはいえ、格闘技を一つマスターすることが出来るものか。」
目の前が赤く染まる。
それなのに、アーカムの姿だけがやけにはっきりと見える。
「答えは簡単なことだ。気付いてたんじゃねぇのか?」
吐き気がする。
自分の中で、「やめろ!」と叫んでいる自分が何かと戦っている。
聞きたくなかった。
だが、本当はそれを聞きたがっている自分がいる。
「お前の肉体を、改造したのだよ。戦闘用の、私のために働く兵士としてな。」
「うそ・・・・だ・・・・。」
だが、頭の中の自分は嘘だとは思っていない。
名前こそが・・・・。
「事実だ。お前が今覚えているお前の名前こそが、その全ての証拠なのだ。」
そう、自分の名前こそがそれを裏付ける証拠。
聞きたくなかった。
認めたくなかった。
だが確かめなければならなかった、それこそが真実。
「うわあああああああああ!?」
それを理解した今、レイアスはただ絶叫していた。
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