番外編 RAIN、追憶
孝BOM



「ただいまぁ〜。」

バタン

 元気な青年の声とともに扉が開き、髪や服を雨水に濡らした男が入ってきた。

 名をレイアスと言い、年齢はもうすぐ20に手が届く。

 体つきは引き締まっており、燃えるように鮮やかな赤い長髪を後ろで縛っている。

 リテイナーと呼ばれる人型ロボットを駆り、さまざまな厄介事を引き受ける事を生業としている彼は、世間一般では『フリーファイター』又は『トラブル・コントラクター』と呼ばれている。

 その中でもレイアスは『烈火』や『白き炎』の二つ名を得るほど、腕の立つリテイナーパイロットだ。

「おかえりなさい。」

 奥から、声とともに黒髪を肩口で切り揃えた、どこか冷たい感じのする女性が、タオルを持って現れた。

 下手をすると、ロボットのように感情が欠落したように見える彼女の名は、キュラー。

 とある事情により、感情を表す術を忘れてしまった彼女だが、感情が消えたわけではない。

 その証拠に、レイアスを心配して、あらかじめタオルを用意していてくれたのだろうから。

「サンキュ。」

 と言って、レイアスはタオルを受け取り、ぐしゃぐしゃと髪の水分を拭き取った。

 そして、ポケットに入れておいたチップの数々を机の上に並べはじめる。

「この星の市場は、どうでした?」

「品質が良いとは言えないな。雨のせいか、活気も少なかったし。」

 しげしげと眺めていた二つのチップのうち、片方をごみ箱にほうり込む。

「不良品が多い。留守の間、メッセージは?」

 結局、もう片方もごみ箱にほうり込む。

「1件です。この前受けた依頼主から、頼んでおいたこの辺の地形などのデータを受け取っています。」

「この前受けた依頼?何だっけ?」

「列車の護衛です。もっと詳しく話しましょうか?」

「あ、いや。思い出した。そぉいえば、それでこの星に来たんだっけな。」

「はい。」




 惑星『グリーンハウス』は、惑星全体が雨の多い星として有名な星である。

 雨の降り方も独特で、朝はからっと晴れていたと思えば、昼になればどしゃ降りというのも、珍しいことではなかった。

 レイアスはそれを知ってはいたが、ほんの30分くらいの外出で雨も降るまいと思って、傘も持たずに表に出たのが間違いの元だった。

 こんな天気だから、この星の主な交通手段は空輸が盛んな今でも陸路に頼ることが多い。

 その星のとある鉄道会社、ラビット・フットからの列車の護衛が、今回のレイアスの仕事である。

 この列車は山賊や連邦軍の脱走兵に襲われやすい場所を通るので、今回も専属の護衛に仕事を依頼しようとしたのだが、先方の都合が取れず、やむなくフリーファイターから護衛を数機頼むこととなったと言う訳だ。




「野郎共、派手にやるぜぇい!」

「いぃいいいやっほぉう!」

 そんな訳で、ラビット・フットの誇る重装甲列車は、早速山賊の襲撃を受けていた。

 それぞれ個性的なカラーリングのリテイナー4機と、ロケットランチャーを積んだホバートラックが数十台、雨上がりの泥の上を列車と並走している。

 リテイナーは4機とも、この宇宙で最も使い手の多い、ビーム系の兵器やマシンガンなどの多彩な兵器を選択可能なCK(Cosmick's Knight)と呼ばれる種類だ。

 重装甲列車とは言っても、固定砲台の機動性の悪さをカバーできず、じりじりと包囲の輪を縮められていた。

  バシュ!

 と、その丁度中央当たりで、突然眩いばかりの閃光が迸った。

 そして、次に視界が回復したときには、山賊たちのリテイナーの内の1機とホバートラック数機が、直線状に消し飛んでいるのが目にみえた。

「な、何だ!?」

「どうした、何があった?」

 突然の事に、山賊たちの誰もが反応できない。

  ズバッ!ズバッ!

 続いて、再び閃光。

 また、正確にCKが撃墜される。

 そして、今度こそようやく、閃光の元が判別された

 その長大なビームライフルを携えたCKタイプのリテイナーは、何時の間にか列車の上に立っていた。

 薄緑色のそのリテイナーの肩には、真っ白い炎のマークが踊っている。

「リ、リテイナーだ!用心棒を雇ってやがった!」

 そして、山賊たちが驚きから回復する前に、更に数十本ものミサイルの束がそのリテイナーの右脚部のミサイルポッドから発射されると、ホバートラックは避けきれずに次々にミサイルの餌食と化した。

 続けざまに、やたらと高出力なビームの正確な射撃。

 その射撃で、またも山賊側のリテイナーが、また1機炎の中に消える。

「くそ!長距離戦闘用のリテイナーか!?」

 それならばと、残った1機のリテイナーが、一気に間合いを詰める。

「くらえぃ!」

 そして、ビームを避けつつ列車上のリテイナーに肉薄すると、ビームサーベルを叩き付けた。

  ザン!

 だがしかし、切り裂かれたのは自分の方だった。

 列車上のリテイナーの左腕のシールドの部分から、白いビームの刃が真っ直ぐに伸び、海賊のリテイナーを胴の位置で真っ二つにしていた。

『山賊に告ぎます。』

 そして、油断無くビームライフルを構えたまま、そのリテイナーの外部スピーカーから声が流れた。

 このスピードで走る列車から、並走しているホバートラックに向けて放たれたその声は、若い女の声だった。

 まるで事務処理をするかのような、極めて冷静な声。

『今すぐ武器を捨て、立ち去りなさい。』

 そして、その声に若い男の声が続く。

 こちらは対照的に、生命の躍動に満ち溢れている。

『じゃなきゃ、『烈火』のレイアスを相手にしたって事実を、思い知らせてやる!』

 そう、すなわちこのリテイナーこそがレイアスの駆るCK、『白炎』なのである。
 それを聞いた後の山賊の変化は、凄まじかった。

 すなわち、尻尾を巻いて逃げ出したのだ。

 レイアス自身は、ネームバリューがあると言う事実が大嫌いなのだが、こういう時はそれなりに役に立つ。

「敵部隊、撤退しました。レーダーにも、それらしい反応は残っていません。」

 キュラーがあいも変わらず冷静な声で、リテイナーの後部座席から告げる。

 完全にレーダーから反応が消えたところで、レイアスはこの列車の車掌に対して通信回線を開いた。

「車掌サン、これで良いんだろ?」

「あ、ああ。ごくろうさま。だが、もう少し早く出てきてもらえないか?こっちは、心臓が止まるかと思ったよ。」

「いいじゃねぇか、ほぼ無傷で助かったんだから。だいたい、他の用心棒はどうしたんだ?」

「それなんだが、うまく都合が付かなくて、次の駅から乗ってもらうことになってるんだ。客を待たすわけにもいかないんで、それで発射せざるを得なかったんだ。」

「そりゃ、よかった。いくら俺でも、さっきみたいな数の敵を奇襲無しで倒すのは、ちょっと無理だからな。」

「ええ。次の駅までの1時間、よろしくお願いします。」

「1時間!?ちょっと待て!さっきの奴等、駅から出て10分くらいで出てきやがったんだぞ!?」

「はい。でも、お客様を待たすわけにもいかないですので・・・・。」

「あ〜、分かった分かった。一度引き受けたんだ、やらしてもらうよ。」

 レイアスは、しぶしぶといった感じで通信を切った。




 結局、あれから他の山賊等の襲撃はなく、列車は無事に次の駅に到着した。

 そして列車は、今はまた次の駅へと向かっている。

 前の駅から、他のフリーファイターも加わっている。

 リテイナー格納用の列車に、リテイナーが入っていくところも見かけた。

 その中には、先ほど出たCKだけでなく、MW(Mind Warrior)やGF(God's Fighter)も、何機か知らないが混じっているらしい。

 ちなみにCKは、ビーム兵器やサイコミュ兵器など、様々な火器を搭載することが可能な、遠距離戦のエキスパートである。

 機動力も装甲もそこそこあり、次に述べるMWとGFの丁度中間を担う機種だといえる。

 そしてMWは、高い機動力と精神力を絶大な破壊力に変える剣を使った接近戦闘が得意な機種である。

 だが、総じて装甲が脆く、遠距離に対する武装が少ないのが弱点だ。

 最後に、GFと言うのは、未だ人類には未解明な部品で建造されたリテイナーで、厚い装甲と、そのリテイナーごとに固有な技を使った重戦車のような戦法を得意とする。

 そして、総じて機動力が低い。

 人により、チューンの仕方によってはその常識を覆すリテイナーもあるが、基本的にはこのようになっている。

 取り合えず、レイアスとキュラーは列車内の食堂で一休みすることに決め、少し遅めの昼食を摂っていた。

 ちなみに、この列車の行き先はルビルド。

 この惑星の中で唯一、宇宙ステーションとの中継地点がある場所だ。

 レイアスの乗るリテイナーである白炎は、大気圏を突破する機能まで付けられた高性能なものだが、彼らの持つ小型の輸送機はそうはいかない。

 一旦宇宙ステーションまで引き揚げてもらって、そこから宇宙に出入りする必要があるのだ。

 この星に入るときも、ルビルドの宇宙ステーションを経由した。

 レイアスは、この依頼がそういう意味で都合の良い依頼だったから、受けることにしたのだ。

 室外と違って除湿の十分に効いた食堂の空気は心地よく、降り出した雨の音が子守り歌となって、レイアスもキュラーもついウトウトとしてしまっていた。

  ガラガラッ

 だが、それを遮るかのように扉を開けて酒臭い男達が3人現れ、ウトウトしているレイアスとキュラーを見かけると、絡んできた。

「いよぉ、坊ちゃん嬢ちゃん。お前らもフリーファイターなんだそうだなぁ。」

「はは、昼寝たぁいい御身分だぜ。」

「そんなので、傭兵稼業が勤まるのか?まぁ、嬢ちゃんの方は俺らで用立ててやってもいいがなぁ。」

 けけけと、嫌な笑いが食堂に響く。

 レイアスとキュラーはそちらを一瞥しただけで無視したが、男達もそんなに深く絡むつもりも無いらしく、さっさと笑いながら奥の方の席へと歩み去っていった。

 そして、そこでがやがやと盛り上がる。

「キュラー、部屋に帰ろう。」

 不機嫌な声でレイアス。

 睡眠を妨害されるのを嫌うレイアスの精神状態は、ピリピリしていた。

 後、少しでもこの場にいたら、いつキレるか分かったものではない。

 キュラーが黙って頷いたので、レイアスたちは席を立とうとした。

 だが、その前に騒動は起こった。




 その騒動の始まりは、3人の男達にとってはいつも通りにちょっとしたことだった。

 男達は、座った横の席に偶然居合わせた客に絡みはじめたのだ。

 女性にしては背が高く、紫色の髪をしたその客は、その体の大きさの割に幼い顔立ちをしていた。

 Tシャツとジーンズにジージャンという、飾り気の無い服装の中で、首から下げている、大きい涙型の飾りが付いたネックレスが、不釣り合いではあった。

「よぉよぉ、ネエちゃん。今夜俺の部屋に来ないか?」

「3人で楽しませてやるぜぇ。」

 酒臭い息を吐き掛けてしつこく絡んだが、その女性は無視し続けた。

 いい加減に男達もあきらめかけた。

「へ、似合わねぇ首飾りなんてして・・・・。」

  ガスッ!

 男が言いかけた言葉は、最後まで発せられることは無かった。

 女が男を殴り付けたのだ。

 男は、少しふらつくだけで踏みとどまっている。

「な、何しやがる。このアマ!」

「やるのか、この!」

「じゃっかましいわ、このだぁほ!」

  ゴスッ!

 女は地球という惑星の日本語である関西弁らしき言葉で喋り出すと、もう一発おまけとばかりに同じ男の頭を殴りつけた。

 ちなみに、宇宙には様々な言葉があり、様々な異星人が生活しているが、大抵の人間は地球人語であるところの英語とドイツ語と日本語での会話が出来る。

 この惑星グリーンハウスも、母星語が無くなって日本語と英語に取って代わられている。

 これは、地球連邦が宇宙をある程度統括しているからこそである。

 だが、関西弁を喋る宇宙人は、流石に珍しい。

「わてがどんな飾り付けとっても、アンタらには関係無いやろが!とっとといね!」

「な・・・・なんだとぉ!?」

「こんのアマ、ちょっと黙ってりゃ、つけあがりやがって!」

 一気にその場の雰囲気が険悪になる。

「はん!つけあがらすようなことしかいっとらんくせに!」

 女の方が、腕力でも数でも不利なのだが、退こうとしない。

 もはや、一触即発。

 そして、男の一人が懐に手を入れた。

 不自然な懐の膨らみ具合から、そこに拳銃でも仕舞っているのだろう。

「止めておけ、レクター。退いた方が利口だぜ。」

 その時、別の方向から男の鋭い声が飛んだ。

「な!?・・・・俺がこんなアマに負けるとでも思ってるんですか、ギッシュの旦那!」

 いっせいに声の方を無く、レクター以下男3人組。

 その目線の向こうには、刃物のように鋭い目をした男が一人、コーヒーを片手に座っていた。

 先程の会話からして、ギッシュというこの男がレクターたち傭兵グループのリーダーなのだろう。

「後ろを見てみろ。お前が撃つより先に、背中からブスリといってるぜ。」

「な!?」

 慌てて振り向く男の目の前に、いつのまに抜かれたのか光剣の柄が音も無く突きつけられていた。

 スイッチを押せば、先からビームの刃が生み出されて、一瞬であの世行きだ。

「悪乗りしすぎだ。」

 光剣の柄を握って底冷えする声で告げたのは、レイアスだ。

「く・・・・・。くそったれ!!」

 レクターと呼ばれた男は拳銃から手を放すと、他の男を連れて食堂から出ていった。

 ギッシュという男も、コーヒーを一気に飲み干すと、レイアスたちに一瞥もくれずに食堂から姿を消した。

「はぁ〜。おおきに、助かったわ。わての名はライナ。さっきの奴等と同じで、傭兵なんてけちな仕事しとるもんや。」

 いきなり大きくため息を吐くあたり、一応は緊張していたらしい。

「俺はレイアス。後ろに居るのが、相棒のキュラー。」

 紹介されて、無表情に頭を下げるキュラー。

「レイアス?あんた、まさか『烈火』とか呼ばれとる、あれかいな?」

「まぁ、そう呼ばれることもあるな。」

「へぇ。人は見掛けによらんもんやな。二つ名付きの傭兵てな、もっと恐いもんやと思っとったわ。以後、よろしゅうたのんますわ。」




「でな、そこでわいは、嫌やてきっぱりゆうてやったんや。そしたらそいつ、どんな顔したと思う?」

「タコみたいに真っ赤になって、怒ったんだろ?何度聞いたと思ってるんだよ、その話。」

「ありゃ?そらすまんなぁ。」

 あれから、レイアスはライナの酒に突き合わされていた。

 ちなみに、レイアスは未成年なのだが、この宇宙ではあまり関係の無いことだ。

 キュラーは、先に部屋に帰っていった。

 彼女は、あまり夜に強くないのだ。

 ライナは、酒を飲んでかなり陽気に振る舞っていた。

 だが、レイアスにはまるで、なにか嫌なことを忘れようとして飲んでいるようにしか、見えなかった。

 人間、だれしもが心の中で、何か無理をしている。

「ホンマ、この世の中は嫌なことばかりや・・・・。」

「そうかもな。」

 あえて、反論はしない。

 レイアスだって、今までに嫌なことばかりを体験してきた。

「わい、雨が好きや。自分が心の中で泣くの我慢しとるぶん、雨はなんぼでも代わりに泣いてくれるからな。でも、嫌な事はなくなれへん。こんだけないても。」

「だけど、いいこともあるだろ。」

「んなもん、どこにあるねん。」

「そうだな・・・・。例えば、今日俺とライナが出会ったことってのは、いいことじゃないか?」

「はぁ?」

 怪訝そうな目でレイアスの方を向く、ライナ。

「少なくとも俺は、いいことだと思ってるぜ。いつもは夜一人で飲んでるのが、今夜は賑やかだからな。」

 グラスの中に少しだけ残っていた琥珀色の液体を飲み干し、ライナの方る。

 ライナは俯いていた。

「そんなの・・・・。わてと話したって、楽しいことなんて・・・・・。」

「そんなこと、無いぜ?ライナと話すの、楽しいよ。さっきだって、あのゴロツキたちに啖呵切ったの、胸がすかっとしたしな。」

「・・・・・・。」

 沈黙。

 レイアスには、俯いたライナの肩が震えているようにみえた。

「ライナ?」

「レイアス・・・・・あの人と同じ事・・・言うんやな・・・・・。」

 顔を上げたライナの頬を、光りが伝った。

 涙だ。

「あ、言っちゃいけないこと・・・だったか?」

「いや、ええねん。もうちょっと、うちの話に付き合ってくれへん?」

「ああ。」

 それから、ライナはぽつりぽつりと話しだした。

 自分が、孤児だったこと。

 食べるのにも困っていた頃、ふとしたきっかけで傭兵になったこと。

 とある仕事でいっしょになったウォレンと言う男性に、一目惚れしたこと。

 その男性と結婚したこと。

 そして、その男性が自分を庇ったことで、この世を去ってしまったこと・・・・。

 話し終えた頃には、ライナは鳴咽で何も言えなかった。

 レイアスも、何も言えなかった。

 色恋沙汰は、今まで縁の無い話だったからだ。

 しかも、それが悲劇で幕を閉じているとなれば、なおさらだ。

 だが、レイアスはまだ若い。

 沈黙に耐えられる時間は、そんなに長くはなかった。

「今日は、もう寝よう。立てるか?」

「だいじょうぶや。」

 その言葉とは裏腹に、ライナの足取りは非常に危なっかしかった。

 無言で肩を貸してやる、レイアス。

 二人は、それ以上なにも言葉をかわさずに、部屋へと向かった。




「ほら、着いたぜ。」

「ほんま、おおきに・・・・。」

 とりあえず、ライナをベッドの上に寝かせる、レイアス。

 なんとなく手持ちぶさたになって、周りを見まわすレイアス。

 ただの客室だから当たり前かもしれないが、何の飾りも無い。

 ただ、ベッドと机が置いてある。

 レイアスの部屋も、まったく同じ作りだ。

「なぁ、レイアス・・・・・。」

「ん?って、うわぁ!?」

 声に振り向くと、ライナは服を脱ぎ、シーツで胸を隠しただけというあられもない姿でベッドの上に座っていた。

 レイアスは、思わずくるりと回れ右をしてしまう。

 美女と二人旅という、傍で見る人は羨むレイアスだが、実はかなり奥手なのだ。

「な、ななななな・・・・・!?」

「アタシといて、楽しいって本心から言ってくれるの、あの人だけやと思ってた・・・・・。アタシのこと、嫌い?」

「い、いや、嫌いってわけじゃ・・・・。」

「好きな人、おるんか?」

「いや・・・・・。」

 その時、レイアスの頭の中に思い浮かんだのは何故か、怒っているような、泣いているような、キュラーの顔だった。

 キュラーのそんな顔さえ見たことがないのに、なんでこんな状況でキュラーの顔が思い浮かぶのか、レイアス自身もその理由は分からなかった。

 その理由は、至極簡単だというのに・・・・。

「・・・・ごめん。俺には、出来ないよ。」

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」

 また、長い沈黙。

 レイアスには、背中に刺さる視線が痛い。

 これほど苦痛な沈黙というのは、レイアスには初めての経験だった。

「冗談や。」

「え?」

 思わず、レイアスはライナの方を見返していた。

「もっとはよう会っとったら、分からんかったけどな。アタシがここと許すんは、ウォレンだけや。」

 ライナは俯いていて、その表情までは見えない。

 だが、その言葉は真実だろう。

 勘、だが。

「大切にしたりや。」

「え?え?」

 バタン

 その時、唐突に扉が開いた。

「レイアス、食堂のマスターに聞いたら、こっちだって聞い・・・・。」

 そこまで言ってその場に凍り付いたのは、キュラーだった。

 手には何かの薬と、コップいっぱいの水が握られていた。

 その水と薬が、するりとキュラーの手を離れ、床に落ちる。

 ガッシャーン

 裸にシーツの女性と、部屋で二人っきり・・・・・。

 レイアスの背を、冷たい汗が伝う。

 何か、言い訳をしなければならない。

 だけど、何故?

「あ、キュラー、これは・・・・・。」

「ごゆっくり。」

 バタン!

 キュラーは、いつもには無い強い調子でそれだけ言うと、さっと扉を開けて出ていってしまった。

「あっちゃあ・・・・・。ありゃ、誤解されたな。」

 レイアスは、それに答えられず、ただ呆然とキュラーの出ていった扉を眺めていた。

 今のレイアスには、何故自分がショックを受けているのかさえ、分からなかった。

 本当に、答えは至極簡単なことだというのに・・・・。




「避けられてる・・・・・・。」

 翌日。レイアスは一人、白炎のコックピットで座ってぼんやりとつぶやいた。

 いつもの朝はキュラーが起こしに来るのに、今日は来なかった。

 廊下で何度か見掛けたが、こちらのことを見ると、足早に立ち去った。

 いつもの時間に昼食に行っても、キュラーは既に食べた後だった。

 ここに来る時だって誘ったのだが、都合が悪いからと断られた。

「はぁ〜。」

 大きく溜め息を吐く。

 悪いことをした覚えはない。

 だが、この胸にわだかまる罪悪感は、何だ?

 まだ、答えは出そうに無い。




「旦那。いつまでこんなことやるんです。」

「そうですよ。いい加減うずうずして、たまんですよ。」

 傭兵用に割り当てられた客室の一つで、その会話は行われていた。

 ちなみに、旦那と呼んだのはレクターで、呼ばれたのはギッシュだ。

「まぁ、あせるな。」

 ギッシュは、不敵な笑みを見せた。

「ですが、ギッシュの旦那・・・・。」

「丁度今夜、深い谷を通る。今夜決行と行こうじゃねぇか。」

 と、傭兵の間で、押さえた声での歓声が起こる。

「待ってましたぜ、旦那。」

「レクター。お前は次の駅で、外の連中と話を付けてこい。」

「分かりやした、旦那。」

「いいか、てめぇら。ここが正念場だ。しくじるなよ。」

「分かってますぜ、旦那。」

「ここまで苦労したんだ。おじゃんにはしたくないですからね。」




「交代の時間だぜ。」

「ん?ああ、すまない。」

 夜、レイアスはボーっとしていたようで、自機の点検のつもりでここにいたのだが、気が付けば自分の見張りの時間も過ぎていたようだ。

 外を見ると、すっかり日が暮れ落ちてしまっていた。

 呼びに来た傭兵は、昨日揉め事を起こした3人のうち、名前の知らない二人のうちの一人だった。

 白炎にロックをかけ、コクピットからひらりと飛び降りるレイアス。

 未だ、胸には昨日のことが残っていて、ちくちく痛んだ。

 今日は早く寝よう。

 そう決めて、自分の部屋へと向かった。




「ウォレン・・・・・。」

 夕暮れの客室。

 丁度夕焼けの時刻だというのに、相変わらず雨が降り続けているせいで、陽の光は見えない。

 そのベッドの上で、ライナは一人呟いていた。

 その手には、いつも着けている首飾りが、部屋の明かりを受けて鈍く光っている。

「うち、あの二人に悪いことしてもうた。どないしたらええかな・・・・。」

 そっと飾りの部分を開くと、そこには色褪せた一人の男性の顔写真が収まっていた。

 もう、写真の中でしか笑ってくれなくなった男の顔。

 しかし、写真は答えを返してくれはしない。

 ただ、雨の音だけが全てを包んでいた。




「ふぅ・・・・。」

 キュラーの整った口から、溜め息が漏れる。

 普段は溜め息など吐くことも無いのだが、いまは無意識にいくらでも溜め息が出来そうだ。

「なんだか、もやもやしてる・・・・・・。」

窓に映った自分の顔には、相変わらず何の表情も浮かんでいない。

 ただ、言葉だけが憂いに満ちている。

キュラーは、突然降ってわいたこの感情を、もてあましていた。

 嫉妬。そして、それよりも根源的な感情である、恋。

「わたし、嫌な女になってる・・・・・。」

 コツンと窓に額を押し付ける。

 ひやりとした感触が、気持ちいい。

 わからない。

 どうして、こんな気持ちになるのか。

 どうして、自分はレイアスを避けているのか。

 全部、分からない。

 だが、レイアスのことが気になるのもまた、事実。

 キュラーはそこまで考えて、「よかった」と思った。

 まだ、私はレイアスのことを嫌いになってはいない。

 だけど、雨は止まない。




 眠れない。

 レイアスは、ベッドの上で身を起こした。

 キュラーのこともあるのだろうが、これは違う。

 なにかの、予感。

 しかも、悪い方だ。

 えてしてこういうのは、悪い予感の方があたりやすい。

 ベッドから立ち上がり、机にかけてあったジャンパーに腕を通す。

「ん?」

 不意に、窓の外に光が見えた気がした。

 気のせいかとも思ったが、頭が危険信号を告げている

 窓に近付いてよく目を凝らすと、近くの林の奥に隠れるように、数機のリテイナーがこちらを伺っているように見えた。

「何でこんなに近づくまで、他の連中は気が付かないんだ!」

 レイアスは毒づくと、乱暴にドアを開けて廊下に走り出た。

 ほんの少しだけ遅れて、キュラーとライナの二人も部屋から出てくる。

「レイアス、敵さんみたか?」

「ああ。キュラー、白炎で出ようぜ!」

 だが、キュラーはすでに格納庫に向かって、走り出していた。

「おい、キュラー!」

 レイアスも、追う。

 キュラーは、何も答えずに走った。

 と、唐突にキュラーの目の前に、黒い球体が出現した。

 一瞬の間。

 その場にいた誰もが、それが対人用の爆発物であることは、明らかだった。

 キュラーは、動けなかった。

 いつものキュラーならば、避けられたかもしれない。

 だが、今は他の事で頭が一杯だった。

 レイアスは、動けないでいるキュラーの体を反射的に右手で抱え込み、左手で手近なドアを開いた。

 そして、その陰に身を隠す。

 パンッ!

 次の瞬間、小さな炸裂音とともに、無数の捩じれた鉄片が辺り一面に撒き散らされた。

「ぐっ!」

 引っ込めるのを遅れた左手が、金属製の扉に縫い付けられる。

 それを、無理矢理引き抜く。

 どうやら、動脈切断は免れたらしい。

 血は吹き上げるような事はなく、ただだらだらと手を伝って床に落ちた。

 どうやら、キュラーは無事だったようだ。

「ふぅ、よかった。」

 だが、キュラーはそんなレイアスの事を、なんとも形容しがたいような表情で見つめていた。

 当惑しているような、悲しんでいるような、それでいて喜んでいるような・・・・・。

「どうして?」

「え?」

「どうして、私の方を助けたの?」

「どうしてって・・・・。お前を助けるのに、何か理由が要ったか?」

「だって、自分一人なら、手だって怪我しなかったじゃない!私じゃなくたって、後ろにライナさんだっていたじゃない!」

「そんなの・・・・・そんなのはお前を助けない理由にならないんだよ。よく、分かんないけどな。」

 レイアスは、安心させるために無理に笑って見せた。

 だが、左手の痛みで引きつった笑みにしかならない。

 何故か、キュラーの瞳からは涙が流れた。

 本当に久しぶりに。

「あれ?」

 自分で、自分が何故泣いているのかも分からず、キュラーは当惑した。

 レイアスは、そんなキュラーの涙を、右手の指でそっと拭ってやる。

「あー、信じへんかも知れんけど、一応言っとくで。」

 不意に、背後からライナが声をかけた。

 どうやら、こちらも無傷らしい。

「夕べは惜しい事に、なんもあれへんかったんや。やから、ええ加減、許したりや。」

 にぱっと、笑い顔。

 まるで、久しく見ていない太陽のような・・・・。

 キュラーは何故か、今ならその言葉を信じてもいいような気がした。




「はっはぁ!機関室に、一番乗りだぜぇ!!」

 レクターは、上機嫌だった。

 あの気に食わない女と生意気な傭兵がいた客室車の両端には、トラップを仕掛けておいた。

 今頃は鉄片でズタズタになって、顔の判別も付かなくなっているだろう。

 そして、今は数人の部下を連れて機関室の扉を破りにかかっている。

 これから機関車を止めたら、あとは楽しい略奪タイムだ。

 今まで指をくわえて眺めるだけだった獲物が、今では皿の上に乗っているのだ。

 鍵の部分に、弾丸を数発撃ち込む。

 それでも扉は開かなかったが、グラグラになっているから、蹴り飛ばせば吹き飛ぶだろう。

 だが、浮かれ気分はそこまでだった。

 ズダダダダダダ!!

「が・・・!」

「うぐっ・・・!」

「げほっ・・・・!」

 突然の銃声とともに窓ガラスが割れ、レクターの仲間が次々と倒れていく。

「な、何だ!?」

 振り向いたその先には、1機のリテイナーと、そのコクピットから身を乗り出すようにして拳銃を構えたレイアスの姿があった。

 読唇術を使えれば、レイアスが「お返しだ。」と言ったと分かるだろうが、生憎と騒音で聞こえなかった。

 冷たい銃口が、自分を狙っている。

 それを認識した瞬間、レクターの体は後ろに吹っ飛んでいた。




 ドゥ!

 暗闇に、爆光が閃く。

 走る列車を中心に、ほんの3機のリテイナー対6機のリテイナーと数十機の戦闘用のエアカーの戦いが繰り広げられていた。

 ドン!

 白炎の左腕に装備したビームスパイクの一撃が、1機のCKを胴で横薙ぎにする。

「後ろにエアカー。」

「おう!」

 キュラーの言葉に答えながら、体は既にフットレバーを踏んでいた。

 ガガガガガ!

 空中を宙返りし、真後ろにいたエアカーを照準にいれると、胸に装備したバルカンポッドが火を噴く。

 リテイナーに対しては牽制にしかならないバルカンだが、エアカーの装甲は薄い。

 一撃で爆発四散する。

 そして、おもむろに長大なビームライフル『ヘル=フレイム』を構え、放つ。

 バシュウゥゥゥ!!

 苛烈な白い光が宙を薙ぐと、3台のエアカーが火球と化した。

 だが、エアカーは次々に襲い掛かってくる。

 リテイナーを1機撃破できたのは、もしかすると幸運だったかもしれなかったが、それで敵は警戒してしまって、エアカーに隠れるようにして砲撃を繰り返してくるような動きに変わった。

 しかも、こちらには、守らなければならない物がある。

 そうそう敵の中に突っ込むだけでは、どうにもならないのだ。

「右36度、3・2・1・0。」  キュラーの正確な援護の声が飛ぶ。

 レイアスは、キュラーが0と言うのと同時にヘル=フレイムのトリガーを引いた。

 ビシューン!

 その一撃は、丁度エアカーの陰に隠れた2機のリテイナーごと、エアカー数機を火球に変えた。

「まだまだいけるか。」




「こんのぉ!!」

 ゴバッ!

 リテイナーの中でも大柄な部類に属するGFの長大なスーパーソードが、真っ向からCKらしきリテイナーの腕を叩き潰す。

 ガーディナーと名付けられたそのGFに乗っているのは、ライナだ。

 右手に長大な剣、左手に巨大な盾を装備したそのGFは、まるで中世の鎧を着込んだ騎士のようだ。

「も一つ、おまけや!」

 ザギョン!

 今度は、頭から真っ二つにぶった切る。

 エアカーの攻撃は盾で撥ね返す。

 自分のリテイナーの装甲は厚いので、エアカーの放つ弾丸など恐くも無いのだが、列車はそうもいかない。

 ライナは、極力列車に弾が当たらないように、ほぼ体全体を使って列車を守っていた。

「ええい、うっとぉしい!」

 ガガガガ!

 胸のバルカン方で、少し遠巻きから攻撃してきていたエアカーを1機、破壊する。

 だが、その爆光の向こうから別のエアカーからの弾丸が飛んできて、自分の直ぐ側にいたCKの足に命中してしまった。

 雨とその一撃によってCKはバランスを崩すと、まっ逆さまに列車から転げ落ちた。

 そして、はるか後方で、爆発の閃光が閃く。

「一体、何機おんねや!」

 たまらず、ライナは叫んだ。




 その頃レイアスは、ギッシュの乗るMWと対峙していた。

 この時点で、レイアスは前線に出過ぎたと後悔した。

 MWに接近戦でCKが勝つことは、難しいからだ。

 機動性の高さでも、近接戦闘用の武器の性能でも、CKはMWに1歩及ばない。

 だから、大抵のCKは敵が近付いてくる前に敵を沈めるという戦法を常としていた。

「だが、やられてたまるかよ。」

「はい。」

 じりっと、両者共に動く。

 相手は近接戦のエキスパートだ。

 間合いの取り方を間違えただけで、死に繋がる。

 ちなみに、白炎はヘル=フレイムを肩のアタッチメントに取り付け、代わりに死神を思わせる長大なビームサイズを構えている。

「行くぜ、キュラー!」

「はい!」

 ゴウッ!

 始めに動いたのは、レイアスの方だった。

「相性の悪さだって!」

 ガッ!

 空中で、2機の斬撃が交差する。

 白炎は肩を。MWは足首の辺りにそれぞれダメージが加わる。

 だが、 両者とも致命傷ではない。

 しかし両者とも、その姿勢から第2撃を狙っている。

「落ちろ!」

 レイアスの気迫とともにギッシュの気迫も飛び、それぞれの気迫がそれぞれの敵の戦意を威圧しようと、空中で押し合う。

 そして、それに続く斬撃。

 左手が激痛を訴えるが、構わずにスロットルを押し込む。

 両者の斬撃は、それぞれ相手のコックピットに向かって、一直線に向かった。

 ザザン!!

 だが、白炎の胴にMWの剣は届かなかった。

 2機の間に、GFが1機割り込んできていたからだ。

 リーチの長い白炎のビームサイズがMWのコクピットを貫くと同時に、間に割って入ったGFの胴に、MWの剣が突き刺さっていた。

「ラ、ライナ?」

 そう。間に入ったGFとは、ガーディナー。つまり、ライナの乗っているはずのリテイナーだった。

「し、しくじってもうた・・・・・・。」

 通信機越しに、ライナのかすれる声とノイズだけが聞こえてくる。

 画像は、送られてこない。

「ライナ!まだ生きてるんなら、早く脱出しろ!」

「無理・・・やな。脱出装置、故障して・・・もうとる。それに・・・・・もう、あらしがもたんわ・・・・。」

 言葉も途切れ途切れになり、だんだんと声が小さくなっていく。

「ライナさん。なんで・・・・・。」

 キュラーの声は震えない。

 だが、言葉が途切れた。

「はは、GFの装甲なら・・・・もつかと・・・おもたんやけどな・・・・・。当たり所・・・・悪かったみたい・・・・やな。」

 ガーディナーの機体を、スパークが散り始める。

「後悔は、しとらへんで・・・・・。」

 ドォン!!

 その言葉を最後に、女傭兵ライナは雨の降りしきる空に消えた。

 雨は、それを悲しむかのように、一際激しさを増していった・・・・・・。




 あれから、残ったエアカーたちを撃退するのには、そう長い時間はかからなかった。

 そして、列車は次の日、無事に目的地ルビルドへと到着した。

 レイアスたちは、ラビットフット社の事務所にいた。

 今回の報酬をもらうためだ

「じゃ、車掌さん。」

「お世話になりました。」

「ああ、ご苦労様。賃金には、イロを付けておいたから。」

 昔ながらの、茶封筒に入った金をレイアスに渡す、車掌。

 本当は専務だか課長だからしいが、人手が足りなくて車掌の仕事をしていた姿の方が多く見かけたので、レイアスはこの人物の事を車掌と呼ぶ事に決めていた。

 その中には、レイアスが最初に請け負った時の約2倍の報酬が入っていた。

「こんなにもらって、いいのかしら。倍ありますよ。」

「なに。払う相手は、お前さんらしかいないんだ。遠慮無く持っていきなさい。」

「・・・・・・ああ。」

「それと、ライナさんの遺留品だが、どうしようか。血縁の者がいるとも聞かなかったから、君に処分を頼みたいのだが・・・・。」

「遺留品?何があるんです。」

「それらしいのは、これだけだよ。」

 そう言って車掌が取り出したのは、いつもライナがしていた首飾りだった。

 レイアスが受け取って開くと、色褪せた写真と、「この世で唯一人、愛するウォレン」の文字が書かれていた。

「これは、俺は受け取れないよ。彼女の墓に、埋めておいてくれ・・・・。」

「わかった。じゃあ、達者でな。」

「ああ。」

「さようなら。」

 あのペンダントは、これからずっとこの星を見守って行くのだろう。

 自分の代わりに惜しげなく涙を流してくれた、この星を。

 だが、ライナももう泣く事はないと信じたい。

 やっと、愛する恋人のいるところにいけたのだから。

 雨は、いつまでも止むことなく降り続けた。


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