JUDGMENT 下る(上)
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【MHK宇宙港】
さんさんと陽光を降り注ぐ太陽が中点よりも少し傾き、昼食を終えた会社員や研究者が仕事の場へと帰っていく。
そんな午後の雑多な雰囲気をよそに宇宙船『ジャッジメント』は出航を間近に控え、その巨体をカタパルトに乗せていた。
ジャッジメントの向かう先は観光惑星『シャングリラ』。
惑星全体が常夏のリゾート地である。
(ズドォ・・・ン!)
突然その場に轟音がとどろいた。
思わず音源の方を見やる船の客や通りすがりのサラリーマン。
轟音の主は1機の薄緑色をしたリテイナーだった。
「いてててて・・・・・。」
「もう、何てことするの!」
紹介しよう。赤髪を後ろにまとめた男の方がこのリテイナー、CK(コズミックナイト)『白炎』のパイロット、『レイアス』だ。
この際、リテイナーやCKの説明は用語集を見てもらうとして、紹介を続けよう。
もう片方のちょっときつめの美女はこのCKのサポーター、ファティマの『キュラー』。
彼らの所属しているMHK本部近くではいつも無線を使ってレイアスのフォローをしているのだが、今回は(前回もだが)どうやら別のようだ。
MHKに入ってから、感情表現が多くなってきた。
「だいたいレイアスが寝坊しなきゃ、せっかくの旅行の日にこんな事にならなかったのに!」
「しょうがないじゃねぇか、昨日は徹夜だぜ?キュラーだって化粧とか何とかでおくれてたじゃないか!」
前後に並んだパイロットシートとナビシートで言い争いをする二人に、不意に通信が入る。
「おいおい、レイアス。そんな事してる場合じゃねぇだろ?」
ふと見ると、白炎のコクピット正面にあるモニターに二人の男が映し出されていた。
今モニターに映っているうち、若いほうは『ヤスノリ=イワサキ』。何処にも所属ぜず、賞金稼ぎのように仕事をこなすフリーファイターを職業としている。
「レイアス君にキュラー君だね?速やかに本船に乗員してくれないと、出発できないのだが。」
もう片方はこの船の船長らしい。白い髭を蓄えた威厳のありそうな老人だ。
慌てて居住まいを正すレイアスとキュラー。
「あ、すいません。」
「直ちに乗員します。リテイナー格納庫の解放を願います。」
「こちらジャッジメント。了解した。」
【リテイナー格納庫】
様々な作業用具や機械が並ぶリテイナー格納庫の所定の位置に納め終わったレイアスとキュラーが白炎からひらりと降りる。
白炎のすぐ隣にはヤスノリの愛機、CK『ヴァンブレイズ’ν』がその青く、しなやかなボディを静かな威厳のようなものをたたえて鎮座させている。
レイアス達がリテイナーから降りるのに合わせたかのように(ホントに合わせたのかも知れない)影になる辺りからヤスノリが姿を現す。
彼らは、先日の宇宙怪獣騒ぎで葉月博士からお詫びの印として『シャングリラ』への旅行券をもらったのだ。
流石に無料と言うわけには行かず、旅客船ジャッジメントの格納庫に入れてあるオーパーツのガードと言う仕事付きだが、リテイナー乗りの二人とキュラーには、かなりの暇が出来るはずである。
「どうしたんだよ、やけに遅かったじゃないか。」
「レイアスが寝坊するから・・・。」
「何言ってるんだよ、キュラーだって・・・・・。」
「ああ、もう分かった、分かった。」
再び始まろうとする口げんかに、ヤスノリは軽い頭痛を覚えながら二人を止める。
「全く、仲がいいな。」
これをどう捉えたか、レイアスが顔を真っ赤にする。
「おい、イワサキ。どういうつもりだ?俺たちはそんなんじゃないんだからな!」
「それはそうと、そっちの方はどうしたのよ。チケットは二人分あった筈よ?彼女の一人や二人くらい、いるんじゃないの?」
キュラーの方は、ヤスノリの含んだ言い方にもレイアスの勘違いにも気付かずに後を続ける。
この辺は、まだ勉強不足か。
「彼女?」
一瞬、毎月毎月自分の両手を掴んで涙を潤ませ、苦労して得た金を孤児院の資金と言って取っていく、いささかぽーっとした感じの意外に腕っ節の強い女性の顔がヤスノリの頭の中に思い浮かぶ。(ここまで思い浮かべば上出来だ。)
「いっ、いない、いない!だいたいあんなのと・・・・。」
「あんなの?そりゃ、聞き捨てならないな。」
「そうよ。この際だから白状しちゃいなさい。」
「いないってば、そんなの!!」
明るくふざけあう3人。
だがこの時、久々の旅行に浮かれたのか、3人は刺すように視線を向ける者に気が付かなかった。
いや、気が付いたとしても、その視線が表している感情は解らなかっただろうが。
【中央倉庫】
「へぇ、これが今回運ぶオーパーツか。」
ジャッジメント中央倉庫。
ここでは、あちこちからチューブやコードが伸び放題に伸び、全てが雑多ながらも真ん中に集中している。
今、レイアス達の目の前には小さなプレートが不思議な色を放ちながらケースの向こうにその身を静かに横たえていた。
薄暗い実験室然としたこの部屋に、その不思議な輝きは神秘的でさえあった。
これがこの部屋の中心である。
「ええ。ミクロ、いや、それ以上の小ささで何か文字のような物が多次元的に複雑に絡み合っています。まだ、内容は分からないんですが、移動中にもうちのコンピューターOZ(オズ)が解析してくれますよ。」
すぐ横に立っている白衣の若手研究所員、クライブ=ヒューストンが聞いてないことまで詳しく説明してくれた。
「結構、優秀なんだな。ここのコンピュータ。」
ヤスノリは自分の機体のコンピューター、アストライアーとどちらが性能がいいのか考えているようだ。
「いえいえ、確かにもっと色々詰め込めば優秀と呼べるでしょうけど、このコンピュータには暗号を解読するだけの脳しかありませんよ。容量は多分、他に真似できるのはいないくらいばかでかいでしょうけどね。」
「じゃぁ、なんでMHKから移すんだ?あそこのほうが、よっぽど設備は整ってるだろうに。」
「さぁ?私は知らされていませんが・・・・・・。」
クライブが苛立たしげに、かかとをカツカツならす。
自分が解らないこと、と言うのが苛立つ原因だろう。
「その辺中にトラップや警備が置かれているようだし、よっぽどの事がない限り、私たちは要らないみたいね。」
キュラーの方は先ほどからオーパーツよりもそれを警備するシステムの方に興味があるらしい。
「そーだな。じゃ、俺等は休暇を楽しむか。」
「そうだな。」
「大丈夫ですよ。そうそう変なことにはならないと思いますから。」
クライブはここの警備システムを信用してか、明るく言う。
「じゃ、船旅を満喫してこよう。万が一のことがあったら呼んでくれ。」
「大丈夫ですってば。」
そしてレイアス達はあくまで気楽そうなクライブを残してその部屋を後にした。
「なぁ、OZ。」
そして、一人残ったクライブの、どこか陰鬱な声が他に人間が居ないこの部屋に響いた。
【宇宙空間】
「そんなんじゃ、あたらねぇぜ!」
「ちぃ!」
白炎の大鎌、クラスターサイズが閃き、ヴァンブレイズνのフォトンラフルがうなりをあげる。
白炎が後ろに回り込み、それを予期していたヴァンブレイズのフォトンライフルが追いかけ、それを白炎が辛うじて弾く。
先程から何時間も、こんな紙一重の攻防を繰り返している。
「もらったぁ!」
白炎が、今までもう何度も繰り返している突撃を、もう一度繰り返した。
だが、その均衡は突然に崩れた。
再度突撃した白炎の、勢いがつきすぎたのだ。
ヴァンブレイズがそれをかわし、バランスの崩れた白炎の背中から数発の弾を撃ち込み、沈黙させた。
しかし、沈黙していたのもほんの数秒で、白炎は何処にも傷を負っていないかのように動き出した。
実は、二人は今、ジャッジメントのすぐ側で、戦闘訓練をしていたのだ。
白炎が両手に構えたクラスターサイズは、ビームの出力を弱くしてあるので、単なる鎌の形に光るビームサイズだし、ヴァンブレイズが先程から撃っているフォトンライフルの弾丸も模擬弾に換装されている。
ちなみに、今は白炎にキュラーが乗っていない。
「ちぇ、結局4勝4敗2引き分けか。決着が付かなかったな、ヤスノリ。」
「何言ってるんだ。お前の勝ち分のうちの2つと、引き分け一つは、単なる偶然だろうが。」
「運も実力のうちってね。そろそろ帰ろうぜ。」
「ああ、そうだな。」
何はともあれ、二人とも先程の戦闘で汗だくだ。
「シャワーでも浴びないと、やってらんないぜ。」
――――が、
「どうしたんだ、レイアス?早く帰ろうぜ。」
「いや、それが・・・・・・動かないんだ。」
「何?」
白炎は今、全く動いていなかった。
レイアスが操縦桿を倒しても、何の反応も示さない。
「くそ、何が悪いのか、わからない!」
機体には、特に悪いところは見あたらない。
「アストライアー、何が悪いか、解るか?」
「いえ、解りません。異常は見あたりません。」
ヤスノリの声に感情のない声が答える。
アストライアーとは、ヴァンブレイズのコンピューターの名前だ。
ヤスノリをサポートするように、人格のようなものを持っている。
「しょうがない。じゃあ、俺が引っ張ってやるよ。」
ヴァンブレイズが白炎をつかみ、引っ張ってやる。
「ああ、すまない。」
だが、ヴァンブレイズにも異変が起こった。
「マスター。出力が低下しています。」
「何だって?アストライアー、原因は何だ?」
「解りません。レイアスさんの白炎と同じ症状のようですが、原因不明です。」
断っておくが、アストライアーの性能は並みのコンピューターの遥かに上を行く。
それが自分の体の異変が、不明だというのだ。
尋常な自体ではない。
「俺のと同じ?気味悪いな。どうにかなるか、ヤスノリ?」
レイアスはヤスノリに聞いたのだが、答えたのはアストライアーだった。
「とりあえず、慣性飛行で格納庫には着けますが、再度発進は無理です。」
「・・・・・・しょうがない。慣性飛行で格納庫に向かう。帰ってから、点検しなきゃな。」
「了解。」
ヴァンブレイズは、最後の力を振り絞るようにバーニアを大きくふかすと、そのままピクリとも動かなくなった。
「おい、アストライアー?」
いつもはすぐに答えてくれるはずの声が、全く答えてくれない。
格納庫が二人の目の前にゆっくりと迫ってきた。
「ジャッジメント、応答せよ。こちら、白炎のレイアス。原因不明の故障で、動作不能だ。今から慣性飛行でそちらに近付くので、キャッチしてくれ。」
「ジャッジメント、了解。」
【ラウンジ】
爆光が閃く真っ直中を1機の戦闘機が右に左に華麗に舞う。
今ももう1機の戦闘機が赤い光弾を大量に撒き散らすが、それらは戦闘機にかすりもしない。
そしてそれから数秒。まるで待っていたかのように現れた巨大な戦艦の大爆発によってゲームの幕はあっさりと閉じる。
ここはジャッジメントのラウンジ。
バーやレストランもある、すこし広めのこの部屋の一角に、業務用のゲーム機が数台置いてあった。
たった今、そのうちの一つをヤスノリがクリアーしてしまったのだ。しかも、ワンコインであっさり。
「なんだ、見かけ倒しなんじゃないのか?」
スティックを手放し、一息着いているヤスノリにレイアスが声を掛ける。
「あっさりクリアしちまいやがって。ほれ、掛け金。」
「サンキュ。どうだ、俺の腕前。惚れ惚れするだろ?」
「ああ。もぉ、メッロメロだぜぇ。」
ふざけたように言いつつ肘でヤスノリの頭を盛大に小突く。
「いてて・・・・。咽が渇いたな。何か飲まないか?」
「そうだな。ヤスノリの奢りで。」
「何言ってやがる。自分の分くらい自分で払え。」
「臨時収入が入ったんだから、それくらいいいだろ?」
「それとこれとは完全に別物だろが!」
「はいこれ。」
と、二人の前にそれぞれ缶ジュースが差し出される。
見ると、キュラーがジュースを持ってきてくれていた。
「あ、ありがと。」
礼を言って缶ジュースを受け取る二人。
「しかし・・・・・・あの親父どうにかならねぇのか?」
レイアスが見ている方向には、成金を漫画に描いたような、かなり肥満体の男が先ほどからバーで酒を飲みながらがなり立てていた。
その横ではいかにも気の弱そうな男が酒の酌をしている。
側を通る女という女には(まぁ、そんなに多くは居ないのだが。)ちょっかいを出し、ウエイターには酒が不味いと愚痴を言いながらその酒を先ほどから飽きもせずにがぶ飲みしている。
「あれは確か・・・・。」
ヤスノリがなるべくそちらを見ないようにしながら言う。
「小金井とか言う小説家だよ。前の小説が大ヒットして、大金が転がり込んだって話だぜ。もっとも、それから1年以上短編の一つも書いてねぇらしいけどな。」
「ああいうのは、ほっておくのが一番よ。あ、あたしは部屋に戻ってるわ。」
「ああ、じゃあな。」
手をひらひらさせてから去っていくキュラーに、レイアスは適当に返事をしながらジュースを一気に飲み干した。
そして、くるりとヤスノリの方に向いて言った。
「しかし、参ったよな。あれから結局、白炎もヴァンブレイズも作動不能。少しでも動かすことが出来ないときた。」
「ああ、困ったな。どっちも復旧作業を急いでるが、向こうに付く頃に動いてるかどうか。アストライアーも、あれからうんともすんとも言わないしな。」
「キャア、何するんですか!」
そこで、ヤスノリの言葉は、先ほど立ち去りかけたキュラーがあげた悲鳴に掻き消された。
「ええやないか、ええやないか。別に減るもんやなし。」
「やめてください!」
レイアスとヤスノリがそちらを見ると、声から想像出来る通りの風景が展開されていた。
つまり、小金井がキュラーに襲いかかっていたのだった。
側で先ほどの太鼓持ちが、立場がどうのとなだめようとしているようだが、小金井はそれを全く聞いていない。
「金か?土地か?言うてみい、わしが・・・・・」
が、酒臭く下卑た言葉は最後まで続かなかった。
レイアスの渾身の力を込めた右拳が、小金井の顔面を正確に捉えたのだ。
小金井はそのまま弓なりになって吹っ飛ぶと、盛大に音を立てながら机の一つに激突し、倒れた。
「大丈夫か、キュラー。」
レイアスは自分が吹っ飛ばした男の方に見向きもせず、ペタンとしりもちをついているキュラーに手を差し伸べた。
「まぁてぇい・・・・・。」
小金井ががらがらと机の破片を押しのけて起きあがった。
歯が何本か折れたのだろう。
口からぼたぼたと血を流している。
その姿はさながら、地獄の悪鬼をも想像させた。
「このわしに手をあげておきながらただで済むと思っているのか?」
「なんだと・・・・?」
「その喧嘩、少し待っていただきたい。」
いきなり横から話しかけられて、レイアスはビクッとした。
それまで、野次馬の中に割って入るような気配がしなかったからだ。
「私はジャッジメントの艦長、オキタです。お客様の楽しい一時を邪魔するのは私の意に大きく外れます。」
声の方を見ると、大きなスクリーンに、先ほど通信で見た艦長の顔が、その表情を白い髭の向こうに隠して大写しにされていた。
「し、しかしだなぁ、君・・・・・。」
まだ何か言い募ろうとする小金井に、オキタは無表情に――――髭をピクリとも動かさないので、まるで静止画か何かのようにも見えた―――――言葉を制する。
「どうか、私に免じてこの場は引いていただけませんか?ミスター小金井。」
「・・・・いいだろう。行くぞ、ヘブロ!」
小金井はしばし考えるようにしていたが、引き下がった。
小金井の言葉の後半は先ほどから小金井の周りをうろついている太鼓持ちに向けられたものだ。
「へ、へい!」
そして、小金井とヘブロと呼ばれた男はそそくさとこの場を退場していった。
「ふん、少々金を手に入れたのを力を得たのと勘違いしやがって。」
レイアスは、去っていく小金井達に吐き捨てるかのように言った。
「ほんと、あったまきちゃう!!」
キュラーは少々乱れた服を直している。
「しかたがないさ。人間ってのはそんな卑屈で矮小なものさ。」
いつの間にか側まで来ていたヤスノリが呟くように言った。
「・・・・・同じ人間のお前がそんな卓越したようなことを言うなよ。なんか、悲しくなるぜ。」
「悟ってるからな、俺。」
レイアスは、この言葉を無視することにした。
ヤスノリが不満そうな顔でこちらを睨んでいる。
「ほら、キュラー。部屋まで送ってやるから、いくぞ。」
「ええ。」
レイアスがキュラーの手を取って立ち上がらせてやる。
ふと見ると、先ほど艦長を移していた大きなディスプレイはいつの間にか何も映していなかった。
レイアスは多少違和感を覚えたが、そんなことはすぐに忘れてしまった。
【客間】
翌日。
レイアスは少々遅めに布団から這い出してた。
大きく伸びをしようとしたが、とたんに顔をしかめる。
「痛・・・・、ちょっと飲み過ぎたかな?」
昨日、あれからバーに戻ってヤスノリと一緒に飲んだのだ。
二人は一言も喋らなかった。
周りから見たら、一種異様な光景であっただろう。
思い出して、苦笑する。
「まぁ、いいや。」
頭痛を無理矢理押さえ込むと、いつも着ている白いジャンパーを着て、外に出た。
【客間前、廊下】
レイアスが廊下に出るとほぼ同時に、ヤスノリも自分の部屋から出てきた。
羨ましいことに、ヤスノリの方は二日酔いの影も見せない。
レイアスが2杯飲む間に、ヤスノリは3杯飲んでいたというのに、だ。
ほんっとに羨ましい・・・・。
「どうしたんだ?」
どうやら、いつの間にか睨み付けていたらしい。
ヤスノリは、怪訝な顔をこちらに向けている。
「いや、二日酔いでな。ラウンジにでも行こうぜ。」
「ああ。」
そして、二人同時に歩き出す。
【ラウンジ前】
「どうしたんだ、あれ。」
「さぁ?」
ラウンジの前に、5人の男女がたむろしていた。
集まってる人間の顔がみな緊張している。
「よう。何の騒ぎだ?」
ヤスノリは、手近にいた中年の男性に声をかけた。
「朝起きたら、死体があったそうだ。ここじゃ、昼飯が食えないな。」
男性は、こちらを向いて言った。
もっとも、視線は閉じたドアの方に向いていたが。
ドアの前には、何かの立て札があるのが見える。
恐らく、書いてあることは、いま聞いたことと同じ事だろう。
「誰が?」
「小金井さんよ。」
突然、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「キュラー、いつの間に?」
「先程からいましたよ。きちんと朝から起きていましたから。」
それもそうである。
もう昼近いのだ。
ここにいる人間は、ラウンジで食事をしようとして集まっているのだろう。
これではルームサービスでも頼むしかない。
「死因とか、聞いてるか?」
「はい。アルコールから来る、心臓麻痺だそうです。」
キュラーが事も無げにいう。
と、船体が少し揺れる。
「警察の方がドッキングなったようですね。」
「へぇ、大変なことになってるな。」
ヤスノリが他人事のように答える。
「他人事じゃ、無いですよ。レイアスが被害者と喧嘩したのは、周知の事実ですからね。事情聴取ぐらいは覚悟した方が良いと思いますよ。」
「俺はやってないぞ。」
レイアスは、険悪な顔で唸るように言った。
「だいたい俺は・・・・・。」
だが、レイアスの言い訳は、最後まで続かなかった。
また船体が揺れたのだ。
しかも、今度は先程の静かな揺れではなく、轟音を伴った激しい揺れであった。
その場のほとんどの人間が、廊下に突っ伏している。
「ドッキングなら、もう少し静かにやれよ!」
ヤスノリが怒鳴り声をあげる。
流石と言うか何というか、ヤスノリとレイアスとキュラーは、先程の振動でも、全員立っていた。
「違うわ、ただのドッキングの失敗なら、こんな風にはならないわ。これは、何かが爆発した時みたいな・・・・・。」
3人はキュラーの言葉が終わる前に、走り出していた。
こういうことを詳しく知りたければ、ブリッジに行くに限る。
【ブリッジ】
この船の大きさにしては小さなブリッジは、今や騒然としていた。
普段は明るい光がブリッジを白く染めているのだろうが、今は正面のディスプレイを埋め尽くす赤い文字で、部屋全体が赤く見える。
その文字のほとんどはDangerやCautionといったものだ。
その赤い空間を、4人の男の乗組員が走り回っていた。
これも、この船の大きさにしては少ない数だ。
聞いた話では、人員が少なくても運営できるように、船内のほぼ全ての事柄をコンピューターで処理できるようにしたのだという。
レイアスが、手近にいる人間を捕まえる。
乗組員らしいその人間の胸には、マイケルという名前の書かれたプレートが張り付けてある。
それによると、彼は操舵士らしい。
「何が起こってる?」
「通信用のアンテナ周辺が、何かによって爆破されたんです。おかげで、船の機能が30%以上使用不可能です!ドッキングした星間警察も、こちらに入れなくて当惑してます。」
「何かというのは?」
「解らないんですよ!さっきも言ったでしょう?機能の30%が使用不可能だって。おかげで、爆弾なのか、故障なのかも解らないんですよ!」
マイケル―――恐らく、この男の名前だろう―――の声は、何処までも悲痛だ。
「修理できるか?」
「今から行くところです。」
「よし、それなら俺の白炎で・・・・。」
そこまで言って、レイアスは気が付いた。
いや、今まで気が付かないようにしていたのか?
白炎もヴァンブレイズも、今は原因不明の故障で全く動けないことに。
「くそ、どうしろって言うんだ!」
と、レイアスの叫びに割って入るように、ディスプレイに艦長の顔が大写しにされた。
「何事だ?状況を報告せよ。」
艦長の声は、冷静だった。
マイケルが手短に状況を説明する。
「ふむ。幸い、エアロックが一つ開いているようだな。そこから行くしかあるまい。」
エアロックから、宇宙服一つで出ていかなければならない。
それは、宇宙にこれだけ人間が出ていった後でも、危険な行為に変わりなかった。
間違って流されたら、助からない。
「フレッド、行ってくれるか?」
艦長は、冷静な声を崩さない。
レイアスは、何か嘘寒いものを感じたが、それが何故なのかはレイアスには理解できなかった。
「はい。」
フレッドと呼ばれた男が短く返事をすると、さっと立ち上がる。
その声は艦長と違い、緊張で震えている。
「あと一人・・・・・・・。」
「俺が行く。」
艦長の声を遮ったのは、ヤスノリだった。
「ヤスノリ?なら、俺も・・・・・。」
「いや。これ以上人数がいても無意味だ。」
数秒の静寂。
レイアスは返す言葉が思い浮かばずに。
他の人間は、突然名乗り出た若者に驚いて。
艦長だけが感情を表していない。
「解った。君に頼もう。各員、報告をまめにせよ。」
そこまで言って、艦長の顔はディスプレイからかき消えた。
「頑張って下さい。」
ヤスノリは、キュラーの言葉に親指を立てることで応じると、フレッドと共にこの部屋のドアを開いた。
【アンテナ】
手を伸ばせば届きそうな間近に、漆黒の闇が広がっている。
星がそこここで瞬いているが、月と地球ほどに近くにある星は見あたらない。
この例えようもない空間を、静寂だけが支配していた。
「?」
ヤスノリは唐突に、違和感を感じていた。
何かが変だ。
いや、この空間が変とか、そういうのじゃない。
もっと簡単なことで、もっと大事なこと。
と、フレッドがヤスノリの肩をつつく。
フレッドの指さしている方を見ると、アンテナが2本、そそり立っていた。
片方はヤスノリの身長くらいの大きさで、もう片方はその2倍くらいの大きさをしている。
ジャッジメントの装甲はそのアンテナを中心に黒くすすけており、あちらこちらで壊れた装置が火花を散らしている。
アンテナも、2本とも少々傾いている。
特に、大きな方のアンテナは酷いようだ。
「どうだ、直せそうか?」
ヤスノリがフレッドの頭に頭を触れさせて話しかけた。
無線までもがいかれたらしく、こうでもしないと会話ができないのだ。
「大きい方は無理だな。小さい方なら、どうにかなると思う。」
フレッドは答えると、さっさとアンテナの方に向かった。
手振りで、そちらを支えてくれと伝えてくる。
ヤスノリはそれに応じ、アンテナに近付いた。
「!」
そこで、初めてヤスノリは異変に気が付いた。
宇宙服の内部気圧が、下がっているのだ。
耳を澄ませば、空気が漏れる音が聞こえてきそうだ。
慌てて自分の体を見回す。
穴をふさがなければならない。
だが、何処に穴が開いているのか、ヤスノリは見つけれなかった。
息が、だんだんと苦しくなってくる。
見ると、フレッドの方にも同じ事が起こっているらしかった。
咽の辺りを掻きむしり、じたばたしている。
遮光ガラスのため、表情までは解らないが、ヤスノリはかえってその事に感謝していた。
「くそ、帰らなきゃ!」
どんどん息苦しくなる。
もう、いくらも持たないだろう。
頭がズキンと痛んだ。
ヤスノリは、咄嗟にフレッドの手を強引に引っ張ると、エアロックの元に向かった。
エアロックまでの距離が、やけに長く感じる。
そんなに距離はない筈なのに、まるでそれは無限の距離のようだった。
フレッドの方は、既にピクリとも動かない。
ヤスノリまで気を失うわけにはいかなかった。
頭痛をを無理矢理、強靱な意志で押さえつけると、一歩、また一歩と足を進める。
あと5メートル。
だんだんと意識が霞んでいく。
あと3メートル。
早くエアロックに入らなければ、真空の中だ。息が続いたとしても、ただでは済まない。
あと2メートル。
だが、今のヤスノリは呼吸も危うい。
酸素が、決定的に足りない。
あと1メートル。
視界が、だんだんと闇に染まっていく。
もう少しだ。もう少しで届く。
あと・・・・・・・・。
ヤスノリの意識は、唐突に深淵の底に飲み込まれていった。
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