第7話 Partner、復活


指とキーボードの奏でる小気味のいい音につられて、呼び覚まされるかのように文字が躍る。
電子や光を通して超遠隔距離で交わされる文字による会話。
この、チャットという形式の会話は、幾年も前から変わることはなかった。
こちらも文字だけで会話すれば、相手も文字だけで会話する。
インターネットやパソコンのバージョンアップが何度続こうと、技術がいくら進歩しようと、チャットはなくならなかった。
それが何故なのかは誰も知らないが、つまりはこの形式の会話を必要としている人間がまだまだ多数いるということだろう。
閑話休題。
今、一人の男がチャットに興じていた。
真剣な顔で画面に向かうその顔は、なかなかの美形だ。
名を「皇 閑(すめらぎ のどか)」と言う。
チーム【冥皇ノ巫女】のスポンサーであり、メカニックでもある。
文体から察するに、その会話の相手は女性のようだ。
もっとも、文字だけしか判断基準のないチャットにおいて、相手の性別はハッキリ言えばあてになるものではない。
実際、相手の性別を気にしてチャットに入る人間は、あまりいない。
「ふむ。」
皇は満足そうに頷くと、傍らに置いてあったコーヒーを一口啜った。
「こんな時に、何してるのっ!」
「ぐお!?」
爽快な音と共に、後頭部に後ろ回し蹴りが綺麗にきまった。
皇が振り返ると、そこにはすさまじい表情のセシリアが腕を組んで仁王立ちしていた。
全身からヤバげなオーラが立ち昇っている。
「非常時に女の子とお喋りしてるなんて…最低だよ、お兄ちゃん!!」
「まて!なにか多大な誤解があるぞっ!」
「誤解なんてないもんっ!お兄ちゃんがエッチなだけだもんっ!!」
訳の分からない叫び声と共に、再びセシリアの右足が持ち上がる。
次は踵落としらしい。
セシリアが穿いているのはショートパンツだったため、そっちの面もバッチリOKだ。
だが、必殺の意思を込めた右足は、皇の右腕にがっしりと受け止められた。
そこでセシリアは始めて気づいた。
皇が左手に持っているコーヒーが、一滴もこぼれていないということに。
セシリアに格闘技を教え込んだのは皇だが、未だにこれほどの実力の差があるとは、思いもしなかった。
「馬鹿。よく見ろ。」
言われて、セシリアは気を取り直した。
「見ろって言ったって…。」
セシリアは改めて画面を見た。
画面には、「○○さんには、××(ぴぃ〜っ!)って言えばいいのね?」という文字が表示されている。
どう見ても、皇が女の子と会話を楽しんでいたようにしか見えない。
セシリアは感じたままを口に出した。
「おまえ、コレを知らないのか?」
言って、皇はチャットルームの題名らしきものを指差した。
【チャット・ウィズ・MAMI】
セシリアは怪訝な顔をした。
よけいヤバイものにしか感じられなかったらしい。
「コレは一見普通のチャットルームだが、実際は違う。」
皇は立ち上がり、説明口調の体制に入った。
「全宇宙の様々な情報データベースとダイレクトに繋がってる、統合データベースサイト。それが、このチャット・ウィズ・MAMIだ。」
「統合データベースサイト?」
「まぁ、おまえにも分かるように噛み砕いて説明すれば、宇宙で一番情報が早いニュースってとこか。」
「へぇぇぇ。便利なんだねぇ。」
「ああ。だが、情報を一つ引き出すのに100以上の手順を踏まなきゃならんから、今までかかっちまったがな。」
言いながら、皇は自分の携帯端末を操作した。
携帯端末から、立体映像が空中に投影される。
どうやら、何処かの地図のようだ。
「とにかく、この地図をMHKに送ってみろ。」
皇は、そう言って意味ありげにニヤっと笑った。


「チッ・・・・暇だ・・・・。」
若く背の高いクールな男が、面白くも無さそうに呟いた。
その男は、ふんぞり返って前面のパネルに足を組んで投げ出していた。
男の名はエルリック。
その腕を買われて連邦軍に所属している。
エルリックが腰掛けているのは、重巡洋艦の座席(それも、艦長が座るもの)だ。
今回エルリックはエリアDD998方面の哨戒任務を受けた。
お付きに軽巡洋艦が2艦、リテイナーは自分のを含めれば7機という、哨戒任務としては少し大げさな規模だとエルリックは思っている。
「エルリック殿。せめて部下の前ではもう少し…。」
「うるせぇよ。」
後ろに立っている壮年の男の声を、しかしエルリックは一蹴した。
その壮年の男は、この艦の副長といったところだろう。
階級もエルリックより下だ。
「しかし…。」
「ったく、こんな辺境くんだりまで来たんだ。気張ってると、身体の調子崩すぜ。」
べらべらと持っている資料のページをでたらめに流し読みするエルリック。
「しかも、反政府組織ナイトメアに不穏な動きが見られるので調査して来い、だぁ?なんだこのうさんくさい命令は。」
「しかし、先日のMHK襲撃にヤスノリなる男が関わっているのです。この男は、フリーファイターを名乗りつつもゼノビアとの個人的な繋がりもありますし、無視はできません。」
「ふんっ。前の一件はマードックとかいう男の暴走だというじゃないか。この命令だって、どこまで信じられるか…。」
「ですが…。」
エルリックはそれ以上何も聞かないと言う代わりに、手に持っている資料を副長につき返して目を閉じた。
そうなってしまっては、副長は溜息をついて諦めるしかない。
「艦長。前方に我が軍の哨戒艇を確認しました。」
「…。」
エルリックは面倒くさそうに目を閉じたままだ。
しかたなく、副長が口を開く。
「通信は?」
「応答しません。それどころか、動力反応もありません。」
「なんだ?難破船か?とりあえず、三番艦を向けろ。我が一番と二番艦は警戒。」
「了解。」
軽巡洋艦が一隻不明艦に向かって近付いて行く。
不明艦は軽巡洋艦よりも小さく、武装が見られない。輸送機か旅客機か…。
だが、中に何が入っているかも分からない。
軽巡洋艦は慎重に近付く。
「微少な生命反応が見られます。」
「応答は?」
「依然ありません。」
「しょうがない。調査チームを編成して、調査させろ。」
「了解。」
副長と通信士が通常どうりに対応する。
が、唐突にエルリックは叫んだ。 「全艦、その輸送機から離れろ!」
声の調子から、かなり慌てている。
「艦長、一体?」
「話してる時間は無い!」
「りょ、了解。」
面食らいながらも命令に従う部下。
が、それよりも早く……。
ズドォン!
一瞬、全てが白く染まった様に見えた。
不明機が突如爆発を起こしたのだ。
「被害報告をしろ!」
「二番艦は軽傷、三番艦が……大破しました……。」
「なんということだ…。」
副長の眉間には、深い立て皺が刻まれていた。
「それよりも、まだ気を抜くな。三番艦の生存者が居るのなら、助けてやれ!」
エルリックの目は、すでにそれを捉えていた。
「三時の方向、敵ですっ!」
三時の方向。
その方向は、先程哨戒艇が爆発した方向でもある。
その方向には、何か巨大な岩盤のようなものが漂っていた。
「爆光を目隠しにしてワープあたりで近付いたか…。全艦、戦闘準備!」
かなり珍しく艦長らしく振舞うエルリック。
本気ということだろうか。
だが…。
「そこまでです。」
声と同時に、エルリックの後ろでカチリと音がした。
振り返らなくても、その正体は銃だろう。
「やっぱりか。」
だが、エルリックの声に焦りの色は見えなかった。
むしろ、他の仕官のほうが事の成り行きに困惑している。
「俺一人に、手が込みすぎじゃないか?」
「連邦で最強と言われるあなたをどうにかするには、これくらいしないとだめだと聞きました。」
副長は引き金に指をかけている。
ちょっとしたきっかけさえあれば、即発砲するだろう。
だが、エルリックは全く普段どおりの不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ、一つだけ教えておいてやる。」
ゴゴォン
意味ありげなエルリックの言葉と共に、敵艦の一つが一瞬で火球へと変化する。
「ワープアウト、確認!この出力値は…オーラ・シップです!」
閃光の向こう。つまりは、敵艦の真後ろへ、オーラ・シップ『ガラオン』がその姿を現した。
その光景を後ろに、無造作にエルリックが振り返る。
「!?」
当然、銃の引き金が引かれる。
小型のビームガンから放たれるエネルギーは、例え優れた防弾チョッキを着込んでいたとしてもそれを貫通するだろう。
だが……。
ぎゅぅうぅううぅん…… ビームはエルリックの目の前で耳障りな音と共に霧散した。
「パーソナルバリアだとっ!?」
男の驚愕の表情を浮かべる。
当然だ。個人用の、しかもこの至近距離のビームを完全にシャットアウトするバリアなど、そうそうはない。
最新の試作型である。
が、それも一瞬のことだった。
エルリックの蹴りが、男の顔に突き刺さったからだ。
あっさりと崩れ落ちる男の頭に、続けざまに3発の銃弾を叩き込む。
男は、血と脳漿を飛沫かせて絶命した。
「情報が駄々漏れだと、奇策は意味が無い。」
エルリックは何事も無かったかのように振り返ると、再び椅子に座りなおした。
「残りを掃討しろ。どうせ小物だから、無理に生かさなくていいぞ。」
ただ、周囲の人間だけが呆然としていた。


深く暗い地下。
地下数キロを数えるそんな所でさえ、今や人の手が入っている。
無機質でやたら直線的な通路が、その証拠とも言える。
そんな通路に、小さく不思議な音が一定のテンポを刻んでいた。
それは、壁に設えられたドアロックのナンバーキーを解除しようとしている音だった。
続いて縦に口をあけたスリットにカードを滑り込ませる。
少しの時間差の後、そのドアは空気が抜けるような音を発しながら開いた。
ドアを開けた男は足早に中に入ると、懐のライトを取り出そうとした。
だが、その小さなペンライトが部屋を照らし出すより早く、ぱっと明るい光が部屋を包んだ。
部屋のライトが点いたのだ。
「!」
男………ヤスノリは驚いて振り向こうとするが、後頭部に当たる硬い感触に、出来なかった。
ヤスノリは一つ舌打ちをし、手に握っていた拳銃を捨てて手を上げた。
「かってにうろちょろされると、困るな。」
ヤニで枯れた声。
この声は知っている。
気配の殺し方といい、たった今感じる殺気といい、噂通り只者ではない。
「てめぇは…パニッシャーの……。」
「カーヴィンだ。」
カーヴィンは、拳銃を持つ手に力を入れた。
ごりっという音がして、後頭部に拳銃の先端がめり込む。
ヤスノリは本能的にヤバイと感じた。
この男………自分を本気で殺す気でいる。
しかも、人を殺すことに慣れている。
パニッシャー……粛清者。
いくつもの部隊やチームが混在する連邦において、汚れ役として忌み嫌われる部隊がある。
あるときは暴徒の鎮圧のためにコロニーに致死ガスを流し、またあるときは政治犯を殺害するために無関係な人間が多く集まるイベント会場にリテイナーを持ち込んだ。
汚れ仕事を一手に引き受ける、連邦最悪の部隊。
この男……カーヴィンは、そのパニッシャーの一人ということか。
噂が話半分だったとしても、人を殺すその瞬間に少しも心を動かすことはないだろうと思わせる殺気は、まさしく本物だ。
ヤスノリは、よほど自分は連邦と相性が悪いのだなと心の中で毒づいた。
「やめて下さいませんか。」
カーヴィンの殺気は、突然に聞こえてきたその声に掻き消されるかのように消え去った。
目をやると、あの男が二人の目の前に出現していた。
まるで、始めからそこにいたかのように、あたりまえに。
その男はヤスノリが地面に転がした拳銃を無造作に拾い上げた。
その間、カーヴィンの殺気は消えていたし、目の前の男は無防備な状態だった。
だが、できなかった。
何故か、この男に対しては頭の中で危険信号が鳴る。
知識や感覚ではない部分。
かといって、本能でもない。
もっと奥深くの方が、危険信号を発している。
「これは返しますよ。」
拳銃が小さく放物線を描いて飛んでくるのを、受け取った。
やけに軽いと思えば、マガジンを抜き取られていた。
その時、ずぅん…という低い音が響いた。
「砲撃!?」
「あなたたちには、まだ働いてもらわないといけませんからねぇ。」
男はヤスノリの殺気をさらりと受け流しつつ、おどけたように肩をすくめて見せた。


前方で幾つもの爆光が閃く。
敵の基地と思われる場所へ、ネモのガラオンを中心とした部隊の攻撃が始まった。
部隊はMHKのメンバーが大半で、MHKに協力してくれている各組織からも援軍が入っていた。
ネモのオーラシップに、重巡洋艦が2艦。
強襲部隊としては、大部隊だといえる。
「ミサイル、60%が命中!敵の損傷、軽微!」
「第2波、第3波の準備を急がせろ!第3波の発射と同時にリテイナー部隊を前線に押し出せ!援護射撃と弾幕、忘れるなよ!」
「了解!」
オーラシップ・ガラオンの指令席で指揮をとっているのは、もちろんネモである。
ネモがリテイナーパイロットでもあるため、副官のエレクトラがこの席につくことも多いが、やはりネモが指揮をとると雰囲気が違う。
いつもは邪険に扱われてさえ見えるネモだが、やはりガラオンの艦長はネモなのだ。
「艦長、レイアス君から通信です!」
「回せ!」
ネモのパーソナルディスプレイにレイアスの顔が大写しになる。
どうやらコックピットからの通信らしい。
後部座席にはキュラーも座っているらしい。
「何だ?」
「ヤスノリが出ました。」
ミノフスキー粒子下では、レーダーなど役に立たない。
よしんばリテイナーの数を確認できたとしても、個体を識別する術はない。
それを理解できる感覚。強化された感覚が、それを可能にしていた。
「いいのか?」
何に対してか?
知らず、レイアスの奥歯がキリっと鳴った。
「確かめます。ほかは頼みます!」
「分かった。行って来い。」
レイアスの決意の表情を最後に、通信は途切れた。
戦線はこちらが有利だ。
いくらもしないうちにこちらの勝利が確定するだろう。
だが、なぜか悪い予感が消えない。
不安が夏の夜の空気のように纏わりついて来る。
「くそっ、何だというんだ…。」
吐き捨てても、不安は無くならなかった。
ネモは、ガラオンから飛び立つ白い光を、複雑な心境で見送った。

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