レキシフずぶずぶ東下り
無隣庵会議

2002年5月某日、レキシフ諸将は京の都にて
来る8月における夏期出征について討議した。

会場は明治の功臣「山縣有朋」の別邸「無隣庵」。
奇しくもそこは1903年に山県有朋と伊藤博文、桂太郎、小村寿太郎により
日露戦争開戦直前の外交方針を決める会議が行われた場所である。
一方、討議は「まぁよう、いっぺん靖国いってみよかぁ」
の一言で出征先は帝都東京と決せられた。
南禅寺&琵琶湖疎水
治水は国の要という国是に従いレキシフの重臣たちは
南禅寺にある琵琶湖疎水に向った。

南禅寺は1291年に亀山上皇が離宮を大明国師に与えて
禅寺に改めたのが起こりで、
写真の山門は歌舞伎「山門五三桐」で石川五右衛門が
「絶景かな、絶景かな」
と大見得を切った場所である。

その南禅寺の境内に不釣り合いのレンガでできたアーチがある
それが琵琶湖疎水である。
疏水は明治期に琵琶湖から京都に引かれた水路である。
舟運・発電・上水道・灌漑用水などの目的で作られたが、
現在は京都市民の飲み水を供給するのが主たる目的となっている。
当初から難工事、莫大な建設費を予想されていた疎水計画は賛否両論うずまき、
レキシフの治水の神、外国人御雇技師のデ・レイケさんは強く反対したらしい。
戦勝祈願

平安神宮で戦勝祈願した我々は来る帝都遠征にむけて
着々と準備を開始したのである。

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過激派を摘発し後顧の憂いを無くしたレキシフは
8月23日帝都に向けて出立した。