「おー、今年もひよっこたちがわさわさいるねー」
昨日までの寒さが嘘のように、暖かな風が緩やかに吹く午後。
高等部校舎3階から顔を出しながら、絶景かなと言い出さんばかりに爽やかな笑顔で地上を見下ろす影が一つ。
それを横目で眺めながら、少年は大きくため息をついた。
「・・・秋吉、窓から顔を出すのはやめないかい・・・?」
咎めつつも、どこか諦めたような口ぶりで、彼は言う。
その言葉に「えー」と不貞腐れた様子で、窓から身を乗り出していた少女は渋々と窓を閉め、
先ほどまでのように自分の指定席へと腰を落ち着けた。
少年の指示に従いつつも、その表情と態度はどこかふてぶてしい。
「何言ってんの、可愛い可愛い後輩の面を拝んでるだけじゃないの。
・・・ところで書類はまとめおわった?」
「大体ね。・・・書類の心配をする位なら、君も手伝ってくれたら良かったじゃないか」
「嫌だよ、私デスクワークに向いてないもん」
「・・・聞いた僕が馬鹿だったよ」
そういって、少年はまた一つ大きなため息をついたのだった。
蒼沢翔司。桜海学園高等部の生徒会長の任に就くようになって、半年弱になる。
二年生の春に初めて生徒会選挙で生徒会長に選ばれ、
人員不足という事で、何故か後期も持ち上がりで役員として働く事が決まったのが、つい一ヶ月前の事。
・・・自分だけが持ち上がるのであれば、まだ良かったのかもしれない。
けれどもため息の原因の種である人間までもがオプションでついてくるのは、
ちょっとあんまりなのではないか――――――――そう心の中で呟きながら、再び癖となってしまったため息をつく。
そして、じろりと僅かに恨みがましい目で、「ため息の種」を睨みつけてやった。
「ちょっと、ため息つかないでよ、辛気臭い」
「・・・誰のせいだと思ってるんだ」
「どう考えても神経過敏なアンタのせい」
「・・・・・・」
・・・どうやら、鋭い視線の効果はあまりなかったようである。
当の本人は飄々とした様子で、先程自販機で買ってきたホットレモン―――ただし最早冷め切っている―――を
優雅に口元へと運んでいた。無論、生徒会の仕事をこなしている様子はない。
あまりにもマイペースな少女に、更なるため息をつきたくなるものの、何とか翔司は押しとどまった。
―――秋吉明。蒼沢翔司と同期で生徒会入りし、同じく人員不足という理由で今期役員に決定した、
副会長職の任にある少女である。
・・・そして、翔司専属のストレス製造マシーンと言っても、ある意味過言ではないだろう。
『あ、蒼沢って言うの?私、秋吉明ね。一緒に頑張りましょ』
最初こそ。そう、最初こそ好感の持てる明るい少女だと思った。
さばさばとした性格で、教師にも物怖じする事なく進言する事で、いくつもの規則を塗り替え、提案してきた。
・・・その姿勢は今も変わっていない・・・のだが。
「蒼沢ぁ。その書類まとめ終わったら、職員室の鈴木先生のところに提出ね。
・・・あ、ちなみに社会科の鈴木先生の方だからよろしくー」
「・・・秋吉。君、ちょっとは働いたらどうなんだい?」
「あら、働いてるじゃないのよ」
「・・・一応聞いておくよ。何の仕事をしているって?」
「新入生ウォッチング」
・・・マイペースにして、自分主義。
根は悪くないはずなのだが、気がつけば生徒会の実権は、副会長である彼女が握っていた。
後輩である書記も、会計も、もう一人の副会長も、彼女には逆らえやしない。
・・・無論、生徒会長である翔司自身も、だ。
「秋吉・・・君って人は・・・」
「・・・あのねぇ。私が本当に新入生見てるだけだと思ってたら大間違いよ。
私の仕事はパソコンでの処理!あんたが鈴木先生のところに言って、ついでに次の書類を貰ってきてくれないと
私は次の段階に進めないってわけ。おわかり?」
「・・・つまり、仕事をしてくれると受け取っていいんだね?」
「そういう事よ。アンタ、頭いいくせしてアナログ人間だからね。
承認印とか書類に目を通したりするのはアンタのが長けてるけど、資料作成は私のが早いわ。
ってことで、とっとと出て行って鈴木先生のところに行って来てちょーだい」
「・・・何か腑に落ちないけど・・・それじゃあ行って来るよ」
「はいはい、寄り道たっぷりして帰ってきていいからね。私が楽だから」
「・・・・・・」
あっけらかんとした顔で手を振る少女に呆れた表情を浮かべながら、
翔司は書類をまとめて生徒会室の扉へと手をかけた。
彼女は相変わらず、続々と門をくぐってやって来る新入生を、窓から眺めている。
・・・ずっとあんな風に眺めているだけなんて、飽きたりしないのだろうか。
それとも、彼女はあの場所でずっと誰かを待っているのだろうか――――――
そう考えたところで、翔司は小さく首を横に振った。
そうだ、彼女は「普通」の物差しで測る事が出来ない人間だった。
自分が思いあぐねたところで、彼女の思考に近づくことなど出来ないだろう。
それが、一年間生徒会で相棒を務めて来た翔司なりの結論であり、理論であった。
「・・・行って来ます」
小さく挨拶をしたが、どうやら明は既に外の様子に見入ってしまっているようだった。
苦笑を浮かべ、生徒会の扉を静かに閉める。
――――そうして翔司は運命的な出会いの第一歩を踏み出したのだった。
「・・・来た」
翔司が生徒会室から出て行った数分後。見慣れたシルエットを目にした明は、にっと笑みを浮かべた。
・・・あの子の事だから、面倒だとかいって試験を欠席すると思っていたのに。
さすがに、昨夜就寝を妨害してまで念を押したのが効いたのだろうか。
眠たげに細められた目と、無表情極まりない・・・否、どこか不機嫌そうな顔つき。
それでも、あの子は来た。来たという事は・・・必ず4月に再びこの学園の門をくぐる事になるだろう。
何かが動き出しそうな予感に、明はどこか 嬉しそうな表情を浮かべていた。