京都市花屋町通    花街の揚屋建築が残る島原

島原は豊臣秀吉が京都を再興するにあたり、二条柳馬場に花街を公許したのが始まりで、その後六条三筋町に移転し、さらにこの地に移転した。 急な移転騒動が、当時の九州で起こった島原の乱に似ていたことから、島原と呼ばれる様になった。

  
花屋町通の町並み



島原大門


  
輪違屋(わちがいや)
島原に唯一残る置屋


  
角屋
江戸時代揚屋として社交遊宴文化の場であった。
揚屋は置屋の様に太夫や芸姑を置かず、客の求めに応じて呼ぶ。


 
西本願寺太鼓楼        東本願寺の堀



<交通> 地図 JR山陰本線・丹波口駅より徒歩約5分。

[町並みリスト]