きーぱーそん





「分かってるわよね?」
「はいはい」

 分かってますって。
 どれだけ聞かされているのか、一度数えて教えてあげたいぐらいだわ。あなたの「分かってるわよね?」は。
 二言目には必ず出てくるんだもの。
 もっとも「彼」の話題が出た時に限って、だけど。
 ああ、可愛いなあと思う。羨ましいな、とも。
 でも言わない。言ったら最後、どんな状態になるのか容易に想像出来るもの。

「なら助けてよ!」
「助けろと言われても、ねえ」

 具体的に何をどう助けて欲しいのか、この子はいつもすぐには言わない。
 上目遣いにちらちらとこっちを見たり、時々身体を震わせたりしながら私の次の言葉を待つ。
 つまりは『察して欲しい』という意思表示なんだろうけれど、そんなこと察したくない身としては黙って彼女の次の言葉を待つしかない。
 お互いがお互いの答えを待つ時間は平均2分。そして必ず折れるのは彼女。

「だーかーらー!」
「だから?」
「助けてってば!」
「どう助けろと?」
「それは!」
「それは?」
「……………」

 やれやれ。
 この子はどうしてこう、すぐに素直になれないんだろう。
 それほど抵抗があるものなんだろうか。
 気持ちが分からないわけでもないけれど、難儀な性格だなぁと時々気の毒に思う。
 でも、私からは絶対に助け舟は出さない。
 これ以上捻くれたら、今後この子の恋人になる男の子に申し訳が立たない。
 そんな妙な使命感を抱いている。
 ぷーっと顔を膨らませ、私よりも背が7センチほど小さく、いつも上目遣いに私を見る彼女に微笑ましさを感じながら。
 我慢我慢。噴出したら拗ねるから。

「もう!察してくれたっていいじゃない!」
「言ってくれなきゃわからないわよ…」

 本当は分かっているけれど。でも、こういうことは本人が直接言わないと駄目だと思う。
 甘やかすつもりはないから。親友なら時には厳しくしないと。
 不満そうな目でまだ私を見ているけれど、諦めたかのように溜息をついた。

「はぁ…あんたって本当に使えないわね」
「ごめんね頭の回転鈍くって」

 多少我慢強くないとこういうタイプとは付き合えない。我慢、我慢。
 時々無性に「私って付き合いいいなあ」としみじみ思う。
 ま、しょうがないよね。頼られているのって悪い気しないし。

「で?今回はどうすればいいわけ?」

 私が聞いた途端、再び頬を膨らませる。しまった。聞き方ミスった。
 この子、自覚はあったんだった。

「その言い方酷いと思う」
「ごめん反省した。私も悪いと思った」
「ならばよし!許す!」
「切替早っ!」
「だって、貴重なお昼休みを無駄にしたくないもん」

 それもそうね。お弁当ゆっくり食べていたせいで、残り時間20分もなくなってる。
 この後のことを思うと確かにのんびりしていられないわ。

「じゃあ早速作戦会議するわね」
「はいはい」

 今回はどんな作戦で行くんだか。
 過去の失敗は繰り返さないようにしてはいるみたいだけれど、どうしても上手くいかないものね。
 ざっと挙げていくと



数学テストの成績勝負
英語テストの成績勝負
歴史年号記憶勝負
早く学校着いた方が勝ち勝負
お弁当早食い勝負
早口言葉対決
料理自慢対決
あみだくじ
じゃんけん
竹馬レース
カラオケの点数勝負
ビリヤード
ダーツ
UFOキャッチャー
音楽ゲーム



 どれも完敗、だったらここまでヒートアップしなかったと思う。でもどの勝負全てにおいて僅差という結果は悔しさを倍増させるのも無理はない。
 それに輪をかけるように「あはは、今回は危なかった」と言われてしまったとあれば、これはもうヒートアップどころの騒ぎじゃない、炎上。その日の放課後の宥めタイムがどんどん伸びていって、もう大変。
 最新の「ストップウオッチでどっちが10秒ギリギリで止められるか」で負けた後は店を出たの8時過ぎてたっけ。
 そう、ここでいう「作戦」とは「次はどんな勝負をすればいいかを考える」ということ。
 男女間のハンデがなく、尚且つ勝てそうな素材、これを思いつく限りだしていくだけ。で、午後の授業で彼女が一つに定め、全授業終了後に「果し状」を叩きつけるというのがいつもの流れ。
 さらに勝負に敗れ、愚痴に付き合うという続きがあるんだけれど、いい加減喜ぶ顔も見たいからここでは考えないでおく。

「色々と授業中に考えていたんだけど」
「…授業は勉強に当てなさい」
「そんな正論聞きたくない」

 ったく、この子は…まあ、今に始まったことじゃないからしょうがない。
 補習に付き合わされて消えていく私自身の勉強時間のためにも、ここは早いところ勝たせないと。

「とりあえず、ここにリストアップしたから、参考までに意見を聞かせて欲しいの」
「はいはい」

 見慣れた「勝利への道ノート」と書かれたテディベアの表紙がラブリーなピンクのノートを受け取り、開かれた箇所を見る。

 ……………………

「あのさ」
「どれもいい感じでしょ?」
「ひょっとして、寝不足?」
「なんで?」

 …寝不足じゃないのか…となると、かなり煮詰まってるな、これ。
 確かに男女のハンデがないような勝負事って、それほど多くはないと思うけれど、もっとまともなものはいくらでもあると思う。

「…この「へのへのもへじを一分でどれぐらい書けるか」ってのは何」
「雑なのは駄目。ちゃんとジャッジしてもらうから。勿論あんたに」
「…「魚釣り」は?」
「外道ノーカウント。餌はあんたがつけて」
「…「草団子大食い」」
「一昨日お母さんが買ってきたやつなんだけど、一口サイズで絶賛ものなのよこれが!あれならいくらでも食べられる!超楽勝!」

 今聞いたのは比較的まともだった。
 でも、高校も来年で二年というこの時期に「にらめっこ」だの「あやとり」だの「しりとり」だの…幼稚園児か。
 確かに見た目は小学校低学年ぐらいにしか見えないけど。
 しかし、この中から選ばなきゃならないのかしら…やれやれだなあ。

「で、どう思う?あたしはこの「ビニールのぷちぷち早潰し」なんてのがお薦めなんだけど」
「…あんた自分でやるんでしょうが。私に薦めてどうするのよっ」
「いや、調達が楽かなと」
「………まさかとは思うけど、このぷちぷちビニール調達するのって」
「ん」

 ん、じゃないでしょうが! 
 どうして私がそこまでしなきゃなんないのよ!

「ヒマでしょ?」
「暇だけど」
「退屈でしょ?」
「いや、それほどでも」
「協力してっっ!」

 …………うー、この目に弱い。
 これを意図してやっているのなら、この娘は危険過ぎる。
 意図してやっていなくても、十分危ない。

「ね?」
「…………あーもー」




「…………次はこれなんだ」
「そうよ!今度こそこてんぱんにしてあげるわ!「ぎゃふん」と言わせてやるんだから、覚悟なさい!」

 あんたは一体いつの時代の生まれだ。

「あはは、こてんぱんとか「ぎゃふん」とか、随分古典的な表現だね」
「むきーっ!そんなことどうだっていいでしょー!いいから勝負よ勝負!」

 私、彼を時々尊敬したくなる。
 だって普通、ここまで執念深く追いかけてきたら逃げるか通報ものだと思う。
 短気じゃなくて良かった良かった。私までとばっちり食うって。

「分かったよ。今日はこれで勝負すればいいんだね?」
「そ、そうだけど…相手するのは私じゃないって」
「お前の相手は私だー!」

 彼、いつも私に確認してくるのはどうしてなんだろう。
 まあいいや、とにかく今日こそ勝ってもらいたいもんだわ。



         ・             ・



「……むきーっ!覚えてなさいよーっ!次こそ私が勝ってみせるんだからーっ!」
「あははは、忘れたくてもこれだけ頻繁に繰り返されると忘れたくても忘れられないよ」
「…でしょうね」

 今回も僅差で敗北。僅か三つ。その三つが遠かった。
 悔し涙を見るのは何度目だか忘れちゃったけど、慣れないな、こればっかりは。そんな姿も可愛いんだけど。
 今日も慰めないと駄目、か…はぁ、しょうがない。

「行くわよ!直ぐに作戦会議するんだから!」
「はいはい」
「…でも、どうして僕と勝負したがるんだろうなあ…」

 それは、あの子と私しか知らない。そして絶対彼だけには知られてはならない。



『私は、あいつが好きなの。でも、普通に言ってもつまらないわ。ラブレターは何度書いても駄目だったし、直接告白しようとしても、どうしても言えないの。
 だから、勝負して私が勝ったら言おうって決めたの。何回負けたっていい。でも最後には絶対勝つ。だって…』



「大好きなんだもん、か…」

 応援したくもなるってば。
    とにかく、今日は慰めてあげよう。

「あの…」
「え?あ、ごめんなさい。いつも相手してもらっちゃって」
「ああ、いえ、いいんですそんなこと、どうってことありませんから」

 同級生なのに、どうして私には敬語なんだろ。
 ふと思い返してみる。そういえば彼、他の相手に対しても普通だったような。
 敬語使うのって、私だけ?あれ?どして?
 まぁ、いいか。

「そ、それで、なんですけど…」
「はい?」

 どうしたのかしら。何やら妙な雰囲気が。
 もじもじと、おどおどと。
 はて、このリアクションはつい最近どこかで見たような…ああ、思い出した。あの子が彼への想いを私に打ち明けた時だ。
 …………あれ?
 ま、まさか…ねえ…






「こ、これ…よかったら…読んで…くださいっ!」
「え?あ、ちょ、ちょっとっ!」

 あー……行っちゃった。すごい早さ。
 うあ、参ったなあ…まず間違いなくこれって
「ラブレター…だよね…」

 これは、ちょっと、予想外の展開なんですけど…どうしよう。
 み、見られて…ない…わよ、ね…ほっ。良かった。見られてない。
 と、とにかくこれはポケットに仕舞って…





「勝負よ!」
「ふえっっ?」

 後ろから急に怒鳴られた。振り返ってみれば、そこには目を真っ赤にして立っている、慰めなければならないあの子。
 まるで…そう、いつも彼に勝負を挑む時――それを10倍増しにしたような睨み方。

「な、なに?どうしたのよ急に」
「…勝つ」
「え?」

 か、勝つって?一体何を言って…ま

「まさか…」
「あいつがあんたを好きだって言うのなら!私があんたに勝って私の方が良いってことを分からせてやる!目覚めさせてやるんだから!
 さあ勝負よ!あんたが望む形でいいわ!どんな勝負だって私は勝つ!絶対勝つ!
 決めなさい!私は…あいつのためにも絶対に勝ってみせるんだからぁっ!」



          ・          ・



   そしてそれから一ヶ月。
 私は未だに彼女に勝ち続けている。
 そして慰めも続けている。
 彼は私の返事をひたすら待っている。
 私は返事をするつもりはない。
 彼女は望んだ彼のハートをゲットする夢を叶えられていない。
 彼は私の返事を得られていない。
 これから先、この関係はどうなっていくのやら。
 ま、とりあえず、私は今日も彼女を慰めよう。わずかばかりの優越感に浸りつつ。






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