ストームフィスト城内、マルスカールの執務室へ至る回廊の隅で
小さな囁きが交わされていた。
「きみは中々、ものの隠し方を心得ているんだね。驚いたよ」
男の背にナイフを突きつけながら、ドルフは淡々と呟いた。
男・・・キリィはいつもの深紅の外套の裏にあたるケープを羽織っており、
この上なく人目を惹く緋色の帽子も被ってはいなかった。
細身の長身を被う上下も灰色に近い黒で、まるで正体のない影のようだ。
隠れたりせずとも、召使のように機敏に堂々と動けば目につくこともなく
キリィはそのまま誰にも見咎められずに此処までやってきたのだ。
いま少し時間があれば居室に辿り着いていたかも知れないが、
その道に長けたドルフが見逃す筈もないのがキリィの不運でもあった。
ドルフは肩甲骨の下から首筋にナイフを移しながら話しかける。
「また懲りもせずに御館様に刃を向けにきたの?
二度目はない、と云いたい処なんだけど御館様は大層きみに御執心でね。
・・・ただ、ギゼル様はきみを何とかしろとの仰せだ。
黙って見過ごす訳にも余計なことをする訳にもいかないんだよ、
わかるだろう? 本当にきみは僕を困らせるのがうまいね」
「・・・・・・貴様がどうなろうと俺の知った事ではない」
「そうだね。ところで今、きみの運命は僕の手の中にあるんだが
どうして欲しいか希望はあるかい。叶える保障はないけれど」
「なら奴に謁見させろ。貴様のような邪魔の入らんところでな」
キリィの憮然とした答えにドルフは声だけで軽く笑う。
「そういえばあの時は・・・僕が見ていたのがそんなに恥かしかったかい」
とても愉しんでいるように見えたけれど?
マルスカールとの最初の謁見のときの事を揶揄されて、キリィは
怒りと恥辱に燃える眼差しでドルフを横目に睨んだ。
ドルフの表情はびくともしない。
「ではこうしよう、僕から一本とれたらきみを行かせてあげる。
残念ながら殺すわけにはいかないから僕は刃物を使わないけれど
君は好きなようにかかってくればいい。これならとりあえずは
ギゼル様にも申し訳が立つだろうからね」
「ふん、異存はない・・・行くぞ」
キリィは針を構え、躊躇無くドルフに投げつけた。
半身をひねって避けるドルフにさらに次の針を放つ。
「無駄だね、速く投げられるだけじゃ意味がない」
直線の軌道を容易く見切ってドルフは距離を詰めていく。
しかしキリィが手をとめることはない。
ぎりぎりの角度で巧みに針を避わし間合いに入ったドルフが
掌底で胸部を一撃する。キリィは堪らず後ろによろめいた。
「・・・っ」
「他愛もないね。息が苦しいだろう? 暫くは動けはしない筈だ。
今日はこのまま下がってくれたまえ」
「一撃・・・確かに入れたぞ」
喘鳴の下からキリィが指摘する。
その言葉どおり、ドルフの上腕には深々と投げ針が突き立っていた。
「上からとは・・・やってくれるね。他にもまだまだ技があるのか・・・面白い」
ドルフはさして面白くもなさそうな面持ちで針を抜いた。血は出ない。
通せ。
唇の動きだけでキリィが促す。
ドルフは、肺への空気を求めて喘ぐ男を担ぎ上げて歩き出した。
「何処・・・へ」
「約束は約束だからね。御館様の書斎へ通してあげよう。
執務が終わったら好きなだけ歓談させていただくといい」
ドルフは一度も人目にふれること無くマルスカールの書斎へ辿り着くと
大机の上にキリィを横たえた。
降ろされて重力を受けた肺が痛みを訴える。
「ぐぅ」
ドルフは構わず、手早くその両手首をワイヤーで縛りあわせ、
端を首の後ろに括りつけて、キリィが腕を伸ばせないようにした。
その上で両足をどっしりした机の脚に縛りつける。
「どうせ大人しく待つ気はないんだろうから、縛らせて貰ったよ」
さらに身体を起こせないよう、首を巻いたワイヤーを少し離れた椅子の
背に結びつける。
「下手に動くと椅子が倒れて苦しむ羽目になる。
わかったならいい子にしているんだね」
ドルフは殊更にからかうようにキリィの頬を撫で、彼の鼻先で小さな
薬粒を潰した。細かい粉末があたりに飛散する。
未だ肺にダメージの残るキリィは長く呼吸を止めることが出来ず、
たっぷりと吸い込んでしまった。
ドルフは冷静にそれを見守っている。
「今のはちょっとした媚薬なんだけど、僕にはちっとも効かなくてね。
どれくらいの効果があるのか『とても』興味があったんだ。
丁度いいことに、御館様がいらっしゃるまできみも退屈だろう?」
「く・・・ふざけた真似を・・・!」
「いいのかい、あまり大きな声を出すと外の衛兵に気付かれるけど」
キリィは口を噤むしかなかった。
ドルフは満足げに頷くと、やわらかい金の短髪を梳いた。
「そうそう、いい子だ・・・」
幼い弟妹にするように頭を撫で、優しい口調で囁きかける。
その視線は冷徹にキリィの肌をなぶり、手は淡々と着衣を剥いでゆく。
「やめろ・・・」
拒絶の声にうっとりとかぶりを振り、さらに囁く。
「何もしやしない、ただきみをもっとよく見たいだけさ。
きれいな身体だね・・・中の血肉もさぞかし素敵な色をしているんだろう」
不穏な言葉を呟きながら、胸元までキリィの衣服をたくしあげる。
曝されたキリィの肌がざわりと粟立った。
「ぁぁぁ・・・・・」
「もう効いてきたのかな。それとも寒いのかい?」
何気もなく触れられた指先が鋭敏になったキリィの感覚を震わせる。
奥歯を噛みしめて吐息をころす仕草を愉しむのか、ドルフは間近に彼を
見下ろしながらその腹や胸の筋肉を幾度となくなぞり上げる。
「肌が熱くなってきたね、冷ましてあげようか」
ドルフは震える肌に息を吹きかける。
その冷たい空気の流れが皮膚を玩弄する感覚に、キリィは声もなく悶えた。
「まだ暑い?」
少しく興奮を抑えきれない声が問う。そして応えも待たずに下衣をまさぐった。
キリィは殆ど動かせない首を可能な限り振って嫌悪をあらわす。
当然ながら効果は無く、ドルフの手が充血した器官に気付く。
「嫌…だ・・・」
ドルフの視線が其処に注がれているのが彼にもはっきりと解った。
「嘘だろう、きみの体はタノシイときの形をしているよ」
囁く男のその異様さにキリィは脳髄が凍るような痺れをおぼえた。
わずかに遁れようと身じろぎする腰を抑えつけ、ドルフは目を覗きこむ。
「僕のやりかたがいけないのかな・・・これならどう?」
柔らかく揉むように愛撫され、キリィのものはさらに熱を帯びる。
恥辱のあまり、眼は潤んで頬は熱病のように赤味が差した。
ドルフはそれを見て嬉しげにキリィの唇をなぜる。
「可愛いね、もっと好くしてあげよう・・・」
肘を押さえつけ、のめりこむようにドルフは上体で覆い被さり、
さらに激しい愛撫を施してゆく。
「やめ・・・好くなんか、な・・・・・い」
キリィが口惜しげな表情を浮かべながらも快楽に流されてゆく様子を
恋人のように慈しみながら、敏感な箇所をくまなく冷酷に指で責めたてる。
薬で自制の利かなくなったキリィには耐えられたものではなかった。
「・・・駄っ」
上擦った声を必死に堪えようとするあまり、言葉にもならない。
「僕の指はどう?気持ち好い?」
朦朧と我を忘れたキリィが頷く。
「きみは嘘吐きだね。御館様のほうがいいくせに」
悪い子は好くしてあげないよ、とさざめき笑ってドルフは手を止める。
キリィの瞳に恨めしげな光が瞬く。
そのまま引き下がるつもりだったドルフだったが、その眼には逆らえなかった。
「しかたない子だ」
キリィが大きく息を呑んで固まる。
「服を汚す訳にはいかないから、これで我慢するんだよ」
ドルフは大机の隅に腰をかけ、体をひねるとキリィに口淫を施した。
「ん、んっ」
口腔のやわらかい刺激に甘い吐息が洩れる。
夭い香りがあたりに漂うまでに、それほど長い時間は要しなかった。
口許をそっと拭い、何事もなかったかのように無表情のドルフが
再びキリィの髪を撫でた。
「これ以上は駄目だよ、きみは御館様のものだからね」
気が済んだのかドルフは手足のワイヤを全て解くと書斎を立ち去った。
当のキリィは到底動けたものではなく、荒い息をつきながら
大机のうえで行き場のない欲情を持て余していた。
執務を終えたマルスカールが書斎に入ってきたときも、部屋の中央には
そのまま大机の上にぐったり横たわっている姿があった。
マルスカールは手首の痕からすぐに察し、そっとキリィを抱き起こした。
「マル・・・スカール・・・・・・」
「いい加減にしっかりするがよい」
絡みつく若い肢体に接吻を落としつつも、マルスカールは苦笑する。
あのドルフまでをも血迷わせおって・・・・・・
この者の立場を早く何とかしてやらねばなるまい。
溜息をひとつこぼし、マルスカールはキリィの背をやさしく撫でた。
どのくらいの時間、欲を燻らせていたのかはわからぬが、
今夜はいつも以上に囀ってくれることだろう。
無論、嗄れ果てるまで歌わせるつもりのマルスカールはかれの唇をたっぷりと
自身の唇で潤してやるのだった。
◇あとがき◇
献上小説が長すぎて持ってかえれなくなったお詫びに
押し付けちゃった暴走ドルフ小説でv
ドルフは薬物の摂りすぎで物理的に不能なんだと勝手に思っております。
だからマルスカールの寵愛をうけるキリィに対して嫉妬することはないけれど、
あるじと同じものを愛好したい、というある種の倒錯が強いに違いなくて・・・
で、彼は不能者であるが故に、キリィに対する鬼畜この上ない寸止め行為については
まったく何の躊躇いも悪意もありません。
むしろ放置して去ったほうがキリィの貞操のためだと考えてるふしがあるのでは(笑)
ドルフも二人の関係を認めてそれなりに尊重しているといいと思うのです。
L'Arc-en-Ciel 『真実と幻想と』を聴きながら
2006.12.28 榊 直海