かぜのふく夜は・2
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友雅の頬に手をのべて、その熱を慈しむ。両のたなごころの内で、友雅が心地よさそうに眼を閉じるさまを看ると、鷹通の下腹あたりから熱い衝動が湧きおこってきた。
閉ざされた彼の目蓋、きりと引き絞られた眉の双弓、誰が手がけようとも及ばぬ程見事な鼻梁…眼の前にある全てが…友雅の緋唇が、鷹通のまなざしを捕らえて離さない。
(このまま私のものにしてしまうことができればいいのに)
いだき起こして友雅が目を開ける事を恐れたか、鷹通は己の上体を引寄せられて覗き込む。夢幻のように美しい姿が、今確かに自分の手の内にあるのだと、友雅の頬から伝わる熱を幾度となく確かめる。初めて見る儚げな彼の姿に、空の揺れにすぐさま舞い散ってしまう満開の櫻を連想した鷹通は、すでに触れた手を離すことも出来ず静止した。
絢爛と咲く妖しい花、たとえ一枝でも…折れば全てが失せてしまう。
それでも、欲しい。諦めて離せば、支えを失った枝は自らの重みに散ってしまいそうで… 愛しいまでにあはれを感じて、嘆息がこぼれる。
友雅の唇が風にそよぐ。はらはらと、音を紡ぐ。鷹通は狼狽した。
「あぁ。私としたことが、まったく馬鹿な真似をやったものだよ…」
鷹通の悩乱をよそに、友雅が独言を呟いた。
見つめられて、鷹通は安堵とさらなる胸の高鳴りを押し隠すかのように問いかける。
「…で、何故貴方が風邪を引いておられるのです?」
「さてね」
唇を僅かにゆがめながらも、瞳は優しく笑みを湛えて鷹通を映す。熱に潤んだ彼の眼に、確かに感情のさざめきを見出した鷹通は、何かを掴んだと思った。
「一体何があったのですか? 話してください、友雅どの。」
「君に…いう必要は無いよ。」
「そうやって…また私の心配事を増やそうというのですか、隠さずに話してください!」
「それは鷹通の都合だろう? 心配してくれと頼んだ覚えはないね。」
「私の方こそ頼んだ覚えなどありません! でも…でも貴方はいつも、私の事を心配して下さったではありませんか。 私にはわかる程に…。友雅…私が貴方のことを心に懸けるのは当たり前でしょう。」
「鷹通、わかっている事をなぜ聞くのかな」
ふふふっ、と笑われて鷹通の頭に血がのぼる。
「それでは何もわからないではありませんか! からかわないでちゃんと云って下さい」
友雅はにっこり微笑みながら何事か呟く。わざと声をからしているので、聞きづらい。
「友雅…?」
耳を寄せて聞きただす。
「…鷹通は…くすっ、可愛いね…」
「〜〜〜〜〜っ!!!」
激昂した鷹通は、友雅が病人であることも忘れ、胸倉につかみかかる。
その手をはっしと捉え、友雅は鷹通の眼差しを受けとめる。
「すまなかったね鷹通。でも今はまだ、話す気にはなれない。」
鷹通が落ちつくのを待ってそう囁くと、友雅は捕らえた手の甲にそっと唇を触れた。
力がふっと抜けていく…
とらわれた片方の手指が、恍惚と友雅の唇をえがき続ける。鷹通はしばし我を忘れた。
皓い漣をそっと撫でると、彼は躰躯の内側までも美しいのだとわかる。指先に与えられる感触を、己の口中で反芻すると、鷹通はさらに望んだ。その…くちづけを。
その手をゆだねたままうっとりと蕩けていく鷹通に、友雅はさらに愛しさがつのった。
寵愛を享受している中指の先に歯を立てると、彼の双眸に焦点がよみがえる。それもまた、すぐに口中の快楽に熔けていくのはわかっていた。友雅は身を起こしながら、手を強引にひき寄せ、倒れこんだ鷹通の頬をささえる。友雅の唇に気を取られていた鷹通は、咄嗟に手を引き戻し離れようとするが、手首をとられているので却って寄添うかたちになった。
驚き恐れはしているものの、叶えられそうな望みを前にして、かれは願った。
(夢ならば、醒めてくれるな)
友雅が、追って囁く。
「鷹通の夢を…みせてくれるね」
ざわり、と髪が肩を滑る感触に、鷹通はもうひとりの自分が目覚めた気がした。
心の中で、ええ。と呟き、間髪入れずに唇を重ねる。
これは夢、これは私が貴方を想う夢。ふたり何処までも続く夢。
これは私がつむぎ、貴方がかなでる弦の夢。
友雅の唇が痺れる。思わぬ機先を制されて、鷹通の柔らかなくちづけがその言葉を封じた。彼の唇に決して荒々しさはなく、絹のように花弁のように優しく包まれ吸い寄せられて、友雅は舌をしのばせる。繊細な造作の歯列をまさぐり、鷹通の舌を絡めとると、そのまま息もつかせず啜り込む。甘い香りとともに彼の清涎を飲み下し、さらに力強く口を吸う。空気を求め身を捩る鷹通から唇を離さぬままで寝床へ横たえると、ようやく吐息を許した。首筋までを薄桃色に染めて、荒い息をつく鷹通。髪留めは緩み、解けかかっている。
友雅は眼鏡を取り去って、その艶やかさを完璧な形へと仕立て上げる。鷹通の頬を目蓋をくちづけで覆いながら、少しずつ着衣を乱してゆく。仄かにかがやく肌を恥じらいながら隠そうとすれば、耳朶へ舌を這わせて彼の意図を阻む。天鵞布のような柔らかい声で抗議するほど、悶えれば悶えるほどに露わになる鷹通の姿に、友雅は息をのんだ。
あぁ、やっぱり綺麗だ。そう呟くと、視界が少し朧に揺れる。
(今の私は、夢の住人かな)
友雅が、わたしを見ている…。眼鏡を外され、距離感を喪失してもなお、視線は変わらず感じられる。否、熱さえ帯びて鷹通の心を焦がす。躰躯のどこかに触れられる毎、友雅の唇の味を感じて意識が熔けてゆく。
もっと側にいてくれなくては、貴方がわからなくなりそうです…二人きり、すぐ傍なのに。なぜか不安を感じながら、鷹通はそれを言葉にできなくて戸惑った。友雅を捜し求めて、その肩をかき抱く。熱のこもった、陶器のように滑らかな肌膚を。
…肌?
鷹通は困惑した。内裏の美姫よりも余程あでやかな、友雅の裸形を占有したいと感じたがその姿はやはり男に相違無い。たけり狂う欲望を、理性では抑えきれぬと認めたものの、それをどうすればいいのか鷹通にはさっぱり考えつかない。
貴方を抱きたい、貴方が欲しい、あぁどうか叶えられるのならば…
「…友雅」
せつなくて、つい呼びかける。そのかんばせを、唯々見つめる。
「嬉しいね……鷹通が、私を、見つめてくれる…」
友雅の微笑はただ艶然と深くなり、そのもとで鷹通の弓なりの部分がさらに張りつめる。既に曝け出されている事にも頓着できぬくらい、ただ熱く、息が詰まる程に苦しい。
外気との接触が耐えがたく、そこに在るだけでも緊張と喉の渇きが増してゆく。
この渇きを癒せるものは、友雅。
それだけを明瞭に理解した鷹通は、彼の唇に貪りつく。
彼の渇きに想い至らず、先程とは打って変わった荒々しさで友雅の口唇を吸いつづける。
気がつくと友雅は、衣を脱ぎ捨てていた。
鷹通と、同じ姿になるために。鷹通と、同じ何かになりたくて。あるいは、ひとつに。
冬の太陽のように眩しくて、真直ぐで優しく美しい彼を、肉欲のままに歪め堕として二度と耀く事のないぐらいに穢してしまいたいと願っていた。
水面に映る月のように、誰にも触れられぬ夜へと封じ込めて、潔らかなままで、朽ちるに任せられればそれでもいいと望んでもいた。
今は…
その暖かさに身をゆだねたい。鷹通という陽射しは鋭く、私の眼を刺し貫くのだけれど。鷹通が、肩を抱き寄せる。友雅だけを、食い入るように見つめ続ける。その喜びときたら。
ふるいついて離れようとしない鷹通の様子から、どうすればよいのか知らないのだな、と微笑ましく感じた友雅は、きつく抱きしめながら唇を吸いかえし、一旦身を放す。
涙が溢れそうな程、鷹通が可愛らしくてたまらない。
いとしいひとの髪を一房ばかり指に絡め、そっとくちづける。絹糸の滝を溯り、その耳朶に歯を立てる。あぁ、と微かに震える唇が、友雅の首筋を擽る。
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