タイトル『under stars』
もうすぐ、夏休みだ。
「…平君」
不安な気持ちの私は汗ばんだ手で制服のスカートをぎゅっと握った。
「どうした?」
彼は立ち止まって私のほうをじっと見る。
まっすぐ見つめられて、視線が合うと…不安だけれども何もいえなくなる。
「…なんでもない」
視線をはずして、ごまかすように笑って、彼の横に並んでまた、歩き始める。
言えない。
どうしても、言えない。
なんだか平君が遠い人になってしまう気がして、眩しすぎて、不安になったなんて。
私は平君の彼女でもなんでもなくてただの平君のファンの1人で。
どんどん加速していく彼らに『行かないで』とか言える立場なんかじゃない。
これは、片想い。
私の、片想い。
平君を知ったのは同じクラスのサクちゃんに誘われて行ったBECKのライブだった。
初めてのライブハウス。
初めてのロック。
初めての興奮。
全てが初めてだった。
音の渦が私を揺さぶる。
ベースを弾く彼から目が離せない。
彼の長い指が低音のベース音を響かせるたびに私の心も揺れた。
平義行くんという名前を知って。
BECKを追いかけて。
平君を追いかけた。
メンバーの千葉君や竜介君、コユキ君とも話すようになって。
平君とも話すようになった。
私は彼らに近づきすぎて、欲張りになってしまった。
もっと私の名前を呼んで欲しい。
平君の声で、呼んで欲しい。
もっと私を見て欲しい。
平君の目に映りたい。
平君の綺麗についた筋肉やベースを弾く器用な手に、触れてみたいと思ってしまった。
もっと、近づきたい、と。
「?」
考えているうちに私は立ち止まってしまっていて、平君が怪訝な顔で私を振り返っていた。
「?」
もう一度、呼ばれる。
私は笑ってなんでもないとごまかした。
笑ってごまかした、つもりだった。
けれど…
視界がにごって、私は自分が涙を流しているのだと知った。
3メートルくらい前にいた平君が慌てた顔で戻ってきて。
私の前に立った平君が服の袖で私の涙をぬぐってくれた。
「どうした?」
私は何も答えられない。
「なんか…今日は変だぞ」
「?」
「……平君……どっかいっちゃわないよね…?」
平君がびっくりした顔で私を見ている。
あぁ、やっぱり言うんじゃなかった。
絶対変な女だって思われた。
私はただのBECKの、平君のファンの1人で。
平君と話すようになって1ヶ月ほどの女だし。
あぁ、もう駄目だ、逃げなきゃ…
私は走り出そうとした。
でも走れなかった。
骨ばったてに、左手を掴まれて、走れなかった。
「……お前に言ってないことが、ある」
「……」
「俺たちは、グレイトフルサウンドに出る」
「……そう、なんだ」
「あと、もうひとつ…」
「……」
「……」
沈黙が長くて息が詰まりそうだった。
平君に掴まれた左手がやけに熱い。
私は平君の大きな手を、すごく熱く感じる。
私は平君が何を言いたいのかわからなくて、不安で。
平君の顔を見ることができなくて、ただ平君のスニーカーをじっと見ていた。
「……」
小さな声で呼ばれて平君を見ると、目の前は彼の服の黄色一色だった。
私のおでこに暖かい感触。
訳のわからないまま強い力で引っ張られて、私はこけるように平君の胸にぶつかった。
「……」
「……ん」
「グレイトフルサウンド、来て欲しい」
「……ん、絶対行く」
「……見ていて、欲しい」
「……ん」
うつむいたまま、私は答える。
「……」
小さく、でもはっきりと名前を呼ばれる。
私は平君の顔を見た。
平君と目が合うけれど、今度はそらさない。
「…俺と、付き合って欲しい」
「……ん」
もう一回、暖かい感触がおでこにあった。
私は平君の顔が近づいて、離れていくのをただ、見ていた。
星が出ている。
長くて綺麗な平君の指が私の指と絡んでいる。
私は歩く、平君の隣を。
手を、繋いで。
「平君」
「ん?」
「ずっと言えなかったけど…」
ぎゅっと、繋いだ手に力を込めて。
「私、初めからずっと平君のファンだったよ」
「知ってる」
「平君のこと、ずっと好きだよ」
「知ってる」
「どこかに行かないでね」
「わかった」
「すき、だからね」
「……俺も」
私のおでこに暖かいキスが落ちてきた。
*** the end. ***
駄目だ、ハズイハズイハズイ…!
平君は大人なのですよ。
平君は何もかもお見通しですよ。
私の恋心もご存知なのですよ。
平君にはかなわないのです。
しかしニセ平君すぎます、よね…?
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