● 葛 原 ヶ 岡 ハ イ キ ン グ コ ー ス ●
く ず が は ら が お か は い き ん ぐ こ ー す
さてさて、タタルさんと合流した棚旗姉妹は、源氏山に登るわけです。
小説では、葛原ヶ岡ハイキングコースとなっていますね。
浄智寺を右手に進むと、民家の中をしばらく歩きます。
そこに「源氏山公園」という道しるべをみつけました。
いよいよ山ですか!と気合を入れます。

舗装されてるとはいえ…というくだりがあったので、少々期待したのですが…舗装されてないですよ(T▲T)
とにかく、浄智寺のおばちゃんにいわれたとおりに、上に…上に…をこころがけました。

しばらくは、こんなんだったんですよ。
木漏れ日と、初秋の風が、汗をここちよさげになでてくれます。
がっ!
Σ( ̄■ ̄)
あまかったです。わたしが、とてもあまかったです。
どうやって下りるのよ…という絶壁みたいな場所とかあるんですよ。
ぬかるんでたら一貫の終わりです。
足だけじゃなくて、手とか使わないと通れない道…?道なのか?!とかありました。
奈々ちゃんが木の根っこの階段とか言ってますが、そんなもんじゃないです。
木の根っこの階段があるだけましです。
ちなみに、木の根っこの階段って、こんなのかなぁ〜と撮影してみました。
ぶれているのは、疲れのせいではありません…。光が少ないためピントが合わないのです。

疲れは…思ったほど疲れません。この道。
気候が良いせいか、家族連れやら、ご夫婦やら、若いカップルやら、大勢が歩いていました。
■ ■ ■
しばらくすると、こんなものに出会いました。

小説にも出てきてないですし、ガイドブックにも載ってないですが…。
てっぺん付近なのでしょうか???
源頼朝が鎌倉入りをしたとき、鶴岡八幡宮を拝んだ場所だといいなぁ〜などと思いつつ
これをみつけてから、葛原岡神社まですぐでした。
● 葛 原 岡 神 社 ●
く ず が は ら が お か じ ん じ ゃ
山道が急にひらけます。
すると、これが見えます。

来た道から右手に、神社に入れる入り口があるのですが、ここから入るのは正式じゃないです。たぶん。
鳥居は、ここより道なりにすこし進んだところにありますし、
小説でも、ここから入っていません。
何故なら!

鳥居の方に回って一番に見えるのが、この景色です。
沙織ちゃんが見つけた自動販売機…だと思います。
右手に鳥居が見合えます。

鳥居をくぐります。

石畳にそって左に行くとお社。右が、さきほど入らなかった、もう一つの入り口。
ですので、右に進みます。
右にまがると、正面に拝殿があるのですが、そこに行くまで、右側にこんな石碑がありました。

ここには、
「鎌倉に雪ふる雛乃別れかな」
と、書いてあると思います…うまく撮影できてない上に、あまりにもぴかぴかで
撮影してるわたしががっちり写ってましたから掲載しませんでした。
読み手の名前もわからなくて…すいません(><)
■ ■ ■
さて、お参りです。

右の由緒書きのアップです。
小説にも出てくるので、少し写真を大きくしてみました。読めますでしょうか?

■ ■ ■
お参りをしていると、左手にぽつんと小さな石が目に入りました。

「俊基卿終焉之地」と彫られています。
となりに説明書きの札が立っていました。
そこには、「鎌倉幕府に捕らえられた、日野俊基卿は元弘2(1332)年6月3日この地で悲しい最期を遂げられる」
と書いてありました。
■ ■ ■
お参りをすませて、鳥居を出ます。
先ほどの自動販売機の横に社務所があり、そこでご朱印をいただけます。300円です。
「書いてる間、ゆっくり休憩しててくださいな。」
にこにことおっちゃんが言ってくれました。
沙織ちゃんよろしく、自堂販売機の前の石のベンチに座って、わたしは手持ちのペットボトルから
ちょっぴりぬるい緑茶を飲みました。
たぶん、こんな角度で、沙織ちゃんは、「魔去ル石」を見つけたのではないでしょうか?

近寄って撮影。

手前の机にある瓦を投げるみたいです。
初穂料 1枚 100円だそうです。
さすがに、小説を読んだわたしにはできませんでした(^^;
まだ、ご朱印が書き上がらないので、そのへんをうろうろしていると
こんな碑をみつけました。

「藤原仲能之墓」と書いてあるのですが、下はよく読めませんでした。
魔去ル石と、道をはさんで向かいにありました。
そうしてるうちに、おっちゃんが呼んでくれました。ご朱印完成です。
「これ、埼玉の高麗神社だね〜。こんなとこも行ったんかね。」などと話しかけてくれました。
「これから、どこに行くのかな?」と聞かれたので、銭洗弁天に行って、鶴岡八幡宮までというと
「銭洗に行くなら、ここの道がいいよ。」と地図で説明してくれました。
「このポールが、こっちから行くと3本。向こうから行くと4本なんだけど、ここを通りなさいね。」
と、とても親切に教えてもらいました。
なんだか、ほかほかした気分で葛原岡神社を出発しました。
■ ■ ■
ここからは、道も整備されとても歩きやすくなります。
少し行くと、日野俊基朝臣の墓に出会いました。
小説の中では、登場してませんが、せっかくなので寄ってみました。
● 日 野 俊 基 朝 臣 の 墓 ●

道を進み右手に、これを発見しました。
ここから、右手に折れるわき道を進むと、由緒書きがありました。
国指定史跡 日野俊基墓 指定昭和2年4月8日
日野俊基は鎌倉時代末期の朝臣、後醍醐天皇につかえ、統幕計画に参加した。
正中の変(1324年)(正中元年です)に捕らえられ許されたが、元弘の変(1331年)(元弘元年です)の時
再び捕らえられ、鎌倉に送られて、翌年ここ葛原岡で処刑された。
平成3年7月15日 鎌倉市教育委員会
その横にありました。

後ろに見える柵のようなものがお墓です。
この前を通り、さらに右に折れると、正面にあるのがこちら。

写真に向かって、右手にお墓があります。

木々にかこまれて、木漏れ日がかかる、風通しの良い場所です。
でも、このお墓、西に向いていませんか???
さっきの道からコの字型にここに入って来たので、わざわざ西向いてる気がしてなりませんでした。
もしかして、京都に向いてる???
考えすぎでしょうか…。
■ ■ ■
さて、道をを戻って、弁天さんに会いに行きます。
■ ■ ■