● 白 旗 神 社 ●

 

 

鶴岡八幡宮の流鏑馬馬場より東鳥居をぬけると、静かな住宅街になってゆく。

この先に、頼朝公のお墓があります。

ところが、案内表示がどんどん少なくなって、あまりにも住宅街なので、正しい道なのか少し不安になってきた頃

住宅の間に、白い幟がならぶのが見えてきます。

手前の石段を登ると左手に、白旗神社があります。

もともとここには、大蔵幕府内北隅にあたり「法華堂」があったそうです。

頼朝公の遺骨は、もとはここに納めれていましたが、明治維新後に取り壊され

頼朝公を祀る「白旗神社」となったそうです。

現在の頼朝公のお墓は、安永8(1779)年に、頼朝の子孫であった、薩摩藩主:島津重豪が再建したものだそうです。

 

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向かいには、頼朝公顕彰碑で、

頼朝公研究の第一人者でもあった、大森金五郎氏による歌碑があります。

さて、石段を登って、お墓にお参りに行きます。

 

 

● 源 頼 朝 の 墓 ●

み な も と の よ り と も の は か

 

綺麗に整備された、けっこう急な石段を登って行きます。

左右の柵には、源氏の紋「笹竜胆」が描かれています。

 

ちなみに、鎌倉市のマンホールのふたにも、この紋が使われていました。

 

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石段を上り詰めると正面に、ひっそりとそれはありました。

木々にかこまれ、静かに眠っている…そんな感じのする場所でした。

しっかりお参りして、来た石段を戻ります。

 

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さて、春の桜舞う頃に、もう一度たずねてみました。

鶴岡八幡宮から、頼朝の墓までの道は、みごとな桜のトンネルだったのです。

白旗神社への道(学校の隣)はそれは綺麗でした。

この道のどんつきに頼朝の墓があります。その手前が白旗神社。

白旗神社も桜が綺麗でした。

石段を登ったお墓のまわりは、桜が咲いていなかったので、とくに撮影してません。

お墓は、以前来たときより、桜のせいか、はたまた大河ドラマのせいか、

多くの観光客でにぎわっていました。

 

せっかくので、この周辺の桜のアップです。

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小説では、このまま鎌倉駅まで戻り、江ノ電に乗るのですが、

わたしは、この先も気になって、小説の中で名前だけは登場してる場所へ向かうことにしました。

 

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小説通り、江ノ島電鉄「鎌倉駅」へ進む

荏柄天神へ向かう

 

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