● 若 宮 大 路 ●
わ か み や お お じ
【下馬】
鎌倉駅東口から、二ノ鳥居へ進まずに海側に向かって進むと、鶴岡八幡宮の一ノ鳥居があります。
その途中のガソリンスタンドの前に、こんな碑がありました。

この交差点は「下馬交差点」といって、昔は下ノ下馬と呼ばれていて駒留だそうです。
昔は、皆ここで馬を降りて、ここからは歩いて参拝したのだとか。
その交差点向かいに、こんな地図がありました。

段葛ができた頃の若宮大路なのでしょうか。
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【一ノ鳥居】
さて、海に向かって歩いて行くと、一ノ鳥居がありました。
朱塗りの派手さはない、石造りの鳥居でした。

治承4(1180)年12月に源頼朝により創建にかかり、段葛とともに寿永元(1182)年に完成したとのこと。
その後幾度かの修復があり、どうやら現在のものは、昭和11年に修復されたもののようです。
寛文8(1668)年の銘があります。
交通量をものともせず、こんな角度で撮影していると…(実はここ信号とかありません…)
道路西側に石塔が見えました。

横には、鎌倉ではおなじみの黒い石の碑があります。
これは何か史跡かもしれないなぁ〜と、無理やり(車の皆さんごめんなさい)渡ってみました。

どうやら、畠山六郎重保の墓だそうです。
畠山六郎重保とは、鎌倉初期の武将、畠山重忠の子だそうです。
「明徳4(1393)年」の銘があので、室町時代初期のものみたいなのですが…。
高さは、約3m46cmもあるとか、立派な宝篋印塔です。
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一ノ鳥居まで来たので、元八幡まで行くことにしました。
一ノ鳥居のそばにある、鎌倉女学院の横を東へ進みました。
【元八幡】
バス通りをしばらく歩くと、どんどん住宅街に突入してゆくので、少々不安になりながら…。
すると、住宅と住宅の間にある細い道にみつけました!

写真では見え辛いですが「元鶴岡八幡宮」と彫られています。
この路地を進むと…ありました!

小さな朱色の鳥居です。
「元八幡」とか「元宮」とか書いてあるガイドブックが多いですが
行ってみると「由比若宮」と書いてあります。
そして、このあたりに、芥川龍之介が下宿した家があったとか…。
そんなことが、由緒書きには書いてありました。
源頼義が前9年の役(1051〜62年)で奥州の安倍頼時・貞任父子を討って京に帰る途中
京都の石清水八幡宮に戦勝を祈願してかなえられたので、
康平6(1063)年に鎌倉にたちより、由比郷鶴岡のこの地にその祭神を勧請して造ったと言われています。
源氏の氏神として尊崇したそうです。
ここに来る途中に「石清水の井」という井戸があるそうですが、全く気がつきませんでした。
その井戸から、石清水八幡宮とのつながりがわかるというものなのに…(><)
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中へ進み、朱色の鳥居をくぐると、右手に手水舎がありました。

その向かい、鳥居をくぐって左手には、「源義家 弓立の松」があります。

さらに鳥居をくぐって、お参り。

さて、元八幡をあとにして、二ノ鳥居から、鶴岡八幡宮に向かいます。
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