● 鶴 岡 八 幡 宮 ●

つ る お か は ち ま ん ぐ う

 

いろいろ撮影場所が散漫しているので、マップを作ってみました。

太鼓橋から、順番に回れるように作っていますが、ポイント別にご覧いただけるようにもしてみました。

こちらに集めた場所が、撮影場所。それ以外は、未撮影なので、ご了承ください。
 

太鼓橋

平家池

源氏池

旗上弁天社

中央の手水舎

舞殿

若宮柏槇

大銀杏楼門

明治天皇御野立所の碑

西北の鳥居

丸山稲荷社

祖霊社

由比若宮遥拝所

鶴亀石

白旗神社/手水舎

流鏑馬馬場/東鳥居

 

鉄の井(別ページに飛びます)

鶴岡八幡宮は、源頼義が勧請した、現在の元八幡である由比若宮を、治承4(1180)年に頼朝がこの場所に移したもの。

当時は、現在の若宮あたりにあったものが、建久元(1190)年に火災にあい、翌年建久2(1191)年にその裏山である

現在の位置に改めて建てられたそうです。

頼朝は、この鶴岡八幡宮を、京都の内裏になぞって、鎌倉の中心として若宮大路をはじめとした道を作り、

鎌倉幕府の中心的役割をもたせたとされています。

頼朝の征夷大将軍をはじめ、本来京都の内裏で行われる拝賀の儀をすべて、鶴岡八幡宮で行っていることからもうかがえます。

 

 

【太鼓橋】

三ノ鳥居をくぐると、太鼓橋があります。

一般には渡れませんので、左右の橋を渡ることになります。

【平氏池】

太鼓橋から向かって左手を「平氏池」といいます。

池には、4つの島があります。不吉な「死」を意味する数でもあります。

10月なのに汗ばむ日が続いている日、まだまだ蓮が茂っていました。夏にはみごとな華が咲くのでしょう。

しかも、平家池には、真紅の蓮の華が咲くのだとか。

ところが春には、それらも全てかられ、桜舞い散る綺麗な池となっていました。

【源氏池】

太鼓橋をはさんで、平家池の向かいにあるのが源氏池。

こちらには、島が3つ。「産」につながり、繁栄を意味しています。

咲く蓮の華は、純白なのだそうです。白は、源氏の色ですよね。

これも、春には、こうなります。

 

【旗上弁天社】

この源氏池にあるのが、鎌倉・江ノ島七福神のひとつである弁財天を祀るお社です。

子宝、安産のご利益があり、政子石という石があるそうです。

小さな朱色の橋をわたると、その中央にお社があります。

こちらでも、ご朱印いただけます。

■ ■ ■

ちなみに、この源氏池のまわりには、ぼたん苑があります。

入場料がいります。

冬ぼたんは、1月上旬から2月上旬が見頃。春ぼたんは4月上旬から5月中旬が見頃だそうです。

 

正面の参道にもどって拝殿に向かいます。

左手に見えるのが、中央の手水舎。かなり大きいです。

この手水舎を進み、少し石段を登ると、手水舎の隣にあたるところに、こんな場所がありました。

京都の下鴨や、上賀茂神社にあったのと同じ意味なら、何かお社を移築する場所なのでしょうが

ちょっと端すぎるような気もします。

【舞殿】

手水舎から、正面に見えるのが静御前の舞でも有名な舞殿です。

実は、鎌倉時代は、舞殿ではではなかったそうです。

静御前が舞を舞ったことからこう呼ばれるようになったそうです。

ガイドブックにも「下拝殿」をあります。

ここで、「遥か3」で、みかける角度から撮影してみました。(*^^*)

この辺りで、神子は戦いましたね〜(*^^*)

 

【若宮】

舞殿の右上にあるのが「若宮(下宮)」です。

仁徳天皇や履仲天皇などを祀っています。

徳川秀忠が着工し、家光の寛永3(1626)年に完成。

権現造りに華やかな色や彫刻は、日光東照宮を思わせる見事なもの。

若宮の横にあるのが、「柏槇」

 

さて、舞殿の後ろにある石段を登って本宮に向かいます。

石段の下から見上げる楼門は鮮やかな朱色で迎えています。

石段の下にいる狛犬さんは、鎌倉では、あまりみかけない形の狛犬さんでした。

 

【大銀杏】

この石段の左手にある、大きな銀杏の木があります。

これが、実頼を暗殺した別当公暁の伝説がある「隠れ銀杏」です。

 

秋の銀杏が色づく頃に訪れたのですが、この年は、山の木々すら色づいていませんでした…しょんぼりです。

これも、春になるとこうなります。↓

すっかり剪定されていました。これでは、隠れることなんかできませんね(^^;

石段を登って、振り返るとこんな感じ。

小説内で、大銀杏が登場したのが、石段を下りる途中だったので撮影してみました。

石段をのぼり、楼門をくぐって拝殿に向かうのですが、こちらは撮影禁止ということで、写真はありません。

 

【明治天皇御野立所の碑】

楼門から向かって右手の方に、明治天皇御野立所の碑がありました。

これより一般人は入れません。

 

拝殿を抜けると、宝物殿があります。入場料がいります。

そこを抜けると、先に丸山稲荷があるのですが、

これは、建長寺から歩いて来た時に撮影した入り口から撮影しました。

【西北の鳥居】

この鳥居をくぐると、右手に手水舎があります。

その先にある石段を登って行くと「丸山稲荷社」があります。

【丸山稲荷社】

石段を登ると、小さな朱色の鳥居をいくつもくぐり、こんもりした山(?)の上にお稲荷さんはありました。

このお稲荷さんを抜けて、そばにある石段を下りて、しばらく道なりに進むと祖霊社に出会います。

【祖霊社】

鳥居をくぐって、進むと、質素なお社にありました。

先は、暗くてうまく撮影できなかったので、ここまで。

■ ■ ■

祖霊社をあとにして、中央の手水舎の横をすぎ、舞殿へともどり、

若宮を過ぎてそのまま木々にうもれる中を進みます。

すると、由比若宮遥拝所がありました。

【由比若宮遥拝所】

地図には書けませんでしたが、鶴亀石の少し手前にあります。

【鶴亀石】

さらに進むと鶴亀石があります。

相模国風土記稿に、水をもって石面を洗うときは、鶴亀の紋様が輝きあらわれる記され

大変めでたい石。だそうです。

 

【白旗神社】

さらに、進むと、頼朝・実頼をお祀りしている白旗神社があります。

ここから、流鏑馬馬場に向かうと、手水舎があります。

どうやら、流鏑馬馬場から、入ってくるのが正式参拝のようです。

 

さて、流鏑馬馬場に出ます。

【流鏑馬馬場】

毎年9月16日に流鏑馬神事が行われる場所です。

これは9月18日に訪れたときの写真で、流鏑馬のなごりのように中央に残っています。

…しかたないですよ!!16日は平日なんですから!!

普段は、中央のものはありません。

その流鏑馬馬場から、東鳥居を抜けて、頼朝の墓に向かいます。

ちなみに、この鳥居をぬけて、すぐ正面にこんな碑がありました。

ここに「畠山重忠邸」があったそうです。

 

さて、小説にならって、源頼朝の墓に向かいます。

・源頼朝の墓へ

 

小説では訪れていませんが、近くなので、「鉄の井」にも行ってみました。

・鉄の井へ

 

■ ■ ■

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