● 高 麗 の 郷 ●

こ ま の さ と

 

 

ぼんやりした空に涼しい風。歩きまわるのに最適のコンディションでした。

西武池袋線「高麗駅」から、巾着田をまわって、歩けるだけ行ってみることにしました。

そもそもの目的は、わたしが桜の花の次に好きな「曼珠沙華」の群生が見たかったのです。

 

当日、駅前で配っていたパンフをスキャニングして、まわったところをマーキングしてみました。

 

 ● 碑 ●

 

ここがそうなのかはわからないのですが、高麗駅から歩いて、巾着田へ行く途中にあった石碑です。

何の碑かよくわかりません…。

近づいたのですが、彫りが甘いのか、よく読めなくて、読めてもなんて書いてあるのか…

というわけで、写真だけアップしてみました。

  

右の石碑の上部をクリックしていただくと、その文字がアップで見られます。

この石碑の前にはこんな石碑もありました。

これも、よくわからないまま、そのまま進みました…

あとでわかったことですが、ここに「台の高札場跡」があったようです。

ちなみに「高札場」とは、江戸時代に幕府が儲けた掲示板のことだそうです。

 

  

● 水 天 の 碑 ●

す い て ん の ひ

 

正面に「水天の碑」がありました。

この碑の詳しい内容が、この碑の右隣にありました。

ですが、見辛いのと画像の数が多いので削除して、下に書き出しました。

■ ■ ■

「水天の碑」             所在地 日高市大字台

水天の碑は、天保年代(1830〜1844)に、繰り返された千魃、大洪水などの天災や水難事故を鎮めるために

台村の人々が建立したものである。この碑は、高麗川を利用した西川材運送のための筏流しとも深い関連がある。

筏流しは江戸時代初期から始まったと伝えられている。天明年代(1781〜1789)には、更に災いは度重なり

記録によると、この地方を飢饉が襲うなど、災難が続いて起こったので、この水天の碑の建立の際には

五日五晩の大念仏の行事が催されたと伝えられている。このようにして建てられた水天の碑も、明治になって

車馬の発達と共に筏流しが衰退したこともあって、今では忘れられた存在となっている。

                                           昭和五十七年三月   日高市

■ ■ ■

 

この碑を向かって左に道が曲がっています。そこで見た風景。山々が綺麗でした。

さらに進み、右に折れます。

その角に、栗がたわわです。

 

 

栗畑(?)を左手に進んでゆくと、こんな看板があります。

ここを左に折れると「巾着田」はすぐそこ。

 

● 巾 着 田 ●

き ん ち ゃ く だ

 

山の上から見下ろすと、高麗川が蛇行そいている地形が巾着袋のように見えるということから

この名前がついたということです。

水の流れがとても綺麗でした。

■ ■ ■

高麗川のほとりは、ピクニックシートにくつろぐ人や、川で遊ぶ子供たちで賑わっています。

その反対側に、曼珠沙華が咲き乱れています。

川にそって歩道を歩きます。もう、ずっと曼珠沙華。ひたすら曼珠沙華。いけどもいけども曼珠沙華。

 

曼珠沙華もいいのですが、この朱い華が、木々と一緒になっている風景がとても素敵だったので

木々と一緒に何枚が撮影してみました。

 

 

曼朱紗華には、赤と白とあるそうで、途中白を見つけたのですが、咲ききっていなかかったのです。

最後の方に、1輪みつけました。ちゃんと咲いているのですが、そこまで寄れずこんな感じに…

もっと近くで撮影したかったです。

 

『赤い花なら曼珠沙華 阿蘭陀屋敷に雨が降る 濡れて泣いてるジャガタラお春』

曼珠沙華というと思い出します。

長崎行ったとき、オランダ坂で石碑を見た記憶があります。

今回、ジャガタラお春についてもいろいろ調べてしまいました。(^^;

今回あまり関係ないので、掲載しませんが…

 

 

この日、わたしは、曼珠沙華だけで、170枚ぐらい撮影していました。

道々に咲きみだれる様は、歩き進むたびにその風景を変えてくるので、気が付けばそんな量になっていました。

巾着田を一周すると、約1kmぐらいあるのではないでしょうか?

この日、あいあい橋の方は、まだまだつぼみ状態でしたから、これからしばらくは楽しめるのでしょう。

また、途中途中で、曼珠沙華の維持のための募金を1口100円から行っています。

3箇所ほどあるのですが、募金すると絵葉書がもらえます。3箇所とも写真が違うので

小銭をもって行くといいですよ。

それに、こんな群生を維持していただくのだし、入場料だと思って募金には協力してください。

来年も、再来年も、この先ずっと、毎年綺麗な曼珠沙華が見たいですもんね。

 

 

 

■ ■ ■

さて、巾着田を一周して、駅でもらったパンフを見ると、近くに神社とかあるようで

では、そこまで足をのばすかぁ〜と歩きはじめました。

■ ■ ■

 

 

鹿台橋の交差点を山に向かって歩きました。

たぶん、こっちに神社が…あくまでもカンです。

 

ちなみに、わたしは、自信満々によく道に迷います。でも自信満々なので、あまり不安がないのです。

たぶんこっち…で、どんどん行ってしまう癖があります。

そんなときいつも思うんです。

「だって、地球はまるいんだもん」

…でも、カンがけっこう当たるので、そんなにひどい迷子になったことはありません。

(さらに、実は、車を運転してたときでも、こんな感じで知らないとこでも走ってました…)

 

■ ■ ■

さて、まだまだ歩きます。

30分ちかく歩いて、「まだなんかい!」と思いはじめました。

矢印の看板はあるのです。いっぱい。なのに全然出てこない!

せめてあの看板に「あと○キロ」と書いてほしいものです。

で、途中『花小屋』というお店の表に、ベンチと自動販売機があったので

冷たいお茶を飲みながら、休ませていただくことにしました。

こちらのお店は、草花・庭木・盆栽などをあつかってらっしゃるお店のようです。

お店の前で、栗を売ってました。

のんびりしてたら、おじさんとおばさん(たぶんご夫婦)がいらっしゃいまして

どこから来たのかとかお話してたら、同じ巾着田からで、同じコースでまわっているみたいでした。

「お一人で?」などと言われ「そうなんですよ〜」なんて話しました。

一人で歩いてる人って、いないんですよね(^^;)

しかも、わたし、見た目若く見えるので、たぶんこんな若い子が一人で何してるんだろう?と思われたのでしょうね。

で、全然神社にたどり着けないと話していたら、おじさんが、そこのお店で聞いてきてくださいまして

なおかつ地図をもらってくださいました。

それによると…

まだ半分でした!!Σ(@■@;

わたしの持ってる地図では、すごく近所に書いてあるのに!!

「じゃ、お先に行きます」とおじさんおばさんに挨拶したら

「向かうの?」と聞かれ、「ここまで来て、引き返すのもしゃくなんで・・・^^;」と言ったら

「わたしたちも、あとから追いかけます」と笑顔でおっしゃって下さいました。

 

 

というわけで、ただひたすら歩きます。

ひとつましなことがあるとすれば、ここから下りになることでしょうか…

 

この歩く途中にも、いろいろなものに出会いました。

前は、アップしてあったのですが、容量の都合上、カットさせていただきました。

 

■ ■ ■

 

それでも、ずんずん歩きます。

あとで調べたら、巾着田から、3km近くあったみたいです。

「聖天院」まで…

…1時間ぐらい、登りと下りでかかるはずです。(途中休憩しちゃいましたが…)

 

 

「聖天院」へ向かう

 

■ ■ ■

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