● 貴 船 神 社 ●
送り火も終わった2005年8月18日、まだまだ猛暑まっさかりの日
出町柳駅から、叡山電車にゆられ、貴船駅までやってきました。
【貴船神社】
加茂川の水源にあたることから、水を司る高?神(たかおかみのかみ)
すいません…漢字がでませんでした…。文字パレットにはあるので、このフォント以外だと出るのかもしれません。
そのため、以下かなでお送りします。
このcは、日本書記の神社考では、火の神・軻遇突智の神から生まれたとあります。
日本紀略では雨乞いをしたところ霊験があったとあることから、祈雨祈晴の神として崇められています。
民間では、男女の仲を守る神として縁結びなどのご利益があるとされています。

街の暑さがまぼろしかのような涼しさ。涼を味わうには最適の場所かもしれません。
上の写真左手手前に進んで行くと、貴船神社まで行くのですが、
本日は、写真右手、叡山電車の線路をくぐり、一ノ鳥居からスタートします。
ちなみに、貴船神社の方まで、京都バスが出ていますので、歩くのはちょっと…という方はご利用下さい。
叡電をくぐると、もう一ノ鳥居が見えます。
一ノ鳥居から、貴船神社に向かって撮影。

写真、左手の方に小さなお社が建っています。

こちらは、梶取社。祭神は、宇賀魂命。
貴船川と鞍馬川が合流する貴船口にあり、玉依姫命が水源の地を求め、黄船に乗って
淀川、加茂川をのぼってこられた時、舵をとった梶取神が祀ってあるそうです。
その為、航海安全や交通安全の神様なのだそうです。
さらに、鳥居をくぐった先にあるのは、梶取橋(一ノの鳥居の写真参照)。
名前の由来は、梶取社のそばにあるから…とのこと。
さて、また、叡電の線路をくぐります。
貴船駅を右手に見つつ、進んで行くと、右手に「蛍岩」が見えてきます。

ここは蛍の名所。
それほどまでに、綺麗な川ということなのでしょう。空気もすがすがしい…と言いたいところですが
この時季は、道路をぶんぶん車が通るので…なんとも…。
さて、この蛍岩の前に、「和泉式部 恋の道」という看板が出ています。
もの想へば 沢の蛍も わが身より あくがれ出づる 魂かとぞみる
木船川 山もと影の 夕ぐれに 玉ちる波は 蛍なりけり
和泉式部が、夫の心変わりに悩み、貴船神社参拝のおりに、蛍の飛び交う様子を歌にしたのだとか。
蛍岩を過ぎると、小さな山肌に石段があり、その先に小さなお社がありました。

手前になにやら歌碑があるのですが…「〜梅乃宮」という最後以外読めませんでした…(T-T)
お社の方が、「梅宮社」といい、祭神は、木花開耶姫命。
このそばにある橋は「梅宮橋」です。
さらに進むと、どうやら、「白石社」というのがあるそうなのですが、
気づかずに通り過ぎてしまったようで…写真がありません。
こちらには、下照姫命が祭られているそうです。
このそばの橋は「蛇谷橋」
ここまで、橋のあるところ、お社ありって感じです。
ずんずん歩いて行くと、お食事処が増えはじめます。夏の涼にぴったりの川床を堪能できます。
でも、どこもとてもお高いです。予約なしでは厳しいところもあったりすると思いますよ。
宿泊機能も兼ねてるところもあるんでしょうか、貴船駅でお迎えのマイクロバスを沢山みかけました。
そのうち、右手に鞍馬山の西門が見えてきます。
ゴールデンウィークにおとづれた鞍馬の最後に通ったので、鞍馬のページで見て下さい。
ここを過ぎると、もう左手に貴船神社の鳥居が見えます。

鳥居をくぐるとすぐ右手に「白髭社」があります。
祭神は「猿田彦命」です。
天孫降臨の際、瓊瓊杵命(ににぎのみこと)の道案内をした神様です。
でも、天鈿女命(あまのうずめのみこと)に殺されちゃうんですよね…たしか…
延命長寿の神って書いてあったのですが、そのあたりからきてるのかなぁ〜と思いながら
貴船神社の石段を登ります。

よく見かける写真みたいに綺麗におさめてみよう…とシャッターを構えたのですが
うまくおさまらず…ぶかっこうな写真になってしまいました…。

あおりすぎました…反省…( ̄_ ̄;
登りきると、まず左手に、手水舎があります。

その横に、馬の像がありました。

これは、何?と近寄ってみると「絵馬発祥の社」と書いてあります。
もともと雨乞いの社として名高い当社では、歴代の天皇より、ひでりには「黒馬」、ながあめには「白馬」
または「赤馬」を献げてご祈願されたそうです。
平安時代の文献「類聚符宣抄」には、ときに生馬の代わりに「板立馬」を奉納したとあるそうで
それが、今日の「絵馬」の原型だと言われているそうです。
この前に、「結び文」がありました。
この紙に願いを書いて、中宮でもある「結社」に結びます。
「結社」は、これから向かうので、ひとまず、「結び文」をいただくことにしました。
このまわりに末社がいくつかあるのですが、お社の形がどれも同じに見えたので、
とりあえす紹介だけ。
「祖霊社」祭神:社人・氏子
「牛一社」祭神:木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)(古伝に牛鬼)
牛鬼は、ここ貴船神社が、丑の年、丑の月、丑の日、丑の刻に御降臨の際、お供した神だとか
そういえば、貴船神社は「丑の刻詣」で有名ですよね…。
「丑の刻詣」は、宇治の橋姫が丑の刻(午前2時)に、鉄輪を頭にのせ男に呪いをかけたという伝説によるもの。
実際、藁人形があったりするというのだから、現代でもその伝説は残っているようです。
で、木花開耶姫が牛鬼で、橋姫で…て連鎖する方が気になるところですね…。
ちなみに、この橋姫が鉄輪をかけた石が、叡電貴船駅の傍らにあるそうなのですが…そんなのありましたっけ?
先の「白石社」なのかなぁ???
「川尾社」祭神:岡象女命(おずはのめのみこと)
往古思い川にあって河水を主宰し給う神様だったのが、鈴鹿谷の下にあるのを以て川尾社と称う。
病気平癒の神様なのだそうです。
「鈴鹿社」祭神:大比古命(おおひこのみこと)(古伝に皇大神宮)
もと本社裏手、鈴鹿谷の上にあり、往古より伊勢の大神を祀る。
長くなってしまいましたが、手水舎で手を洗い、そばの石段を登り拝殿に向かおうとしたら、
石段登ってすぐ左に大きな桂の木があります。

綺麗な新緑の葉にきらきらと光がすけて、とても綺麗でした。
御神木だそうです。樹齢400年。30mもの巨木です。
もともと貴船は、「気生峯」や「気生根」などとも書かれていて、大地の気のエネルギーが生ずる山
気の生ずる根源という意味だったそうです。
気のエネルギーが衰えるのを「気枯れ」といい、こういった場所で神気に触れ
気力を充電していたのかもれません。「穢れ」という言葉も「気枯れ」からなのかもしれません。
そんなことから、運気発祥や開運といった信仰もあるとか。
貴船には、結社と奥宮と合わせて3つのご神木があります。追って紹介しますね。
さらに、この桂の木の元に、「石庭」がありました。

「天津磐境」(あまのいわさか)と書いてありました。
昭和の作庭家、重森三玲が、昭和40年に、古代の人々が神祭りを行った
神聖な祭場「天津磐境」をイメージして作った石庭だそうです。
庭全体が船の形になっていて、椿の樹がマストがわりになり、
神が降臨される樹「神籬」(ひもろぎ)となっているそうです。
さて、拝殿です。

建て替えられたのか、とても新しく綺麗なものでした。
この拝殿の向かいに、有名な水占みくじの霊水があります。
社務所で水占みくじを買い、この水につけると運勢が紙に現れるというもの。
水の神さんの貴船らしいおみくじですので、一度おためし下さい。
拝殿での参拝をすませ、先ほどの馬の像の前をすぎ、さらに北へ向かいます。
しかし、街の暑さがうそのような天然のクーラーでひんやりするぐらい。
「下界は暑かろうなぁ〜…」とつぶやいて先を進みます。
北へ向かっていくと、それほど進む前に、左手に現れるのが、中宮とも言われている「結社」です。

石段を登ると、そこに朱色のお社があります。

こちらが「結社」。祭神は、磐長姫命。
あらゆるものの良縁を結び、また恋を祈る神さまなのだそうです。
瓊々杵命が、木花開耶姫命を娶らんとするとき、父の大山祇命が、姉の磐長姫命も
ともにおすすめしたが、瓊々杵命は木花開耶姫命だけを望まれたため
磐長姫命は大いに恥じ、「吾ここに留まりて人々に良縁をさずけよう」といわれ
この地に鎮座されと、由緒書きには書いてありました。
昔は、ススキなどの細い草を結んだそうですが、今は「結び文」を結びます。
先の手水舎向かいの休憩所に「結び文」はありますので、いただいてから参拝しましょう。
また、結ぶ場所はちゃんとありますので、お社には絶対結ばないように!と注意書きがあります。
このお社のまわりをぐるっとまわれるような道があります。(けっこう獣道っぽいですが…)
そこには「天の磐船」があります。

船形の巨石です。
磐長姫命の御料船なのだそうですが、貴船の奥山で産出されて、平成8年3月に
作庭家の久保篤三によって、奉納されたものだそうです。重さは6トン。
奥宮にある船形石の伝説から、磐長姫命の御料として、ここに納めたのだそうです。
その近くに、和泉式部の歌碑があります。

先の蛍石のところでも書きましたが、もうちょっと書いておきますね。
夫の心変わりに悩み、貴船神社参拝の折り、蛍が飛ぶ様を見て、想いを歌に託して祈願しました。
もの想へば 沢の蛍も わが身より あくがれ出づる 魂かとぞみる
すると、社殿から、返歌が聞こえてきたそうです。
木船川 山もと影の 夕ぐれに 玉ちる波は 蛍なりけり
その後、ほどなくして夫婦仲がもとにもどったっというお話です。
さてさて、さらに北へと進みます。
すると、左手に注連縄をつけた大きな杉がみえます。

御神木のひとつである「相生の杉」です。
同じ根元から二本が生えていることからこう言われているそうです。樹齢千年だそうです。
「相生」は「相老」にも通じ、夫婦そろって長寿の意味。
その奥に、ちょっと横に長いお社が。

右が「私市社」で祭神は大国主命、左が「林田社」で祭神は少名彦命。
このひたつはいつも対でありますね。国造りの相方。
こちらも、この二つで、「二ツ社」といって、貴船明神の荒御魂を祀っているそうです。
さらに奥へと進むと、鳥居と、その先に朱色の橋が見えてきます。
この橋のかかるところが「思ひ川」です。

光不足でぼけてしまっていますが、川を撮影したもの。

昔は、この先の奥宮が、本宮だったそうで、参拝者は皆ここで、
手を洗い、口をすすぎ身を清めてから参拝したとか。
つまり、この川は「禊の川」「物忌みの川」だったのです。
「おものいみ川」だったのが、和泉式部の恋の歌で「思ひ川」となったようです。
思ひ川を渡ると、その先に奥宮が見えるのですが、その手前に巨石発見!

こちらは「つつみヶ岩」
貴船石特有の紫色で、古代の火山灰堆積の模様を表した代表的な巨岩。
重さは約43トン。高さ4.5m。まわり9m。
写真じゃわかり辛いですが、そうとう大きな岩です。
さてさて、いよいよ奥宮です。

入るとすぐ左手に大きな杉。御神木のひとつ。

実はこちら「連理の杉」といって、杉と楓なのだそうです。
下にあるお社は「日吉社」です。祭神は大物主命。(古伝に大山咋神)。
さらに末社として、ここに
「吸葛社」祭神:味?高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)(ここでも「すき」が出ませんでした…)
大国主命の子で、鴨大明神とも言われている。日本二雨の神。御百太夫とも。
「鈴市社」祭神:五十鈴姫命。
事代主命の御女。母は、玉櫛姫命。神武天皇の皇后。
その社の後ろに、舞殿?

写真の左に写っている社が鈴市社。
この奥に見える格子が、奥宮の拝殿です。
写真左手奥に見える、緑の草や苔のはえた石が船形石です。
まずは、拝殿。

祭神はタカオカミノカミ。
こちらにお参りします。
拝殿の左にある、船形石です。

玉依姫の御料で、人目を忌みて小石で覆ったとあります。
以上、貴船でした。
せっかくなので、帰り道、川床で食事でもしよう…と立ち寄ってみたりした。
実は、こちら、鞍馬西門出てすぐのお店です。
川床から見た貴船川。

お蕎麦をいただきました。あ、あとビールも(*^^*)

お料理も、お食事も、ビールも、空気も、どれもこれも美味しかったです。
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