● 釘 抜 地 蔵 ●
正式には「石像寺」(しゃくぞうじ)というそうですが、「釘抜さん」という方がなじみかもしれません。
2005年1月2日、遠出もできないので、近所をまわろうかなぁ〜と、釘抜さんを訪れました。
こちらは、千本通りから見たところ。

正月とあって、門松が出ています。
ここをくぐると、細長い道の奥にさらに門。
京都っぽい感じなので、掲載しますね。


中に入ると、左手に手水舎

右手には弘法さんも。
もとは、弘法大師の開基とつたえられて、もともと真言宗だったそうです。

↓門をくぐって正面の風景はこちら↓
手前にあるのは、1m近い釘抜きのモニュメント(?)です。

ここに安置されている地蔵菩薩像は高さ約1.1mの石像で
弘法大師が唐から持ち帰ったものと伝えられ、諸々の苦しみを抜きとるからということで
「苦抜地蔵(くぬきじぞう)」といわれ、それがなまって「釘抜地蔵」となったそうです。
お堂の上にならぶ、赤い提灯があまりにも綺麗だったので撮影してみました。

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本堂の右手から、ぐるりとまわって進んでみます。写真右から出会います。
最後は、お不動さんですね。

そのお不動さんで角になって、その次に出てくるのがこちら

さらに、この左隣には、重要文化財にもなっている、石造りの阿弥陀三尊象があります。
手前に、くるくるまわる・・・これは何というのでしょうか?いろんな仏さんが描いてあります。
本堂の真後ろにあたります。

わたしは、正直なところご本尊より、こちらの方が趣きがあって好きかもしれません。
お線香の煙がもくもくだったのでちゃんと撮れていいませんが二重円光の光背に梵字がきざまれた立派な仏さんです。
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さらに左隣には、玉姫大明神と書かれたお社。

手前にお狐さんがいっぱい並んでいます。お稲荷さんと同類なのでしょうか???詳しくはわかりませんでした…
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さらに、その左となりにあるのがこちら。
提灯には「釘抜地蔵尊」と書いてあります。あれ???

ここで、手前に折れると、本堂を一周したかたちになります。
この隣には、お守りなんかを売っている事務所があり、多くの参拝客があふれていました。
上の写真を撮影した場所から、振り返って、本堂を撮影しました。
有名な釘抜の絵馬です。
戦時中は、金属回収のために奉納もされなかったとか…。

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室町時代、弘治年間(1555〜1558)、油小路通上長者町に、紀ノ国屋道林(どうりん)という商人がいて
この人が、ある日わ毛もなく両手が痛んで、あらゆる治療を試みたけれど、いっこうによくならなかったとか。
たまたま、このお地蔵さんの話を聞いた道林は、早速お参りに訪れたそうです。
お願いをしたところ、満願の夜に、夢の中へお地蔵様が現れ、
「汝の痛みは、前世に人をうらみ、人形の両手に八寸の釘を打ち込み呪ったその罪障によるものだ。
その釘を抜きとって、汝の苦痛を救ってとらせよう。」
と言われ、お地蔵様が二本の釘を示すと、夢からさめ、両手の痛みはなくなっていたというお話が伝わっています。
それ以来、諸痛平癒の祈願に訪れる人が増え、釘抜の奉納が行われるようになったようです。
地元の人々に親しまれたお地蔵さんの姿ですね。