● 大 豊 神 社 ●

お お と よ じ ん じ ゃ

 

祭神:少彦名命(すくなひこなのみこと)

 

<一ノ鳥居>

京都市バス:真如堂前で下車し、哲学の道へ進むと、この鳥居に出会います。

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左右の狛犬さんです。

 

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鳥居をくぐると哲学の道に出ます。

そこに御茶屋さんがあるのですが、それは哲学の道のページでご覧下さい。→哲学の道へ

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哲学の道にかかる橋

この橋のたもとに、左右の石灯籠にこんな看板があります。

 

祭神に、少彦名命、菅原道真、応神天皇、大国主命とあります。

少彦名命は、大国主命の国作りに協力した神様です。

建立も887年とあります。

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 看板の案内に従うと、東へ60m先にあるようです。

 

 

すると、こんな看板が飛び込んできます。

橋から10m歩いたのですね…(^^)

あと50mです。

 

看板の矢印通りに振り向くと、狛犬が…

鳥居はありません。

 

<二ノ鳥居>

 

雨が降りそうな空で、少し薄暗いので、こんなに暗い写真になりました。

画像補正するより、ありのままがいいかと、見辛いですがこのまま掲載しました。

 

 本当は、この鳥居に向かって、左手前に、先ほどの看板にありました椿ヶ峰のご神水の手水舎があります。

何故か写真撮れてなかったのが残念です。

ですが、この水は、本当に冷たく神々しい感じの水でした。

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その横にあったのがこちら

「宇多天皇御惱平癒勅願社」と書いてあります。

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ここにいる狛犬さん

 

さて、鳥居をくぐります。

 

<境内>

鳥居をくぐると何か、舞台のようなものがありました。

境内は、シーズンオフなのか、緑が茂りたい放題に茂っていて、閑散としていました。

哲学の道が人々であふれる桜咲く頃や、紫陽花の頃にはもっと違った趣きがあるのでしょうか。

6〜7月頃は、紫陽花がとても綺麗だそうです。

■ ■ ■

で、わたしは、ここに狛犬ならぬ、高麗鼠(こまねずみ)に会いにきたのです。

ここまできて、どこにいるのだろうと、きょろきょろ。

すると、写真右に木々の茂る道が…

 

<鳥居>

茂みの中に小さな鳥居がありました。

ここ?ここなの?

と、わくわくしながら鳥居をくぐります。

 

<白い鳥居>

木々の間から、朱色の鳥居と、白い鳥居が見えました。

石段を上がると…

 

<高麗鼠>

いました〜!!!(゜∀゜)

会えました!会えました!

 

お社とともに…

 

かわいいですね!かわいいですね! \(≧▽≦)/

あまりのかわいらしさに、声を出してはしゃいでしまいました。

■ ■ ■

さらに、「遥かなる時空の中で」でよく見る角度から…

嬉しくてちょっと写真大きめです(^^;

さて、左右の高麗鼠さんのアップ。

 

かわいいので、アップ写真も大きめです(^^;

■ ■ ■

何故、犬ではなく鼠かということを書かずにはしゃいでしまいました。

 

ここは、「大國社」という末社です。

祭神の中にあった、大国主命のお社です。

大国主命の伝説の中で、まだ名をオホナムヂと言った頃、

素戔鳴尊の娘、須勢理比売命(スセリヒメ)をめとる際、試練の一つとして

無くした矢を探してこいと言われます。

探しに出た野で、火を放たれ、そのまま身をこがすところを、一匹の鼠に助けられます。

この鼠は、その前に彼に助けられたことの恩返しをしに来てくれたのですが

火から助けただけでなく、無くした矢まで咥えていて、彼に渡してくれたそうです。

そして、須勢理比売命との結婚をゆるされ、大国主という名を与えられ

葦原中国をおさめよと言われます。

たしか、このようなお話だったと思います。

その話から、ここには、狛犬にかわって、高麗鼠がいるといわれています。

 

■ ■ ■

 

さて…さきほどの、朱色の鳥居はといいますと、おとなりの稲荷社のものでした。

 

すいません…

鼠に夢中で、お社の写真がありません…

ですが、鼠と一緒に、狐は撮影していたので掲載します。

   

このお社、向かって、正面と、左側に鳥居があります。

どちらからも参拝できるようです。

■ ■ ■

お稲荷さんを右手に、進むと、

今度は、また不思議な狛犬ならぬ…に出会います。

全体をうまく写真におさめるポイントが難しく、気が付けばピンボケしていました。

なんとなくの全体の雰囲気が伝わればと掲載します。

 

え〜っと…、向かって右にいるのは、猿です。

左は…鷹?鷲?鷺?

まずは、猿に近づいてみました。

なかなか愛嬌のある顔です。まるで、舞をまってるようなお猿さんです。

看板がありました。

そうです。今年は申年です。

近くに看板があったので、書き出してみました。

三番叟を踊る狛猿
 
794年 桓武天皇が都の表鬼門に、厄魔退散 開運招福の守護神
として日吉大社を杞り、その末社がこの日吉社で、神のお使いの
猿は「魔が去る」「何よりも勝る」の「神猿(まさる)信仰」として古来
多くの人々の崇敬を集めています。
 
今年こそ魔が去り多くの幸が来るよう、ご参拝の方々をお守り致しております。
一つ屋根の下に、お社が二つ並んでいます。

向かって右が「日吉社」なのです。

日吉大社の神のお使いが「猿」なので、右側に狛猿がいるのですね。

■ ■ ■

そして、向かって左にいるのは

???

お社は「愛宕社」。

どうやら、鳶らしいです。

愛宕さんの使いは、鳶。

さきほどの猿が、そういう意味でいるのであれば、こちらもそう考えるがいいかと…

どなたか、詳しいことをご存知の方いらっしゃいますでしょうか???

このお社が、二つ並んでいること。お社が二つあるのに、狛犬にあたる猿と鳶が、

それぞれのお社にすると、片方しか存在しないことなど…

もし、狛犬なら、左右二体いるじゃないですか…先ほどの鼠と狐みたいに。

教えていただけると嬉しいです。

 

■ ■ ■

 

大豊神社は、狛犬好きには、たまらない神社です。

狛犬もいるし、高麗鼠、狛猿、狛鳶(こまとび)

あとは、やはり紫陽花の頃訪れてみたいと思いました。

 

 

 

 

 

 

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