● 今 井 四 郎 兼 平 の 墓 ●

い ま い し ろ う か ね ひ ら の は か

 

JR琵琶湖線 石山駅、または京阪石山駅を下車。

駅前のNEC体育館のそばを通りぬけ、盛越川(もりこしかわ)のほとりに、綺麗に整備されてありました。

駅からは、徒歩5分ほどの近さにあります。

この手前、右手に兼平庵という建物がありました。

本来の入口は、写真左手の川沿いを行ったところにあるようですが、

危険なので、井戸の横から入ってくださいと書いてありました。

 

川沿いの入口から撮影したものです。

 小さな公園のように、綺麗に整備されていてとても気持ちの良い場所です。

道のつきあたりにお墓があります。

 

道に入って、まず右手にあるのが「鎮魂碑」

 

さらに進むと、右手に「粟津原合戦史跡顕彰碑」

 

そして、奥に「今井四郎兼平の墓」が」ありました。

 

わたしは、「木曽最期」の段で、この今井四郎兼平がとても好きなのです。

義仲はそれほど好きな人物ではないのですが、この最期の場面において

今井四郎とのやりとりは涙なくしては読めません。

(詳しいことは、ブログの方に書いているので、こちらでは、細かいことは割愛します)

 

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「最後の時不覚しつれば、ながき疵にて候なり。御身はつかれさせ給ひて候。」

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そうして、主君に自害のための時間をかせがせ、自らは敵の中につっこんで行くのです。

主君が敵の手にかかるという「不覚の死」をふせぐために。

ところが、主君の義仲は、ぬかるみに足をとられ、今井四郎を気にして振り返った時、額を射抜かれ最期を向かえます。

今井四郎が最も恐れていた「不覚の死」です。

その最期を見た今井四郎は

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「今は誰をかばはむとてかいくさをもすべき。」

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といって、刀を咥え馬から飛び降りて自害するのです。

必死で守ってきた主を失った時、今井四郎の生きる目的も失われたのです。

この主従関係をこえた、乳兄弟の契りを考えるとせつない思いになります。

 

そんな思いを持って、お墓に手を合わせます。