● 将 門 首 塚 ●
ま さ か ど く び づ か
東京駅に向かう途中、丸の内線を途中下車して寄り道しました。
ざっくりと場所を覚えていたのですが、行ってみると似たようなビルばかりで迷ってしまいましたが
案外早く見つかりました。
大手町のオフィスビル街の中にぽつんと、ビルとビルの間にひょっこりあらわれました。
しかも、皇居のすぐそばです。

これは有名な話なので簡単に説明しておきますが
天慶の乱でうたれた将門の首は、京都に送られ、さらされたがその三日後、白光をはなち東方へ飛んでいったとか。
その首が落ちた場所がここなのだそうです。
その後もしばしば将門の怨霊が祟ったため、蓮阿弥陀仏という名を法号を与え日輪寺に供養し
さらにかたわらに神田明神を建て、あわせたてまつったのでその荒ぶる魂も鎮まり、この地の守護神となったそうです。
石段をのぼり、つきあたり右にありました。

何故、蛙なのでしょう???
蛙がとりかこむように居ます。
…よみがえる…とか?などと考えて、ちょっとぞくっとしました。(笑
将門と蛙って、何か関係があるのでしょうか?気になります。
でも、現代でも、将門のような人物の登場を、庶民は望んでいたりするのかもしれませんね。
そういえば、東京の将門関係の神社などをつなぐと北斗七星の形になるらしいですよ。しかも皇居をかっこって。
東京で、将門関係の土地をまわるのも面白いなぁ〜と思いました。
いずれまた。
ところで、ここは江戸時代には、酒井雅楽頭の上屋敷の中庭だったそうです。
歌舞伎の「先代萩」で知られる伊達騒動の終末、伊達安芸・原田甲斐の殺害された場所なんだとか。
なんんだかどこまでも血なまぐさい感じの場所です。

ページの移動は、上のメニューフレームからお願いします。