1月25日 宇峠〜焼堂峠 二人
昨春焼堂峠から下った時に、地元の住人にモノレールで送って頂いたが、その後お礼に行こうと言いながら延び延びになっていた。
「24日山間部で降雪」のニュースを聞きチャンスとばかり、お礼を兼ねてまだ歩いていない宇峠から焼堂峠への雪の稜線歩きに行こうと出かけた。
果たして在宅だろうか?
一字村・古見橋手前から県道へ入り、直ぐに農道大宋線で赤松集落をジグザグに上がる。
今日は尾根を周回して県道へ降りて帰ってくるので、あまり高い所まで車で上がると夕方の車までの登りが大変。
ということで、日陰で凍結した雪が現れタイヤが滑り始めたので路肩に車を停める。
およそ農道の中間点あたりであろうか。
車道を歩き始めると、段々残雪が多くなり、ガリガリに凍った轍が出始める。
50分弱の車道歩きで大宋集落の宝珠寺へ着き軒先を借用し遅い朝食タイム。
ここから少しで、宇峠への登り口へ。
積雪10〜15pほどの沢沿いの峠道を上がってゆく。
途中で直ぐ脇の沢に、大きな尻尾のリスを発見。
写真を撮られるのが嫌なのか、カメラを出そうと立ち止まると急いで脇の斜面を上がり始める。
身が軽いせいか、急斜面をジャンプしながらどんどん上へ上がりやがて見えなくなった。

峠が近づき杉林の行く手上方がが明るくなる。
雪で覆われた峠には小さなお堂があり、寒くないようにと帽子・前垂れを着せられたふくよかな顔立ちの地蔵尊が。
お参りに来る人がいるのだろうか、いろいろな物が供えられている。
反対側の雪の中には庚申塚や地蔵尊が寒さで震えている。
峠から本日の最高点の志貴岳(1073m)を目指す。
両側の灌木には雪が積もり、時々背筋へ落ち込みゾッーとする。
三等三角点の頂上からは、北に阿讃の山並み南に津志岳・矢筈から奥の方に真っ白な塔の丸方面が見える。
例の直接立木にビス止めの頂上標識はそのまま残っていた。
ここからは初めて足を踏み入れるコース。
標高900mの焼堂峠までは小さなアップダウン。
尾根通しに歩く内に新しい猪?の足跡が現れ、焼堂峠手前まで続いていた。
右手半田側は人工林、左手一字村側は灌木林で積雪15〜20p。
時折頭上を飛ぶ航空機以外は静かな尾根歩き。
やがて尾根が広くなり始め、壁のように立ちはだかる961m峰への取り付きが焼堂峠。
峠の広場に地蔵尊のお堂。屋根はトタン張りだが今は雪が覆っている。
宇峠と異なり、こちらは参る人もいないのかお供え物は無いが二体仲良く並んでいる。
ここからは前回歩いているが、解りにくい薄暗い人工林の中の下り。
作業道も雪で覆われコースが解りにくいが、ジグザグに下り2階建ての廃屋へ出る。
昨年は庭先にはそれほど雑草が無かったが、今回は枯れた雑草が一杯。
手入れしなければ直ぐに自然に帰りそう。
更に人工林の中を下ると、下の廃屋へ。こちらは杉林の中の為か雑草はそれほど勢いがない。

何カ所か崩れている路を沢沿いに下り、小さな尾根へ上がると太子像・庚申塚や谷貞之丞を祀った谷大明神の社。
昔の人々は桁違いに信仰心が厚く、峠道に祀ったのだろう。
少し下ると立派な三所神社、そして阿弥陀堂。傍らには千度石。
住人がいる頃は、ここでも賑やかな秋祭りがあったことであろうが・・・
一字村で見かける阿弥陀堂は、世間の観光寺の煌びやかなそれとは異なり、三方壁のない建物。
この建物も、昨春はトタン屋根にタールを塗った臭いがしていたが、誰が手入れしているのだろうか?
木漏れ日が当たる軒先を借り簡単な昼食。
そして本日の最大の目的であるお茶畑の民家へ。
家の脇まで下ると主人が庭先に。
昨年のお礼を述べ手土産を渡し下ろうとすると、また「モノレールに乗って行け」と勧められる。
「車があるので巻き路を歩いて帰ります」と言っても、「下の道の方が早い」と。
無理に断るのも悪く、好意に甘え庭先のモノレールに乗り込む。
標高差250m程を7分で下る。
途中の杉林には、一個一個丁寧に積み上げた石垣の上の平らな土地に杉が伸びている。
昔は、麦を作っていた段々畑とのことだが30年ほど前に「木が不足」ということで皆杉林に。
だが、峠下から県道までの標高差600mの杉林を今では切り出すと赤字になるのでそのままに。
何処の山村でも同じことが言われ、そのため山が荒れ果て、最後は水不足の犯人役に・・・
中山間部の人たちにとっては、誰にも文句を言えず踏んだり蹴ったりだが・・・
県道へ下り、「また寄ってくれ」と言われ、礼を言い別れる。
県道を赤松まで下る途中には、サルスベリの木の枝が綺麗に刈り取られ坊主になっている。
聞けば、「害虫防止+花が鮮やかになる」とのことでこの近辺では皆そうしているらしい。
すっかり雪が解けた農道を車まで40分ほど登り返し、谷間の向こうに夕日に輝く塔の丸方面を
眺めながら木綿麻温泉を目指す。
また借りを作ってしまった峠歩きであった。