4月6日 六地蔵越〜雲辺寺山 二人
阿讃県境尾根の、
六地蔵越から雲辺寺山への尾根路。
車2台を使えば六地蔵越から曼陀峠まで歩けるだろうが、のんびり歩こうと今回もピストン。
道中、高瀬・西部浄水場の桜のトンネルが満開で立ち寄り一枚。
山本町から県道6号で途中広域基幹林道と交差し更に奥へ進み
六地蔵越へ。
香川にもこんな所があるのか?というような山岳道路。
いつもは車内での朝食だが、今回はまだ固い桜の蕾の薬師峠展望台で朝食タイム。
この先で地形図上で左手へ上がる点線を探しながら峠へ向かったが結局見つけられなかった。
峠では、徳島側に新しい林道が右手上へ延びており、この脇に車を駐車。
身支度をし、六地
蔵にお参り。
前回と同じく赤い前垂れをし、脇にはケースに入った人形が供えられていた。
今日時間あれば峠まで戻ってきて中蓮寺峰をもピストンしてみたい。
最初の急な坂を上がれば綺麗に刈り払われた尾根路となる。
右手に稲積山・江甫草山更に三豊平野・燧灘が霞の中にもやっている。
振り返れば、中蓮寺峰や鉄塔のある若狭峰。
下方には上がってきた県道が山肌を縫って続いている。
しばらく歩くと、前方に鉄塔が聳える雲辺寺山が見え出す。
路脇には、アセビが花開き、横の木々には米粒より小さい花が白・赤と無数に木にまとわりついている。
足下には松葉が敷き詰められ、今までの県境尾根と異なり左右共に自然林である。
小鳥の囀り以外は静寂そのものである。 
尾根路は、おそらく防火帯の為にか?広く刈り払われて伸びている。
やがて前方に石の道標が。左うんぺんじ、右こんぴらと彫られ、裏を覗くと弘化四年
(1847年)と今から約150年以上も昔の物が建てられている。
道標の左右のブッシュを見ればうっすらと路らしき物が続いているが、おそらく今では踏み込むことは難しいであろう。
小さなアップダウンを繰り返しながら進むと、今度は徳
島側の展望が開けて
くるが、
向かい側の山並みで遮られ遠くは望めない。
少しでまたも石の道標が朽ちかけた木にもたれ掛かるように建っている。
今ではロープウェイや車で簡単に上がれる雲辺寺も昔はこの路を大勢の人が歩いたのであろうか。
少し高度を上げてゆくと左手徳島側に人工林が現れる。
綺麗に枝打ちをしたり、間伐をして手入れされている。
小さな尾根に上がり、しばらくで太興寺からの遍路道に飛び出す。
遍路道と尾根路が平行しているので、二手に分かれて進む。
前方から歩き遍路の方が白装束で下ってこられ、挨拶を交わしすれ違う。
路は直ぐに交差したので、今度は二人で尾根路を歩く。

しばらくで、パラボラアンテナが見え始め、雲辺寺山頂の三角点へ到着する。
展望は効かないが、少し下りコンクリート道へ出ると徳島県側の展望が広がる。
春霞でぼんやりしているが、双眼鏡で除けば北面に雪がべっとりと付いている。
昨日の雨が、山地では雪であったのであろうか?
雲辺寺の方へ向かうと、膨大な数の石像がある。
境内には五百伽藍の寄進を受け付け中、残133体。一体25万円とのこと。
何か、現実に引き戻された感覚。
ロープウエィが着き、多勢のお参り客が降りてきて本堂や太子堂へ足早に向かっている。
脇を通り抜け、仁王門まで歩いてみたが寺の軽トラが忙しそうに境内を走り回っている。
仁王門から引き返すと、添乗員の方が「後十二分で出発しますので急いでください」を大声で呼びかけている。
有名寺院では何処でも
同じ風景のようである。
我々も、喧噪状態から抜け出そうと足早に引き返した。
途中で、ハイカーの方一名とすれ違う。
尾根道へ戻り、行程の2/3程引き返し路上でランチタイム。
路には朝は開いていなかったスミレが太陽に呼び出され可憐な花を開いている。
前回と同じアルコール付きのメニューで、食後は日陰を探し刈られているススキを集め路上での昼寝タイム。
涼しい風が吹き抜け、小鳥の声を聞いている内に寝入ってしまった。
峠まで下り、時間はあったのだが中蓮寺峰は次の機会に残す。
徳島側へR192まで一旦下り、曼陀トンネルから次の下見の為に車で上がった。
「四国の道」入り口を確認し、後は母神温泉目指してR11へ。
今回もお寺以外では、のんびり出来た尾根歩きでした。