10月11日  高尾山  二人



紅葉の季節を迎え、各地からは「色づいた」との情報が。
「でも、人も多いだろう」から、どこか静かな所へ行こうと相談。
3連休は前線が南下してくるので天候はもう一つという予報。
分県登山ガイドをめぐっていると「高鈴木には田野々の雨ごいの踊りで有名な竜王社が祀られている」との記述。
一度どんな社か見てみようと決定。

朝8時過ぎに出発。
途中の産直市二ヶ所程へ寄り道し、新鮮な野菜や果物を仕入れ、朝食用の餅もついでに仕込む。

石積みアーチダムの豊稔池へ下り、放水口から水が流れ落ちるのを見ながら遅い朝食。
それにしても、昭和5年、今から73年前に良くこれだけの石を積み上げたものである。
今日のコースは下山後の県道歩きを考え、分県ガイドとは逆の尾合谷分岐から高尾山・高鈴木を歩き旭坂口分岐へ下る周遊コースとする。

近くの民家の方に取り付きを伺い、旧道の少し広いところへ車を停め、標識も何も無い舗装された林道へ入る。
やがて、前方に鎖が張られ車の進入禁止の看板。
ここからは舗装は切れるが、草も刈られた気持ちの良い林道歩き。
脇には小川が流れ、道端にはミゾソバが白やピンクの花を付けている。

   【ミゾソバ】

頭上にはアケビが垂れ下がっていたので1個だけ頂き、口に含んでみた。
昔の甘いものがない時代では美味しかったのかも知れないが、私には美味しいとは思えなかった。

   【アケビ】

果樹園が現れ、おそらく「梨の花?」が陽気に誘われたのか今頃花を付けていた。

   【梨の花】

林道途中に右手へはいる作業路が現れ、入り口に赤テープが合ったのでそちらへ入ってみた。
人工林と自然林の境を歩き、尾根へ出たが踏み跡がついていない。
少し下り、獣道か作業路か不明の薄い踏み跡を追い上を目指すと立派な山路へ飛び出す。
所々苔むした石垣で補強された昔の山路。
今日は地図を持ってきていないのでどちらへ行こうか相談。左手が少し登っているのでしばらく歩くが徐々に下り始めた。
引き返し右手へほぼ水平の巻き路を進み小さな尾根を回り込むと尾合谷分岐の標識。

ここからは、尾根上の防火帯を上がるだけだろう。
しかしながら、この防火帯に相当てこずった。
蜘蛛の巣が何重にも張り巡らされているのである。
雨傘を拡げ落としながら連れ合いが前を歩くが直ぐに傘一面にまとわりつく。
長さ3m程の枯れ木を拾いこれで払いながら歩く。下山時には綿菓子状態に大きくふくらむほどであった。
脇には山萩が満開である。

   【山萩?】

途中巻き路を見つけ入り込むが尾根から外れ始めたのでまた防火帯へ戻る。
やがて高尾山山頂へ到着。東の方に少し展望があるだけ。
豊浜方面からは秋祭りの鐘や太鼓の音が聞こえてくるのどかな山頂である。

   【高尾山】

次にお目当ての高鈴木へ。
ピーク近くで、おそらく雨ごい踊りに使用した太い竹竿が数本現れた。
草むらの中を掻き分け上がるとミニ広場に石造りの竜王社が静かに佇んでいる。
豊稔池が出来る前の時代の田野々の人々にとっては雨が無ければ死活問題だったのだろう。
それにしても、こんな山の上へよくも石を運んだものである。
脇には蛇の抜け殻が2本石の上に残っている。

    【竜王社】

後は急傾斜の防火帯を下る。
途中で、周りの草に粘土状の土が付いて乾いている。
しばらく行くと平坦になった尾根上に直径3m程のヌタ場が出現。
周りには四方から獣道が集まってきており、周りの木や草には粘土が一杯着いている。
まるで猪の集会場の様子であり、夜な夜なに猪が集まり粘土で白くなった体でそれぞれが帰っていったのであろうか?

   【猪の集会所?】

防火帯の終わり近くで左手へ赤テープがついた踏み跡が出現。
これを進むと林道へ辿り着く。
しばらく下ると、むねんどうに。
昔豊浜方面へ続いた峠らしいが今は歩く人もなく草に覆われ歩ける状況ではない。
脇の草むらから優しい顔付きの地蔵尊が見守るかのように立っている。

   【むねんどうの地蔵尊】

ここで遅い昼食。
脇の渋柿を一つ頂き舐めてみるがやはり食べれるものではない。
例によってシートを拡げ、靴を脱ぎ二人の好物のミニ酒盛り?
1時間半ほどのんびり過ごし、旭坂口分岐へ下る。

   【渋柿】

田では稲刈りの最中で、所々で煙は上がっている。
県道からはブラブラ歩きで周りの木や花を眺めながら下る。
途中ではコスモスが満開で目を和ましてくれる。

   【コスモス】

豊稔池湖畔に着くと静かな湖面に時々魚がはねている。
対岸の白い花?を付けた木が鏡のような湖面に映っている。
紅葉すれば綺麗な風景だろう。

   【豊稔池の鏡のような水面】

車へ戻り、暮れかかり始めた道を高瀬自然温泉へ向かい露天風呂で涼しい風に当たりながら締めくくった一日でした。




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