県内登山家、全員登頂へ訓練続く 世界7位
ダウラギリI峰挑戦
今
年、ネパール・ヒマラヤ中西部にある世界7位の高峰ダウラギリT峰(8、167メートル)の登頂に挑戦する徳島県内の登山家7人が、準備を本格化させて
いる。団塊の世代をリーダーとする平均年齢49歳の7人は、「徳島ダウラギリ主峰登山隊」を結成、国内の3000メートル級で登頂訓練を続けている。県内
の登山隊が8000メートル峰に遠征するのは初めて。高山病や凍傷、厚い氷、雪などの過酷な自然と戦いながら年齢と体力の限界に挑戦し、青春の夢を追い続
ける。
メ
ンバーは、鶴木博さん(57)=徳島市上八万町西山、山岳ガイド、隊長▽中村満
芳さん(62)=藍住町徳命、山岳ガイド、副隊長▽中村功さん(56)
=東みよし町西庄、会社員▽市川啓二さん(50)
=松茂町笹木野、漁協職員▽朝日利夫さん(47)=徳島市北矢三町一、会社員▽木村正文さん(38)=同
市国府町府中、会社員▽西井健さん(30)=同市沖浜町居屋敷、大学職員。
登頂スケジュールは、過去に成功した登山隊のデータを基に、頂上ア タックを十月三 日と設定。それから逆算して八月二十三日に徳島を出発してネパール入 り。徐々に高地へと移動して、体を順応させながら九月九日にベースキャンプに入る。 雪山でもテスト 夢への挑戦に向けて、徳島市内での登はん訓練のほか、石鎚山(愛媛) や大山(鳥 取)への遠征など準備は本格化している。また、この年末年始は雪山での本 番を想定。十二月三十日、七人全員で装備のテストを兼ねて西穂高岳(岐阜・長野)入り。急斜面にロープを固定して登る訓練や共同生活などを繰り返し、三日 に徳島へ帰る予定だ。 現地の言葉で「白い山」を意味するダウラギリには一九六〇年春、北東 稜から挑んだ スイス隊が初登頂。日本からも二十隊以上が成功しているが、一方で数多 くの登山家が命を落としている。 そのダウラギリを目指すことになったのは、二年前。徳島市内のアウト ドアショップ が開いた忘年会で、中村満芳さんが鶴木さんに声を掛けた。「八千メート ルを目指してみないか」。つい二カ月前、鶴木さんと中村満芳さんらは、ヒマラヤ・ツクチェピーク西峰(六、八三七メートル)に挑んだばかり。成功した鶴木 さんは「団塊世代のわれわれでも、もっと高い山に登れる」と確信。一方の中村さんは頂上を目前に体調を崩してアタックを断念した悔しさから、再挑戦したい 思いが強かった。鶴木さんは、その場で「二〇〇七年に遠征隊を出す」と宣言。三十代から六十代までの七人が集まった。 体力の限界まで 鶴木さんは、日本大学山岳部で本格的に登山を始めた。槍ケ岳、奥穂高 岳など北アル プスでの単独縦走を好んだ。「学生時代からヒマラヤにあこがれ、八千 メートル峰を意識していたが、徳島からは無理だと思っていた」。考えを変えさせたのは、同じ世代である中高年の登山ブーム。生活に「ゆとり」が持てるよう になった団塊の山男たちが、十数年前から次々とヒマラヤに向かい始めていた。 ツクチェピークへのアタックも、団塊世代の頑張りに刺激されたから。 南西側にそび えていたのが、ダウラギリT峰。将棋の駒を立てたような美しい姿が印象 的だった。「八千メートル峰の頂上に立つのは登山家の悲願。還暦が近づいても夢が実現できることを証明したい」 一方、同世代で約十年前から登山を始めた中村功さんは、定年退職まで あと四年。香 川県内の高校を卒業後、四国電力に入り、電線の強度計算などの技術者と して働いてきた。高山植物が好きで、ネパールや中国の名峰に出掛けたが、最高は五千メートル級。「八千メートルは夢以上の世界」だが、定年退職後に八千 メートルを目指す徳島隊があるとは限らない。「チャンスを逃したくない」と昨年、二カ月の長期休暇を申請。筋力トレーニング機器を購入し、体力の限界まで 登りつめる覚悟を決めた。 八千メートル級の登山では、高度な技術のほか、いかに早く高度に慣れ るかが鍵。酸 素が極端に薄く、高山病にかかりやすい。急な斜面、クレバス付近では、 直径八ミリのロープが頼り。不慮の滑落を避けるため、二人一組になり、お互いの体をザイルで結び合うときもある。その難関を乗り越えるためには体調、気 象、運、そして、何よりもチームワークが必要。どれ一つを欠いても失敗する。 隊長の鶴木さんは「未知の世界だが、体力が続く限り、あきらめない。 全員登頂を合 言葉に登山を楽しみたい」と力強く語る。 |