耳からの言葉


誰でもそうなのだが、初めに言葉を覚える時は、耳から聞いたままに(例えそれが聞き間違えであっても)
覚えるもんである。
私は幼少の頃、『大根おろし』を、ずっと『大根殺し』だと思っていた。
   ぅう〜ん・・・まあ、確かに・・・だが。

両親の発音が特別に悪いわけでもなかったと思うが、きっとそう聞こえたんだと思う。
それに、自分の持ち合わせるボキャブラリーの中に、『殺す』はあっても『おろす』がなかったんだと思う。
私は、母親に言わせると言葉を喋り始めるのが早かったらしいから、他にもたくさん間違えていたに違いない。


我が家の長男ぐりが、やはり早くから喋る子どもだった。
彼は単語をドンドン覚えていった。
2歳ぐらいのぐりは、とてもよくお喋りをしたが、ただその頃からずっと言い間違いをしていた。
一音の単語を間違えるのである。

「血」を「ちが」と言い、「蚊」を「かに」、「毛」を「けが」と言う。
何でそんなことになったのか。

「ままぁ、ちががでた。」
「あらあら大変。こっちにおいで。」
手当てをしてやりながら
「ぐりちゃん、『ちががでた』じゃなくて『ちっ!がでた』でしょう?」
私はちっ!の所で力いっぱい区切ってそう言った。
「うん。」
返事は素直だが、すぐにまた
「かににさされたぁ〜」
「かっ!にさされたっていうの!」
「うん」        
      なんでなんだ??


しばらくしてから気付いたことは、子どもが言葉を覚えていく時、最初から助詞なんて使わないということだ。
「おみずちょうだい。」
「ちっこ(おしっこ)でる。」
のように話している。
親も同じように話し掛けるが、一音の場合は「血が出ちゃった。」とか「蚊に刺された。」などというので、ぐりに
してみれば「が」や「に」は、「血」や「蚊」にくっ付いてインプットされてしまったのだ。
その後、ぐりも「て・に・を・は」を使うようになったわけだが、最初にインプットされた言葉がそのまま使われたので
「ちががでた。」、「かににさされた」のような妙な日本語が生まれたわけだ。
いや、たぶんそうなのだろうと思っている。

それからしばらく、「血」は「ち」だけであることを理解させるのに時間がかかった。


しかし、二音以上の単語については、正しく使っていたのはどういう訳か。
「ここにあるよ。」などの場合、大人は「ここあるよ。」とはあまり言わない。
「ここにある」を、聞き覚えたはずなのだが・・・。
「ここににあるよ」とは、言わなかった。ちゃんと「ここ」を単語として認識していたのである。

・・・・ウ〜ン・・・日本語は難しい・・・。