裁縫箱


家庭科が始まったのは5年生からだったかな?
先生から「裁縫道具の購入」のプリントを渡された。
うちに帰って母に渡したら、「これ、買わなきゃいけないの?うちにあるのじゃダメなの?」と言われた。
「いいけど・・・でも、裁縫箱は基本のセットになってて単品では買えないよ?」
「なんか適当な箱でも、カンでもいいじゃない。」
   (クッキーのカンとかを思い描いてるな・・・?)
乙女心としてはやはり中が綺麗に仕切られた裁縫箱が良かった。
お煎餅のカンにごっちゃに入れられた母の裁縫道具を思い出した。
「運針の練習用生地とかはいらないよ。うちにあるハギレで済ませる。だから、基本セットだけは買って!」
「・・・・そう?」
 どうにか私の主張が通って基本セットを申し込めることになった。

数日後、裁縫箱が届いた。他の教材と同様に、全てのものに名前を書かなければならない。
基本セットとはいえ細かいものが随分あった。
「これ全部に名前をかかなくちゃあ・・・。」少しめんどくさそうに私が言うと、
「書いてあげるよ。」いつもなら絶対に聞けないセリフだ。
「???」と思ったが素直に頼んで私は先に寝た。

翌日枕もとに裁縫箱が置いてあった。
開けてみると全部に名前が書いてある。細かいものを入れているトレーを持ち上げ、その下を見てみる。

手紙が入っていた。

「私が子どもの頃、うちはとても貧乏だったから裁縫道具は家にあるものしか持ってはいけなかった。
お裁縫の時間に先生が『運針の練習をするので30cm×30cmぐらいの白い布を持ってきなさい。』と言うたびに
とても辛かった。うちには無いとわかってたから。
お母さんには『布をちょうだい』とは言えなかった。言ったらお母さんが悲しむと思ったの。
お裁縫の時間のたびに『布を忘れました。』と言って、自分の着物の裾をほどいてはそこを縫っていたの。
だから、本当は綺麗な裁縫箱にも憧れていた。
あなたは私のような思いはしなくて済むけど、何でも売られているものを買えばいいとは思って欲しく無い。
この裁縫セットもずっと大事に使ってね。   母より」

私は泣いてしまった。
かといってクッキーの箱で持っていくのはいやだったけれど、買って買ってと騒いだ自分がすまなかった。
私が寝てから一つ一つに名前を書いてくれた時、母の胸に甦った記憶を思うと切なかった。
真新しい裁縫箱は恥ずかしく光っていた。