制服


6年生の終わり近くなると、中学の入学準備が始まる。その最大のイベントは制服を作ること。
何しろそこら中の6年生が制服を作るし、男子は既製の学ランでいいが女子は全員オーダーになる。
そりゃあメーカーも忙しいだろう。確か12月か1月には注文しなければならなかった。

学校で渡された注文表を見た母は「制服をあんたも着るの?あんな制服があんたは着たいの?」と聞いた。
今までにもいろいろ厄介な母だったが、私も“まさかココでそう来る”とは思っていなかった。
「そりゃ、着たいよ。」・・・正確にいうと“あんな制服”が着たいわけではないが、入学式の日に友だちと一緒に同じ制服を着て
晴れがましい気分に浸る・・・そんな情景を想像してたわけだから例えダサい制服でも、必要不可欠アイテムだった。
「買わないわけにもいかないでしょう?校則だってあるんだし・・・」
_考えてみると中学生が校則を破ってスカートを長〜く(昔はね!)してたりしたが。
「制服を買うのは当たり前、この春いよいよ中学生になるめでたい時になんでそんなこと疑問をもつんだろう。」私はそう思っていた。

しかし、母の意見はこうだった。
あの中学は公立でしょう?中学までは義務教育だからって、どんなうちの子も行くでしょう?
公立学校はお金が沢山かからないようになってるから裕福でなくても何とか通わせられる。
貧しい家の子も同じように学べるように教科書なんかは国から支給されている。
それなのにバカ高い制服を全員が買わなくちゃならないって言うのはおかしい。
着ても、着なくてもいいというなら分かる。その家々で事情が違うんだから。・・・・・・・

たぶん今よりも学校が権威をかさにきている時代で、「〇〇してください」には「〇〇しろ」というニュアンスがあったかもしれない。
私だって学校や先生に気に入られるようなイイ子になりたかったわけじゃない。でも学校や先生に反抗して校則を破るのと、
最初から制服を買わないのとでは話が違うと思った。
それでも、母の言葉には説得力があった。買わなきゃいけないというのは変なんだと納得してしまった。
頭では母の言うことは正しいと思う。が、自分の感情はその反対を望んでいる。
何日も何日も注文が間に合うぎりぎりまで、同じやりとりが続いた。
その間中、私の気持ちは真っ二つにされたような感じだった。
自分が正しいと思っている価値観と正しくない現実の自分。

結局、制服は本当にギリギリでお店に駆け込んで作ってもらった。転居などで注文期限に間に合わなかった数人と一緒に。
あれからずっと・・・正直言うと今も、あの真っ二つの自分がいる。
何かを「こうしたい」と思ったとき、「本当はこうするのが正しいのに」という・・・。わけのわからない罪悪感が付きまとう。
ただ、一つのことをいろんな角度から考えてみることを、あの頃に学んだように思う。